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再開する日常

 来る時とは逆の行程を辿り、サマーグリーンを後にした。まさかこんなに名残惜しい気分になるだなんて、出発前の僕は思ってもみなかった。

 スコラティクス・プラネタのゲートに到着すると、何だか味気の無い場所だなと感じた。これも出発前には何とも思わなかった。クリーンで、おそらく洗練されたシャープなデザインは、名のあるデザイナーが手がけたものだ。だが、僕には『色が足りない』ような気がした。

 あの惑星に滞在している間中ずっと、たくさんの色を目にしていた。氾濫するほど鮮やかで、目がチカチカするほど眩しい色の世界に慣れてしまっているのだろう。そこはとても賑やかで、そして生命力に満ち溢れていた。


 ゲートからクリアチューブに乗り、最寄の駅で降りた。既に夕方だったので、スーパーでレトルト食品を買い込んでから家へと向かった。バカンスで長い間空ける事になるので、家の食料は空にしておいた。だがそのおかげで、ここに戻ってきたとたん、僕は日常に引き戻される事になった。夢の中を漂うような、そんな余韻はすっかり消えてしまった。

 あちらが現実で、これが夢ならどれほど楽しいだろう? そんな事を考えたくなるものの、それはただの願望に過ぎない。

 これから僕は家に戻って、温めただけの夕飯を食べる。それからシャワーを浴びて、そのままベッドに倒れ込むだろう。そう、ここが僕の住んでいる世界なのだから。旅の疲れは結構ある。だから早く寝て、あの惑星の夢でも見たい。


 帰って来てから二日後。久しぶりに出社すると、僕は多くの同僚から話しかけられた。旅の様子を尋ねてきたり、土産を催促してくる者も中にはいたが、一番多かったのは日焼けに対する忠告だった。

 サマーグリーンで存分に焼けた肌は、この惑星では良く目立つ。医療・健康に関心の高いこの星の、しかも製薬会社の社内という場所に、発ガン性のリスクを高める『日焼け』などを考える者はいない。ガンは絶望的な病ではないが、それでも厄介な部類には入る。誰も好き好んでなりたいものではない。

 同僚達は僕に、日焼けの与える肌へのダメージを説き、ビタミン配合の保湿剤やドリンクまで渡してくれる者もいた。

 もし、彼らの事をパウじいに話したら、彼は一体どう思うのだろう? おかしな場所だと一笑に付すだろうか? それとも呆れ果てて説教でも始めるだろうか? そんな事を考えていると、何かおかしな事でも言ったか? と、首を傾げられた。どうやら僕は笑っていたらしい。

 渡された保湿剤は、透明な容器に入った薄い水色のリキッドで、容器を傾けるとトロリと揺れた。だが、もし彼と僕が逆の立場なら? ……おそらく同じ事をしていたかもしれない。僕はサマーグリーンに行って、自分の知っている世界だけが全てではない。と、気付いただけなのだ。



 それからの日々は、また今までの繰り返しに等しかった。実験と観察、確認、確認、確認、そして溜息。せっかくバカンスで取り戻してきた意欲や英気も、変わらない毎日にすり減らされていく。ただ以前と違うのは、ヤハクと連絡を取り合っている。文字だけだったり、映像だったり。距離の関係でリアルタイムでという訳にはいかないけれど、些細な事、下らない話までして楽しんでいた。彼は今、親元を離れて大きな学校に進んでいる。カラフルガーデンから離れた事は不安らしいが、彼は夢に向かって進んでいる。そして彼女は……今は店だけでなく、観光促進イベントなどでも踊っているらしい。


 成果の上がらない仕事に、再び閉塞感を覚え始めた頃、テレビから流れてきたリズムにハッとした。毎朝出社前の、身支度を整えながらのニュース番組。この惑星のローカルではなく、星間ネットワーク放送を流している。着替えながら聞き流していただけのそれに、目を向けると画面は黒く、右上に『今注目の民族舞踊』とテロップが出ていた。だが、この独特のリズムを聞き間違える訳が無い。

 暗い中で打ち鳴らされる太鼓の音と、短くも力強い掛け声が何度も上がる。そしてここというタイミングで、照明の光と共に現れ出たのは彼女だった。驚き過ぎて声が出ない。手にしていたシャツを落としてしまっていたのだが、僕はそれすら気付かなかった。

 画面の中の彼女は、記憶にある通り奔放で艶かしい。いや、それ以上か? その生き生きと踊る姿に僕は、どうしようもなく魅了される。そして、これを見ているのが僕だけでないと気付いた時、違う感情が芽を出した。

 気迫のこもる声で最後を締めると、スタジオが明るくなる。男性アナウンサーが拍手をしながら近付くと、彼女は荒い息を抑えながらインタビューに答え始めた。見た事の無い綺麗な笑顔で。

 やってくれたなヤハク、僕は何も聞いてないぞ? いや、ひょっとしてこれが『観光促進イベント』というやつなのか?


 そして、その日から彼女の姿を見かける機会が増えた。もちろん直接ではない。テレビだけでなく、雑誌やネット。彼女をネタにした無責任で下劣な話題で盛り上がっているものも多く……正しくはその手のものばかりで、僕は気の休まる時が無くなった。考えれば考えるほど、どうしようもなく腹が立つ。もちろん自分にだ。

 『イーストヘブン観光事業部』という名前もよく目にするようになった。もちろんそれが彼女達の所属であり、マネージメントを行っているらしい。観光誘致は以前より盛んになり、逆に向こうからの進出も見られた。物産展、ショー、アンテナショップに、クイズ番組の商品もそうだ。サマーグリーンへの旅行を扱うものが増えた。バイタリティのある宣伝は経験済みだが……あれに拍車がかかったのか?

 ヤハクに問い質してみたものの、返事はしたり顔の映像だった。とうとうバレたみたいだね? 皆やる気マンマンだからね。姉ちゃんも本気だから覚悟しといた方がいいよ? と、笑いを堪えて声を弾ませていた。だが、僕にはその言葉を正確に理解する事が出来ない。覚悟とは一体どういう事なのか? 僕は何を覚悟しなければならないのか? それを再び問い返してみたものの、教えたら面白くないじゃないか。と、見事にはぐらかしてくれた。


 街頭ビジョンにまで彼女の映像が流れ始めた頃、僕はあるミスをした。抗体の培養液に指示書と違う薬品を入れてしまったのだ。おまけに同僚に指摘されるまで、それに気付きもしなかった。目印として一際目立つグリーンのラベルを貼っているというのに、どれだけ僕は集中力が欠けているんだ?

 僕が入れていたのはロウクワモドキの汁だ。ヤハクと出会ったきっかけの、触るとかぶれるという、蔦の維管束を流れる液体だ。社の設備を利用させてもらい、僕が人工的に合成してみたものだ。他にも色々作っているのだが、それらを紛らわしい所に置いておいたのが原因だ。もちろん最近苛ついているのもそうだ。

 だが言い訳をしても意味は無い。始めからやり直しという事実は、残念ながら変わらないのだから。

 抗体を入れた試験管に、きっちり量った試薬を注入した。一々指示書を確認しながら、いつもより慎重に。

 たくさんの試験管を培養ルームに運ぶ際、ミスした物も一緒に運んだ。どうせまだ成果など上がっていないのだ。だから試してみたっていいだろう? 元々僕はそのつもりでサマーグリーンに行ったんだ。

 上役からあまり良く思われていないのは知っている。国家の威信をかけたプロジェクトでも、湯水のように開発費が使える訳ではない。これまでに何度か自分で合成した薬品での実験を申請した。はじめのうちは簡単に下りた許可も徐々に渋られるようになってしまった。成果が上がらないのだから、当然だろう。その失敗の記録を上げて、こぼされる愚痴も精神衛生上良くない。仕事が増えたと舌打ちまでしてくれたが、結果に関わらず行われた実験は記録に残しておくのが決まりだ。


 一週間後、抗体を注射したモルモットの血液を調べていると、明らかにウイルスの激減した個体がいた。体内のチップを確認すると、ロウクワモドキを混ぜた抗体を注射したものだった。

 これは、どういう事だ? 同じ抗体を注射した別の個体を全て確認してみたが、全部が同様の結果を示している。ひょっとして、やった……のか?

 僕はこの発見を皆に知らせた。データを添付した書類を急いで作成し、上司に提出すると、それからの動きは早かった。今までの研究も予備的に残してはいるものの、殆どの人員がロウクワモドキの研究にシフトする事になった。発起人上である件の高官からの指示があったらものしい。

 より詳しい成分の分析、変化していた抗体の解析、メカニズムの究明等、アプローチの違う研究テーマがプロジェクトチームごとに課され、全力でそれに当たるようにと厳命が下った。

 急に研究内容を変更されたにもかかわらず、不満の声は少なかったらしい。結局多くの人達が、僕と同じような閉塞感を抱えていたのだろう。

 目にする同僚達の表情は、以前とは違うように見える。袋小路のような日々から解放されたというのが、きっと大きい。もちろん僕もそのうちの一人だ。

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