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ベッドの上で

 水を喉に流し込んで人心地ついた後、ベッドに戻ってシャファンを見下ろす。

 長い髪がシーツに流れ、大きな花柄の白いワンピースは少々めくれ綺麗な足がしっかり覗いている。おまけに胸元は隙間から見え過ぎていて、そのあまりに無防備な姿に目のやり場に困る……ものの、とりあえず服は着ていて安心した。僕の格好も昨日のままで、期待感が持てる。

 恐る恐る彼女に手を伸ばし、体を揺すった。気持ち良さそうに寝ている所を悪いが、さすがに起きてもらわなければならない。僕の記憶は役に立たないが、彼女なら正確な事情を知っているかもしれない。いや、そうであって欲しいと心から思いながら、遠慮なく揺さぶった。

「シャファン、起きてくれないかな?」

 すると彼女はゆっくりと目を開ける。しかし驚きもせず、

「あぁ、私寝ちゃったんだ。」

 とだけ言って向きを変え、再び寝ようとしてくれる。彼女は僕がいる事に驚かないのか? この状況でそんな事が言える神経に思わず関心したが。今はそんな事を考えている場合ではない。

「頼むから起きてくれ、昨日の夜何があったのか、是非とも教えて欲しいんだ!」

 必死な僕の訴えに彼女はようやく目を覚まし、しぶしぶ起き上がると大きく伸びをしてから僕を見た。

「……覚えてないの?」

 しかし、彼女に真正面から見据えられそう言われてしまうと、逃げ出したいような気分にさせられる。ベッドの上の寝起きの二人、想像出来る事が一つしかなくて言葉が出ない。それでも記憶に無いというのは紛れも無い事実だ。

「申し訳ないが、まったく覚えてない。」

 色々考えたあげく、結局素直にそう言うと、彼女は大きく溜息を吐いた。

「いやっ、だから、昨日の事を教えて欲しいんだ! ……僕は君に何かしたのか!?」

 彼女の反応は、一々悪い事……悪い事? そうなのか? いや、今それは置いといて、そういう事実があったのかもしれないと想像させられてヒヤヒヤする。

「したわよ。……私とても困ったんだから。」

 ……何をやってるんだ昨夜の僕は? いくら酒のせいとはいえ、いくら何でもそれは駄目だろう? いや酒のせいとか思ってる時点で駄目な気がするが。しかし僕の自責の念は、次の言葉で有耶無耶になる。

「あなた、私を抱き枕か何かかと思ったんでしょう? ずっと掴んだままで離してくれないんだもの。」

「抱きっ……はい?」

 抱き枕? その言葉を聞いて僕の頭は疑問符で埋まる。抱き枕って安眠効果を上げる長いクッションみたいなやつだろう? 確か知人の家にあった気がする。

 という事は、僕は彼女に抱きついていただけ……という事だろうか? もしそうであれば勘違い? 早とちり? 自分にとって都合のいい言葉が頭を掠めて、逆にその事に罪悪感を感じる。

「えっと、それだけ?」

「何がそれだけよ? 結局ここに泊まっちゃったじゃないの。私、家に帰ってどう説明すればいいのよ?」

「それは……確かに、うん。」

 でも内心ホッとした。いや拍子抜けというべきだろうか? 何もしてない、その事にものすごく安堵する一方、少し残念に思う自分もいた事に内心驚く。

「うんじゃなくて、じゃぁ、あなた親に説明してくれるの?」

 半眼で睨む彼女に、僕は思わずたじろぐ。

「いや、それって逆効果なんじゃないかな?」

 これは真っ当な意見だと思う。朝帰りでおまけに男まで連れて帰って、誤解だと訴えた所で誰が信じるというのか?

「それもそうよね……。」

 彼女は納得した顔で少し考え込んだ後、

「じゃぁ、後回し。」

 そう言って笑ったので、僕は思わず見惚れてしまった。



 シャファンに「とりあえずお酒臭い」とバスルームに押しやられ、「頭痛いから無茶をしないでくれ」と訴えると、「じゃぁ、ミリアさんの所に薬を貰ってくる」と言って、ここから出て行ったのはしばらく前だ。

 シャワーを終えても、まだ彼女は戻って来ていない。薬だけが置いてあるという訳でもない。ひょっとしたら、そのまま帰ってしまったのかも。という可能性を考えながら、ボトルに直接口をつけて水を飲んだ。そんな事を考え、何となく寂しく感じてしまう辺り、既に僕はどうかしている。

 シャワーのおかげでいくらかスッキリしたものの、頭痛自体は治まっていない。胃の気持ち悪さも依然としてある。グッタリした気分でベッドに身を投げ出し、目を閉じると目の負担分くらいは頭痛が減ったような気分になる。

 まさか二日酔いになるだなんて、考えもしていなかったため、そんな薬は持ち込んでなどいない。この頭痛では調達してくる気にもなれない。シャファンが貰って来ると言い出した時、期待したのは僕の我が侭なのかもしれない。彼女にだって都合がある、ひょっとしたら家族に見つかり、連れ戻された可能性だってあるかもしれない。

 だったら言い訳をどうしただろう? 後回しにさせた事を申し訳なく思う。

 僕はただ転がって、彼女のことばかり考えていた。そうして痛みから気を逸らそうとしているうちに、また意識は途切れていた。



 突然頬に冷たさを感じ、驚いて目を覚ました。

 当てられたのは水の入った透明なボトルで、それを持つ細い手をたどって行くと、シャファンが意地悪そうに笑っていた。

「また寝てたんだ。ほら起きて、薬貰ってきたから。」

「……ありがとう。」

 驚かされた……のだけれど、彼女が戻ってきてくれた事が嬉しいと感じている。

 眠ている間は忘れていた頭痛に再び襲われ、無意識に顔をしかめたせいか、心配そうな顔で覗き込まれた。彼女の手を借りて起き上がると、すぐさま薬を渡された。そんなに心配させてしまっているのだろうか?

 それは半分が青、半分が透明のカプセルで、よく知ったロゴがプリントされているのを見つけ、僕は思わず苦笑した。

「何よ? その薬がどうかしたの?」

 カプセルを口に含み、水で流し込んでからもう一度苦笑した。

 これは僕の事情であって、彼女にまったく非は無いのだが、そんなに心配そうな顔をされてしまうと、どうやら説明しなければならないらしい。

「実はさ、これライバル会社の薬なんだ。」

「ライバル?」

「前に話しただろう? 僕は薬を作ってるって、部署は全然違うんだけどね。でも、同業他社はライバルさ。」

「じゃぁ、まずかった?」

 バツが悪そうな彼女の姿は妙におかしい。そもそも彼女が気に病む事ではない。

「何よ? 失礼じゃない?」

 笑われた事にむくれる彼女を見て、ふと気が付いた事がある。何というか距離が近い。僕と話す時の態度が、軟化しているとでも言うべきだろうか? 僕を叩いた彼女とも、昨夜の踊る彼女とも違う。きっとこれが普段の彼女なのだろう。

 こうして話しながら見せる表情は実に多彩だ。そして僕は一々それに喜んでいる。

「君は綺麗なだけじゃなく、可愛らしいんだな。」

 思わず呟いた言葉に、彼女は頬を赤らめる。そんな全てが可愛いと思ってしまう僕は、もう完全に駄目だ。もうここまで来ると、認めてしまうより他に無いだろう。

「なっ、何よそれは、急にそんな事言い出して、どういう意味よ?」

「言葉通りだよ。」


 既に頭痛は薄れている。気持ち悪さもさほど無い。これだけ早く効果が現れるとは、ライバル社の薬も馬鹿には出来ない。

傍に座る彼女を引き寄せ、抱き締めると彼女は強張る。やっぱり、これで夜這いっておかしいだろう? ミリアさんが「不器用を通り越して器用だ」と笑った理由がよく分かる。以前感じたアンバランスな印象も、実際男に免疫が無いせいだったのだろうと推測される。

「僕はシャファンが好きだ。理由なんてのは、別に気にする必要なんかないんだな。」

 14歳に「理屈じゃない」なんて言われたが、確かにその通りだと思う。気が付いたら好きになっていた。それ以上の理由がどこにある?


 俯く彼女の顎に手をやり、上を向かせて唇を重ねた。

 彼女の意思は知らない、ただ僕がそうしたい。

 浅いキスは徐々に深く、そして濃厚になる。だが、彼女も抵抗はしない。

 それに気を良くして、僕は都合のいい事を考えた。

 わざわざ誤解を防ぐ言い訳を考えるくらいなら、事実にしたっていいんじゃないか?

 ……と。

 だがそんな矢先、急に彼女は崩れた。しかも意識は無い。


 えっと、まさか失神?


 ……しまった。

 つい調子に乗って、免疫が無いのを忘れていた。

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