1.隠された街デイラ
少し長めのお話ですが。
RPGシナリオとして考えた作品です。
気軽に楽しんでくださいね♪
「蒼い星」
1.デイラ
蒸し暑い、この季節にしてはやけに重苦しい午後。
通りの石畳に濃い影を落として、少年は足早に歩いていた。
港町、アストロードに風のない日は珍しい。かえって潮の香りがしつこく感じる。
少年は、肩に食い込む剣の重みを確認するように、鞘を鳴らした。
まだ、幼さの残る十七歳の彼は、一人きりでこの港町の繁華街に来ている。
昼間でも、酒場からは海の男の歌声やら怒鳴り声が聞こえてくる。早朝の漁を終え、彼らはすでに一日の疲れを癒しにかかっているのだ。
酒場はすでに少年にとって、馴染みの場所だった。
幼い頃から家にいるのがつまらなくなると、そこに来て男たちの豪快な嘘話や、女たちの香水の香りを感じるのが好きだった。子ども扱いはされるが、それを利用してそこそこいい思いをしていることも確かだ。
酒場の脇を通ると、いつもの野良猫が、長い尻尾をゆらんと揺らした。
少年は一瞬立ち止まると、猫をなでようと、手を伸ばす。気まぐれな猫は、ふいと、酒樽から飛び降りて、まるでしてやったりという風にご機嫌な様子で歩き出す。
「ちぇっ。かわいくないな。」
ポツリと独り言を言って、少年は再び歩き出した。
懐にある、金貨の重みが、少しうきうきさせる。いつもと違う。
今日このために苦労してためたのだ。ちゃんと自分で漁師の手伝いをしたり、酒場で皿洗いしたりして稼いだのだ。母さんにも何に使おうと文句は言わせないんだ。
少年の名は、シンカという。
この町の子ではない。街の少年たちに混じれば白い肌、少しうねりのある金色の髪は目立つが、常によそ者の出入りするこの町では、だからと言って特別に扱われることもない。濃い蒼い瞳は大きく笑うと愛嬌のある顔になる。
この地方の強い日差しは、彼の目を強く射る。
普段は縁のない目的の店を視界に認めると、シンカはさらに足を速めた。軒先の小さな看板が、日差しを鈍く反射するのに目をしばたいて、逃げ込むように入っていく。
店内は少しは涼しい。レンガの土のにおいがかすかにする。
シンカは数日前に確認してあったそれをもう一度眺めると、店番の老婆に声をかけた。
「おばさん、この首飾り、ほしいんだ。」
老婆をおばさんと呼ぶのは少年の多少の遠慮だ。だが老婆は少年を見ると、ずるそうに笑う。
「いいのかい?子供が買うには高いと思うけどねぇ」
「大丈夫だよ」
にっこりと笑うシンカ。きちんと下調べしたのだ。
「そうかい。十八イルだ」
少年の顔色が変わった。この町の賄いつきの宿で一泊一イル。十五イルでも半月遊んで暮らせるのだ、少年にとっては大金だった。
「この前、聞いたときは十五イルって言ったじゃないか!」
「ぼうや、知らないのかい?輝石は常に値が動くもんなのさ。今ちょうど、高い時期でねぇ。・・シシシ」
いやな笑い声が更なる不快感を誘う。
「なんだよ、少しくらい負けてくれたっていいだろ!悪徳だな」
三イルは実際少しとは言えないがシンカは食い下がる。一イル稼ぐには二週間市場の荷物運びをしなければならない。
「ふん、買わないんなら帰っとくれ。商売の邪魔だよ」
シンカはどうしてもこの首飾りがほしかったのだ。老婆のしわに隠れようとする小さな目を睨み付けた。
明日はミンクの誕生日。この石はあいつの瞳の色に映える。きっと似合う。
そう思って働いて小遣いを貯めたのに、今さら買えないなんて。
誕生日は明日なのだ。今日買えなければ、今までの苦労の意味がない。
「さあ、帰っとくれ。……いらっしゃいませ」
シンカの背を押しのけて、老婆は立ち上がった。後から入ってきた客に声色を変える。上客なのだろう。
「ボウズ、そいつを買いたいのか?」
振り向くと、シンカより頭一つ大きい、栗色の髪の男が笑っていた。
見たことある。誰だったろう、思い出せない。
「俺の頼みを聞いてくれたら、買ってやるよ。」
男は、短くした髪をきっちり整えていて、上質な生地の服を着ている。
金持ちらしい。少し、迫力のある顔で笑って見せた。
シンカはまっすぐ見上げて、男を観察した。
本当に、どこかで見たことがある気がする。
「ほしくないのか?」
「あ、ほしい」
ふと口から出た素直な言葉に、男はにやりとした。
仕方ないよな。自分で買わなきゃ意味ない、なんて言っていられないか。
「どんな条件?」
「俺の部下とひと勝負しないか?その背中のものでさ」
男が店の外にいる、男より少し若そうな灰色の髪の男を指差す。店の小さな窓からは、その男の体半分しか見えない。それでも二十代後半くらいで、がっしりしているのが分かる。多分軍隊崩れか何かだ。
「負けたら?」
シンカが背中の鞘を整えながら、問いかける。
「喧嘩なら外でやっとくれ!ほら、ほら」
二人の間に割って入って、老婆が追い立てる。
シンカと男は店の外に出た。
暑苦しい日差しが眼に痛い。五、六人だろうか、男の部下たちの顔は濃い影がさしてよく見えない。皆、シンカをじろじろ見ている。
「負けたら?」
「俺たちに、畑を見せてほしい。」
栗毛の男は意味ありげにウインクした。
畑とは【ユンイラ畑】のことなのか。
「勝てたら足りない分を出してやろう」
男がシンカの頭をガシガシなでるので、その手を振り払う。
「レクトさん。酔狂だなあんた。こんなガキに負けたら勤まらないっすよ。」
少し変わったなまりで灰色の髪の男が笑った。
「手加減するなよ、ジンロ」
レクトと呼ばれた、栗色の髪の男は煙草を取り出して火をつける。
シンカはぐしゃぐしゃにされた前髪を撫で付けながら言った。
「受けるよ」
シンカは、剣術の大会では町一番だった。
小さな町だから、威張れるほどではないけれど、まあ、やってみてもいい。
殺されることはないだろう。
シンカが剣を抜くと、相手も剣を抜く。
ジンロと呼ばれた男の剣は、ひじから手先くらいの長さの短剣だ。シンカの剣のほうが長い。
こんな条件の相手と戦ったことはない。
シンカが剣を持つ手に力を入れた瞬間、男が剣を肩の高さに構え突っ込んでくる。派手な音をたてて、刃がぶつかった。