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(SS)ある文芸部の一日

作者: 鯛田秀一

下ネタ注意。

「これが今日プレイするシナリオのハンドアウトになる」

 そう言われて渡されたプリントからは、インクの新しい匂いがした。

「システムはソードワールド2.0。推奨レベルは3~5。プレイ時間はおよそ三時間ほどだ」

 いつもは各々が好きなことをやっているこの文芸部では珍しく、今日は全員が机を囲み、真剣な表情で手元の資料を見ている。

「では、各自。キャラクターは作ってきたな?」

「おうよ」

「ええ」

「はい」

 僕も他の部員に習って返事をする。

 ちなみに、これは部内会議ではない。TRPGという、要するにテーブルの上でRPGをやるという遊びの一光景なのだ。

 簡単にこのTRPGという遊びを説明すると、要するに次のようになる。

 まず紙と鉛筆、そしてサイコロ、チェス盤などを用意する。

 次にルールブックを参考にキャラクターの能力値、設定などを決定する。

 最後に――これがミソとなるのだが――自分が作ったキャラになりきり、GMと呼ばれる人の用意した「シナリオ」に沿って時にサイコロを振りつつ、演技をしながらシナリオを進行させるのである。ちなみにGMの用意するシナリオにはキャラクターたちが成し遂げなければならない目的が用意されており、この目的を達成できなくなるか、達成すればシナリオ終了となる。

「さて、それではセッション開始と行こう」

 そしてセッションとは、このTRPGで遊ぶ行為そのものを差す。

「では、ハンドアウトを参考にしながら次の文を聞いてくれ」

 部員たちの間に緊張感が漂い始める。

 と、僕はここでハンドアウトを読むうちにある事に気がついた。

「君たちはザルツ地方のフェンディル王国のディルクールを根城に活動する冒険者だ」

 今部長が読み上げているその三行先~四行先にかけて。

 そこが、次のようになっているのだ。

『「あぁん……ダメェ」と瑞江はその身を捩らせた。

 僕はさらに追い討ちを掛けるようにその蕾の上にある濡れそぼった突起に指を添えると、』

 タイプミス、という次元ではない。明らかなコピペミス。明らかな誤植。

 しかし、部長はそれに気がついている様子は一切ない。

 ダメだ、これはマズい。あの真面目極まりないことに定評がある部長が、まさか官能小説を書いているなんて。

「君たちはそのディルクールにある冒険者の店『紅の蕾亭』に滞在している」

 僕は『紅の蕾』で耐え切れなくなり、盛大に吹き出した。

「っ!? ごほっごほっ」

 眼前の副部長も口元を抑えて笑い混じりに咳払いをした。

 どうやら、副部長も気がついてしまったらしい。

「……? どうした」

 部長が怪訝そうな視線を僕たちに向ける。

「い、いえ」

「ごほっ、ごほっ! ふふっ、ふぅ……。なんでもないわ」

 さて、なんとか誤魔化したはいいがこれはどうしたものか。

 僕はプリントから顔を上げると、眼前に座る副部長に目で訴え掛けた。

 そんな僕の視線に気付いてか気付かずか、副部長はため息を付き、静かに首を振る。

「……おかしな奴らだな。続けるぞ」

 部長が、再びプリントに視線を戻す。

「――ともかく紅の蕾亭に君たちは滞在しているわけだ」

 今度は、なんとか笑いをこらえることができた。

「さて、君たちがここでご飯を食べているとだ。この店に、一人の妙齢のご婦人がやってきた」

「!? ~~~~~~っ」

 どうやら、ここにきてようやく最後の一人も気がついたらしい。

 しかし、相変わらず部長は誤植に気が付いていないようだ。

 あーあ、これは僕が指摘するしかないかな……。

「そして、彼女は」

 が、そんな僕の決意は一歩遅く。

 ついに部長はハンドアウトの続き……問題の箇所の一行前を淡々と、このように読み上げた。

「怪訝そうに視線を向ける君たちに向かってこう言った」

「ぶはっ!? わはははははははは!!」

「くっ、くくくっ! あははっ、あははははははっ!!」

「ぎゃっはっはっはっは!」

 もうダメだった。こんなの耐えられる訳がない。

「・・・? 本当に何なんだ、お前ら」

「ひぃ~、ひぃ~っ、お、お前さっ、わーっはっはっはっはっはっは!!」

「くっ、くくっ・・・あのね、部長。あなたその先誤植してるのよ」

「ぷっ、くくくっ、まあ、読んでみてください」

「・・・たかが誤植だろ? 一体何がそんなに・・・あ」

 部長の顔が信号のようにみるみる青ざめ、続いて真っ赤になる。

「・・・っ」

「わっはっはっはっは! かぁ~っかっかっか!」

「やっ、やっと気がついたのっ!? くっ、くくっ! きゃっはっはっはっは!」

「こ、これは反則! これは反則ですよ! ひゃーっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

「ははっ、はははっ! はぁ~はっはっはっは!」

 こうして、文芸部の部室にしばらく四つの笑い声が響き渡ることになった。

 ただし後の証言によると、その内の一つは笑いに嗚咽が混じっていたように聞こえたという

時間制限があると非常に難しいですね。

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