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初期練習作(短編)

量りつける

 大きな天秤に、ゆっくりと砂糖をスプーンで載せて、

0.001グラムの差も生じないように丁寧に量る。

1袋当たり、きっちり100グラムにならなければならない。

砂糖1粒でも取りこぼしてはならないのだ。

上司が大目に見てくれたら話は別だが。

天使はちらりと、後ろの白い髭の生えたおじいさんを見やる。

白い髭のおじいさんは、下界では神さまと呼ばれ、敬われているらしい。

今は鏡を覗き込んで、自慢の長い髭を大事にカールさせているようだ。

天使はすぐさま、砂糖粒の1つを懐に滑り込ませた。

神さまは気づかず髭をなでている。

しめしめ、良くやった。天使はにやりとほくそ笑む。

そしてそ知らぬ顔で、元の業務に戻った。

一つ、またひとつ、正確に量りに載せてゆく。

神さまがこちらを見やった。

天使がきちんと働いていることを確認して、満足そうな様子で、

次は髭にさらさらヘアワックス(ハードタイプ)を揉み込み始めた。

天使はさらに1粒の砂糖を袖口に滑り込ませる。

ワックスの表示を見て使用量を確認していたので、

もちろん神さまは気づかなかった。

天使は全ての砂糖を量り終えて、仕事を終える。

丁寧におじぎをして、その場を離れた。

後ろからねぎらいの言葉は聞こえてこなかった。


 その昔、霊界全てを巻き込んだ世界大戦の収束後、

天界が非常に混乱した時代があった。

誰も彼もが飢えて、物資も足りなかった。

その当時、砂糖は貴重品で、闇市での値段も半端なかった。

買い物客の皆が砂糖を欲しがっていた。

今でも高価なものには変わりがない。

ちなみに、砂糖は下界で、人間たちの魂として生まれ変わる。

1粒がそのまま人間の魂になってしまうのだ。

しかし、いくら貴重品とはいえ、1粒1粒には大した重さが無い。

私たちには、料理に使う権利と、家族、

特に我等が子どもたちの為に美味しい料理を作る義務がある。

天使はため息をついた。台所が火の車なのだ。

戦後いくら経っても、物資の値段は下がりそうもなかった。

我々は、いったい何の為に働いているのだろう。

景気が悪いのは、きっと政治家が悪いせいだ。

天使は家族の待つ家に向かった。


 その頃神さまは、砂糖の粒を確かめていた。

「今日は34粒足りなくなっておる……まったくあいつめ」

きっちりばれていた。

「本来なら停職なのだが、あいつには思うところがある。

今日のところは許してやろう」

神さまはくつろいだように伸びをした。

「まあ、明日になったら分かるだろう」

神さまは、アフターファイブのお稽古事に出かけることにした。


 翌日、天界の役所が慌ただしくなっていた。

どうやら泥棒が発生したらしい。

「先輩、砂糖粒が34粒足りません!」

「何!?すると、また鼠のしわざか!

またあの国の人口減少に歯止めが利かなくなるな」

納品した砂糖と、実際の砂糖の量が違う。

あの天使が出勤してきて、この騒動を見てしまった。

そ知らぬふりをするが、動揺は隠せない。

天使はさっさと仕事場の納品センターに向かった。


 納品センターでは、神さまがじっと待機している。

天使はなんだかバツが悪くなった。

軽く無言で会釈して、上目遣いに神さまを見やる。

お互いに、じっと見つめあう。

「おはよう。今日も頼むよ」

神さまは事もなげにそう言うと、鏡に向かい始めた。

天使は内心ほっとしながら、いつもの天秤に向かう。

今日は盗む気にならなかった。

いつもより真面目に仕事を終えて帰宅した。


 神さまが腹を抱えて笑っている。

あの天秤の横で、砂糖を舐めながら。

「真面目なやつよのう……

それだから億年ヒラ社員なんじゃ」

神さまは不気味な笑い声を立てた。

みるみるうちに、どす黒い悪魔に変わっていく。

「ここは天界なんかじゃない。

すべての存在が自己を主張する世界なのだ。

どっちみち、社畜であるアイツに知るすべはないがね」

悪魔は、張り巡らされた天界の幻影を指で小突き、消えてしまった。

後に残るのは大きな天秤のみ。

いつかここで、最後の審判があるのだろう。

その頃には、人間も少しは良くなっているだろうか。

ここは、罪深い魂が送り込まれてくる場所なのだ。

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