王女様、もふりたい
「フィリックは人間じゃありません。ウサギです」
「人間じゃないのは確かにそうだ。でも、オレいつも言ってるよね。ウサギじゃなくて精霊だ、って」
全裸青年、推定フィリックがじりじりと寄ってきた。
アルテッサは怯む。
どん、と鏡台にぶつかった。
「ほ、本当にフィリック……なの?」
「まぁ、この姿で会うのは初めてだから分からないのは仕方ないけどな」
まじまじとアルテッサはシーツを体に巻きつけた青年を見た。
年齢はアルテッサより少し上だろうか。
しかし、フィリックを思わせる要素は見つからない。
「警戒してる?」
「当たり前です」
ニヤニヤと笑う推定フィリック。
「あの、フィリックだとして、なんで警戒されてそんなに嬉しそうなんですか」
「ああ、いや。不審者に対して警戒心があるのは守護してて、尚且つ護身術を教えた者としては嬉しいな、って」
端から見れば冷たくされて喜んでる変態にしか見えないけれど。
「さっきの叫びもオレが教えた通りできてたしね。教え甲斐があったというか」
そう言われてアルテッサは少し警戒心を解いた。
過剰なまでに世話をやきたがったり、口うるさいところはフィリックっぽい。
と、そこで部屋の外が騒々しくなった。
数人の足音がバタバタと聞こえ、アルテッサの部屋の前で止まる。
「アルテッサの声を聞いて駆けつけた護衛か。時間かかり過ぎじゃね?あとで国王に言っとこ」
護衛。
そうだ、ドアまで行けばフィリックかもしれない不審者から逃れられる。
アルテッサは完全にはまだ青年の言い分を信じてはいなかった。
ドアめがけて走る。
「おっと、それも正しい判断だけど、今回は邪魔されないで話がしたいんだっ、と」
言うか否や青年が手を上げた。
すると部屋の壁が揺らぎ、アルテッサが駆け寄ろうとしたドアの前に赤銅色の門が現れる。
赤銅色の門は開いていたが、青年が扉を閉める動作をすると、それと連動してゆっくりと閉まった。
「悪いけどちょっと空間を閉じさせてもらったから」
青年が行ったのは精霊のみが使える魔法だった。
アルテッサはあまり見たことなかったが、ないわけではない。フィリックが使っていたものと同じだ。
「今のでさらに信じて貰えるとありがたいんだけど」
悔しいけれど認めざるをえない。
この青年はフィリックだ。
「信用したか?じゃあ、もうちょい話しやすいように近づいてくれないか」
「え、それは……」
フィリックだと分かっても、見た目は知らない青年だ。
アルテッサは躊躇った。
「えー?オレの顔、人間から見ても結構イケてる顔だと思うんだけどなぁ」
顎に手をやりながら言う。
「あー、可愛さが足りない?じゃあ最近市井で流行ってる演劇に出てくる登場人物みたいに耳だけ獣にしてみる?」
耳を撫で眉間にしわを寄せて「ううー」っと唸りながら頭を摩るフィリック。
「んぱっ」と頭に置いた手を離し万歳の動作をするとなんとウサギの耳がそこから生えた。
「ほーら、可愛い……って、だめ?」
「………………毛が、足りない」
「毛って……またウサギに戻れと」
アルテッサはぶんぶんと首を縦に振り肯定した。
「せっかく精霊王様に許可貰って人間型になったのに。あの大きさに戻るのって疲れるんだよなぁ。これじゃだめ?」
ウサギ耳フィリックが再び手を上げる。
今度は人間が1人通れる大きさの黄銅色の門が出現する。
ウサギ耳フィリックが門を通る。
するとウサギ耳フィリックが一瞬消えた。
代わりにもふもふの大きなウサギが現れる。
二足歩行の。
「もっふもふっっっ!!」
アルテッサは思わず飛びついた。
「え、何?こんなのが良いの?」
巨大ウサギと化したフィリックが戸惑いがちにもふもふな前足でアルテッサの頭を撫でた。