ニアミスに愛をこめて
こうやって王道的日常パート書いてて、ふと思ったんですよ。
「いやぁー無事依頼成功実にめでたいですね! ここで食べる肉がうまい!」
「昼食は後にしてくださいね委員長」
「姫、席取ってくるね……」
両開きの扉を思いっきり押し開け、太陽のように輝く笑みを浮かべている、驚くほど軽装な拳闘師の少女。
その後ろにパーティーの魔導師の青年に、カタナを背負った全身鎧の(声で判断するに)男が続く。
「依頼達成報告に来ました! ぐへへおねーさんこの後一緒にご飯行かない?」
スケベな冒険者みたいな台詞を全力で吐いてくる少女に苦笑する受付嬢。
「なーんでも好きなもの奢っちゃ(ガシッ)これが討伐部位です。確認お願いします」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
魔導師の青年が彼女の頭をつかむと、驚くほどキリリとした顔に早変わり。
まだ数回しか担当していないが、彼女の底抜けな明るさと裏表の無さは、周囲を強く照らす。
若いっていいわ〜と思いつつ、受付嬢は笑顔で対応。
手渡された袋から出るわ出るわ、大量の角、それも大人の腕ほどの大きさが20本以上。
ちなみに、明らかに袋の大きさにあった量ではないが、これは単純に容量増加の魔方陣が編みこまれた袋だからだ。
そしてこれは一角狼という、雷撃魔法を使う魔獣の角だ。
魔法を使うだけでも厄介だというのに、群れで狩りを行うため、その群れの規模によっては騎士団すら出動するという極めて危険な害獣だ。
「……無理は、しないでくださいね。油断もです」
いや、もちろん彼女は目の前の少女の実力を知っている。知っているからこそ依頼受注の処理を行ったのだ。
こんな華奢な少女が、実はBクラス冒険者で、オーガを一方的に殴殺できるということも理解できている。
しかし、だ。
それでもやはり心配になる。
とくにこういった若い、まだ『冒険』に憧れるような年頃の若者は、えてして勇気と無謀をはき違えることがよくあるのだ。
それにこういった討伐依頼での本当の脅威は『討伐対象』ではない。それを生み出し、育み、自らの一部としている『自然』そのものなのだ。
受付嬢は、過去、人里に下りてきたゴブリン討伐という、Cランクでもやれる依頼に出かけて行った冒険者たちの言葉を未だに覚えている。
『いつも通り、楽な仕事だ』、彼らはそう言って出発し、ゴブリンを追い立てていたクリムゾン・ワイバーン(A級モンスター)に焼き殺された。
「もっちろんですとも!心配してくれるんですかおねーさん!でしたら幸運のチッスとか!とかとか!!」
「ビンタでよければさしあげましょうか?」
「ご褒美です是非ぜひ是非に―――甘いわァ!!」
今にも頬を受付嬢に差し出さんとしていたサチは、後ろから頭へ迫ってきた魔の手を払い、ミドルと対峙する。
「ふっ……毎度毎度、邪魔をしてくれる」
「受付さんが困っているでしょうが。いい加減邪魔になってますよ委員長」
「民主主義を盾に私を脅しますか……笑止!!」
ダンッとサチは跳び、近くにあった机の上に乗ると、そのまま周囲に向けて叫んだ。
「聞けぇ冒険者!お前らおっぱいは好きかぁ!!」
「なんだ?」
「あーまたあいつか」
「おお好きだぞぉ!」
「じゃあ受付さん(巨乳)は好きかぁ!!」
「好きだぁあああ!!」
「結婚してくれェー!!」
「踏んでくれるだけでもー!!」
「よぅしお前らに朗報だ!!受付さんがビンタくれるってよ!早いもん勝ちだ欲しいヤツは並べぇ!!」
「「「「うぉおおおおおおおお!!!!」」」」
その辺にいた冒険者たち(男限定)がわらわらと集まってきた。
一応女性の冒険者もいるにはいるが、あきれた様子で笑うのみで止める気はないようだ。
そうこうしているうちに、あれよあれよと列ができる。
その先頭でサチはドヤァと勝ち誇る。
「さぁどうです!?これで私はお客さんの列の二番目に立っているだけの人!業務妨害でも何でもない!!」
「くっ……こんなことにカリスマを……その脳味噌のほんの少しでも別のことに使ってくれたら!……二番目?」
普段の様子を知っているミドルは悲しいやら腹立たしいやらで複雑な気分だったが、ふと、サチのセリフに妙な言い回しを見つけた。
対しサチはミドルをピタリ指さし、邪悪に笑った。
「ええ、一番はあなたです」
「なっ?!」
見ればいつの間にか、ミドルはカウンターに追い詰められ、あたかも彼が先頭であるかのような状況が出来上がってしまっている!!
「さぁどうするムッツリスケベ!お前もビンタされたいんだろう、なぁ?カマトトぶるなよ。気にするような奴はいないさ。素直にお前も、『ビンタされたいです』と言うがいい!!」
ぐい、ぐい、あぐいぐいぐいとさらに迫ってくるサチ+ビンタ希望の変態ども。
それによってミドルはカウンターに背中を押し付けられるほど押し込まれる。
と、その時だ。
ミドルの背中を、受付の向こうにいる人物がトントン、と叩いた。
その合図に、ミドルは内心で笑みを漏らす。
「……結構です!それほどにビンタされたいというなら、どうぞ先頭を譲って差し上げます!!」
そう言ってスッと横にずれた。
「ヒャッハー受付すわぁああん!!っておげぇ!!?」
フジコチャーン的に前に出たサチが真っ青になり口元を押さえて下がる。
後ろの野郎どもも同じくだ。
なぜならばカウンターの向こうに、受付嬢の服をピッチピチに着た、身長210センチ、筋肉モリモリマッチョマンのHE☆N☆TA☆Iがいたから。
マッチョマン、つまりここの支部長であるマイガスは、殺し屋のような笑みを浮かべた。
「いやぁ、そんなに俺のことが好きか嬉しいぜぇ……で、ビンタが欲しいんだって?」
「ふ、ふざけんなー!!」
「オメェなんかお呼びじゃねーんだよ!!」
「あ?俺も受付サンだけど?」
「嘘つけ!お前いつも上で寝てンの知ってんだからな!!」
「今日から俺も受付さん(非番)だ。よろしくな」
そう言って彼はその筋肉を盛り上がらせ、何故かいつも持参しているクルミを握りつぶして食い始めた。
「こ、これは孔明の罠だ!」
「はい、私の二つ名は『こーめー』ですからねぇ、フッフッフ」
「ハッ?!しまっダァアアアアアアアアア!!」
筋肉式タイトスカートという視覚の暴力に飲まれていたサチは、回り込んできたミドルに気付けなかった。
そのままガッシと後頭部を掴まれ、悲鳴とともに食堂へ引きずられていった。
「ぃよぉし!!そんじゃ先頭のアバンから順にビンタしてやっから、さっさと来い」
そう言って手のひらを上に向け、指先だけをクイクイッと曲げる。
「ざ、ざけんじゃねぇ!!」
「アンタみたいなオーガ野郎にはたかれたら死ぬ!!」
わーわー言いながら並んでいた野郎どもが散っていく。
それを見送ると、マイガスはやれやれと肩をすくめた。
「ったく馬鹿どもが……おら、散らしてやったからお前も業務に戻んな」
「はい、ありがとうございます」
後ろに下がっていた受付嬢がまた席に着くと、マイガスはその格好で自分の部屋へ戻っていった。
と、受付嬢が座ったちょうどそのとき、試験場への階段から先ほど降りて行った少年たちが戻ってきた。
「おかえりなさい、試験はいかがでしたか?」
「あ、受付さん! えっとですね、チーム用のランクは取れたので、次は個人用のランクだそうです」
「え? 試験は続けて受けることも可能ですよ?」
「いえ、何でも準備が必要とかで、一度上の食堂で休憩してこいと」
「はぁ……でしたら、そちらの扉から行けますよ」
「ありがとうございます。では!」
そうして彼らは食堂に行く―――――かと思いきや。
「あ、月光ー、ちょっとこっちに来てくれるか?」
そのうちの一人である、あの美少女が先頭の彼を引き留めた。
「ん?なになに?」
「ここの二階に雑貨屋があるっぽいから、ちょっと覗かね?」
「いいよ、行こう!二人はどうする?」
残った二人に聞けば、
「俺トイレ行ってくるからお前席取っといて」
「……まぁいいだろウ。では後デ」
どうやらついて行かないようだ。
そのまま四人はそれぞれの方向へ。
と、そのすぐ後、食堂の方へ向かったコールと呼ばれている全身鎧が、扉のところで誰かとぶつかりかけたのが見えた。
「っと、失礼」
「いエ」
よく見ればそれは先ほど食堂に引きずられていったサチと、その仲間の全身鎧(あまり話しているところを見たことがない)だった。
彼らは普通にすれ違ったが、これが面倒な手合いになると、こんな些細なことでも喧嘩になることがある。
そうなるとまたいろいろと面倒なので、受付嬢はほっと一息。
「トイレに行きたいなら行けばよかったじゃないですか!」
「でも……席、取られたら…」
「注文もせずに居座るほうが迷惑でしょ!」
目の前を鎧の手を掴んで引きずっていくサチ。
実は仲のいい姉弟だったりするのかしら、そんな風にも思いつつ、受付嬢はまた仕事に手を付けるのだった。
『あ、向いてないわコレ。自分の中の一番熱い部分が「はよ!惨死はよ!!」と叫んでらっしゃる』、と。
あ゛~、はよ!!惨死はよ!!!あっちとこっちでいろいろ連載してるけど、やっぱこの作品が私の魂の場所だ!!