依頼
「ここよね?」
女が隣に立つ男にたずねる。
「だと思う。」
手にした地図で場所を確認しながら、男が答えた。
夕暮れの街道を歩く二人の男女、姉のアルトと弟のザックは、仕事柄、街から街へ移動することが多い。
次の街へと移動する途中、日も暮れてきたからと、街道沿いの村の宿に一泊することにした。
一階が酒場、二階が客室という、よくあるタイプの宿で、一階の酒場で夕食をとった二人は、テーブルの上に地図を広げていた。
「次はこの辺りに行ってみようか?」
ザックはそう言うと、現在地からやや離れた、森の中を指差した。
この世界には、昔の遺跡が多く点在している。
二人の仕事はそれらの遺跡の調査と現状の維持である。盗掘者や動物などの侵入者対策や排除、内部の詳しい調査を主な仕事としている。
「そうね。その辺りには神殿跡があったはず。近くの大きな街で準備を整えてから行ってみましょう」
アルトは広げられた地図をたたみ始めた。
「今日はしっかりと休んで、細かいことは明日話しましょう」
二階の客室で休むためにアルトが立ち上がると、ザックもそれに続いた。
「お前さん方は、冒険者かね?」
階段を上りかけた二人に、階下から声がかけられる。
二人が振り返ると、宿の主人が立っていた。
「まあ、似たようなものです」
ザックがそう答えた。
「俺はベルム。この宿屋の主人なんだが、お前さん方に頼みがあるんだ」
「頼みですか?」
アルトが、階段を下りながら問う。
「ちゃんと報酬も払うから頼まれてくれないか?」
アルトとザックはどうしたものかと考えるが、別段に急ぎの用事も無いので、話によっては引き受けてもいいか、と考えた。
「話を聞かせてください」
ザックがそう言うと、アルトも頷いた。
「まあ、立ち話もなんだから、そこに座ってくれ」
ベルムはカウンター席に座るように勧めると、カウンターの中へと戻っていった。
二人は、勧められるまま、ベルムの前の席に座る。
「頼みというのは、森の中に住んでいる術具師のガルドの様子を見てきて欲しいんだ」
そう言うと、ベックは二人の前に温かなお茶の注がれたカップを置いた。
「術具師って、術をいろいろなものに封じ込めて、誰でも使える道具を作る職人よね?」
アルトが、隣に座るザックを見る。
「そうそう。何回か使ったら壊れる使い捨てのものは、安く手に入るから人気があるんだよ。永久に使用できるものは、恐ろしく高値だけどね」
ザックがうんうんと頷く。
術具とは、杖や石などに術を封じ込めたもので、封じられている術を術具の発動者が知らなくても使えることが一番の特徴である。
発動の仕方や、封じ込める術、術を封じ込める品物など、用途や製作する術具師によっても異なるため、非常に多くの種類の術具が存在する。
「だいぶ寒くなってきたからな。使い捨ての放熱石を何個か作ってくれるようにガルドに頼んだんだ。いつもは二、三日で作って持ってきてくれるんだが、今回は十日経っても何の音沙汰もない。さすがに何かあったのかと思ってな」
ベルムはため息をつく。
「俺が行ければいいんだが、宿屋の仕事があるから、なかなか時間がとれなくてな」
「で、誰かに頼もうと思ったら、俺たちが来たと言うわけですね」
ザックの言葉に、ベルムが頷く。
「報酬は、今夜と明日、二日分の宿代でどうだろうか?」
ベルムが報酬を提示する。
「俺は構わないけど、姉さんは?」
ザックが隣に座るアルトを見る。
「私も構わないわ。急ぎの用があるわけでもないし」
アルトも了承したので、二人はベルムの頼みを受けることにした。
「助かるよ。ガルドは村から少し離れた森の中に住んでいる。夜は野生の動物が出て危ないから、明日にでも行ってみてくれるか?」
ベルムは受けてもらえてよかったと安堵の表情を浮かべていた。
「詳しい場所は明日、教えるよ。受けてくれてありがとうな」
「いえいえ」
「気にしないで。私たちは少し早いけど、今日はもう休むわ」
ベルムの言葉にそう返すと、二人は立ち上がり二階の客室へと向かった。
「さっき、ベルムさんが言っていた放熱石って寒い地方や冬に重宝される術具よね?」
アルトが階段を上りながら、後ろにいるザックに尋ねる。
「そうそう。小さいものはカイロやあんかとして、大きいものは暖房器具として使われてるよ」
「ガルドさん、無事だといいわね」
ドアのノブに手をかけ、アルトがつぶやく。
「だね。じゃあ、お休み。姉さん」
「お休み。ザック」
そう言うと、二人はそれぞれの客室に入っていった。