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再会

易々とジャングルに分け入って行くヤハクの後ろを、僕は何とか必死に付いて行き、彼の家に辿り着いた時には疲労困憊の汗だくになっていた。これは確かに、年より上に見られても仕方が無いかもしれない。

元々体を動かす事に興味は無く、職場でも使うのは頭くらいで、運動なんて縁の無い人生を歩んできたツケが、これでもかとばかりに回ってきた感じだ。


へたり込んで荒くなった息を整えていると、不意に覚えのある声が耳にと飛び込んできた。

「ヤハク? あんたまた手伝い放ってジャングルに行ってたの? ……って、あなた何でここにいるの?」

顔を上げるとそこにはもちろん僕を引っ叩いてくれた少女が立っている。傾斜の大きな屋根が特徴の、窓を開け放した開放的な家を背景に、顔に浮かぶのは困惑だろうか。

「やあ、昨夜はどうも。」

僕はフレンドリーに手を上げたつもりだったのだが、赤い花の刺繍のある生成りのワンピースの彼女の機嫌は悪化した。

「何? 姉ちゃんこの人知ってんの?」

……なるほど。彼女が姉なら、見覚えがあって当然だな。

「えぇ、気に入らない人よ。」

姉の……確かシャファンという少女は、取り付く島も無いほどキッパリと言い放ってくれる。刺さるような視線が痛い。しかし、僕はここまで言われるような事をしたか? 僕としては叩かれた分イーブン、せめて割り引いてくれても良いのではないかと思うのだが。

「フレッドは今回の雇い主なんだ。」

「改めまして、僕はフレッド・デュリスです。」

気を利かせて紹介してくれたヤハクに一瞬目を向けて、僕は立ち上がって彼女に名乗った。

「……そう、弟がお世話になるみたいだから名乗っておくけど、私はシャファン・レイル。もう私をあんな目で見ないで頂戴。私にだってプライドがあるの。毎日毎日練習して踊ってるの。馬鹿にしたような目で見ないで。」

彼女が口にした、やや感情的で率直な言葉は、残念ながら僕には響かない。何故なら、僕はそんな事を考えてなどいないからだ。という事はひょっとして、叩かれ損なのか?

そう考えると思わず笑ってしまい、もう一度頬を叩かれた。

「姉ちゃん!?」

ヤハクの非難の声で逃げようとした彼女を、僕は捕まえて引き止めた。このまま逃げられたら本当に叩かれ損で、誤解をされたままというのは何となく悔しい。

「僕はそんな事考えて無かったよ。店に行く前に一度君を見かけてて、なのにステージの上の君はまったく別人のようで、感心してたんだ。」

多少ニュアンスは違うが、あながち間違いではない。

「……あの目で?」

「そう、見事に変わるものだってね。凄かったよ。」

信用まではされていないが、表情は多少和らいだ……ようには見える。

彼女はバツが悪そうに僕の手を振り払うと、

「分かった。悪かったわよ! ……どうせなら、もう少し賞賛の目で見てよ。」

そう言い残して家の中に消えた。


「フレッド、やる時はやるんだね?」

完全にシャファンの姿が消えた後、ボソッとヤハクが呟いた。

「何が?」

「ううん、それより頬っぺた平気?」

思わず苦笑すると、熱を持った部分が引き攣ったような違和感がある。ちなみに、昨日よりも今日の方が痛い。

「まぁ、少し痛いかな。あ、ひょっとして手形ついてる?」

この質問に彼は、申し訳無さそうにしながらも首を縦に振った。


保冷剤を包んだ濡れたタオルを借りて頬を冷やし、少し落ち着いた所で彼らの母親に挨拶をした。サニエさんという名だそうだ。

頬の手形については、二人して何とか誤魔化した。冷やした事で色が薄くなってくれていて本当に助かった。

ヤハクをガイドに雇う事は、あっさりと承諾された。彼自身が『今回の』と漏らしたように、これまでに何度もこういう経験があるらしく「一日いくらで」という提示が向こうから為され、前金まで取られた。

……本当に、ここの人達は逞しい。

しかしながら、彼らの母親はビジネスライクな人という訳ではない。ありがたい事に昼食をご馳走になった。

もう昼が近かった事と、僕が取り出した『セット・バランス7』を見て、それなら一緒に食べましょうと誘われたのだ。


香草を乗せて蒸した鶏肉に、薄く焼いたパン、野菜のスープと、オーブンで焼いた魚。それにサラダと、フルーツを盛った器もあった。

今日の僕の食生活は充実している。

食事中に色々な話をしたのだが、最後には「いつでもご飯食べに来ていいからね」と、サニエさんに言われた。言葉や表情の端々から、どうにも同情されているような気がするのだが、そんなに僕は同情されるような生き方をしているのだろうか?

やや複雑な心境ながらも、僕は少し甘えさせてもらおうと思った。食事の当てが出来るのは非常にありがたい。

しかし、もし甘え過ぎてしまったら、食事代も渡した方が良いのかなとも考えた。

ちなみに、この食事中シャファンとは見事に目が合わなかった。同じテーブルを囲んでいるのだが、防御壁のような空気を纏う彼女には、こちらから触れる事が出来ず、そして、向こうからもこちらに接触する意思は無さそうで、理由を知るヤハクはあえてそこに触れようとはしない。

時折サニエさんだけ不思議そうにしていたが、さすがに理由を説明する気は無い。

微妙に複雑な緊張感に包まれた時間だったが、それでも人と食事をするのは楽しいと改めて感じた。


食後はヤハクの話すこの島の事を聞いた。

父親がホテルで働いている事。観光が主な産業だけに、時々観光客が面倒事を引き起こす事。内心それを良く思っていない者もいる事。

それでふと思い当たる、昨日の夕食の事を話してみると、

「うん、彼は時々そういういたずらをするらしいよ。」

と、思わぬ所で答えが得られた。

陽気で明るい南の島は、僕が勝手に思い描いていた幻想だったのかもしれない。人が暮らす世界である限り、そこには色々あって当然と言えば当然……という事か。


夕方、ヤハクと認証ブレスのデータを交換してコテージに戻った。ヤハクは携帯を持っていないらしいが、これでメールでの連絡が可能になった訳だ。

帰りの道は、もちろん行きのようにジャングルを分け入ってでは無い。きちんとした道をヤハクに案内してもらったので、今後は一人でもあの家に行く事が出来る。

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