白ウサギ、仕掛ける
で、どうしてこうなった。
目の前で再び人間型になったフィリックを眺め、アルテッサは途方にくれた。
もちろん裸ではない。服は着ている。
向けられる爽やかな笑顔が憎らしい。
アルテッサの手にはお父様の弟、つまりは王弟殿下からの書状が握られている。
フィリックから丁寧な挨拶とともに渡された。
内容はこうだ。
『フィリック=ルベールを公妾に推薦する』
ルベールって姓、初めて聞いたんだけど!
と食ってかかりたいところだけれど、あいにくここは謁見室。
周囲の目がはばかられ、アルテッサはグッと我慢した。
「王弟殿下の推薦状があるということは公妾たる資格は充分にあるのでしょう」
もう一度ざっと目を通してから書状を綺麗にたたむ。
「しかし、だからと言って人柄も分からない初対面の相手を公妾にするのは気が引けます」
フィリック=ルベールがウサギの精霊のフィリックであることは承知だ。
けれど敢えてアルテッサはそう突き放した。
フィリックと話し合ったのは、アルテッサがジリアスに婚約破棄を突きつけることだったはず。
それが何故フィリックが公妾になることになったのか。
それも威力のある推薦状まで携えて。
そもそもウサギを公妾にするとは、何の冗談か。
「初対面で気が引けるというのなら、しばしわたくしをお側に置いて、公妾に相応しいか判断していただけないでしょうか」
側に置くって、散々今まで一緒にいたのに?
フィリックの意図を計りかねる。
「これは王女殿下を思ってこそ。わたくしを公妾にして貴殿に損はさせませぬ」
歌うように流れるように言ってのけ、フィリックは首をたれた。
結局、フィリックに押し切られて、アルテッサの側には人間型のフィリックが常に付き添うようになった。
「いったいどういうつもりなの?」
その日の夜、アルテッサは部屋でフィリックに聞いた。
「どういうつもりって、何の理由もなしに婚約破棄なんかできないだろ?」
フィリックは昼と違って大きなウサギの姿で寛いでいる。
「ジリアスが孤児院に赴いていたことを公表すればあいつの立場は危うくなる。それはアルテッサが望んでいることじゃないだろ?」
アルテッサは言葉に詰まった。
実際その通りだ。
婚約は破棄しなければならないと思うもののジリアスに不幸になって欲しいとは思えないのだ。
「だったらアルテッサが公妾を持てることを利用して、ジリアスにはもう興味がないことを示せばいい」
確かに。
興味がないからもういらない。だから婚約も破棄するという流れは作れる。
ジリアスの国からはそれなりの賠償を求められるかもしれないが、可能な限り応えればいい。
立場はこちらが上なのだから。
それにしてもフィリックには全部お見通しというのは何だか癪にさわる。
アルテッサはだらりと寝そべり欠伸をしているウサギにクッションを投げつけた。
「うわっ!何なんだよいったい!」
「そろそろ出て行って。着替えるんだから!」
「は?勝手に着替えれば良いじゃないか。今までだってそうしてきただろ?」
「いいから出て行って!」
フィリックの正体を知ってしまってはそういうわけにはいかなかった。
ウサギにあられもない姿を見られるのは構わないけれど、あの白銀の髪の青年に見られるとなると顔が熱くなる。
一緒に寝るのも言語道断。
フィリックは「護衛し難くなるじゃないか」とブツブツ文句は言っていたけれど、出て行ってくれた。
アルテッサはホッと息をついた。