表彰式の椿事
表彰式の当日、僕の気分はとても重かった。表彰なんて言った所で、所詮はお偉いさんの方エゴや、見栄を張り合うパーティーなのだろう。それに、今後の利権の牽制を行う闘技場でもあるんだろう。まさか自分がそんなものに関わる事になるなんて、夢にも思った事はない。僕の意見を言う事が出来れば『真っ平御免だ』という所なのだが……残念ながら僕には拒否権があるようには思えない。
僕は現在、社長や会長の乗る車に同乗し、会場へ向かっている。心情としては連行されているといった感じかな? あぁ、本当に気が重い。
車は市街地へ向けて宙を滑る。コーヒー片手に談笑しているお偉いさん方の中で、僕は一人愛想笑いを浮かべていた。息抜きに時折眺める外の景色は、味気の無いシャープなビルと、相変わらずの灰色の空でしかない。
結局、余計に気を滅入らせて、何度も溜息を漏らしているうちに景色が変わる。不意にビルが途切れ、空の開けた明るい場所に出た。開拓記念公園だ。
このスコラティクス・プラネタをテラフォーミングした後、初めて人類が降り立ったのがここだ。それを記念して設立された公園である。記念碑や探査船を模したオブジェ、それと、これまでの研究成果を讃える奇抜なデザインのオブジェが多数置かれている。奇抜と言ったが……本当に奇抜なんだ。
この惑星の都市はここを中心に広がっている。議会堂も各省庁も、これから向かう会場も、この公園の傍にある。
遠く離れた場所で、綺麗なオレンジ色の煙が立ち上り始めた。一体何の実験をしているんだろう? 僕はそれをこっそり考え始めた。いわゆる現実逃避というやつだ。
惑星国家を挙げての大プロジェクト、その成功を祝うパーティーは、この惑星一の高級ホテルで行われる。到着早々、僕は煌びやかな大ホールを引きずり回され、色々な人物に紹介された。笑顔を作って握手を交わし、似たり寄ったりの質問に答え続けた。まだ式は始まってなどいないのに、もう僕の神経は擦り切れそうだった。
この一見とても華やかで、賑やかで、それでいて緊張感に満ち溢れた場所は僕の性には合わない。皆、笑顔で腹の内を隠し、形式上の挨拶と牽制を繰り広げていている。その渦中で目の当たりにしている僕は、もう逃げ出したくて仕方が無かった。まだ子供だった頃の、僕を取り巻いていた大人達と何処か重なっていたのかもしれない。
ようやくパーティーが始まると、名目上メインである表彰式が行われた。プログラムは把握しているが、そのおかげで一つずつ消化されていく度に、心拍数が上がる気がした。
お偉いさん方の挨拶の後、満面の笑顔を張り付かせた惑星政府首相から賞状と盾を渡された。首相は壮年だが背が高く、体つきも精悍だ。老け込まないように体を鍛えている。と、いう話は有名だが、実際に目の前にすると、モニター越しに見ているよりも、もっと若々しく逞しく見えた。
さてそこからが問題だ。当然のようにスピーチの時間が設けられ、僕は頭の中が真っ白になりつつ何かを必死に喋った……ような気がする。たくさんの人の前に出て、僕は完全に上がっていた。とりあえず、自分だけの成果ではない事と、サマーグリーンの植物にはまだたくさんの可能性が秘められている……というような事を話したと思う。何とか纏めて話しを終え、拍手をもらって退場する際、少し暗い何もない所で躓いた。それは誰にも気付かれてなければ良いな……と、とても思っている。
その後も何人かの挨拶が行われ、当然ながら会場の雰囲気はやや白けたものになっていった。だがどこかの社長の挨拶が終わると、急に司会者の声のトーンが変わった。真面目な調子の喋り方は、数段テンションの高いものとなり、『今話題の方達です』と、特別ゲストの登場を知らせた。プログラムにそんなものは無かったはずだ。
会場の照明が一斉に落とされ、スポットライトだけが入り口を照らしていた。そして、聞こえてきたのはあの音だ。忘れようも無い太鼓のリズム。
「まさか、嘘だろう?」
僕は思わずそう呟いていた。大きく開け放たれた扉の向こうに、いくつかの揺らめく炎。そして人型のシルエットが見えた。それから、起きて欲しかった事と、予想以上の事がいっぺんに起きたのだ。
「フレッド、私来たわよ? ちゃんと。頑張ったんだから!」
彼女の声がスピーカーを通して会場に響き渡る。その言葉を耳にして僕は笑った。笑うしかないだろう? 驚き過ぎて、他にどうする事も出来なかった。
不意に辺りが明るくなり、目を眩ませていると、『どいて』という声がして足音が近付いて来る。視力が役に立たない状態では、何が起きているのか把握はできなかったけれど、ガヤガヤとした雰囲気だけは伝わっていた。そして、必死に目を慣らそうとしている僕に、誰かが正面からぶつかって来てひっくり返った。
いや、『誰か』というのは正しくない。ふわりと香ってきた匂い。花のようなこの香りはハッキリ覚えている。彼女の……シャファンの匂いだ。
「やっと会えた。」
僕に抱きつく彼女は耳元で囁く。一方僕は、ひっくり返ったまま色々な事を理解しようと努めた。より正確に言えば、理解できないのではなく、今の状況が信じられずに飲み込めない。無意識に抱きしめた体は細く温かい。おそらく、今この瞬間が現実であるという確認をしたかったのかもしれない。これが夢ではないのだという確認が。
「シャファン……。」
彼女の前から逃げ出して5年。彼女を忘れるどころか、その存在は徐々に大きくなっていた。思い出補正でも何でもいい、僕がここで働くための原動力にしていた。おまけに途中からは、彼女の姿は嫌でも目に付くようになった。日を追うごとに有名になり、おかげで僕は嫉妬心を刺激され大変だったんだ。でも、だから今がある。本当に不思議だ。
彼女に話したい事は色々ある……はずなのに言葉は出てこない。名前を呼ぶのが精一杯のまま、僕はとにかく彼女を抱いて、撫でた。泣いているのに気付いたからだ。密着して伝わる感触は五年前より……その、部分的にボリューム感が増している。更に魅力的な女性になっているらしい。だが、彼女は彼女だ。変わっていない部分もある。不意に体を引き剥がすと僕の頬を引っ叩いた。たぶん思いっきり。
「フレッドのバカっ!! 私、諦めが悪いのよ!?」
……その言葉を瞬時に理解する事は難しかった。前半と後半がそのままではまったく繋がっていないのだ。今のこの状況と過去の出来事を足して、やっと意味を理解した。そして、とにかく痛い。
「……私だって、あなたが置いて行った理由は一応分かってるつもりよ? でも、だから諦められなかったの。」
「僕は、そこまでして追いかけるほどの人間じゃないよ。」
本音が出た。痛みはもちろん我慢するしかない。そして嬉しくない訳もない。だがそれより申し訳ない気持ちの方が大きかった。優柔不断に迷い、逃げ出したくせに縋っていた。僕はこんなにも情けない男でしかないんだ。彼女のような女性に追いかけて貰えるような人間ではない。サマーグリーンのコテージで彼女に迫られた時から、この思いは変わらない。だがこれは、彼女の逆鱗に大いに触れたらしい。
「まだそんな事言うの!?」
襟首を掴まれ、見上げた彼女は完全に怒っていた。これはまた叩かれる。と、覚悟を決め歯を食いしばったのたが、予想に反して何も起きない。
「あなたの価値を自分で決めないで! このパーティーは一体何なの? 私は何のために頑張ったの? 私の知ってるあなたは素敵な人なのよ? いつもいつも低く見積もらないでよ!!」
後半はまた泣いていた。無論最初とは理由が違う。しかし僕は、どうしていいか分からずただオロオロするしかなかった。だが傍にいた男性が不意にジェスチャーを始めた。両手で自身を抱いている……それは、抱き締めてやれという事か? 上半身を起こし、とにかくその指示に従うと、今度は『あやまれ』と口が動いた。
「シャファンごめん……いや、ありがとう。僕はやっぱり僕だから、そんなに自身が持てないんだよ。でも嬉しい。僕は早く自由になってサマーグリーンに、君の所に行くつもりだったんだ。シャファン、君は凄いよ。正直僕は諦めようとしてたんだ。君も、仕事も、色んな事を。けど、テレビで君を見て悔しくなった。有名になっていく君を見ていて、とても焦った。けど運が良くてさ、やっと自由になれると思った時、もう手遅れなんだと思って分からなくなった。」
一度声に出してしまうと、さっき言葉が出てこなかったのが何だったのかと思うほどに思いが溢れる。
「これからどうすればいいのか目的が無くなって、僕は途方に暮れてたんだ……。」
「だって、それは全部フレッドのせいじゃない。」
確かにそれは僕のせいだ。僕が臆病で覚悟が出来なかったから、彼女の全てを引き受けるだけの自身も無かった。
だがその言葉は僕を責めるものでは無いらしい。彼女は笑っていた。とても幸せそうに。
「シャファン? 君はどうして笑ってるの?」
「嬉しいからに決まってるじゃない、好きな人がまだ私を好きでいてくれたのよ? そうでしょう?」
少しずるそうに訊く彼女に、僕は今更ながらに赤面した。
「フレッドが置いてけ掘りにするから、私意地になっちゃったのよ。おかげで有名になり過ぎちゃったじゃない、どうしてくれるのよ? 踊るのは好きだけど、それ以外のとこは大変だったんだから。」
再び抱き付かれ、今度は指示なしで背に手を回す。
「ごめん。」
「ほらそれ、優し過ぎるのもいい加減にしてよ? それと、今度振り回す時は男らしい理由にしてよね?」
「頑張ります。」
……と、ここまでは完全に二人の世界だった。僕には余裕というものが無く、完全に周囲の状況を忘れていた。しかし突然拍手の音がして、ここがどこかを思い出した。
最初は一人、それを始めたのはジェスチャーで指示を出してきた彼だ。そしてその音はすぐに広がり大きくなる。おそらく会場にいるほとんどの人間が、この拍手の嵐に加担しているのではないだろうか? 急に恥ずかしくなった僕は思わず目を伏せたのだが、もう一度驚かされる事になる。腕の中にいる彼女の言葉によってだ。
「もう、ヤハクってばやり過ぎよ。この後どうすればいいのよ?」
「……はっ? ヤハク? どこに?」
「あそこ、拍手を始めた扇動者よ。」
言われて再び彼に目を向けると、確かに一人だけ違う種類の笑顔を浮かべている。なるほど、よく見れば確かに彼だ。モニターと時間を隔ててではあるが、よく話しているというのに。いつもラフな姿の彼が、スーツを着ているくらいの違いで気付かないとは……本当に僕は情けない。
しかし5年、随分と大きくなったものだ。……あれはもう、僕より絶対大きいだろう?