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三 現実と夢のはざま

三 現実と夢のはざま


「うわあああ!」


 壮志は自分自身の発した叫び声で目を覚ました。息がうまくできない。すぐさま自分の手を確認するが、そこには血の跡も何もなかった。息が整うまでの間、壮志は何も考えられなかった。


「夢?夢だよな」


顔を押さえ、自分に言い聞かせるように何度もつぶやく。手にしたナイフ。血の海。男の苦しげな顔。そして、泣いている子どもの自分。次々に浮かんでくる夢の断片は、まるで現実に起こったことのように、壮志を恐怖させていた。壮志はそれから眠ることができず、朝を迎えた。


 疲れの抜けきらない状態で出社した壮志は、いつも通りの行動を心がけた。いつものように同僚と談笑し、いつものようにスポーツジムで汗を流し、いつものようにTVを見た。心の平静を保とうと、壮志は必死になっていた。昨夜の夢はあまりにも強烈すぎて、現実でないにしろ、壮志はパニックになりそうだった。時計が12時を指し示すと、ソファから立ち上がった。あくまでもいつも通りの生活をするのだ。


 ベッドに腰掛け、本を読む。寝なくてはと思いつつも、ますます頭は冴えていく。ようやく本を枕元に置き、照明を暗くする。目をつぶる。が、少しすると目を開け、寝返りをうつ。しばらくすると目をつぶる。また少しすると目を開け、ため息とともに寝返りをうつ。こんなことを何度繰り返したことだろう。


「たかが一回の夢だ。気にする方がどうかしてる」


心ではそう思いながらも、壮志は眠ることができずにいた。目覚まし時計が2時を示す頃、やっとウトウトし始め、体がほのかにあたたかくなってきた。


 気づくと朝だった。目覚まし時計が鳴り始める少し前に目覚めた壮志は、心から安堵した。そうだ。たった一回の悪夢だ。誰だって、悪夢を見ることはある。少し気が楽になった壮志は、目覚ましが鳴るとすぐにそれを止め、リビングへ向かった。


 TVをつけ、朝のニュースをかけながら、パンとコーヒーの朝食をとる。新聞を広げ、拾い読みしながら、たまにTVにも目をやる。


「それでは続いてのニュースです。昨夜未明、男性の刺殺された遺体が発見されました」


アナウンサーの声が耳に入った壮志は、新聞からTVへと視線を移した。


「ナイフのようなもので数カ所を刺されており、警察では被害者に恨みを持つ者の犯行と見て、捜査しています。被害者は杉並区に住む田村元さん63歳です」


壮志は手にしていたカップをテーブルに置いた。くたびれた感じの男性が、数秒間TVに表示された。

「この人、どこかで……」


そう口にしたとき、あの悪夢がフラッシュバックした。血の海に倒れていた男の死体。苦しげな表情を浮かべたあの男と、TVに映っている人は、間違いなく同一人物だった。


「そんな……そんなことって……」

あの夢の恐怖が再び壮志を襲い、震えが止まらなかった。次にTVを見たときには、アナウンサーは既に別のニュースを読み上げていた。


 その日は一日何をしたのか、壮志は覚えていない。


 どうやって出勤し、何の仕事を進め、お昼に誰と何を食べたか、何一つ思い出せない。出口のない迷路で、不安と恐怖にかられ、動けなくなっている。壮志はそんな状態だった。


「お前が無意識に見たいと思ってたんじゃないのか?」

以前、大樹に言われた言葉が頭をよぎる。


「俺が?無意識に見たいと思ってたって?」


「ああ。夢って、潜在意識の願望だったり不満だったりが反映されるって言うじゃないか」


 大樹の言葉は、一般論として聞けば納得いくし、そうかもしれないと思える。だが、今回の悪夢に関しては、断じてそう思いたくなかった。誰だって思いたくはないだろう。人が殺される夢を自分が無意識に見たいだなんて。しかもそれが、現実に死体になって現れるなんて、誰が思うだろうか。


「会ったこともない相手なのに何で?……わからない。何でだ?」


 帰宅した壮志は、着替えもせず、そのままずっとTVを見ていた。あの男性の事件のことを、もっと詳しく知りたかった。


「昨夜未明に発見された遺体は、数カ所におよぶ刺し傷から、警察では被害者に恨みを持つ者の犯行として捜査を進めています。被害者の田村元さん63歳は……」


アナウンサーは朝と同じような内容のことしか伝えず、捜査が進んでいないことを示してた。画面に写る男性の写真を、改めて見つめる。


「会ったことはない。会ったことはない……はずなんだが……」

確信が持てない独り言をつぶやき、壮志は黙り込んでしまった。


 その夜、ベッドに横になった壮志は、やはり眠ることができず、宙を見上げていた。


 昨夜は悪夢を見ることなく朝を迎えられた。だが、ほっとしたのもつかの間で、あの夢の死体が現実になった。


 なぜこんなことが起きたのか?単なる偶然か?偶然にしてはできすぎている。会ったこともない人間が夢に出てくるというのは、過去にも経験している。ただし、こうして現実にその人が出てくることはなかった。しかも、死体で現れるなんて、考えられない出来事だ。


 これが意味することは何なのか?答えを見つけない限り、この出口のない迷路から出ることはできないだろう。いつまでも、この不安と恐怖を抱えたままでいることは耐えられない。長時間かけて、考えを整理していったが、結局納得いく答えは見つからなかった。


「どちらにせよ、俺には何もできないってことか……」

半ばあきらめのようにつぶやき、壮志は目をつぶった。


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