王女様、会ってしまう
今日も来てしまった。
柵越しにジリアスが子どもたちと鬼ごっこをしている姿をこっそり覗く。
ジリアスに見惚れる。
ああ、やっぱり好きだ。
王宮ではかっちりとした服ばかり着ているから、上着を脱ぎ腕を捲った姿は新鮮だ。
シャツから覗く二の腕、襟元を緩めた首筋が白くて、陽に映える。
と、口を開けて魅入っているアルテッサの足元でウサギがため息をついた。やれやれ。
いやだって、あんな姿、王宮では見たことない。
これはちょっと映写珠に収めておきたい。
映写珠とは魔法で映した画像をどこでも念じれば見れるという優れた魔法アイテムだった。
アルテッサは持ってきていたバッグから青い珠を取り出し、ムニムニと魔法を唱え、ジリアスがいる方向に珠をかざした。
青い珠の中でジリアスが笑う。
これもまた、王宮では見たことがない、笑顔。
ジリアスが口を開けて笑うなんて初めて見た。
かざしていた珠を握りしめ、その場でアルテッサはしゃがみ込んだ。
ウサギがまたもやため息をつく。何、自分を追い込んでんだよ。
「あの、大丈夫ですか?」
しゃがんだアルテッサに声をかける者がいた。
「お腹でも、痛いんですか?」
顔を上げると、いつか孤児院でジリアスと笑いあっていた少女が立っていた。
その髪には花柄のレースのリボンが結わえられている。
アルテッサは慌てて被っていたケープを引き下げた。
隠した後で己の顔に、アルテッサではない別人の顔に見える、まやかしの魔法をかける。
アルテッサは一度この孤児院に来ていて、少女もアルテッサの顔を知っているからだ。
王女が一人で、こそこそしているなんて知られるわけにはいかない。
「だ、大丈夫です! ただちょっと疲れて休んでいただけなので」
勢いよく立ち上がり、ぴょんぴょん飛び跳ね元気であることを見せる。
「疲れているならもっと休んでいきますか? 何もないところですが」
「い、いえ。大丈夫です!!」
少女はアルテッサの手を優しく取り、門の中へ引き入れようとした。
まずい! ここでジリアスに見つかってはどんな顔で会えばいいか分からない。
アルテッサはやんわりと少女の手を払い、拒絶の意を示した。
少し強引で失礼な態度になってしまったが、逆に少女は小さく「強引でしたね。ごめんなさい」と謝ってくる。
可愛いだけじゃなく、良い娘だ。
「ねぇ、あの方はよく来るの?」
「あの方? ……ああ、ジリアス様ですか? そうですね、最近よくいらっしゃいます」
「素敵な方よね」
「ええ、はい」
そこで少女の顔が少し赤くなったのをアルテッサは見逃さなかった。
「好きなの?」
「え? ええっ?! まさか! ジリアス様にはこの国の王女、アルテッサ様がいらっしゃいますし」
「でも、好きなの?」
「い、いえ。私が例え好きでも相手になんてされません!」
二人はまだ恋仲というわけではないのかしら。
少女の言葉にアルテッサは胸をなでおろした。
と、同時に二人の恋を邪魔しているのは自分なんだと、胸の内が少し痛んだ。