カラフル・ガーデン
「まだまだ。これだけじゃ無いんだって、こっちこっち。」
前を行くヤハクの姿は、いつもよりはしゃいでいるくらいで、そう変わらない。なのに、声だけが違い、聴く度に苦笑いしたくなる。
「これ以上珍しいものってなんだい?」
そして自分の発する声に対する違和感も消えない。まるで、もう一度変声期を迎えたかのような気分になる。
「まだ言う訳ないでしょ。それは見てのお楽しみって事なんだから。」
ヤハクはずっとこの調子で、まったく何も教えてくれる気は無いらしい。仕方が無いので、僕は周囲を見回しながら、ただ後をついて行く。
彼にカラフル・ガーデンと名付けられたそこは、伸び放題の枝の多くが、大いに葉を繁らせている。時に行く手の邪魔をするものもあるが、避けるのに差ほど苦はない。
僕達が歩いている場所と植物の生えている場所は、そもそも明確に区切られている。僕達の足元には、落ちた葉や枝の堆積物で埋もれかけてはいるものの、赤と茶のモザイク模様が覗いており、それはどう見ても煉瓦敷きの遊歩道だとしか思えなかった。
途中で細い水路や、それが注ぎ込む池があり、そこにはきちんとエンジ色の柵が設けられている。柵を触った感触から金属のようではあるが、しかしそれだけでは素材が何なのかまでは分からない。柵の根本や手摺りのあちこちが、黄色い苔のようなもので浸食されているのだが、錆びたり朽ちたりしたような様子は無い。
柵から身を乗り出して池の中を覗くと、水中には見たこともない青い花が咲いていた。
そう、似ているものを挙げるならば、図鑑で見ただけの牡丹という花だろうか? バラのように幾重にも重なる花びらを持つ、赤や白の豪奢な花。ジャポネの伝統衣装の着物の柄にも使われると書いてあったが、僕は別にジャポネ文化のファンでは無いし、ジャポネをルーツに持つ友人も、そんなに伝統に関して熱心な方では無かったので、読んだ事以上の知識を持ち合わせてはいない。
池の水面は鏡のように静かで、底が見通せるほど水も澄んでいる。その事から、この惑星では生物の発祥までは到っていなかったのだろうと推測された。水中には見事なまでに生きる者の姿が無い。魚や虫は言うに及ばず、この水質ではプランクトンの存在すら怪しい。
そして、その中に唯一美しく咲き誇る花は、それ故に作り物の飾りや、悪く言えば毒や罠のようにも見え、何となく薄気味悪い気がした。
水中の花は池の所々に咲いており、少し離れた場所には青だけでなく違う色も見て取れた。しかしこれは生理的、本能的な部分なのだろうか? 生命をまるで感じない水には、魅力を感じる事が出来なかった。
そこからさらに進むと、白っぽい一枚の丸い大理石のようなものが敷かれた場所に行き着いた。
直径は3メートルくらいだろうか? そしてこれは3本の柱で支えられた天蓋のようなもので囲われている。ここには堆積物がさほど無く、綺麗に円の姿が見えているのだが……ヤハクのやった事らしい。
彼に言われてその中央で上を見ると、1メートルほどの直径のレンズのようなものが填められているのが確認出来た。
これが何であるのか? 何のためにあるのか? 誰がこんなものを作ったのか? それは僕には分からない。しかしここが人工物である事は疑いようが無い。
……まったく、本当に今僕達は、とんでもない場所にいるらしい。
そう、これがとてつもなく大きな1つの謎だ。
ここが、今この惑星に暮らす人々が作ったものだとは到底僕には思えない。技術や文化の違い。何より長年放置され、忘れ去られている理由の説明がつかない。しかし、今ここに暮らす人々よりも以前に、地球起源の人類がここに居た……というのも考えにくい。技術の違いがやはり存在する。
移住はテラフォーミングの後であり、もしもそれ以前に地球人が辿り着いていたとしても、たかが少人数の冒険家が住み着いたくらいでは、こんな施設が必要だとは思えない。となれば、ここは別起源の知的生命体の遺跡……と、いう事になるのかもしれない。
これだけでも十分驚嘆に価する。もしこれが世間に発表されれば、歴史に名を残す事は間違い無いだろう。人類が再度宇宙に出る切っ掛けとなった『パーフェクトJ』以降300余年。未だ別起源の知的生命体に出会ったという記録は無い。ここサマーグリーンに期待が寄せられたものの、植物以外の生命体には出会えなかった。
しかし、これはニアミスと言えるのでは無いだろうか?
別起源の知的生命体の遺跡。その姿を見る事が叶わずとも、その可能性……いや、存在の証拠を提示している。もしこの想像が事実なら……本当に大変な事だ。
「ここに落書きがあるんだ。ひょっとしたら、地球以外の人類の作かもしれないよ?」
この空間の端、赤い蔦に覆われた壁に行き当たった所で、これまで黙っていたヤハクがようやく口を開いた。僕が考えていたのと同じ事を、彼があっさりと言ってのけた事に驚いていると、僕を見てニヤリと笑う。そして、しゃがみ込んで蔦を避け、壁の一部を露にした。
「ほらここ。」
……さすがに一人でここを解明しようと言うだけの人物だ。あの結論に達して、『後は俺が立派になれば良いだけだ』と言い切った事に、改めて感心した。
溜息を1つ漏らして彼が示した壁を覗き込むと、なるほどと思う。確かにこれは『落書き』と表現するのが相応しい。そこに描かれていたのは、小さな女の子が描いたような拙く可愛らしい雰囲気の絵だった。人のような形をしているが、頭が大きく、手足も不自然に長い。そして、非常に耳が長く、その部分に違和感を覚える。
この彩色の無い線だけの落書きに、これがここに居た知的生命体の姿なのかもしれない……と期待する反面、さすがにこれでは信憑性に欠けるとも思う。
半信半疑の僕に対して、ヤハクは確信を抱いているように見える。ひょっとしたら、他にもこんな場所や、物的証拠を見つけているのかもしれない。彼が最初に言った、『ここに詳しい』というのは、ひょっとしたら、そういう意味も含まれているのだろうか?
「ここに、いつまでこの人類がいたのか知らないけど、テラフォーミングよりは随分以前にいなくなったんだとは思うよ。」
「どうしてそう思うの?」
そう尋ねると、彼は手をかざして天井を見上げた。
「さすがに知的生命体の住む星を、無理やり改造して入植するなんて事は出来ないでしょ? きっと科学力は俺達より上だと思うし、地球人ごときにやられてはいないよ。でもちゃんと調べられないから、全部俺の推測、それから半分は願望。」
「そっか。」
「うん。それにさ、今ここに住んでる身としては、滅んだってのより、何かの事情で星を捨てなきゃいけなくなったけど、どこかで生きてるって思ってる方が良いしね。」
そうニヤリと白い葉を覗かせて、彼は笑った。まったく、そんな考え方が出来る事が心から羨ましい。僕ならもっと悲観的な結論を想像してしまいかねない。
「年代測定機があれば、とりあえずここが作られた時期が分かるんだけどな、まだ俺には手が届かないし、使い方もデータの読み方も分からないのが本音なんだよね。」
まさかとは思うが、僕が払う日当の使い道は調査機器の購入なのだろうか?
「さすがにそれは僕も持ってない。けど、前に使った事はあるよ。データの読み方くらいなら教えてあげられるけど?」
「本当!?」
「あぁ、他にも僕に出来る事なら、何でも協力するよ。」
僕は本心からそう思っているのだが、彼は瞬時に雰囲気を変えて訝しそうに僕を見た。
「ねぇフレッド。ここの事さ、フレッドだから教えたんだ。」
「……うん、それは光栄だな。」
何がきっかけだったのか、今僕は量られている。彼にとっての見方か敵か、内心でドキドキしながら彼が何を言い出すのか注意深く待った。
「うん特別。」
ヤハクは良くも悪くも子供である……だからこそ、知り合って日の浅い僕なんかに、あっさり重大な秘密を漏らしたのだ。
「本当にここの事秘密にしておいてくれる?」
信頼はされている。ただ、まだそまでの確信は持てないのかもしれない。
「大丈夫、約束する。僕は絶対にここの事を公言しないよ。」
「本当に?」
「本当に。だって君が発表するんだろう? 僕は、未来の博士のために協力は惜しまないよ?」
「……何で?」
「何でって、それはもちろん、友達だからさ。」
この答えに、彼は笑った。
「フレッド、その台詞恥ずかしい!!」
「……失礼だな君は、僕は至って真面目に、」
「分かった、分かったから。うん、やっぱりフレッドはフレッドだ。」
そりゃ僕だって、恥ずかしかったさ。……でも、今は言うべき時だったんだ。だって、こんなに友達になりたいと思ったのは、生まれて初めてだったんだから。
そう、僕はヤハクからの信頼が、どうしても欲しかったんだ。一回りも下だけど、楽しくて、眩しくて、頼もしくて、放っておけない無鉄砲な彼だから。