王女様、キスする
すべての想いを伝えた時、アルテッサは自分が後悔すると思っていた。
しかし言ってしまった今、不思議と後悔はなく、もやもやとした霧のような気分は晴れていた。
もちろん不安はある。
涙も止まらない。訳もなく震えているのは何故なのか自分でも分からない。
その場を支配しているのは噴水の水音とアルテッサのすすり泣く声だった。
ジリアスの顔が見れない。
アルテッサはジリアスから離れようとしたが反対に体を引き寄せられる。
再び、ジリアスの胸に顔が埋もれた。
「こんなに好きになってくれてありがとう」
その先が聞きたくなくて、さらに顔を押しつける。
「本当に、ごめんね」
なんでこんなやつ好きになっちゃったんだろう。
「僕も、君くらい君を好きになっていれば良かったのにね」
腕の中で握った拳をジリアスに打ち付ける。
しばらくの間、ずっとそうしていた。
暴れて、わんわん泣いて。
ジリアスはその間、アルテッサを宥めるように抱きしめ続けた。
時間が止まっているようだった。
でも、いつまでもこのままでいることはできない。
アルテッサは顔を上げた。
「ねぇ、一つ聞かせて」
ジリアスに問いかける。
「私がもし王女じゃなかったら、私のことを好きになってくれた?」
もし王女じゃなかったら。
もしジリアスが他国から人質同然で婚約者にならなかったら。
もしアルテッサとジリアスが立場など関係ない普通の町にいる、ただの女の子と男の子だったなら。
考えても仕方のないことでも、聞いてしまう。
ねぇ、私が何も持たないただの女の子だったら、ずっと一緒にいられたの?
ジリアスはその問いに申し訳なさそうに頷いた。
それを見てまたアルテッサは静かに泣いた。
静かにまた、たくさん泣いて、そして……
「お願い、聞いてもらっていい? これが最後のわがままだから……」
アルテッサはベンチから立ち上がった。
「ねぇ……キス、していい?」
いつだったか、それは叶わなかった願いだ。
「ああ、良いよ」
ジリアスがアルテッサの頬を撫ぜ、唇を近づけた。
「いいえ、そうじゃない。するのは私」
強要するのではない。
アルテッサがしたいからするのだ。
思えばいつだってそうだった。
自分から何かが欲しいと言ったり、何かしろと言ったことはあるが自分から動くことはなかった。
いつも相手にさせていて、アルテッサ自身は待っていた。それが当然とも思っていた。
それがジリアスとの関係を拗らせてしまった原因の一つとも気づかずに。
お互いの立場が違うなら、アルテッサの方から歩み寄る必要があった。
だからこうなってしまったのはアルテッサにも非があるのではないだろうか。
ジリアスの複雑な立場がアルテッサとジリアスの関係を歪ませ、ジリアスの中に強い葛藤を生み、苦しめているのならアルテッサができることは一つだけだ。
「あなたにキスを」
もう、ジリアスを解放しよう。
ジリアスの肩に手を添え、唇を近づける。
そして……
アルテッサはジリアスの唇に、ではなく右頬にキスをした。
恋情ではなく親愛を。
その唇に想いを乗せて。