王女様と王子様と白ウサギ
アルテッサの行くところには必ずフィリックがお供した。
その光景は瞬く間に王宮内のあらゆる人々に伝わった。
王宮で働く使用人たちにも。
王宮を出入りしている貴族たちにも。
どうやら王女様は推薦された公妾をお気に召したらしい。
そんな憶測と共に。
今までジリアス以外を、アルテッサは側に置いたことがない。
だからなおさら噂は光の矢のように広まった。
そしてさらに噂の信憑性を高めたのはフィリックの行動だ。
フィリックは事あるごとに、人目も気にせずアルテッサに触れてきた。
手にキス、髪にキスは当たり前。
王宮の柱の影に隠れて突然抱き寄せたり、髪の乱れを指摘するついでに頬を撫でたり。
周りからは恋人たちが戯れているようにしか見えなかっただろう。
これはますます王女様は本気なようだ。
不動の婚約者だったジリアス様もついにその座を追われるかもしれない。
王宮の人々は口々に言いあった。
当の本人たちはというと……。
キスをされればお返しに手を握ったと見せかけて、つねる。
抱き寄せられたら影で足を蹴飛ばす。
頬を撫でられれば他からは見えないように冷たく睨む。
と、激しい応戦を繰り広げていた。
「もうちょっと恋人同士っぽくしても良いんじゃねぇ?ばれるぞ?」
「接触過多!」
「いつもやってたことじゃねぇか」
いつも?
ああ、ウサギの時に。
確かにアルテッサがウサギだったら、髪にキスされるのも抱きしめられるのも、もふられてるようなものだが……。
いやいや、自分はウサギじゃないし。
ふと、以前に虎の精霊リリーテ姐さんの言っていた言葉を思い出した。
『ウサギみたいな種族なんて年中繁殖期なんだから、気をつけなさいよ?』
いやいや、まさか……。
顔を伺ったら爽やかな笑顔を返された。
……アルテッサはそっとフィリックから距離をとった。
ずっと一緒だと当然出来上がってしまう光景がある。
朝昼晩の食事だ。
今までジリアスと供していた空間にフィリックが入り、3人で摂る食事は異様なほど静かで、アルテッサを緊張させた。
侍女たちも普段より慎重に、音を立てないよう動いていて、まるで影に給仕をされているかのようだった。
「あ、アルテッサ。これ好きだっただろ?はい、あーん」
食後。フィリックが言いながら白桃のシャーベットを掬い、差し出してきた。
その場にいた全員の視線を一身に受ける。
「え?あ?ええ?!」
「さぁ……あーん」
アルテッサは真っ赤になりながらシャーベットを口に入れた。
口の中、アルテッサの体温で白桃の甘い香りがさっと溶けて奥に流れる。
さらに静まり返る室内。
カランと音がした。
「失礼」
ガラスの器を鳴らしたスプーンを握りなおし、ジリアスが気まずそうにシャーベットを切り崩す。
ジリアスに見られた。
同じテーブルについていたのだから当然なのだけど。
今更それが恥ずかしく、いたたまれなくなり、アルテッサは席を立った。
「アルテッサ!」
アルテッサは部屋を出た。
走ってその場を逃げ出したい。
しかし、それはできなかった。
後ろから腕を掴まれる。
「待って!」
振り向くとジリアスがそこにいた。




