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転換点

 臨床シミュレーションテストの結果は上々だった。これは、実際の患者データから作成した臨床モデルに、ワクチンを投薬した後の経過を、論理的にシミュレーションするプログラムを用いたテストである。複数のモデルを用意し、全てのモデルに対して同じテストを同時に行う。何度もパターンを変えて行い、記録されたそれぞれのデータを比較・検証していく。投与するワクチン量での影響、発症経過での差異、キャリアでの反応や、副作用。得られた膨大なデータを分析し、最良の結果を導き出す。

 そうして割り出された最適な分量を用い、病状が末期の志願者による臨床試験が行われる事が決まった。

 いわゆる人体実験というものだ。これまでに行われたテストは、所詮論理的なものでしかない。それ故に、最終的にはどうしてもこの臨床試験というものが欠かせない。

 もちろん上手くいくとは限らない。イレギュラーな事態により、シミュレーションを裏切る結果が出るかもしれない。けれど、皆がこの結果に期待していた。もし上手くいけば……いや、成功して欲しい。それが皆の願いだ。

 そうすれば僕は……自由になれるだろうか?


 一週間後に行われた臨床試験は、多くの期待と関心をを集めた。僕の所属する開発チームと、この会社はもちろんだが、それだけでなく同業他社、そして各種医療関係者にマスコミ。そして惑星政府の要人達もこの結果を気にかけて、それぞれの見解を呈していた。ニュースでは連日臨床試験を取り上げ、不治の病の歴史とその行方の予想を展開していた。

 この世間の反応の大きさに僕は驚かされた。進展の無い仕事、家と研究室を往復するだけの生活。当初に抱いていた待望も消え、倦怠感を抱きながらも続けた仕事。それが今、とてつもないほど注目されている。

 試験結果は驚くほど早く出た。二時間ほどで熱は引き、体内のウイルスは抗体の働きにより、見事に死滅していたそうだ。被験者の体力の回復を待ちつつの経過観察は必要だが、おそらくは成功で間違いない。投与に関わったメンバーから社にそう連絡が入り、社内は大騒ぎになった。

 叫び出す者もいる中、僕はとても不思議な気分がしていた。これまでの事を思えると、拍子抜けしたとでも言うべきだろうか?

 赤く変色した肌は、残念ながら元に戻らなかったそうだが、その辺りは美容整形外科の範疇で良いのだろう。


 第一号被験者の結果を得て、他の患者にも投薬が施されたが、そちらも良い結果を出しているそだ。

 そんな中、僕は上司からとある紙切れを渡された。この特効薬に関する特許を社に譲る旨の記された書類だ。デジタル媒体は改竄が容易なので、こういった関係の物には必ず紙媒体が使用される。もちろん用紙もインクも複製防止タイプの特別品だ。

 僕は驚いた。それはその権利を社に渡せという、当たり前のように言う指示にではない。人によっては気にするものなのだろうが、僕には興味がない事だ。会社と喧嘩する気も、独占して儲けようなんて気もない。では何に驚いたのか? それは、この成果が僕の手柄であると会社が判断した事だ。表面的に見れば、間違いではないのかもしれない。だが僕にしてみればミスから生まれた産物である。とてもじゃないが胸を張れたものではない。いや、そんな事をする気も無いのだが。僕は最初のきっかけを偶然見つけたに過ぎない。その後の成果は皆で成したものだ。

 僕はざっと書類に目を通すと、すぐにサインをした。こんなものを個人で持っていても面倒なだけだろう。絶対に僕の手に余る、間違いない。


 あの時から……僕がサマーグリーンを訪れてから、もう5年の歳月が過ぎている。これで今までの恩と、義理という名の鎖から抜け出しても……問題は無いはずだよな? 今なら会社を辞められる。希望通りだ。だが、そう思うと同時に僕はここでの存在意義を失ったような気がしている。

 僕はこのワクチンを作るために、このレールに乗ったのだ。幼い頃から教育され、そのまま今、現在に至る。

 今までと今後の事を考えていると、自然と笑みが浮かんできた。惰性で生きてきたツケが回ってきたという所だろうか? これは今後の事を真面目に考えなくてはならない。

 もしこの日が来たら、僕はサマーグリーンに行くつもりでいた。今度は旅行ではなく、移住するつもりでだ。だがそれは途中で変更せざるを得なくなった。今、それでは意味が無い。何故ならあの惑星に彼女がいないからだ。彼女はサマーグリーンを飛び出して、様々な場所を巡っている。遅きに失するというやつなのだろう。本当に笑うしかない。

 僕は書類を見詰めながら、妙な感慨に耽っていた。


 それから僕は、会社を辞めた後の事について模索を始めたのだが、実はいきなり躓いている。幼い頃に乗っかったレールというのは、あまりにも真っ直ぐ過ぎたらしい。特化し過ぎて他のスキルが欠如していた。そこに僕の性格も加味すると、他業種の仕事には向かないそうだ。同業他社であれば問題は無いようだが、それは僕が許容しない。

 それではきっと今と変わらない。今後もまた惰性で生きてしまいそうな気がしたからだ。

 僕が今したい事、この先僕が僕でいられるために、やりたい事は何なのだろう?


 答えの出せないまま幾日かが過ぎたある日、僕は社長から呼び出された。僕にとって社長という人物は、年に何度か壇上で喋るだけの存在……と、いう程度の認識しか持っていない。何故僕が呼ばれるのか? そう、とても困惑する事になった。さすがにその理由については思い当たる事が無いではないものの、内容については予想がつかなかった。

 秘書に案内されて入った部屋には、社長の他に数人の人間がいた。確か取締役の人達と、もう一人はたしか発起人の高官だったはずだ。彼の熱弁に僕は絶望させられた。まあ、もうどうでもいい事だ。

 その場に居る僕と秘書を除いた全員が、とても嬉しそうな表情を浮かべていた。僕は困惑、そして秘書は無関心だった。

「彼がフレッド・デュリスです。」

 社長が僕を高官に紹介したので、よく分からないまま会釈をした。すると高官は勢いよく飛び上がり、そうか君かと僕の手を取って振り回した。……痛い。

 彼らが話している途中で、僕がこの場に表れたという事は何となく想像出来るのだが、出来ればその状況の説明が欲しい。だがそんな説明などは一切無く、僕を置いてけぼりにしたまま、僕を中心とした会話が始まる。特に高官はハイテンションに偉業とやらを褒めちぎり、悲願が果たせると笑いながら、僕の肩を力強く叩いた。……だから痛い。

 だがおかげで状況が理解できた。彼の悲願は特効薬の開発、そして病気の撲滅だ。今日は彼の都合で呼び出されたという訳か。僕は笑顔の仮面を貼り付けたまま、妙な事になったと内心で溜息を吐いく。

 彼は自らの強い志や、不屈の精神、そして今後の名声について一方的に喋り続けた。それはどこか可笑しくて、黙って聞いているのがとても苦しかったが、発言の機会が訪れなかった事はありがたかった。僕には彼のような大口を叩く趣味は無い。強い使命感とやらも、随分と前に失っている。彼に合わせた発言など出来そうにない。いや、したくない。

 成り行きに任せ、形だけの相槌を打っていると、特別ボーナスの支給、昇進の内示、そして政府からの表彰を行うという決定事項が説明された。本当に妙な事になった。ボーナスについては歓迎するものの、昇進など望んではいない。ましてや表彰だなんて……本当に勘弁して欲しい。

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