原因究明
翌朝、アルトが階下に行くと、カウンター席に座ったザックがベルムと話をしていた。
「あ、おはよう、姉さん」
アルトが起きてきたことに気づき、ザックが声をかける。
「おはよう、ザック。何を話しているの?」
「ガルドさんの家の場所を、ベルムさんに詳しく聞いていたんだ。街道の脇から伸びる細い道の先らしい。大体この辺りかな?」
広げていた地図の一点をザックが指差しながら、ベルムを見る。
「おう、その辺だな。一本道だから迷うことはないはずだ。深い森で、野生の動物なんかが多いから、気をつけてくれ。まあ、襲ってくるような凶暴な奴はほとんどいないけどな」
ベルムは話しながら、二人分の朝食の用意を整えていった。
「それとこれはサービスな」
ベルムは二つの包みをカウンターテーブルの上に置いた。
「ガルドの家までそれなりの距離があるから、途中で食べてくれ」
その包みはベルムが用意してくれた昼食だった。
二人は朝食を取り終えると、身支度をし、ベルムに見送られながら、宿を後にした。
街道を道なりに進んでいくと、森の方へと枝分かれした細い道が見えてきた。
「この道に沿って進めばいいのかな?」
ザックが地図を出して確認する。
その地図をアルトも覗き込む。
「そうね。この道でいいみたい。」
ベルムが言っていた道のようなので、アルトとザックは歩き始めた。
ガルドの家に続くわき道は、森の木々の間を縫うように続いており、すがすがしい緑の薄暗がりを、ときおり差し込む木漏れ日がやわらかく照らしていた。
しばらく、森の小道を進んでいくと、森が開け、丸太小屋が見えてきた。
「ここよね?」
アルトが隣に立つザックにたずねる。
「だと思う。」
手にした地図で場所を確認しながら、ザックが答えた。
「姉さん、この辺りに人の反応がないか、『生命探知』の術をつかってみて」
アルトは頷くと、『生命探知』を発動する。
ザックとアルト以外の人間を対象とした『生命探知』の範囲を徐々に広げていくと、家の中に人間の反応を捉えた。
「家の中に人間の反応があるわ。横になっている状態ね」
「ガルドさん、いらっしゃいますか?ベルムさんに様子を見てきて欲しいと頼まれてきました」
ドアをノックすると、ザックはそう呼びかけたが、しばらく待っても返事は無かった。
「家の中の人は動いた?」
ザックがアルトを見る。
「いいえ、相変わらず横になったままよ」
アルトは首を振った。
「中に入ってみよう。鍵はかかっていないみたいだ」
ザックはノブに手をかけると、ドアを開いた。
ドアを開けた途端、家の中から熱気が吹き出す。あまりの熱気に二人は顔をしかめた。
「人の反応はこの奥?」
ザックは奥の部屋へと続くドアを指差す。
「そう。そこでさっきから動かず横になっているわ」
ザックがそのドアを開けると、さっきよりも強い熱気が吹き出してくる。
中には一人の男が倒れており、尋常でない熱気はその男から発せられていた。
「姉さん、『耐熱』の術をかけるよ」
アルトが頷くと、ザックは『耐熱』の術を発動する。
二人の体の回りがうっすらと赤く輝くと、熱気の影響が徐々に和らいでいった。
「これだけの熱気ならいつ発火してもおかしくないんだけど、あの人の周りの床、なんとも無いんだよね。これだけの熱気なんだから、あの人が接触している床は炭化するなり、燃え上がるなりしないとおかしいんだけど」
そういえばそうねと、ザックの言葉を確認するようにアルトは部屋の中を見回す。
床や家具などは発火の予兆を見せていない。
ザックは、この現象の原因を突き止めるため、術具の作成について考えていた。術を道具に込める際には、製作者が時間をかけて何度も込める、または込める術を使える人の協力を得るなどの手法が一般的だが、もう一つの方法を思い至り、この現象の原因の一端をつかんだ気がした。
精霊の力を借りる。
この方法は、術具師が『精霊召喚』を使えることが前提なので、人の手だけで術具の作成を行う方法に比べると、あまり知られていない。
目の前の男に、ザックは『精霊力感知』の術をかけてみる。
男の体は火の精霊力を表す真っ赤な輝きのみを放っていた。
人間の持つ精霊力は健康状態に影響を与えるとされており、多少の偏りはあっても、火の赤、水の青、風の緑、地の茶色、この四色が発せられている。
しかし目の前の男が発している精霊力は赤一色で、火の精霊力が異常に強い状態を示している。
ひょっとしたらと思い、ザックは『精霊探知』の術を発動する。
予想通り、倒れた男に重なるように、半透明な火の精霊が見える。。
「原因がわかったよ。この人、体内に火の精霊を取り込んでいるんだ。火の精霊は意識があるみたいだから、何でこうなったのか聞いてみる」
ザックは半透明な火の精霊に触れると、目を閉じ意識を集中した。
(俺の声が聞こえるか?)
火の精霊に、ザックが呼びかける。
精霊との会話は、言語で行うことも可能だが、接触による意思の疎通がよく用いられる。多くの情報を瞬時に、性格に取り交わすことが出来るからだ。
(我を呼ぶのは誰だ?)
炎の精霊からの返答が伝わってくる。男のそばにかかみ込んでいたザックにかすかに顔を上げた火の精霊の視線が向けられた。
(この状況を何とかしたい。何が起こっているのか教えてくれないか?)
ザックの思念が火の精霊に流れ込む。
(我にもよくわからぬのだ。このガルドという男の術具の作成を手伝うために呼び出され、男の体に宿ったのだ。しばらくは、何の問題も無く作業していたのだが、突然、ガルドが意識を失って、炎の精霊力が暴走したのだ。我の力で発火しないように抑えているが、吹き出す熱風までは抑え切れていない)
ベルムと火の精霊の話、今の状況をあわせて何が起きているのか、ザックは考えてみる。
ガルドという術具師は、ベルムから頼まれた放熱石を作るために、火の精霊を呼び出し、自分の体に宿らせて作業を始めた。ところが、途中で火の精霊力が暴走して、今に至る、といったところだろうか。
原因と今起きている現象がわかったところで、その先を、解決策をザックは模索する。
要するに、ガルドの体はあふれる多大な火の精霊力を内包しきれず、体外へと放出している状態なのだ。
(ガルドさんから離れることは出来ないのか?)
ザックが火の精霊に問う。
(何度も試しているのだが、ガルドが気絶しているせいか、うまくいかないのだ)
火の精霊はガルドの体からほとんど分離しかけているのだが、両足首がいまだに同化したままだった。
(強引な方法だけど、俺が引き上げてみる。うまく分離できない部分をガルドさんに持っていかれるかもしれない)
多少なりとも、力を失うことになるので、ザックは前もって火の精霊に断りを入れる。
(構わぬよ。失ったらまた力をつければよいだけのこと。だが、我が離れる瞬間だけは、発火を抑えられない。それは大丈夫か?)
(そっちは私に任せて。なんとかしてみせる)
いつの間にかザックの首に触れ、ザックと火の精霊のやり取りを聞いていたアルトが、火の精霊の懸念を打ち消す。
「じゃあ、私は『火封じ』の術をガルドさんの周囲に張ればいいのかしら?」
「うーん、『火封じ』だと精霊にも影響がありそうだし、『防火』の方がいいかな」
ザックの首に触れていた手を離し、術の準備をするアルトにザックがそう提案した。
「わかったわ」
アルトが『防火』の術を発動すると、ガルドを中心として赤く輝く半球体が現れた。床下も術の効果範囲に含まれているため、半球状に見えているが、実際には球体の状態で『防火』が展開されている。
『火封じ』と『防火』の違いは、『火封じ』が火気をすべて封じるのに対して、『防火』は火気から受ける影響のみを防ぐというものだ。
ザックとアルトは目を合わせると頷いた。
(もし、うまく分離できなったら、その部分はあきらめてくれ)
そう伝えると、ザックは半身を起こしている火の精霊の正面に片ひざをつき、抱きかかえるとゆっくりと立ち上がる。
抵抗無く、上半身は分離したが、足首より下はガルドの体に埋まったままだった。
(足首より下はあきらめてくれ)
(了解した)
火の精霊はザックにそう伝えると、足首より下の精霊力の支配権を放棄した。
それを感じたザックは一気に立ち上がった。
その瞬間、火の精霊によって抑えられていた発火が巻き起こるが、アルトの『防火』によって、すぐに打ち消された。
「あれ、足がある」
ザックに床に下ろされ自分の足で立っている火の精霊を見てアルトがつぶやく。
「ああ。もともと、精霊は実体が無いんだよ。人の形を取っているのも、触れることが出来るのも、状況によってはその方が便利だからというだけなんだよ。切り離した足首は、精霊力でしかないんだ」
ザックの説明に、火の精霊が頷く。
「さてと、ガルドさんはどうしたものかな」
いまだ、意識の戻らないガルドを見て、ザックがアルトに意見を求める。
アルトは『精霊力感知』を発動させ、ガルドの様子を見てみる。
体内の火の精霊力が弱まったためか、水、風、地の精霊力が、少しずつだが戻り始めている。
しばし、アルトは考え込んでいたが、何かを思いつき、自分の荷物の中から何かを取り出した。
「これ、使えないかしら?」
アルトは手にしたものを、そばにあった机の上に置く。
そこに置かれていたのは、四つの結晶体だった。
「精霊石?」
ザックが机の上を見る。
机の上に置かれているのは、水、風、地の精霊石と何の力も入っていない空の精霊石だった。
「そう。ガルドさんに水、風、地の精霊石を使ってそれぞれの精霊力を流しつつ、この空の精霊石に火の精霊力を吸収すれば、回復を早められると思うわ」
アルトはそう言うと、机の上の透明な精霊石を手に取った。
精霊石とは、その名の通り精霊力を封じ込めることの出来る石で、空になっても補充さえすれば何度でも使えるという便利なものだ。持っていることで術の威力を高めたり、精霊を宿らせるなど、さまざまな使い方をされている。
寝室を見つけ、二人でガルドをベッドへと運び、寝かせる。
精霊力の放出量と吸収量の調整をすると、アルトは精霊石をベッドの四隅の床に置いていった。
「これで、明日の朝には精霊力のバランスが整うはずよ」
心配そうに見ているザックの背を押しながら部屋を出て、アルトはそっと寝室のドアを閉めた。
「後回しにして悪かったわね」
アルトの声にいつの間には火の入れられた暖炉の前に座り込んでいる火の精霊が振り向く。
「構わぬよ。それより、ガルドは大丈夫なのか?」
「精霊力のバランスが元に戻れば、目を覚ますと思うわ」
「さてと、『精霊送還』の術は俺が使えるから、いつでも元の場所に戻せるけど、明日の朝まで待ってくれ。ガルドさんの余剰な火の精霊力を今吸い出しているから、さっき失った精霊力の大部分を返せると思う」
「了解した」
火の精霊が頷く。
「それともう一つ。それまではこの中に入っているといい。実体化しているよりも、体を休められると思う。一部とはいえ力を失っているし、発火を抑えるのもたいへんだっただろ?」
ザックは火の精霊石を取り出すと、火の精霊へと差し出した。
「お心遣い、感謝する」
そう言い残すと、火の精霊は精霊石に触れ、するりと姿を消した。
「もうすっかり日が暮れてるわね」
アルトが窓に近づく。
「腹減ったな」
「そうね。ベルムさんの用意してくれた食事を食べたら、今日はここで休ませてもらいましょう」
時間の流れに気がつかないほど気を張っていた二人は、一段落した安堵で気が緩み、今更ながらに空腹と疲労を感じた。
恐らくは火の精霊が火を入れてくれたであろう暖炉の前で、火の番とガルドの様子を見るために、二人は交代で休んだ。