王女様、息を呑む
「フィリック……フィリックぅぅ……」
アルテッサは自室に戻って、フィリックを探した。
いつも一緒にいるフィリックも、アルテッサと一緒に帰ってきたと思ったのだ。
しかし、いくら呼んでもフィリックは出てこない。
ついにフィリックにまで愛想を尽かされたのか。
アルテッサは着ているドレスが皺くちゃになるのもお構いなしにベッドに倒れこんだ。
なにもかもがどうでもいい。
アルテッサは不意に庭での出来事を思い出し自分の唇をなぞった。
どうしてあんなことしようとしたんだろう。
自分から強請って。
そのくせ怖くなって途中で止めて。
自分でも何がしたいのか分からない。
枕に顔を擦りつけてしばらく、扉が開く音がした。
「フィリック?どこ行ってたの?」
顔を上げるのも億劫で、扉の方は見ずに言う。
「まぁ、ちょっと……」
フィリックも疲れているようだ。いつもよりだるそうで低い声が帰ってきた。
「あいつ、死ぬつもりだ」
あいつって、ジリアス?
珍しい。フィリックとジリアス、一緒にいたの?
「……知ってる」
「え?」
「ジリアスとずっといたもん。ジリアスが何を考えてるかなんて分かるよ」
「止めないのか?」
「もう対処はしたよ。ナイフみたいな尖ったものや紐の類は遠ざけるよう側仕えの者たちに言ってある。もともとジリアスの部屋は1階だから投身の心配はないと思う」
カーテンやベッドのシーツで首を括られるかもしれないが、監視の目もアルテッサの方から強化するよう言い渡した。
誰かが見つけ次第助けるだろう。
アルテッサは手の甲を撫でる。
ジリアスが自害を考えているのではないだろうかと思い始めたのは、跪いて手にキスをされた時だ。
あの時の、小首を傾げて微笑んだジリアスが忘れられない。
死にたくなるくらい私と一緒になるのが嫌なのね。
そのくせ、それを想定して死なせないよう裏で動いている。滑稽だ。
「アルテッサは、どうしたいんだ?」
フィリックが静かに聞いてきた。
これからのこと。
もう……
「全て終わりにしたい」
何もかも考えたくなかった。
ベッドがぎしり、と悲鳴をあげた気がした。
「そうか……」
何かの重みでスプリングが深く沈む。
耳元では静かなフィリックの声。
……って、え?
アルテッサとフィリック以外には誰もいないはずの部屋なのに、髪の毛をくしゃりと撫でられる感触があった。
「じゃあ……」
シーツの上に投げ出した左手に、壊れ物を触るかのように優しく重ねられる白く大きな手。
「全てを」
髪を軽く流され、首筋を無造作にさらけ出された。
そこに熱く柔らかいものが落とされる。
チュッと音がしたと同時に己とは違う白銀の絹糸のような髪の帳が下される。
「終わらせてあげようか」
顔が上げられない。
「え…………だれ?」
「いや、オレです」
「いや……オレっていう名の知り合いはいません……」
あまりに驚きすぎて、アルテッサの声は掠れていた。




