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それでも私はあなたが優しいと思うから

作者: 山崎世界

 吹雪が辺りを覆って、耳にびゅうびゅうとつんざくような痛みは次第に鈍くなるようだった。

 真っ暗な夜の闇の中でも雪は残酷なまでに白い。

 だが少女は思う。


(キレイ……)


 少女……真白は変わり者だった。春の陽気や秋の実りだけではなく、夏の熱気や冬の冷気も好んでいた。

 とりわけ、冬だ。音も無く降り注ぎ、窓辺から見ていると辛抱たまらずに飛び出し、足跡を付けて、包み込むように足音を受け止める雪。

 はぁ……と息を吐けば漏れるのは何だか面白い。吸い込む息が肺を冷やす感覚は得も言えぬ感覚だ。前述したが少女は変わり者である。

 今日も今日とて、ああ雪山の景色は綺麗だなぁ天気もいいし登ってみようか、などと物見遊山でこの調子。

 雪山に近づいてはいけない、と。猟師のお父さんにも止められてはいても、心がついついときめいてしまうのだから、仕方がないよね、とそんな言い訳をした。山の上から見下ろす村の雪景色は、それはもう綺麗で。ああ来てよかった、と何でお父さんは止めたのだろうと悪態を吐いていた。

 あぁこのまま死んでしまうのだろうか。お父さん、お母さん、ごめんなさい。つらつらと、意識が段々薄らいできたその時だった。


「……お前は、身投げに来たのか」


 声が聞こえた。


「であれば面倒が少なくて済むのだが……違うようだな」


 とても低い男の声だった。

 そして、そのまま何か温かい毛皮の様に包まれて、少女の意識は静かに沈んでいった。


※※※


「火を起こさねばならんか……すまぬな。洞窟の住民たちよ。しばし迷惑をかける」


 カチカチと石を打ちつける音の後に、パチパチと火花が弾ける音が聞こえてきた。


「……さてどうしたものか。嫁入り前の女を穢すわけにもいかんだろう」


 うっすらと意識が明けた真白が目にしたのは、橙色の火に照らされた、毛むくじゃらの、『何か』の姿だった。


「全く面倒なことだ……」


 そして、ああでもこうでもない、と。


「まあこれくらいはよかろう」


 そんなことを言いながら、ぎゅっと抱きしめて体をさする。そんなじんわりとした温かさの中で、ふわぁっと一つ欠伸をして、寝入るのだった。


※※※


 翌日、目を覚ました少女は、自分の家の布団で目を覚ました。

 驚いて、すぐに布団から飛び出る。すると、母は怒りながらも涙を流して強く抱き締めてくれた。

 ありがたいとは思うものの、話を聞きたいので、真白は父に、昨日何があったのかを尋ねた。

「昨夜、か……昨夜は大変だったぞ。お前が山から戻らぬ、と村中大慌てだ。吹雪の中、山に探しに行くわけにもいかぬしな。

 だが、どういうわけなのか。突然、物音がしたと思ったらお前が倒れ込んでいたのだ。それで、慌てて介抱して、寝かしつけて、今に至るというわけだ。ちゃんと皆に礼を言っておくのだぞ」


 真白は、その話を聞いて考える。


「お父さん。私、昨日は山で不思議な生き物にあったの。それがきっと私を助けてくれたんだと思うの」


 父は、その言葉を聞いて、一瞬、驚いた表情を見せたがすぐに気を取り直し、笑い飛ばす。


「まあお前も、命からがら必死に山を下りて来たのであろうからな混乱しているのだろう」


「でも、その生き物はとっても優しかったの。私、また会いたい」


 真白の告白に、父は唖然として、そして……怒りの感情を見せた。


「お父、さん……?」


「いいか。あの山にそんな生き物はいない。よしんばいたとしても、助かったのは、ただ運が良かったというそれだけの話だ。それは、人智に及ばぬ化け物と呼ばれる存在だ。関わろうとしてはいかん。次は食い殺されるやも知れんよ」


 その言葉に、真白もまた怒った。

 それのことは、何も知らない。まるで夢のように定かではない。けれどそれは優しくて、知りたくて、皆に知ってもらいたいとそう思ったのだ。それなのに、頭ごなしに否定された。それが、悔しかった。


※※※


 だから、再び山を訪れた。

 自分を助けてくれた存在は、一体何であったのかを知る為に。晴れて、まだ明るい雪山をザクザクと進んでいく。

 そうしていると、ふと目の前に何かが現れ出でた。


グルルルル!


 しかし、それは目当ての者とは違った。

狼だ。獰猛な唸り声をあげて、こちらを睨みつける獣の視線に、真白はぺたりとしりもちをついてしまう。


「待て」


 その時だった。のそのそと、狼の後ろから何かが歩いてくる。


「あ……!」


 分かった。それは、木の背丈を超えるほどの大きさで。二本足で立つ何かだった。全身毛むくじゃらで、その骨格は判然としないが、しかし、その奥にある眼には知性を漂わせていた。

 狼は、真白から目を離し、吠える。


「お前も知っているだろう。見てしまったからには、しょうがないのだ」


 狼は唸る。そして、暫く考えるようにした後、一つ大きく吠えて、山の奥に駆けて行った。


「……すまんな」


 その様子を、申し訳なさそうに。真白が探し求めていた存在は、見送っていた。

 それは、ぎろり、と。真白を見詰めた。それに真白はどきりとする。これは、父や母が自分を叱りつけるときと同じ顔だ、と。そう思った。何か悪いことをしただろうか、と考えを巡らせる


「何をしに来た」


「私は真白です」


 それの質問には答えず、真白はただ主張する。


「……もしや俺の名を知りたいのか」


 こくりと真白は頷く。それは、はぁ……と。大きく溜息を吐いた。


「名、などというものはない。そも、区別する必要は無い。俺という種は、俺しかいないのだから。とは言え呼びたいというのであれば……山男やまおとこというのが、通りの良い名前か」


「山男さんは、動物と話せるの?」


 早速、得た呼称を使い、矢継ぎ早に聞いてくる真白に、また溜息を深くした。


「お前は俺が恐ろしいと思わないのか」


「何で?」


「得体が知れぬからだ。それに年頃の娘であれば、俺のようなモノを目にすれば悲鳴の一つでも挙げて走り去るのが普通であろう」


「んー……? すみません。そういう感覚? っていうのがよく分からないのです。村の皆からもよく変わってるって言われてて」


(ああなるほど。であろうな)


 山男は心の中で呟いた。正直なところを言えば、戸惑っている。さっさと去ればいいものを、と。


「それでですね。その、山男さんは動物さんと話ができるの?」


「……まあ人間の感覚とは違うが、意思疎通は出来る」


 言っておくが通訳などするつもりはないぞ、と続けるつもりであったが。

 目をキラキラとさせて自分を見る真白に、山男はやれやれ、とまた溜息を吐いた。


「何をしにお前はここにやって来たのだ」


 用件を済ませて、とっとと帰らせようとそう思う。


「お礼をしに来たんです。昨日、私を助けてくれたのは、山男さんでしょう?」


 そして、後悔した。


「私、皆に山男さんのことを知ってもらいたい。だって山男さんは優しくて、頭が良くて、だから、一度村に来て……」


「止めろ」


 今までになく冷たい言葉で以て、真白の言葉を切る。

 そして、自らの迂闊さを嘆く。長年、保たれてきた山と村の均衡を、崩してしまったのかもしれない、と。


「……山男、さん?」


 しかし、どうすればいいだろうか。

 このまま自分のことを恐れてくれれば話は早かったのだが、どうにもそれは望めないらしい。


(仕方がない……)


 何がどう仕方がないというのか。まあ山男としても長年、人と接することが無く混乱していて、結局のところ、それをしたところでどうにもならないということを内心気付きながらも。真白と、話をすることにした。

 自らの正体を。その存在意義の話を。


※※※


「俺は、人に恐れられるためにここにいる」


 真白の正直な感想としては、意味が分からない、だった。


「人は……いや、これは人に限った話ではないが生きとし生けるものは、恐怖により、痛い目を見ることにより、その侵してはならぬ領域を知る。そういう線引きの為に、恐怖という感情は存在する。だからこそ、恐れられる存在が必要なのだ」


「でも、私、山男さんのこと、怖くないよ?」


「人間というものはそうなのだろうな。前に進むために、恐怖を克服しようとし、そして成し遂げてしまう。そしてその手の届く地平を飽くことなく広げていく。畏れを抱くべき存在に対しても平然と近づいていくお前のような存在も時たま現れる」


 だが、それではダメなのだ、と。悲痛な声で、山男は言う。


「入って来るなとは言わん。だが限度はある。その為に、俺に恐れを抱いてもなお、そうしなければならない理由があると、そういう数少ない覚悟を持った人間を絞り込むために俺がいるのだ。だから、俺が恐ろしくないなどとそう吹聴されては困る」


「でも、山男さんは誤解されてるだけなんでしょう?」


「だから、それは俺が自ら吹聴しているだけだとそう言っている。俺が人々の間で語り継がれるべくは怪異譚だ。お前が言うように、本当は優しいなどと。そう言った語り部など望んでいない」


「だったら……! だったら何で山男さんはそうなの!? 何で……私を助けたの!?」


 責めるような口調で、いつの間にか涙を流しながら、真白は喚き散らす。

 難しい理屈などはっきり言って分からない。けれど、山男は。目の前の優しい存在は、恐れられたままでいいと。それが望みだと。わけが分からないほどに悲しいことを言っている。

 それだけだ。それが、許せない。


(諭すことなど無意味だと、分かっていたはずなのだがな……)


 この少女の気質からして、きっと納得することはないのだろうとそれは分かっていた。

 だが、少しばかり胸に来た。


(何故、助けたか、か……)


 それは……山男自身にも分からないのだ。

 強いて言うのであれば、それは本能だ。そうしなければならない、とどこからか発する思いだ。

 いっそのこと、自らが望む悪鬼へと自らを騙すことが出来たのならばきっとそのような葛藤も無いのだろう。

 しかし、山男は山男であるからこそ、こうして山を守ろうとすることが出来るのだ。きっと、そう言うことでしかない。


「……もう帰れ」


 そうして、山男は考えるのを止めた。


※※※


「真白」


 神妙な顔つきの父に呼ばれた真白は、自らも待ち構える様に、父を睨む。


「お父さん。お父さんはもしかして、知っていたの?」


 真白は、山男から聞いた話を話す。


「そうか……そういうことであったのか」


 真白にとっては難しいことばかりで、噛み砕いて話すことなどできないが、それでも父は、話を聞いて、深く息を吐いた。


「俺も詳しくは知らなかった。だが、俺も確かに山男に会ったことはあったのだ。俺だけではないのだろう。きっと、猟師たちは皆、あの存在を知っている。知っていて、穢してはならぬ存在だとそう思い、口伝を守ってきたのだ」


 狩人たちは山男と対話をしたことなど無かった。

 けれど、その存在を深く畏れ……そして、感謝して、その存在が望むことを精一杯守ってきた。言葉など要らずとも、そこに確かに絆、いや、絆のようなものがあった。


「私……そんなことも知らないで」


 そして真白は、知らなかったとはいえ、父に怒りの感情を向けたことを申し訳ないと思う。悔しさは、ますます増した。


「いや、そんなことはない。お前は、山男様の真心を知ろうとした。それは、きっと誰もがやろうとしなかったことだ。そんな自分を、存分に誇るといい。俺は、そんな心優しい娘を誇りに思うよ」


 頭を撫でるその手に、真白は堰が切れたように、泣いた。


※※※


「山男様」


 数日後、山男の前に現れたのは、真白の父だった。


「娘が世話になったようで」


「礼なら不要だ。次も助けるなどと思うなよ。あれは、お前たちできちんと躾けておけ」


 その異様さにいささか気圧されながらも、知性を感じさせる声に安心する。

 同時に、自分達に忠告を。山男を頼りにするな。自分達のことは自分達で、と。そんなことをわざわざ告げる律義さ。実直さ。優しさに。笑みが零れてしまう。

 ああ、そうだ。娘の気持ちがよく分かる。願わくば、この存在を思い切り広めたい。山男は、きっと誰よりも優しくて、そして強く賢いのだと。そんな叶わない幻想に、涙を流しながら別れを告げる。


「提案があるのです」


「提案……?」


※※※


 数日後。


「皆の者、この山に住まう山男を退治したいと思う」


 真白の父は、大々的に宣伝した。


「さあ行こう。なに、心配はない。皆、俺が見事に山男を狩る様を見物するがいい」


 酒でも入っているのか、顔を紅くして酷く興奮した様子で、真白の父は村人を連れ、雪山へと入っていく。


※※※


(これでいい)


 演技めいた大げさな動作で、いかに自信満々で山男を狩るかを村人たちに述べながら、頭は酷く冷静で、真白の父は考える。


※※※


『提案だと?』


『ええ。山男様。真白が山に入れたのは、恐れながら、村の皆が昔ほどあなたを恐れなくなったからです。だから、そこまで強くは止めなかった』


『で、あろうな』

 狩人たちの口伝だけでは薄い。もっと具体的な恐怖が。犠牲が必要なのだ。そうでなければ、忘れてしまう。克服したような気になってしまう。弱く愚かな生き物だ。


『ですから、私はあなたを討つために、村人を連れて山に入ります……そこで、あなたは私を殺してください』


『何をバカなことを!』


 しかし、口とは裏腹に、山男の頭の中では、冷静に理を計る部分があった。

 目の前で、立ち向かうべき存在が、歯が立たずに敗れ去る。それは、絶望を。恐怖を。人々に確かに植えつける。


『……この前も商人が来ましてね。この辺りの山を。木々を。動物たちを熱心に値踏みしていました。あるいは木々を伐採し、穴をあけ、山を崩し、道を作る。そう言った話もしていました。もう猶予はないのです。私も……この山を守りたい』


 それは、真白の父の本心であった。どうすればいいのか皆目見当がつかなかったが、希望が見えた。

 いや、これも的確ではない。そう。目の前にいる誇り高き存在。その存在に触発されたのだ。


『……俺にお前を殺せと言うのか』


『……申し訳ありません。ですが、どうか』


 ただ、目の前の山男に本当に手を汚させることになる。自分としては、自殺のような者だが、それだけが気がかりだった。


『何を言う。今さら、その程度のことに躊躇はせん……せめて願いを言うのであれば、道を切り開く勇士として、参られよ。俺も、人の行く手を阻む怪物として立ちはだかろう』


 敵わない、と。そう思いながら、深く頭を下げた。


※※※


 猟銃を手にし、目の前に立つ。

 ああ、何だ。こうして目の前に立っても全く勝てる気がしない。周りの村人たちも、いつの間にかずっと後ろから見守っているだけになっている。

 このまま、愚かな狩人として、歴史に名を残すことも無く死んでいくだろう。そのことが、誇らしか……


「ダメエエエエエエ!!!!!!!!」


 引き金を引こうか、とその時。山男の前に現れ、その身体を抱きつく存在があった。


「真白!?」


 何故真白がここに!? と真白の父と……山男までも混乱する。

 いや、予想できない事態ではなかった。その筈なのに。説明するべきなのだろうか? だが、それは


「真白、山男は……」


「二人とも、ケンカしちゃだめだよ!」


 その言葉に、二人は唖然とした。ケンカ……? ケンカ、とそう言ったのか。

これは避けては通れない摂理で、仕方のない犠牲で。少なくとも、どちらかが死ななければならない通過儀礼だ。


「知らないよ! 知らないよそんなの! お父さんも、山男さんも、優しくて、そんなことしなくても仲良くなれるのに! きっと幸せになれる道があるのに……バカだよ! きっとバカなんだよ!」


 しかし、真白もおぼろげながらもそんなことは分かっていたのだ。

 分かった上で、まだ諦めが悪く、もがいていたのだ。可能性を唱え、それを追い求めない二人を責めた。

 希望ゆめを見た。それを諦めてしまった二人にとって、その姿は、眩し過ぎた。

 しかし、やはりそう簡単にいくわけはない。


「真白を殺せ!」


 後ろから、様子を窺っていた村人たちの声が響く。


「そうだ殺せ!」


「きっとあの山男にかどわかされたに違いねえ!」


「そんな汚らわしい娘など殺してしまえ!」


「裏切り者め!」


 口汚く、真白を罵った。


(何を言っているのだこいつらは……)


 山男の心の中は怒りを通り越し、呆然とした。


「何をしている! 貸せ!」


 そして、村人の中に、真白の父から猟銃を取り上げ、真白ごと狙いを定める者が。


「止めろ!」


「死ねええ!!!!」


 バァン! と銃声が鳴り響く。真白の父は、思わず、目を逸らした。足元の雪が、紅く染まるのが見えた。



「…………いい加減にしろバカ者ども!!!!!!」



 山中に響くのは、山男の声だった。その衝撃は大気を揺らし、猟銃を手にしていた男もしりもちをつき、へたり込む。

 ぼたぼたと、血が滴る音がした。


「や、山男さん! 血が」


 真白は無事だった。山男が庇ったからだ。だから、山男の腹部からは赤い血が流れおちていた。

 しかし、それがどうしたのだと。山男の怒りに、迫力に、村人たちはガタガタと震えていた。


「俺を恐れるのは構わん。だが、お前たちには守るべきものがいるはずだろう。その為にこそ、勇気を奮うはずだ。だからこそ俺のような化け物を狩る大義があるはずだ。

 なのに何だ! お前達がそんなだから、俺はこいつを守らねばならなかったのだぞ! 聞いているのか! 人間ども!」


 説教だった。村人たちは唖然とする。頭に血が廻らないのか、その言葉はいささか支離滅裂だ。けれど、そこには優しさがあった。知性があった。強さがあった。そして、熱さがあった。


「くっ……はぁ……はぁ、血を、失いすぎたか」


 その後も、言葉をつづけたが、やがて、立つことも出来ず膝をつく。


「死なないで! 山男さん!」


 真白が言う。


「そうだ! 死ぬな!」


 やがて、村人の誰かの言葉に従って、


「死ぬな!」


「死ぬな!」


「死ぬな!」


 村人たちは、わけのわからぬ衝動のまま、叫ぶ。

 ただ、この存在をこのまま失ってはならないと、そう心の赴くままに、叫んだ。


(全く、調子がいいことだな)


 つい先ほどまで自分を殺そうとしていたくせに。全く……矛盾しすぎだ。


(人のことは、言えんがな……)


※※※


 それは、一人の狩人の物語。

 血気盛んなその男は、その山に住むという、神と崇められた巨大な獣を狩る為に山に入る。

 その獣を狩ることが出来れば、人々は自由に山に入ることが出来るようになる。

 その年は、農作物が不作で、このままだと冬を越すことが出来ない。だから、山からその実りを分けてもらうほかない。

 男は、英雄になる。その山で、神と崇められた巨大な獣の命を、壮絶な死闘の元に仕留める。

 そこで、気付いてしまった。


『あなたは、守ろうとしただけだった……』


 人間の敵であるだけの存在などいるわけはなく。それは、結果的に人にとっての敵にならざるを得なかったそれだけの、気高き存在だった。それを、自分は山から奪った。


『仕方のないことだ。人の子よ。そうでなければ、お前たちの麓の村は死にゆくだけであっただろう。私達は、それを見捨てるつもりであったよ。であれば……まあ、仕方がない』


『そんなわけはない! そんなわけはないんだ!』


『……もし、申し訳ないと。そう思うのであれば、私に代わって、この山を守ってほしい』


 そうして、神と呼ばれた獣を殺し、英雄となったはずの男は、いつの間にかその姿を消していた。


※※※


「山男さん!」


 真白が呼んだその先には白い長髪を雑に結んだ若く精悍な顔つきの青年がいた。


「気安く呼ぶな小娘が」


 その声は、山男の声そのものだった。

 あの後、何があったのか。正確に覚えている村人はいない。ただ、温かな光に包まれて、山男のいた筈の場所には、一人の男が気絶していた。

 それだけだ。それが山男であるはずはない。はずはないが……まあ、山男とそう呼ぶことくらいは、仕方がない。馴染みやすい名前なのだから。

 もう、山に脅威はいない。無論、自然というのは容赦なく牙をむいてくることもあるだろう。だが、山男という分かりやすい脅威はない。人は、もうどこへだって行けるし、どんなことだって出来てしまう。欲望のまま、恐れを知らぬまま進めば、いつか世界を壊してしまうだろう。

 だからこそ、山男は物語を書いていた。人が、その領分を越え過ぎぬよう。畏れるべき存在を、敬うべき存在を。侵してはならない禁忌を。


「山男さん。これを読んでみてください」


 どやぁっと真白は見せびらかす。そこに書かれているのは、触れたいと思う、知ってほしいと思う、どこか寂しい英雄の物語だ。


「バカは嫌いだ。もう少し勉強するのだな」


 その拙い文章に、笑みを浮かべながら厳しめの評価を下して突っ返す。


「むぅ! いつか追いついて見せます! そしたら」


 阻む者と、追いかける者。さて、両者が肩を並べて歩む日は、果たしていつの日か―――

まああれですよねえ何書いてんだよってぇ話ですよね色んな意味で

知ってほしい人っているよね、報われないなんて嘘だよね、とかそんな想いがですね。だから、童話として語り継げればなあみたいな……

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