2.強盗もどき 3
ラツールは商人の町。港から運ばれたたくさんの品々が、街道が集中するこの町に集まり、ここから各地へ売られていく。
魚屋の若旦那と別れ、ニ人はにぎやかな市場を見に行くことにした。
ミンクはあまり気が乗らないようだった。
「でも、ほら、見たことないだろ?こういうのって」
「別に、興味ないもの」
「ええと、じゃあ。お腹すかないか?ほら、いい匂いするだろ?」
香ばしい魚を焼く匂いがしている。近くに料理屋があるのだ。
「別に……」
「だめ!お腹すいたから俺、来いよ。な?」
料理屋まで歩いてみると、どうやらそこは魚しか売っていない。
ミンクが顔をしかめたので、じゃあ、肉を売っているところを探そうとまた二人は歩き出す。
店先のきれいな石や見たことのない花、動物や町並みに、少しでもミンクが喜んでくれたら。
元気を取り戻してくれたら。そうしたら、俺は少し安心できる。
そう願えば願うほどシンカはニコニコと笑い、逆にミンクは元気をなくしていくようだった。
店先できれいな花をサービスで髪につけてもらっても、小さなサルがかわいく首をかしげてミンクの手に乗ろうとしても。
笑わない。
市場の通りを一つ過ぎたところで、ミンクが言った。
「私、疲れちゃった」
確かに長く馬車に揺られていたしこの町は気温が高いから、体の弱いミンクにはつらいのだろう。
「そうか。じゃ、宿に行こう」
「どこにあるの?」
「さっき、若旦那に聞いといた。二、三軒あるからどこか空いてると思うよ」
宿の方向を目指しながら、シンカは微笑んだ。
「私、一人の部屋がいいな」
「ああ。分かってるよ」まあ、当然か。と落ち込みつつも、シンカはあと少しがんばってみることにした。
「あ、そうだ。ミンク、これ。忘れてた。」
シンカは荷物の中からあの首飾りを出した。一瞬レクトの顔を思い出すが、シンカは頭を小さく振って残像を追い払う。
あいつは関係ない、これでミンクが喜んでくれるなら。
「なあに?」
いつもなら、「わーきれい!」とか言うのにさ。
それでも、それを手にとって見つめるミンクの目は、嬉しそうでもあった。
「ほら、誕生日、過ぎちゃったけど」
「そうか。そうだったね。ありがとう」
やっと、笑った。
ミンクの笑顔に無理がないことに安心し、首にかけてやる。
思った以上に似合っていた。
よかった。
本当によかった。
シンカは少しばかり水っぽくなった瞳で少女を見つめている。
「シンカ?」
「あ、なんでもないよ、埃っぽいな、目に入った」
月並みなごまかし方をしながら、笑ってみせる。
人ごみの中立ち止まる二人。周囲は子ども二人に興味などなく、それぞれの方向へ進んでいく。
これだけ遠い町まできたのに、俺たちの気持ちは未だに動けずにいる。あのときのデイラに、あの惨劇の跡地に留まっているかのようだ。
それでも、ミンクが笑ってくれれば、少しだけ、時間が経ったのだと感じられた。俺の行動は、間違ってない。
「おい」
振り向くと雑踏の中、あの強盗の男が立っていた。
「おっさん!まだついてきてたの?」
「亡霊!」
ミンクが慌ててシンカの背に隠れた。
「なんだよ、亡霊って」
男は怪訝な顔で眉をひそめ、ミンクを睨んだ。
シンカは笑いをこらえながらも、肩にしがみつくミンクの手を感じて嬉しくなる。護っていると実感できる。
それはシンカを強くする。
素早く男を観察し、腰の剣にも男の構えにも戦意を表すものはないことを知る。
「何か用?」
「お前ら、コドモだけでどこ行くつもりなんだ?家出じゃないだろうな」
シンカとミンクは顔を見合わせた。
「おっさんは家出なの?」
「まじめに答えろ」
シンカは肩をすくめた。
「俺たち、聖都に向かってる。会いたい人がいるんだ」
デイラのことは、言わないほうがいい。あの時の罪悪感がシンカの口を閉ざす。
あの時、レクトに気を許した。だから、デイラは。
どちらにしろ、普通の人々がデイラの存在を知っているはずがなかった。
「俺はシキ。お前らがどうしてもって言うなら、聖都まで連れて行ってやってもいいぞ」
黒髪の男は、白い歯をのぞかせて豪快に笑う。
「は?」
何を言い出すのか、この男は。あきれるシンカの横で、ミンクが言った。
「一緒に来たいならそういえばいいのに」
素直すぎるミンクの言葉は痛いところをついた。
そうか、ミンクはあの強盗騒ぎを知らなかったな。
ちらりとミンクと男を見比べて、シンカはうなずいた。
「うん、いいよ。俺はシンカ。この子はミンク。俺たち幼馴染なんだ」