王女様、雄叫びをあげる
「だからオレだって」
「ええっ?!」
「一度決断してしまえばあとは実行するだけだ。後押ししてやるから」
「あの、ちょっと!だから誰なんですかっ!」
「あ?分かんないのかよ」
と、そこでアルテッサは気がついた。
今の自分の状況を。
うつ伏せに寝転がったアルテッサ。
そこに仮称オレさんが、覆い被さっている。
左手は抑えられ、首は反転出来ない。
これはどう考えても乙女の危機だ。
幸いなのは右手と下半身の自由はまだ利くということ。
仮称オレさんがため息をついた。
吐息が首筋をすべる。
白銀の髪がさらりと頬を撫ぜる。
アルテッサは腹に力を込めた。
そしてーー
「オレは」
「ほあっ!」
「ブッ!」
息を吐くと同時に一声。
下半身を捻り、寝返りを打つような動作で仮称オレさんの首めがけ手刀を放った。
アルテッサの手刀は見事、仮称オレさんに当たり体が傾ぐ。
アルテッサはその隙にベッドから這い降り、鏡台まで逃げた。
「良い手刀だった。護身術としては良い手だ。だが、やるならのし掛かられてすぐ反応しないと意味ないから不合格だ」
「いきなり何言って……うおおおおおおおおっ!!」
仮称オレさんが起き上がり、アルテッサの方を向いた。
少し長めの白銀の髪がさらりとなびき、深い赤色の瞳が印象的な青年がそこには立っていた。
いや、印象的な瞳の前にもっと印象的なものがある。
「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」
アルテッサは叫んだ。
それはもう、王女様らしくない野太い雄叫びだった。
「うん、その雄叫びは良し!危機に陥ったときはまず味方に知らせる。女だからとキャーッ!と黄色い悲鳴を上げなければ、と考えるのは良くない。変に力が入るからな。叫ぶ時は自然に出てきた音程で大きく叫ぶ!恥も外聞も捨てる!!」
目の前の青年は「うん、うん」と満足そうな顔で、シミ一つない真っ白な腕を組んだ。
「うおおおおおおおおおおおっっ!!!」
アルテッサは叫びながら鏡台に置いてあった宝石箱を仮称オレさんに投げつけた。
「そうだな。何かを投げることも有効だ。これも相手が怯んだ隙に逃げることができるからな」
外れた。
宝石箱は青年の横を通る。
間髪入れずに香水瓶を投げる。
これも外れた。
化粧水の瓶、手鏡、ブローチ(宝石大きめ)、ブレスレット(ゴツゴツしてる)、ペンダント(トゲトゲしている)。
目につくものを投げていく。
「おい、もう良いだろう」
青年が一歩足を踏み出してきた。
「近づかないでください!こ、この変態っ!」
「変態ぃ?!失礼な!オレのどこが変態なんだよっ!」
「だ、だって服着てないじゃないですかっ!!」
そうなのだ。
白銀の髪と赤い目を持った青年は知らない人だという他に、何も服を着ていない生まれたままの姿でアルテッサの前にいたのだ。
真っ白な肌は確かに綺麗だが、だからと言って良いわけではない。
「ああー、服な。人間て面倒くせっ、ちょっ!投げんっ、ブフッ!」
花瓶が当たった。
「ああ!もう!」
青年がベッドのシーツを引き抜き体に巻きつける。
「とりあえずこれで物を投げるのはやめぉ、グハッ!」
水晶でできた猫の置物が肩に命中した。
「不審者には違いありません」
「不審者じゃないって!」
「私はあなたを知りません」
「いや、知ってる!オレだ!フィリックだ!」
アルテッサの手が一瞬止まった。
「嘘だ。フィリックはもふっとしてるもん」
金で出来た小熊(猫より大きい)が腹に命中した。
「……けふっ」