2.強盗もどき 4
新しい仲間は元は軍人だったんだと威張って見せた。どうりで、軍人崩れの強盗もどき。とシンカが笑い、ミンクが強盗の言葉に反応すると、慌ててシキはごまかした。
シキの声はよく通り、豪快に笑うと周囲の注目を集めるくらい目立った。
「いや、お前、変わったガキだからさ、どんなやつかと思ってさ」
「ガキ呼ばわりはなんだよな!俺もう十七だぞ」
「ガキだろう」
「じゃ、おっさんはいくつなんだよ」
「大人に年を聞くな」
そんな大人気ない会話で、夕食中シンカは久しぶりに大きな声で笑った。シキと共に取った宿は市場の外れに立つ小さな宿だった。良くある形で、一階には食事のできる場所があり、カウンターでは男たちが酒を飲んでいる。煙草の煙とざわめく会話が、シンカにアストロードを思い出させて懐かしさすら感じていた。
「シキ、知ってるんだ?」
「ああ、俺は常連だからな」
「常連だけど、上客ってわけじゃなさそうだね」
酒を運んできた女性の肩に手を回そうとし、叩かれて見送るシキをシンカは面白そうに頬杖の上から眺めている。温かいスープと卵がふわりとしたオムレツにトマトのソース。小さな手の女将さんが元気な声を出しながら作る料理はシキの言うとおり美味しかった。
小さくため息をついて、ミンクは立ち上がった。
「あれ、もういいのか?あんまり食べてないじゃないか」
シンカが、同時に立ちあがってミンクの手をとった。
「ううん。いいの。お腹いっぱいだよ。私、もう寝るね。疲れちゃった」
シンカの手をするりと払って、少女は自分の部屋に向かう。
「部屋まで送るよ」
「おい、シンカ」
シキが、呼び止める。
「すぐ戻るよ」
軽くウインクしてシンカは少女を追って行った。
残された黒髪の男は、ミンクの後姿に目を細めた。
程なくしてシンカが戻った時には、美味しいと気に入っていた鳥の蜂蜜焼きは綺麗にシキの腹に収まっていた。
「あ!なんだよ、全部食べちゃったのか?」
「お前が悪い」
悪びれる様子は皆無。美味かったぜと笑うシキに、シンカはすねた目を向けた。
「お前、酒は飲まないのか?」
すでに、何本か麦酒の空瓶を転がしているシキはシンカの肩に腕を回す。
「あんまり、強くないんだ。飲めないに近い」
「勘定は気にするな。この心やさしいジュンカ姉さんがおごってくれるってよ」
シキは酒場の女主人に手を振る。女主人はカウンターから笑い返す。
「そこのかわいい坊ちゃんのだけだよ。シキ、あんたにただ酒飲ませてたら、店がつぶれるわよ」
「一杯くらいいいだろ?愛してるからさ」
ウインクで食い下がるシキ。
笑うシンカ。
「ていうか、俺、飲めないって言ってるのに」
「お前、このくらいはいけるだろ」
聞こえているのかどうか、シキの頼んだ細いグラスに作られた青い色の飲み物がシンカの前に置かれた。
シンカは苦笑いしながら、ちびちび飲んでみる。
柑橘系のジュースに似ているが、少し苦い味がする。出されたつまみのナッツを食べながら、女たちをからかうシキを見つめる。
シキは、あんまり見たことない肌の色だった。
日に焼けているからといえば、そうなのかもしれないが、少し褐色が強い。瞳の黒は、とても深い色で、はっきりした目鼻立ちは凛々しい感じだ。それでいて軽薄なんだから、女にももてるだろう。
軍人特有の身のこなしと、歯切れのいい話し方。鍛えられた身体。
うん、男ならこんな風になりたいって憧れるタイプだ。強盗やってたけど、悪い奴じゃなさそうだ。シンカは一人満足そうに、再びグラスを口元に持っていく。
俺たちはどう見てもお金ないの分かるだろうし。何が目的なんだろ。
「ほれたか?」
「は?」
逆に見つめられていたことに気付いて、シンカは少し慌てる。
「お前さ、聖都に知り合いがいるっていってたけど、貴族様かなんかか?」
「なんで?」
「いや、ミンクさ。あの子、普通の子じゃないよな。見たことない種族だぞ。かわいいし、な。酒で言うと最高級のぶどう酒、ロストコスティアみたいな」
「人を酒呼ばわりすんなよ。そんなお酒知らないし」
ふざけているようでいて、見ているところはしっかり見ている。
デイラでは普通だったミンクの姿は、多分この人たちには特別に見える。銀の髪、色素のない赤い瞳。白い肌。
だけど、デイラを知らないということは、同時にその住民の姿も知らないということになる。
「……貴族じゃないけど、大切な人だよ」
嘘はついてないさ。シンカはかすかな同様も見せまいと笑って見せた。
本人がいたら恥かしくていえなかった台詞だろうが。
「あと、お前」
シキが睨む。
「えっ?」
俺は普通だぞ。絶対普通に見えるはずだ。
見透かされるようでシンカは何度も瞬きをする。
「それ、俺の酒だぞ。」
「えっ?どうりで変な味……」
気づくと、シンカは男が飲んでいた濃い酒のグラスを持っていた。
「あれ、やっぱり、俺、だめだ」
酔ったシンカは、今さら、目が回っている事に気付く。
目の前の男がぐるぐると回りだす。その歪んだ顔が少し面白くなってくすくすと笑い出す。すっかり、そう、酔っ払いが出来上がっている。
「弱いなあ。おい、寝るな!」
「……うるさい寝てないよぅ」
すっかり立てなくなっていて、不本意ながら担がれて、部屋に運ばれる。シキの背中から眺める床はさらに遠くてぐるぐると回転し続ける。
「最悪……」
「自業自得って奴だな。情けないな、あれくらいで」
部屋に入るとシキはシンカをベッドに寝かせてくれ、水を飲ませてくれた。
胸につかえたかのような重苦しいものを少しばかり水で押し流し、シンカは目をつぶったまま火照る額を押さえた。
「なんだ、シキ、案外優しいじゃん」
「白状しろよ。お前らどこからきたんだ」
眠くなりかけて、重いまぶたを庇う手をしぶしぶどけてシンカは男を見上げる。ベッドの脇で、シキが覗き込んでいた。その視線は真剣だ。
「……知らない」
「可愛くねえなぁ」
元軍人は黒い前髪をかきあげると、煙草に火をつける。
吸い込んだ煙を宙に一つ吐き出すとしばらく見送り、再びシンカを見る。
「よし。こうなったらとことんついていってやる。どうせ、行きたいとこも、やりたいこともなかったんだ」
「……暇なんだな、おっさん」
ゴツッ!
軽くシンカを小突くとシキは隣にある自分のベッドで胡坐をかいた。
「なんで、知りたいんだよ」
「ふん。家で少年を放っておけないって言う親心さ。久しぶりに首都に行くのも悪くないしな」
シキは笑う。
「親心、ね。……知らないだろうけど。デイラっていう町から来たんだ」
なんで言いたくなったのか、シンカにも分からない。酔ったから、と自分に言い聞かせる。
「そうか、やはりな」
知らないだろうと思っていた。だから、適当に西のほうにあるとか小さい街だとかでごまかそうと思っていた。しかし、シキの表情は、それでは済まさない用意があると語っている。
知っている、のだ。デイラのことを。
「……知ってるんだ。あ、そうか。軍隊にいたんだもんな。警備兵は国の軍隊だもんな。噂くらいは知ってるんだな」
「ミンクは、デイラの住人なんだろ?」
シキの声が小声になる。隠された存在だと、思わずにいられない。
「ミンクのあの髪や瞳、色素がなくなるんだろ?ユンイラの成分を吸いすぎてさ」
シンカは、観念した。そこまで知っているのなら隠しても無駄だろう。
シキの態度は噂で聞いた程度のものではない。
何かしら知識があって確信を持って、そう、だから俺たちに近づいたんだ。
「……うん。ミンクはデイラで生まれ育っている。デイラの人はみんなあんなだよ。俺は落ちこぼれで普通だけどさ。デイラの住民が外に出られないのは知ってるだろ?」
うなずくシキ。
「ああ、寺院の連中は神聖な存在として崇めている。デイラの民は特別だ。『ユンイラのしずく』を作れるんだからな」
『ユンイラの雫』を作り出す。それは特別な能力というわけではない。ただ、その技術を知っているか否か、それだけのことだ。
「神聖、か。……代々デイラの中でしか生きられなかったんだ。そして、デイラでは誰もが皆、何かしらユンイラに関わってる。姿も変わるよ。だけどさ、俺を見れば分かるとおり、皆普通の人間なんだ。誰も自分たちが崇められる存在だなんて考えたことない。逆だよ。閉じ込められていた。一生あの小さな町に暮らすんだ。一度も他の街を見ることもない」
「ふうん。それでも、『ユンイラのしずく』という奇跡の薬が身近にあるんだろ?傷とか病気とか治るし。この汚れた大気の病から身を護るんだ。普通は五年に一度、聖帝から直接もらう。ほんの少しの薬でみんな長生きできる。それを作れるんだ、デイラの民は長寿で幸せだろ?」
胃の辺りがむかむかするのが酔いでないことは確かだ。
シンカは再び仰向けの顔を腕で覆った。
「副作用があるんだ。分かってないよ。少しだけなら素晴らしい薬でも、それに毎日浸っていたら、おかしくなる。デイラの住民はみんな中毒になってる」
「…それが、あのミンクの銀の髪か」
「綺麗だろ?透き通っていて。肌も、瞳も。綺麗なのは。儚いからだよ」
「なんだ、お前、詩人だな」
「茶化すなって。ミンクも、他の住民も。四十歳を迎える前に、みんな死んでしまう。それが寿命だ。今だって、年に一度ユンイラを直接食べなきゃ、病気になるんだ」
そう、ミンクは誕生日のその慣わしを受けずにいる。丁度、あの朝が誕生日だった。
どこか具合が悪くなっていないといいけれど。
ミンクは、そういうことはあまり言わない。
「知られてないんだよ、ユンイラの雫はありがたい神のお薬。それがそんな恐ろしいものだなんて、国が表沙汰にするはずがないんだ」
シキは、いつのまにかシンカのベッドに腰掛けている。シンカのほうに身を乗り出し、さらに声を小さくする。
「お前たち、逃げてきたのか?」
シンカは首を横に振った。腕の下の表情は分からない。
「あのさ、教えたら、助けてくれるのか?」
「?」
「……。約束、してくれたら。助けてくれるってあんたが約束してくれるなら、話す」
これは、賭けだ。
シキがデイラの話をどう受け止めてくれるのか。知って、どうするのか。
危険かもしれない。俺は、レクトたちを知ってる。俺の責任かもしれない。
捕まるかもしれない。
それでも。
ミンクのためを思えば、俺一人よりシキがいてくれたほうがいい。
「子どもが泣いて助けを求めてるのに、放っておくバカはいないだろ」
「はぁ?泣いてなんかないよ!」
シンカは思わず起き上がる。
足を組んでこちらを見ているシキは穏やかに笑っていた。
「助けてやるさ。恩に着るんだぜ?」
シンカは、話し出した。
「デイラは滅ぼされたんだ。何だか分からない、異世界の文明に攻撃されて。生き残っのは俺とミンクだけだった。工場も、町も、護衛の軍隊も、みんななくなった。」
「そのことを知らないのか?聖帝は」
「分からない。俺、聖帝に知らせようと思って。見たの俺だけだし。とにかく、ミンクを保護してもらわないと。デイラの住民は誕生日にユンイラのスープを飲むんだ。あいつ、誕生日の前の日に町がなくなっちゃったからさ、スープを飲んでないんだ。今もあんまり体調よくなくて、ずっと我慢しているんだ。聖帝に訴えてユンイラをもらわないとどうなるか分からないんだ。ただでさえ、あいつ両親を亡くしてつらいのに」
何も、泣き言を言わない。もっとわがままになっていいはずだった。
不機嫌でしかいられない自分が嫌だから、今日も早めに寝室に入った。それら全てが、シンカにはいじらしい。
「分かった。こんな子供が大変な目にあっているんだ、見過ごすわけには行かないな。ほら、飲め」
シンカはシキが差しだす水を飲んだ。喉が乾いていた。
「ぶっ!お酒?」
頭がくらくらしてくる。
「分かったから、もう寝ろ。おまえ、あの子を助けながらここまで一人でがんばってきたんだろ。両親とか友達とかさ。お前だって亡くしたばかりなんだろ?ガキのくせに無理すんな。少しは休めよ」
シキに子供のように寝かされて、額に手を置かれる。それは母さんが時々してくれた仕草。シンカはされるがままになっていた。
お酒のせいか、打ち明けたのがよかったのか、久しぶりに眠れる気がした。
今なら眠っても、母さんのこと思い出しても、大丈夫な気がした。
涙が。デイラを出て以来止まっていた涙が頬を伝った。
シキに見られていないといい。
心地よい眠りに落ちながら、うっすらそんな風に考えた。
「シンカ。おはよ」
耳元にミンクの心地よい声。
「さっさと起きないと、置いてくぞ!」
「!」
シキの怒鳴り声に飛び起きるシンカ。耳元で大声を出されて心臓が異様に踊っている。
「なんだよ、自分がお酒飲ませたんじゃないか」
二人の笑顔がのぞいている。
ミンクも今日は笑っていた。
「早くしろよ。今日中に聖都まで行くぞ」
「おはよう」ミンクが笑う。
つくづく、頼もしい仲間ができたことが嬉しい。