精霊石
翌朝、一番に目を覚ましたのは、ガルドだった。
上半身を起こすと、大きく伸びをする。
その時、床に転がる結晶体を見つけた。
あんなもの置いただろうか、ガルドあくびをかみ殺しつつ、思い起こすが思い至らない。
ベッドから抜け出し、立ち上がろうとして、ガルドは初めていつもどおりの朝ではないことに気づく。
いつもは寝間着で寝ているのだが、今身に着けているのは普段着、おきているときの服だった。
何かがおかしいとベッドの縁に腰掛けたまま、ガルドは昨日のことを思い出す。
昨日は確か、後回しになっていたベルムに頼まれていた放熱石を作成してたんだよな。
火の精霊を呼び出して、放熱石の作成を手伝ってもらっていたはず。
で、途中で火の精霊を自分の体内に取り込んで、作業した方がはかどるんじゃないかと思い、実行した。
最初はうまくいっていたけど、だんだんとあふれる火の精霊力が制御できなくなって。
ガルドにはそこまでの記憶しかなかった。
「ガルドが目覚めたようだぞ」
ガルドの動きを感じた火の精霊が、精霊石から抜け出ると実体化した。
途中でザックと交代し、起きていたアルトが、読んでいた本から顔を上げる。
しばしの時間を置いて、寝室のドアが開き、ガルドが姿を見せた。
「具合はいかがですか?」
「あ、ああ、特に問題はないよ。それより君は?」
椅子から立ち上がり話しかけてきたアルトに、ガルドが逆にたずねる。
「私はアルト、あそこで寝ているのが弟のザック。ベルムさんに頼まれて、あなたの様子を見に来ました」
アルトの視線の先では、ザックが長椅子の上で毛布をかぶり眠っていた。
「火の精霊力の暴走させていた我と汝は、この二人に助けられたのだ」
火の精霊はそう言うと、火の精霊力が暴走したこと、二人がそれを納めてくれたことなどをガルドに説明した。
「ザック、起きなさい。ガルドさんが目を覚ましたわよ」
アルトが、ザックの肩を揺らすと、ザックがもそもそと起き上がる。
「危ないところを助けてくれて、本当にありがとう」
火の精霊からあらかたの説明を受けたガルドが、二人に向かって頭を下げた。
「頭を上げてください。お力になれてよかったです」
アルトは、ガルドからの感謝の意にそう返す。
「火の精霊が発火を抑えてくれていたから、大惨事にならなかったけど、精霊との同化は扱いを間違えると危険なので、気をつけてくださいね」
起き上がったザックは、ガルドに注意を促した。
「さてと、姉さんはガルドさんの精霊力を調べて。俺は精霊石を回収してくるよ。ガルドさん、寝室に入りますよ」
ザックはガルドに断りを入れると、寝室へと入っていった。
アルトは『精霊力感知』を発動して、ガルドの精霊力を調べる。
若干、火の精霊力が高めだが、水、地、風の精霊力も回復しており、問題はなさそうだ。
「問題なさそうですが、火の精霊力がまだ高めなので、しばらくは気をつけてください」
アルトが所見をガルドに伝えると、ザックが四つの精霊石を手に寝室から出てきた。
精霊力を放出しきった三つの精霊石は透明に、火の精霊力を吸収した精霊石は赤く輝いていた。
「この精霊石の力を取り込めば、昨日失った精霊力を取り戻せるはずだ。完全には取り戻せないけど、そこは了承してくれるか?」
ザックは赤く輝く精霊石を、火の精霊へと差し出した。
「構わぬよ。元より戻ってこないとあきらめていたのだ」
ザックから精霊石を受け取ると、火の精霊は赤く輝く精霊石から、火の精霊力を自分の内へと取り込み始めた。
赤く輝いていた精霊石は、徐々に色を失い、やがて透明になった。
「さてと、俺達はベルムさんのところへ報告に戻ります」
火の精霊から空になった精霊石を受け取ると、ザックは手早く荷物をまとめる。
アルトもいつの間にか荷物をまとめ終えていた。
「あっと、ちょっと待ってくれ。何か御礼をしたいのだが」
何がよいだろうかとガルドは考えるが、すぐに渡せるものの中でちょうどよいものが無いことに気づく。
「すまない。手元に御礼になりそうなものがないんだ。この辺りを通りかかることがあったら、ぜひまた訪ねてきてくれ。その時までに何かを用意しておくよ」
「御礼なんていらないですよ」
「お気になさらずに」
ザックもアルトもそう言ったのだが、それでは気のすまないガルドに、また立ち寄ることを強引に約束させられてしまった。
「じゃあ、これから行くつもりの遺跡の調査が終わったら、また来ます」
「そうね。一月後位には来れると思うわ」
二人はそう言い残すと、ベルムに報告するために村へと帰っていった。
外に出て、二人を見送ったガルドが、後ろに立っていた火の精霊の方を向く。
「さてと、あとはお前の送還だな、シェルツ。迷惑かけて悪かったな」
ガルドはシュルツにそう言うと、『精霊送還』を発動する。
シェルツとガルドの間に光の柱が現れた。
「気にするな。お前に迷惑をかけられるのは、いつものことだ。それに面白いやつらにも会えたからな」
ザックとアルトの顔を思い浮かべるシェルツの手には、先程ザックから受け取った火の精霊石が握られていた。
昨夜、ザックから渡されたそれを、シェルツがとても気に入ったようだったので、ザックは出発する時にシェルツへと手渡していた。
「ザックのこと気に入ったみたいだし、本当は一緒に行きたかったんだろ?」
ニヤニヤとガルドが笑っている。
「我はお前と契約中だ。そうもいくまい」
シェルツは首を振る。
「シェルツが望むなら、いつでも契約を解除するぞ?一緒に行きたいのなら、止めはしない」
相変わらずシェルツをニヤニヤと見ているが、ガルドは本気のようだ。
「そうか。なら次にザックにあった時に、聞いてみることにするよ」
そう言い残すとシェルツは、光の柱へと入っていった。
徐々に光が弱まっていき、柱が消えるとそこにシェルツの姿はなかった。
「さてと、俺も早く調子を戻さんとな」
ガルドは大きく伸びをすると、家の中に入っていった。
秋の朝の山風は冷たく、冬の到来がまもなくであることを告げていた。
これにて、「術具師」は終了です。