王女様、戸惑う
「このクッキーはどこで売ってるものなのですか?」
ジリアスの異変に気がついてから初めてのお茶会。
いつもは同じ席に着いても、女性陣の話に笑顔でうんうんと頷いてばかりいるジリアスが珍しく口を開いた。
「お、お気に召しました?」
「ええ、美味しいです」
主催の伯爵夫人がびっくりした顔をする。
アルテッサはもっとびっくりした。
今までジリアスから話題を切り出すことなんてなかった。
それがクッキーの感想を言うなんて!
ジリアスは何でも受け入れ、その場で微笑んでいることが多い。
自分の意見は全く言わない。
何も感じていないかというと、そうではないのだが、非常に表に出ず分かりづらかった。
嫌なものには少し小首を傾げる程度。好きなものには目元が緩む程度。
どちらも常に一緒にいるアルテッサだから分かることだった。
それがクッキーを美味しいと言うなんて!
しかもジリアスはあまり甘いものが好きではないと思っていたのだけれど……。
何が良かったのかしら。
コーティングされたチョコレート?
サクサクの生地に、鼻腔をくすぐるシナモン?
「クッキーはうちの料理長が作りましたのよ。お好きでしたら今度王宮にお持ち致しますわ」
「ええ、ありがとうございます」
にこやかな笑顔。
「女性はこういう可愛らしいものがお好きなのですよね?」
言って手に取ったのはピンクのアイシングで描かれた可愛い花のクッキーだ。
味わうように咀嚼する。
その場にいた誰もがジリアスに注目した。
女性……?
「私も好きよ。ピンクの花が可愛いわ」
微妙な空気になりそうだったので、アルテッサはあわててみんなの視線を集めようと、そう言った。
「私もそのクッキー食べたいわ。ジリアス」
「え? ああ、仰せのままに。お姫さま」
ジリアスがアルテッサの目の前に花のクッキーを差し出す。
アルテッサはジリアスの指ごとクッキーを口に含んだ。
ガリリと噛んでやる。
「痛いよ。アルテッサ」
ジリアスが小首を傾げ、微笑んだ。
その表情に、アルテッサは泣きたくなる。
そこにあるのに掴めない雲のように、近くにいるのに遠い景色のように。
ジリアスが自分の知るジリアスではなくなってしまう気がした。
ジリアスがどこかに行ってしまうことなんてないはずなのにね。
アルテッサはゆっくりとジリアスの指を離し、近くにあったレモンパイのクリームをサッと指で掬い取った。
お行儀が悪いことは百も承知。
指に付いたクリームを舐める。
「やっぱり私はこっちの方が良いわ」
それはちょっとした強がり。
強がっていないと、喚き散らしそうになる自分が情けない。
弱い自分は心の奥底に押し込める。何もなかったように振る舞う。
それがアルテッサの、次代の女王の矜持だった。
その日のアルテッサの白ウサギはいつも以上にぎゅうぎゅうと締め付けるように抱きしめられ、毛並みを散々撫でられた。