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王女様、手を取る

 舞踏会の幕が上がる。

 いつもは会場周辺の警護や結界の強化で表舞台には足を踏み入れないフィリックだったけれど、今日は王女専用の控えの間まで来ていた。人間の姿で。


 アルテッサはまだ来ていない。

 人間のメスは準備にやたらと時間が掛かるものだと、フィリックも熟知している。

 控えの間にはフィリックの他にもう一人いた。ジリアスだ。

 オス二人だけでアルテッサを、もう長いこと待っている。


 ときたま目線がちらりと合い、ほんのわずか渋い顔をされること数回。フィリックはその度ににっこりと笑顔で返していた。


「お待たせ」


 そんな愉快な空気の中、アルテッサが現れた。

 そのドレスは夏の空色。

 フィリックの用意したドレスだ。

 フィリックはそれに気を良くし、微笑む程度だった笑みの口角をさらに上げて、にんまりと笑った。

 鼻もウサギの時の癖でひくひく動きそうになる。慌てて手で押さえて隠した。

 この動作が人間の時だと周りから可笑しく映るらしい。


 フィリックより先に動いたのはジリアスだった。

 アルテッサの前まで行き、手を差し出す。

 しかしアルテッサはその手を取らない。しばらく見つめた後何も言わず、お仕着せの笑みで一蹴、フィリックの元へと来た。


 ジリアスを真似て、手を差し出すフィリック。

 今度はアルテッサも手を取った。

 精霊は乗せられた手を握り、深々とこうべを垂れる。


「まずは選択したことに敬意を」

「別に貴方を選んだわけじゃないわ」

「それはそうだけど……何かを選び取る、決断には労力も不安も喪失もあったはずだ。それに負けない勇気には敬意を表さなくては」


 言いながら、頭を撫でようと手をアルテッサの頭上に掲げる。

 アルテッサの言う通り、フィリックが選ばれたわけではない。

 選び取ったのはおそらくジリアスとの……。


「髪型崩れる」


 避けられた。ちぇっ。


「行くわよ」


 少しだけムッとしたが気を取り直して、アルテッサをリードして会場へと歩き出す。

 会場に入った瞬間、周囲がどよめいた。

 当然だろう。

 婚約者ではなく、公妾を王女が優先させたのだ。

 しかし王女様は何もなかったようなすまし顔で、公妾を誘う。


「さ、踊りましょう」


 それから、軽やかなステップでアルテッサとフィリックは踊った。

 ジリアスには目もくれない。


 この瞬間にもアルテッサの寵愛の勢力図が変わったことを見せつける。

 じっと見つめ合い、仲睦まじく、二人の世界を作ってみせる。


 それがこの出口のないどうしようもない恋の結末に必要なことであるから。


「ねぇ、あなたがこうやって人間になったのは何故?」

「前にも言っただろ。あいつを最悪の状況に追い込むことなく婚約破棄するためさ」


 二人にだけしか聞こえない小さな声での会話。


「あいつに報復したいのなら、俺は必要なかっただろうけどね。君はそれを望むか?」

「……いいえ」


 精霊であるフィリックの仕事はアルテッサを守ることだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 しかし、それは命を守るだけでなく精神も含まれる。


「それに、いつもそばにいられれば、いつでもこうやって支えてやれる」


 軽く触れる程度だった腰を引き寄せた。


「……そう……じゃあ、一つだけ、お願いするわ」

「なんなりと、王女様」

「あと2曲、踊り終わった後……」


 アルテッサがフィリックに頼んだのは、ジリアスに会場から一番近い中庭に来てほしい、という伝言だった。

 


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