3.聖帝と呼ばれた男 2
ランドロの町の城門には、ニ人の門番らしい男たちが立っている。衣装は裾の長い地味な草色のローブで、顔をフードで隠している。寺院の僧だ。こちらを見ている。
まだ、普通の会話くらいでは聞こえないはずだ。並木が三人を隠している。
「ミンクを隠せ」
「えっ、何?」
シキの言葉に驚いて、シンカの眼を見上げる少女に、少年はウインクしてみせる。
「大丈夫。ミンク、お前可愛いから目立つんだ」
つまり、デイラの住人そのもののミンクの容姿が寺院の僧たちに知られていればまずいことになる。
「ミンク、これ、かぶってろ。顔が見えないように、巻くんだ」
シキが布切れを取り出す。
「うそ、なんか、汚い…これ」
「掴まりたいのか!」
シキはもたつくミンクの手から布をとり、荒っぽく巻きつける。
ミンクは目だけ少し開いた状態で、覗き込んでも、影で瞳の色が見えない。
髪の色はごまかせても、瞳の色が特殊なことはごまかせない。隠すのが正解だ。
「ひどいよ!もう!うー!!汗臭いっ」
むっとするミンクの肩に手を置いて、シンカがなだめる。
「まあまあ」
「だって!ほかに何か方法あるでしょ?シキって優しくない」
「ミンク。俺たちじゃ分からないことたくさんあるんだ。シキに従うしかないよ」
「シンカまで」
ミンクはつなごうとするシンカの手を振り払って、先に歩き出す。
「ミンク!」
小柄な少女は、また少し苛立っているようだ。
疲れているのか。シンカは放してしまった手のひらを握り締める。つないでいた少女の手は熱かった。熱があるのかもしれない。
気分が悪いはずなのに何も言おうとしないミンクに少しばかり胸が痛む。
精一杯がんばるつもりなのか。迷惑をかけたくないと、そう思っているのか。
それでも、苛立ってしまうのが可愛いけれど。
シキが、歩きながらシンカにそっと話し掛けてきた。
「この町はな、寺院がすべてを治めている。村人はみんな僧侶の言うなりだ。気をつけろよ。ミンクの姿がばれたら、何されるか分からないぞ」
殺されはしないだろう。だが、面倒に巻き込まれるのは必須。シンカは頷いた。
ミンクの姿は、普通の人と違う。デイラの住民を神として祭り上げる寺院の僧侶に見つかったら、ただじゃすまない。
「分かった。あんたに任せるよ。ミンクはちょっと事情に疎いから、態度悪いけど気にしないでくれよ」
「おまえも、尽くすタイプだな」
にやりとシキが黒い瞳を細める。
「おまえもって、シキは違うだろ?」
「俺にも尽くせよ」
シンカはふざけるおっさんを「意味がわかんないよ」と肘でつつく。
城門が近づく。近くにくると、土塀に見えた城壁が、土で作られた神像のレリーフであることが分かる。
しかもかなり大きい。たくさんの人の力が使われている。
精巧で美しくもある。寺院とは無縁だったシンカには、その迫力はある種の恐ろしさを感じさせた。人が、これを作る。どんな思いで、どのくらい時間をかけるのだろう。
ここにこめられた人の思いが、この迫力を生むんだな。
「お前たち、どこに行く」
僧侶の一人が声をかけてきた。
気付くと、ミンクもまた、城壁を見上げてしまっている。それじゃ、顔が見えてしまう。
「聖都へ向かう途中なんだ。仕事でな。」
シキが答える。いつもより少し、きどった口調だ。
「俺は、聖帝に仕える傭兵だ。聖帝キナリスの命で、罪人を捕らえ連行する途中だ」
俺たちは罪人扱いか。シンカはミンクを見る。ミンクもまた、不服そうな目を向けている。
「こいつらは、『ユンイラのしずく』を盗んだんだ」
「だって、それがあれば、病気が治るって聞いたんだ!だから、しょうがなかったんだ」
シンカも演技に参加することにした。