物思う昼下がり
ヤハクの都合次第だが、朝は彼の家を訪ねるのが日課になった。
朝のうちにジャングルの散策をして、日が高くなると涼しい場所であれこれ話す。彼からこの星、この島の事を聞き、僕も知っている事、自分の住んでいる場所の事、そして自分自身の事を話した。
後払いの日当で繋がっている間柄ではあるが、これまでの友人達よりも距離が近いような気がしている。成果の比較や成績評価のものさしが存在せず、何より彼が屈託なく笑うからだろう。
1ダース分年の離れた友人は要領が良く、少々我が侭な所があるが、それが年相応の気がして微笑ましい。そして僕はそんな姿に憧れる。自由な彼を見ていると、僕の過ごしてきた時間が何とも歪に思えてくるのだ。
太陽が中天を過ぎた2時間後。そんな中途半端な時間に彼は「アイスが食べたい」と急に言い出した。昼食はありがたくもサニエさんにご馳走になり、家の裏手を少し入った所にある小さな湧き水に、足を浸してして涼んでいた時だ。
「まだ2時だね。おやつの時間には早いんじゃないか?」
「……そういう子ども扱いはしないで欲しいな。」
「未成年は立派な子供だよ?」
簡単に拗ねる彼が面白くて、ついそんな事を言ってしまうが、きっと彼は僕より大人だ。ここ数日だけで、僕には経験が足りない事を思い知らされた。成りは大人だが、経験の伴わない知識ばかりでは大人と言えないのではないかと、実は不安に思っている。しかし無論そんな事を話す気は無い。さすがにそのくらいの見栄は張りたい。
「はいはい、でもアイスって、家に帰るのかい?」
「いや、パウじいのとこに買いに行こう。」
「パウじい?」
「うん、島の雑貨屋。」
覚えのあるフレーズに、僕はある風景を思い浮かべる。
「いつも店の前のベンチでラジオ聞いてる?」
「そう。って、フレッド知ってるんだ?」
知ってるも何も、夕飯用の買出しに二日に一度は会っている。夕飯と言ってもレトルトや即席の味気無い物ばかりなのだが。おかげでレジで「少しはまともな食事をしたらどうだ?」と、毎回叱られる。
「他に店を知らないからね。」
これは正しくない。正確にはあの店が好きなのだ。フラッと寄れて、何となく話をして、そんな他愛の無いふれあいがとても楽しい。
「ふーん。まぁパウじいは、ツンケンしてる時もあるけどいい人だからね。きっとフレッドは口喧しく言われてるんじゃない? 飯ちゃんと食えとか。」
そしてヤハクは、なかなか鋭い。
「……正解。」
「やっぱり。」
彼に思いっきり笑われて、今度はこっちが拗ねる番だ。それにしても、息も絶え絶えになるほど笑う事は無いだろう?
「そんなに笑うな。ほら、行くなら行こう。」
僕は気を取り直して立ち上がり、水から上がると濡れた足でそのままサンダルを履いた。
確かにそのうち乾く。ボトルを抱えて服を濡らした時に女将に言われた言葉を、ヤハクと過ごす中できちんと正確に理解した。『細かい事にこだわるな』結局はそういう事だろう。
小さな商店に置かれたベンチには、相変わらず店主であるパウじいが座り、ラジオが鳴っている。
今流れているのは賑やかなロックンロール。遥か昔に流行った定番の曲で、激しいリズムも叫ぶような歌声も、このゆったりと時間の流れる長閑な島の風景にはそぐわない。と、やっぱり僕はまだ感じるのだが、店主は一向に気にした様子も無い。いつものように定位置で、電子ペーパーの新聞を広げているだけだ。
「パウじい、アイス頂戴。」
「よぉ、ヤハク今日も元気だな。」
だが、違うのは店主の表情。彼はまるで孫を出迎えた祖父のように優しく笑い、僕は少しショックを受けた。僕は彼が笑う所を初めて見たのだ。
さっさと店内に飛び込んでヤハクが消えると、その後ろにいた僕は店主と自然に目が合った。
「お前さん、ヤハクに捕まったのかい?」
呆れつつも豪快に笑う姿に、僕も何となくつられて笑ってしまう。そして、その事に満足している自分は本当に子供だなと感じた。
「はい、ガイドに雇ってくれって捕まりました。」
「ちょ、二人とも人聞きの悪い事言うなよ。確かに客は客だけど、フレッドは友達だよ!?」
店の中から慌てて訂正する声に、思いがけず嬉しい言葉が聞けたと、僕は更に嬉しくなったが、店主は改めて僕を見て以外そうな顔をした。
「ほぅ、たいそうな入れ込みようじゃないか。お前さんフレッドって言うのかい、これまた随分と気に入られたもんだな。」
「……はぁ、フレッド・デュリスと言います。」
そういえば名乗りもしていなかった事に今更気付かされ、僕は改めて名乗った。
いつも『お前さん』と呼ばれ、僕も『店主』と頭の中で呼んでいたが、その事に何の疑問も抱いていなかった。人の多い街で、いちいち人の名前を気になどしていられないのが当たり前だと思っていたが、よくよく考えてみれば不自然で失礼な事なのかもしれない。
そう、今までの自分を省みていると、ヤハクはさらりと失礼な事を言ってくれた。
「フレッドは、大人の癖に頼りなくてさ、何かほっとけないんだよね。」
ちょっと待て、14歳にそんな言われ方をされる僕って何だ? 確かに頼りない自覚はあるけど、ほっとけないって言われたのは初めてだ。
「なるほど、それなら分かった。」
ヤハクの言葉に微妙に傷ついた僕は、さらに追い討ちをかけられるように、パウじいにまで笑われた。そこまで僕は頼りないのか? そんなに危なっかしいのか?
あまりのショックに言葉が出ず。結局ベンチに座って黙り込んでいると、店に入ったパウじいが一本のアイスを手にして戻ってきた。
「まぁ、これをやるから……そんなに落ち込むな。」
妙な気の使われ方をして、余計に情けない気分がする。それでも、渡された青いシャーベットのアイスに噛り付いていると、不意に名を呼ばれた。
「フレッド。放っておけないってのも、お前さんの人徳だよ。」
くしゃりと笑うパウじいの言葉は、すんなりと染み込ませるには気恥ずかしくて、
「……それはどうも。」
としか返す事ができなかったのだが、完全に見透かされたように大笑いされた。
これが年の功か!?