疾風怒涛に愛をこめて
低空を巨大な黒い戦艦が不気味なほど静かに静止している。
遠くから(かなり遥か遠くから)見るとまるで超巨大なマッコウクジラといった感じだ。
が、クジラと違うところをあげるとすれば、背中にあたるところに無数の機銃、大砲が備えられ、さらに後ろのほうには巨大な塔が突き出ているところだ。
これは超巨大空中要塞『モンストロ』。
その『モンストロ』の前方下部。
そこでは一人の女が薄紅色に煌めく刀を肩に担いでいる。
肩口がざっくりと切り落とされた、袖の無い、胸当てだけの格好。
体中を這いまわる鎖。
頭には蟻を模したお面。
そして体中を濡らしている返り血。
つまりは黒蟻だ。
肩に担いだ刀には百舌鳥の早贄のように一人の女が串刺しのままぶら下がっている。
「あぁ、」
黒蟻は血に濡れた手を頬に当てて、溜め息を一つつくと、
「えぇなぁ♡」
顔を恍惚に歪めて一人ごちる。
「ええなぁ、ええなぁ、ええなぁ、ええなぁ、ええなぁ、やっぱこのゲームは最っ高やなぁ♡この返り血、この匂い、この色、この血飛沫!! あぁ!! ここまで出血グラフィックにこだわったゲームは他にないで!!」
エージェンヌのはらわたをえぐったときの返り血で、ずぶ濡れとなった黒蟻はご満悦だ。
「あぁ、せやけどしまったなぁ。殺してしもた。あ~ん~どないしよ。あ、せや、復活タイム過ぎるまでに生き返らせたらええんや。クハ! 俺かしこ!! クハ、クハ、クハハハハハハハハハハハハハァ、あ?」
哄笑する黒蟻はしかし、ふいに影が差したのに気づく。
周りを見ると、すっかり取り囲まれている。上下左右すべて黒い甲冑に埋め尽くされている。
「将軍をはなせ!!」
漆黒の甲冑を付けた騎士達が、これまた漆黒の馬具を付けた馬に乗っていない。
馬に乗っているのではなく馬具に乗って宙に浮いている。よく見れば鎧や馬具から紫の(いかにも邪悪な)オーラが溢れている。
(『ファントム・ナイト』……か。361体も)
黒蟻はうんざりした様子を隠そうともせず、
「やれやれ、血ィ出そうにないやつは守備範囲外やねんけどなぁ」
そういうと、黒蟻は背中の肩甲骨辺りからブースターユニットを展開し、足先の爪とヒールは紅く輝く。手の甲からは2メートルはある大鎌の刃がシャキィーンと生える。
肩には串刺しになったエージェンヌを担いだままだ。
黒蟻はまたもニヤリと笑うと、全身に力をこめ、
「ほな、一気にいくでぇ!!」
「っ! 来るぞ!! ぜ(ドジュウッ!!)……」
その瞬間、幾本もの極太光線が包囲網を焼き払った。
光の柱はそのまま地上にいたスケルトンの軍勢を薙ぎ払う。
いつの間にか破壊された砲台はすべて綺麗に無くなっており、元の平らな漆黒の壁に戻っている。
かわりに直径10メートル、長さ20メートルものTHE大砲が5門、鎮座していた。
イメージ的には釣鐘を縦に伸ばしてゴテゴテと飾ったような。
「サンキュー、フロスト」
そう言うと今しがた出したばかりの武器を次々にしまう黒蟻。生き残った残党には手裏剣をぶち込む。
「いいサ、副砲の動作テストができタ」
頭の中に声が響く。<メッセージ>だ。
血の出ない相手だと基本やる気の出ない黒蟻はこれでフロストに応援を頼んだのだ。
「んじゃ、今から帰還するわ」
「いま入り口を開けル」
モンストロの下部にある、口を模した入り口(白地に黒でギザギザの線が入っている)が音を立てて開く。
そこから入り、少し行ったところのテレポート・ポートに入る。
この間エージェンヌはプラーンと串刺しになったままだ。……かなりシュール。
ちなみにこれは『ラヴァーズ』メンバーしか動かせない。
一瞬蒼い光に包まれたあと、彼は入り口からかなり離れたところにいた。
ここは超巨大空中要塞『モンストロ』。
の上に突き出てる塔。
の中のブリッジ。
中ではラヴとルリがお茶を飲んで「は?」いた。そのあとラヴはエージェンヌを「おい、まてや」生きかえらせ、仲良く会話を楽「待て言うとるやろ!」
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ここはどっかの城。で、玉座の間。の、玉座前の広いとこの床。
そこでラヴはどこから出したのか大きなブリッジの模型と彼らそっくりの操り人形(黒蟻の返り血までリアルに)を用い、回想劇をしていた。
「お前の異様にリアルな人形劇とか語り口調とかいろいろツッコミどころはあるんやけど……いま捏造があったやろ?」
「え?何もありませんよ?」
「……マジカル★忍法記録辿り」
パッと空中にスクリーンセーバーが出る。
そこでは満面の笑みのラヴが真っ赤になって半泣きになったルリを半裸に剥き、押し倒している。
「にゃーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!????」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!!!
ルリがわずか0.2秒で両袖からガトリングガンを4丁出してスクリーンセーバーに銃弾の嵐を叩き込んだ。
「なっなんでこんなの撮ってたんだよ!!」
「つい、や(キリッ」
「ふざけんなーーーーー!!!」
ガシャッ!!(<ステルス>)ズドドドドドドドドドドドドドドドド!!!(ククク、どこ狙っとんのや?)ズドドガガガガガガ!!!!(ぐおぉ!?)(声を出したのは失敗だったなぁ!!!)(やめなさい)ドブスグシャア((ぐえぇ))ガクリ。
(……こいつらにまかせるといつまでたっても進まない。…………俺が続きをやるか)
そう考えたフロストはテキパキと自分のスクリーンセーバーを出した。シールド付きで。
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黒蟻がブリッジの自動ドアをくぐると、
「わっ、ちょっどこに手ぇつっこんでんだよ!」
「あなたの胸元ですよ?それにしてもぺちゃですねぇ。ちゃんと牛乳飲んでますか?」
「うるせぇ揉むな!! あっ、まっ待て、脱がそうとするな!! サラシ剥がすなぁ!!」
「…………」
「怖い! 無言は怖いからぁ!! やめてぇ!! あっ、耳に舌入れちゃダメェ! 力抜けあっ、あっ、ひうぅっ、」
…………ぶっ殺したろかこのバカップルは……。
「……他所でやれや。」
「ん、黒蟻。遅かったね」
こいつらはリアルでもこっちでもイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャしやがって!!
大体、なんでフロストは止めへんのや!!
あぁもう、こんな非常識な連中が仲間やと身が持たんで。こんなやつらに振り回される、常識的なこっちの身にもなれや。
ハァやれやれやで。ほなとりあえず、
「ご注文の品や、ほれっ」
引き摺ってた死体をラヴに放る。
弧を描いて無抵抗に飛ぶ死体。
重力にしたがって床に落ちる。
その一瞬。ほんの刹那、奴の視界が死体に阻まれ――――――
「死ねやぁああああああああああ!!!」
「うわっとぉ!?」
渾身の刺突が死体の腹を突き破りラヴを貫かんと迫る!!
ドズッ!!
掌に伝わるかなり固い感触。
刀身全部が何かに埋まる。
「ごめんごめん、折角の晴れ舞台だから楽しくしたかったんだ。許して?」
「……チッ!」
エージェンヌ(やったっけ?)の死体に足掛けて刀を引き抜く。
ブリッジ内部に向けた俺の突撃は、
天井に突き刺さってた。
(相変わらずデタラメやな……ま、コレがゲーム内限定でよかったわ。もしこんなん現実でコイツがやれんねやったら…………)
冗談抜きでコイツに世界が愛される。
「……ま、ええわ。うっかり殺してもうたけど別にええやんな?」
「おやおや、しょうがないなぁ。死亡時間は過ぎてないよね」
「大丈夫や、あと6分22秒12ある」
死亡時間とは戦闘で死亡すると『DEAD画面』に移行し、復活可能になるまでの10分間である。
復活できるポイントは最後に寄った町またはギルド拠点となる。
復活するを選ぶと死体が消えるので蘇生はできなくなる。
『DEAD画面』は今の状況が全くわからない仕様なので、仲間を信じるか、とっとと戻るかをプレイヤーは選択することになる。
ちなみにこれも非公式設定。
「いやに正確だね……?ま、とっとと蘇生しようか。〈アイテムボックス〉、ハイポーション、ライフポーションっと」
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「……っぐ、ゴフ、ゲホゲホ!!……ここは……?」
白い、そして広い空間だ。
遠近感が狂うほど白く、壁も見えない。出入り口のようなものも見受けられない。
体は拘束されている。白い光のような手錠だ。
「おはようございます!」
「!!?」
唐突にそんな声が聞こえ、振り向く。
目の前にはおかしな格好の連中がいた。
まず、私に話しかけてきた、体全体を覆うコートと、つばのある帽子をかぶり(おそらく)クマの仮面を着けている男。
そして極めつけは頭のてっぺんから下まで真っ二つに白と黒に別れている。
その隣には白い陶器のようにつややかで、三日月ににやりと笑った口に目じりの下がった右目、左目は赤い十字模様に丸を重ねたような柄の仮面をつけた和服のおとこ。
斜め後ろには真っ白な、それはもう純白の白衣を着た男がいる。
こっちは歯車をいくつも重ねた仮面をつけている。
その後ろに自分を刺した女がいた。
……刺した?
…………! !
バッと自分の腹を見る。
が、そこに傷はない。
自分の背中を貫き、内臓をぐちゃぐちゃにかき回したあの激痛が夢だったのかと思うほど綺麗に元通りになっている。
状況から考えて、こいつらが治療したのだろう。
……おそらく恰好からして白衣の男。アレをこうも元通り治すとはかなりの凄腕だ。
「忍者とは忍ぶものだと聞いたのだがな」
精一杯の虚勢を張る。
「これからの時代は個性が大事なんや。闇に生き、闇に消えるなんて正味その辺のガキでもできんで?……まぁ洞窟にぶち込むだけやけど」
「まぁまぁアホは放っておいて、僕とお話しましょうよ。いろいろ聞きたいことがあるんです」
白黒が近づいてきた。
定番の唾を吐きかける。
「殺せ!! 仲間は売らぬ!!!」
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「あ」「あ」「ア」
「………………」
白黒が唾に濡れたまま固まる。
「〈ステルス〉」「〈転位〉」「フッ!」
黒蟻が空気に染み込むように消え失せ、ルリが闇色の光に包まれフッと消失し、フロストが床に罅が入るほどのダッシュでどこかにあった出口から飛び出す。
「うふ、うふ、うふふふふふ♡」
白黒は、とても、そうとても爽やかな声で笑う。
だがさっきと決定的に何かが違う。
自分を囲み始める圧迫感。
嫌な、吐きそうになる重圧。魔王様のものとは全く違う、心がへし折られそうな圧力。
白黒がパチンッと指を鳴らすと拘束具が消える。
「ねぇ、ゲームをしましょうか」
「何……?」
「僕を殺せたら君の勝ち。兵を退きましょう。君が死んだら君の負け。別に何もしてくれなくていいですよ。簡単でしょう?」
「……なぜそんなゲームを?」
「えっ? 君の仲間を想う気持ちが僕を動かしたに決まってるじゃないですか♡」
よく言う……。絶対負けない自信があるのだろう。
だが私に拒否権はない。
…………勝てる見込みも、ない。
……ならば!!!
エージェンヌはすぐさま立ち上がり、
「この命持ってしてえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
両足に魔力を込め全力で突撃し、
「貴様もおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
両腕に防御皆無の攻撃にのみ特化した風の刃を纏い、
「道連れだあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
疾風、否!
暴風の槍と化したエージェンヌの刃が、
トレンチコートを引き裂いた。
4/5改訂




