王女様と王子様の馴れ初め
アルテッサは大陸一大きな国の王位継承権第一位を持つ王女だった。
兄弟は弟が一人と妹が二人。
両親ともに健康で、アルテッサが王位継承権を持っていても、当分国王であるお父様が在位を退くことはありそうにない。
国はこれといった敵国もなく栄華を極め、内政も安定していて内乱の火種もなかった。
隣国は当然、飛ぶ鳥落とす勢いの巨大国家のおこぼれにあずかろうと擦り寄ってくる。
貿易は栄え、いろんな物が王都に集まった。
もちろん王宮にもたくさんの物が、様々な国から集まってくる。
アルテッサに手に入らない物などなかった。
色鮮やかな珍しい蝶も、天国の歌を歌うという美しい声の鳥も、星の瞬きのようにキラキラと光る宝石も、雲のように軽く羽のような手触りの布も、全部望めばアルテッサのものになった。
生まれた時からそんな環境で育ったアルテッサ。
その贈り物の中に、ジリアスもいた。
確か……甘く爽やかな白檀と同じ国から一緒に来た、第三王子だったはずだ。
1歳にも満たない、名前すら持たない、月のない夜のような漆黒の瞳の美しい赤子だったという。
アルテッサ自身は覚えてない。
お互い初対面のとき発した言葉は「うー」と「だー」だ。
覚えているわけがない。
初めて会ったその日にアルテッサの国の名前を貰い、ジリアスはジリアスになった。
それからアルテッサとジリアスは一緒に育てられた。
同じものを食べ、同じように学んだ。
ジリアスはアルテッサと対等な存在だと思っていた。
ただ、アルテッサが帝王学を学んでいるときだけはジリアスは居らず、どこかに連れて行かれた。
月日は流れ、ある日のこと。
ジリアスが来た国からジリアス宛てに、朱塗りの笛が届いた。
笛の音色は美しく、アルテッサはすぐに欲しくなった。
「あれが欲しい」
欲しい物は欲しいと言う。
そして例外なくすべての物はアルテッサの物になった。
それがアルテッサの日常。
朱塗りの笛も欲しかったから欲しいと言っただけ。
ジリアスは少し悲しそうな顔をした後、アルテッサに跪いて笛を差し出した。
「王女殿下の仰せのままに」
その時、アルテッサは初めて理解した。
ジリアスのその行動は、他の臣下の者たちがとるもの、いや、それよりも下の身分の者がとる礼だった。
アルテッサとジリアスは対等ではない。
ジリアスは珍しい蝶や美しい声の鳥と同じ。アルテッサに献上された“婚約者”という物だった。
結婚したところで女王の伴侶として扱われるならまだ良いが、体の良い人質というのが事実、ジリアスの立場だった。