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スコラティクス・プラネタ

 惑星コードBT-0005。通称スコラティクス・プラネタの、ワーカーエリア。

 その一角にある製薬会社『メディン・メディカ』の医薬品部門の研究室の一室で、僕は幾度とも知れぬ溜息を吐いた。

 モルモットの反応は良くない。動きは徐々に弱々しくなり、毛の下の肌は赤味が増した。顕微鏡で拡大した血液中のウイルスは、死滅どころか動きを弱める気配も無い。

 ……また駄目か。

 一体いつなったら、この薬は完成するのだろう?

 結果を待つ緊張が解けて、集中力が落ちるとドッと疲れが襲ってくる。

 僕はこの瞬間が好きではない。自然と眉間を押さえると、再び溜息が漏れた。

 無性に頭を掻き毟りたい気分だが、僕と同様の思いを抱く仲間に囲まれた中で、さすがにそこまでやるのは思い止まった。


 既に決まりきっていた事だったが、この製薬会社に入社する事になり、研修の後すぐに今のチームに配属された。

 BT-0009で発見された、ウイルス性の発熱症に対抗する薬を開発するのが目的の、半分政府の管轄下にあるチームだ。

 問題の感染症というのは、感染しても実は発症率自体は低い。

 しかし一度発症してしまうと皮膚の色が赤く変色して微熱が続く。後は半年ほどの間に徐々に内臓機能が損傷し、例外なく死を迎える。


 だが、この恐ろしいウイルスには、稀に抗体を持つ者がいる事が20年ほど前に発見されて公表された。

 そして、風邪をこじらせた際の血液検査で、驚くべき事にその一人である事が判明した僕は、その時点で将来が決まった。

 当時7歳だった僕は、そこから特別カリキュラムの施設に転入させられ、今の研究のための勉強を詰め込まれる事になったのだ。


 当時の僕は、驚きはしたものの、そう嫌な事だとは思っていなかった。

 理由としては、これまで通り家から通える事と、特別である事が何となく誇らしかったからだ。

 元々勉強は嫌いではなかったし……いや、おそらくこの星に住む者は大抵そうだろう。そもそも学者が多く入植し、産業といえば研究開発がメインの星だ。家庭の中で親が妙な研究に没頭している事も珍しくない。その姿を見て育った子も自然とそちらに興味が湧き、似たような道を進む。

 こうしてこの星『スコラティクス・プラネタ』は、今日も様々な研究に明け暮れているのだ。



 抗体があるのだから、それを培養し増殖させて接種すればいいようなものだが、残念ながらそう簡単には行かない。

 それだけの話であれば、僕がわざわざ特別カリキュラムの施設に送られる事など無く、抗体が見つかってから20年、いまだに不治の病であるはずが無い。

 抗体の培養までは何でもないが、その抗体を感染者に投与した途端に体内の防衛機能に破壊されてしまい、まったく効果が無いのだ。


 だから政府は、新たな感染の心配が無い抗体保持者を集めた。僕のように幼い者であればそのための教育を施し、この特効薬開発チームに送り込むのだ。

 ちなみに、発症率の低い病に対し、これほどまでに政府が躍起になっているのは、ある高官の意地であるらしい。

 家族の一人をこの病で亡くし、崇高な使命としてこのチームを立ち上げた。

 ……という事を、ここに配属されてすぐに聞かされた。

 一瞬絶望しかけた21歳だった僕の心情は、今は問題ではない。それでも人の役に立つのならばと、その時は乗り越えた。


 しかし、あれから5年が過ぎて、成果の上がらない代わり映えのしない日々は、徐々に心を蝕んでいく。



 今日も成果の上がらない一日の仕事を終えて、帰宅のために街を歩くと、大きく派手な旅行会社の広告が目についた。

 澄み渡った青い空、眩しいほどに白い雲、透明感のある碧の海に、色鮮やかな緑の木々、そして、強い個性を主張するかのような色合いの無数の花々。

 色の少ない研究室で過ごす身には、夢のような世界に思えた。

 家に帰ってもこんなに色鮮やかな物など無い。せいぜい地球の青い海を映す、ホログラフを投影するくらいで、基本的にはモノトーンで支配されている。

 繰り返し繰り返し、何度も流れる光の映像から目が放せずに、ぼんやりと眺めていると、次第に刷り込まれていくような心地がしてきた。

 『幻の地球を体験。水と緑の楽園サマーグリーン。煩わしい日々を忘れ、雄大な自然に抱かれた休日を過ごしてみませんか?』


「それもいいかもしれない。」

 結局僕は、広告に向かってそうこぼしていた。

誤字訂正!

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