忍
私はくの一。くの一は恋なんてしてはいけない。そう最近までは思っていた。
私は最強のくの一、月尋でなくてはならないと・・・。
私の主は少し大きな村の長。ある日、主が豊臣を攻めると言い出した。豊臣は主の村が領主。そう、一揆を起こそうとしていたのだ。忍は口出しはできない。大阪城の見取り図を取ったり、密偵を出したり。着々と一揆の準備は整っていった。
そして当日―・・・。分かっていた。もう天下統一を成し遂げた豊臣には勝てない事も、どうせ負ける事も。だけど、止められなかった。主が死んだら、主を変えるだけだから。私にはなんの不安もなかった。皮肉なものだと、自分でも分かっていた。
戦開始の法螺貝が鳴り響いた。私は副将・竹中半兵衛を討つ手はずになっていた。だが、相手は軍師。知略にはまってしまい、腹に二本の矢を浴びた私は地に足をついた。矢を抜くと地が噴出す。
「女一人とは・・・やはりあの一揆衆は馬鹿の集まりだったか。」
「・・・」
その男、竹中半兵衛は思っていたよりもずっと綺麗な顔立ちをしていた。それはまるで女性のような、少し厚い唇、すっとした鼻、大きくて綺麗な瞳、小さな顔、華奢な体だが着やせしているだけだろう。鎧があまり似合っていない。身長は高かった。そんな分析をしている間に止血が完了した。
懐から苦無を取り出し、走って矢部隊共を錯乱させ、竹中半兵衛に向かって何十本もの苦無を投げた。竹中半兵衛は刀を抜き、苦無を全て打ち落とした。一度走るのを止めた。苦無を全て打ち落とされ小さく舌打をした。今度は己の背中に手を伸ばし、忍刀を抜く。竹中半兵衛と初めて相対した。竹中半兵衛が走りだす。私も走った。キンッっと高音の鈍い音が響いた。竹中半兵衛が私を押そうとしたので、空中に逃げ、手裏剣を投げた。見事手裏剣は竹中半兵衛の腹に五個刺さった。続けて苦無を五本投げる。これも当たる―。そう思ったが・・・。
竹中半兵衛の目が怪しく光る。私の鼓動は一回大きく高鳴った。それと同時に全ての苦無が落とされた。言うならば『神速の抜刀』。だが、私にも見えなかったわけではない。ただ、刀が空を斬った時、光が見えた。刀の筋が遅く見えたのだ。地に降りて、竹中半兵衛に向かって走り出すとそこで、法螺貝がなった。主の法螺貝ではない。恐らく豊臣の物だろう。私が走るのをやめ、刀をしまうと、竹中半兵衛が言った。
「成る程・・・一揆衆は使えずとも、貴様は使えると言う事か。お前、どうせこれから新しい主を探すのだろう?俺のところに来い。報酬はする。」
そこで私の主は変わった。この竹中半兵衛という男に。
「・・・私は戦、暗殺、密偵忍・・・何でもどうぞ・・・専門は戦と暗殺・・・。策を考える事もできます。」
「分かった・・・ならば、来るといい。秀吉様にお伝えせねばならん。」
「御意。」
竹中半兵衛・・・半兵衛様の背中を追い掛ける。半兵衛様の背中は大きくてどこか頼りがいがあった。
大阪城―。その城は、まるで天下に覇気、威圧を発する豊臣秀吉そのもののように見えた。
「太閤。新しい忍を雇いました。」
「む・・・半兵衛か。入れ。」
半兵衛様が平伏していた面をあげ、秀吉様の部屋へ入る。私もその後ろをつけた。半兵衛様が入り座る。その少し後ろに座った。
「女か?」
「はい。ですが、力は確かです。」
「名はなんと言う?」
「月尋と申します。」
「月尋・・・よし。お前の様子見をする。もしその間に不審な行動を見せたら即刻殺す。」
「御意。」
半兵衛様と私は部屋を後にした。半兵衛様が城を見て来いと言ったので走って見回ることにした。
大阪城―。城の庭は日ノ本の美しさをそのまま表した様で、そのドンとした作りはまるで天下を統一した秀吉のようだった。覇気に満ちていた。
私が城外の竹林のところへ言ってみると、隻眼の眼帯をつけた男が立っていた。
「・・・政宗公・・・」
「月尋・・・今回は豊臣か?」
「いえ・・・竹中です。」
「北条から上杉、最上、武田、毛利、そして豊臣・・・没落していないのになぜやめた?」
「そこにいたくなくなったから。」
「あ?嘘つくんじゃねえよ。」
「・・・・そこにいられなくなったから。」
「ふーん・・・次はどこだ?真田か?島津か、黒田か?目星はつけてんだろ?」
「・・・いえません。」
「だろうな。竹中に取り次げ。用がある。城門に片倉を待たせてある。」
「御意。」
私は半兵衛の元へ走った。
「半兵衛様、政宗公が御用があると・・・」
「そうか。ここへ呼んでくれ。」
「御意。」
私は政宗公らを半兵衛様の部屋へと連れて行き、部屋を出た。
一時間ほどすると二人は帰った。半兵衛様が私に話しかける。
「はあ・・・あの人はいつも突然だ。」
「そうですか。」
「離反するのも・・・突然だ。」
「離反・・・?」
私は目を丸くした。伊達は豊臣のために朝鮮にまで行ったのに、と思ったからだ。
「まあ、珍しいことではないが・・・伊達が抜けた穴は大きいからな・・・また考えなくては・・・」
「・・・」
数ヶ月が経つと、段々半兵衛様がやつれて行くのが分かった。初めて会ったときにあれだけしっかりとした顔が、疲れでよどんでいた。美しさも半減しているようだ。
「月尋・・・水を頼む。」
「はい。そうぞ。」
「ありがとう・・・」
戦に出向かず、自室に篭って策を考える事が多くなった。私は戦から帰ると半兵衛様の部屋に直行する。それが日課だった。半兵衛様は私が報告を言い終わるとご苦労だったと言って、すぐに部屋へ戻ってしまう。だが、今日は違った。
「半兵衛様。戻りました。」
「入って来い。」
「?・・・はい。」
いつもは入れてくれない半兵衛様の部屋に始めて入った。
「どうされましたか・・・!!」
入った瞬間に押し倒された。視界には半兵衛様の美しい顔と、天上が見えた。私達の顔を体を照らすのは、揺れる蝋燭。
「なにを?」
「欲求不満だ。ずっと篭っていただけだったからな。」
「貴方はッ・・・元気じゃないですか・・・」
「心配していたのか?可愛い奴だ。」
半兵衛様が私の顎をい掴んだ。
「仕方ないですね・・・」
「愛がないと思ってるか?」
「え・・・?」
「愛してる・・・ずっと・・・始めて会った時から。」
そして・・・私達は朝を迎えた。
「半兵衛様。昨日のは本当ですか?嘘ですか?」
「本当だ。俺は嘘は言わん。」
「・・・そうですか。」
そこで・・・答えればよかったのだと・・・今も後悔している。
「月尋。今日は伊達との戦だ。お前は俺について来い。」
「はい。」
今日が運命の日だった。
最後の日だった。
「殺陣、俺に続け!!!!」
伊達との全面戦争―。それは・・・策略だと知らずに、豊臣軍は攻めた。
竹中半兵衛率いる殺陣は、兵力を消耗し、地をよく知る月尋が安全地へと導いた。
「さすがだな・・・月尋。」
「当然のことです。半兵衛様、ちょっとこちらへ。」
「なんだ。」
兵の誰も見えないところへ半兵衛様を連れて行く。月が雲から顔を出した。私達を照らす。
「どうした?お前に感情があるぞ。やった時以来だな。」
「・・・私は今どんな顔をしていますか?」
「そうだな・・・今にも泣きそうな顔・・・だ。・・・なにがあった?」
「これから・・・あるんですよ。」
背中の忍刀に手を伸ばし、半兵衛様の胸、心の臓に刺した。
「がっ・・・つき・・ひろ・・・・」
「あっ・・・・」
半兵衛様が倒れる。私は自分の膝に半兵衛様の頭を乗せた。頬に手を乗せた。
「伊達・・・の者だった・・・・か・・・」
「・・・ごめんなさい・・・・」
「謝るな・・・ぐっ・・・それでもお前を・・・」
「・・私も好きです。」
私の瞳から涙が溢れた。何十年ぶりだろうか。泣いたのは・・・半兵衛様の冷たい手が私の頬に触れる。
「・・・本当か?」
「は・・・い・・・」
「嗚呼・・・嬉しいな・・・せめて・・・忘れないでいてくれるか?最後の命令だ・・・」
「はい・・・命令じゃなくても・・・きっと・・・」
半兵衛様の手が落ちる。目を瞑ったまま動かなくなった。半兵衛様の頬に涙が落ちた。
「豊臣は引いたぜ。」
「政宗様・・・」
「伊達の間者なんて思われてなかっただろうな。」
「そうですね。」
「泣いて・・・いるのか?」
「・・・いいっえ。」
「馬鹿野郎。嗚咽まじってんじゃねえか。」
私が政宗様に、政宗様の香りに包まれる。思わず涙が零れる。
「泣けよ。悲しい時は。」
「・・・うぇぁ・・・」
月夜に浮かぶ、貴方の顔。貴方は月。
月尋の名の由来。『月を尋ねる。』
名前の由来と貴方は・・・
運命だったのかも知れない―。
了