人斬り????より愛をこめて
低空を巨大な黒い戦艦が不気味なほど静かに静止している。
遠くから(かなり遥か遠くから)見るとまるで超巨大なマッコウクジラといった感じだ。
が、クジラと違うところをあげるとすれば、背中にあたるところに無数の機銃、大砲が備えられ、さらに後ろのほうには巨大な塔が突き出ているところだ。
これは超巨大空中要塞『モンストロ』。
いま『モンストロ』の前では戦闘が起きていた。
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「くっ、おおぉ!」
ガッギギィ、ズバァッ!!
向かってくる鉄の鳥を風の守護を帯びた剣で叩っ切り、彼女、エージェンヌは前に進む。
(何なんだこいつらは! 新種の魔鳥か!? ッ!!)
また一羽こちらに向かってくる。大量の、おそらくは火炎系統の魔法を避けながら、自らの魔剣に魔力を込める。刀身が濃い緑の風に覆われる。
「ッハァ!!」
その刀身ですれ違い様にソレを一刀のもとに両断する。
背後で鳥が爆発する。
「ハァ、ハァ、くっ」
雨のように降る攻撃と謎の魔物にもはや彼女の体力は限界だった。
が、それでもなお進もうとした時、
「……?」
対空砲火による光のカーテン。その隙間に妙なものが見える。
隙間すらないほど砲台でギッシリな巨大な壁の前。
何かいる。
それは人に見えた。
小札と呼ばれる鉄製の、短冊状の板三段で構成された草摺が腰から太股までをスカートのように覆っている。
脚は右足だけ網網のタイツを履いている。
足には黒塗りのハイヒール、ただしヒールは小太刀、爪先から二本の鉤爪。
腕には籠手、そのさらに上から鎖が蛇の如く絡み付いている。
籠手の下にある二の腕半ばから掌を覆う滑らかな黒布は、対比するかのように白い指を露出させている。
袖の無い胸当てのみを身体につけ、剥き出しの白い腹をのたうつ鎖が幾重にも往復している。
首もとには漆黒のスカーフを巻き、髪を短いポニーテールに纏めている。
そして顔。
少し顔の前に掛かった前髪の向こうには眉間の辺りから触覚を生やした、艶やかで、強靭な顎がついているお面。
おそらく蟻をイメージしたものなのだろう、右顎と左顎の間には素顔の唇がある。
ふっくらとした女のものであろう唇。
そこを這う薄く伸ばした舌は、妖艶というよりは狂暴さを感じさせる。
と、観察していると、そいつは口を開いた。
「名乗(ズドーン!!)らうで、お(ズガガガガガガガガガッ!!)…………俺(キイィィィィィィィン!!!)……」
全く聞こえない……。
と思っていたらその女はとても小さな、星のような形のもの(たしか……手裏剣だったか?)を取り出し、両手に構え、
「……(チュゴーン!!)……カ……忍法…………」
そいつは何かを小さく呟くと、ここから見てもわかるくらいグ、ググ、グ、と力を溜め、突然、
「突撃破裏剣!!」
体がブレるほどの速度で回転する。
グシャァ、グシャシャァ、ドグシャァ!!!ズドーーン!!!ドゴーーーン!!!!
目を疑った。
今まで火を噴いていた数えきれないほどの砲台が全て、破壊されている。
それも無残に変形し、原型を留めていない。
それよりもここまでの破壊を可能にしたのがあの小さな鉄片だというのが何より信じられない!!
周りを飛んでいた魔鳥は炎を体から吹き上げ、きりもみしながら落ちていき、地に着く前に爆散した。
後ろを振り返ると、遥か彼方でも同じように炎が線を引いて落ちていく。
あれほど硬かった魔鳥、あれだけの速度で飛んでいた魔鳥、敵味方入り乱れて飛んでいた魔鳥。
それが全て糸を引いて落ちて行った。
だがなお異常なのは、
あれだけの攻撃で、こちらの味方が一人も減っていなかったことだ。
「ふ~、やっと静かになったのぉ。やっぱ人が話すときは静かにせなあかん」
「……貴様、何者だ?」
「ん?あぁ、せやせや、名乗らせてもらうで」
一拍置き、
「俺はWoR魔法少女『まにキュア』が一人にしてPKギルド『ラヴァーズ』の一員、黒蟻。ひとよんで、『過剰のブラッディブラック』黒蟻や!!」
沈黙が場を支配した。
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(あかん、痛い。めっちゃ恥ずかしい。これなんべんやってもあかんわホンマ。でもこれやらな『名乗り』ポイント入らんしな……アイツも怒りよるし。はぁ世知辛ぁ)
『名乗りポイント』というのはプレイヤー戦で今のように見栄をきって名乗るとギルドに特殊ポイントがつくというものだ。ちなみにけっこう恥ずかしいのであまりやりたがる人はいないのだが、ラヴがこういうのが好きなのと、照れながらもやる仲間の姿が大好物なので、『ラヴァーズ』では強制である。
(た、たのむ!! ツッコミでもええから何か返してくれ! ていうかむしろツッコンでくれ! ボケ殺し(スルー)だけは勘弁や!!)
がしゃがしゃがしゃん。
唐突に何かの機械音。
黒蟻の後ろのモンストロの壁に5メートル四方のスピーカーが飛び出していく。
その数、切りのいいことに100。
たらりと、嫌な汗が黒蟻の頬を伝う。
「ま、まさか……」
その時ブリッジではラヴがコンソールの前で作業中。
「〈アイテムボックス〉、『大切』~の、あったあった。これをこうして……一番っと」
〈アイテムボックス〉から取り出したるは一枚のCD。
それを操作盤に入れて、
「レッツ! ロックンロール!!」
大音量で和風ロックが流れ出した。
以下、歌詞(お好きな曲に合わせて歌ってね!!)。
宵闇を貫く 深紅の刃
血塗られた 道を 貴女は
振り向きも しない
(サビ)
疾り出す 紅き軌跡
邪悪も正義も どころか
無論パンピーとて 容赦せず
己以外は 斬り伏せる
魔法少女 ブラッディブラック!!
(二番およびCメロに続く)
「ぎゃはははははは!!」
「ハハハハハハハハ!!」
「ーー♪~~♪ーーーー♪」
ルリ、フロスト大爆笑。
ラヴノリノリ。
「魔法少女~、ブラッディブラック!! ん?〈コール〉だ。ぴっ、もし『くぉるぁこんボケラヴ!!!! なんつー曲掛けとんじゃ!! 今すぐ止めんかい!!!』え~、やだ『ヤダやない!だいたい何でお前がこの曲知っとんねん!?』えぇっと、この前会ったから、でかるにゃん御本人様に。サイン入りアルバムもらっちゃった!!」
この曲『ブラッディブラックより愛をこめて』は超人気PK電脳ロックバンド『無礼′men』の男の娘ボーカル『でかるにゃん』が作詞作曲したのだ。
ちなみにラヴは楽しいものやノリがいいものが大好きだ。つまり、掛けないわけがない。
「だいたいでかるにゃんさんがわざわざ君のために作ったんですよ? 嬉しくないの?『アイツが実はヤンデレのスト』あーあー聞こえなーい、あ…で……わ…ぃ………でかけ…ぉ…『〈コール〉に電波悪いとかあ』ブチッとな。キャハハハハハハハハハ!!!!」
爆笑の三重奏がコックピット内に響き渡る。
「〈コール〉に電波悪いとかあるかぁ!! あ! 切りよったなアイツ!! ええい、マジカル★忍法! 突撃破裏剣!!」
再び手裏剣が飛び、瞬く間にスピーカーをすべて破壊する。
「いい加減にしろ!!」
意味不明な展開に業を煮やしたエージェンヌが黒蟻に後ろから襲いかかる。
「うぉっと!! てめこの卑怯もん!! 後ろから斬りかかるとか」
瞬間、手首の鎖が伸び蛇の如く鎌首もたげてエージェンヌに襲い掛かる!!
クレイモアを盾のようにして鎖を弾き距離を取るエージェンヌ。
「……卑怯やろ?」
ギラァッと獲物を前にした肉食獣の笑みを浮かべる黒蟻。
「ぬかせ!!」
ギロリと黒蟻を睨みつけるエージェンヌ。
「私は魔王軍六魔将が一人エージェンヌ・ドルー!! 『斬風』のエージェンヌだ!! なぜこちらを攻撃する!?」
これを聞いて黒蟻は頭をひねった。
(レベル999いっとらんのに『二つ名』やと?……俺も痛いけどにわかも十分痛いな。)
WoRの『二つ名』というのは自分で名乗ったり、人につけられるものではない。運営がレベル999に到達したプレイヤーに与えるボーナスの一つなのだ。
しかもこの『二つ名』、プレイヤーそれぞれにいちいち運営が考えているらしく、二つとして同じものはない。
某掲示板では運営ヒマなのか?と話題になったこともある。
(いや、それより『なぜ』やと?さっきのアレはこいつらとちゃうってことか?せやったら……)
「答えろ!!」
(敵さんノリノリやで。……ま、嫌いやないし、つきおうとこか)
「なぜ、やと? たまたまやけど?」
「なっ、なんだと!?」
「や~か~ら~、たまたま目についた、だから攻撃する。それだけや。他にはなんの意図も無いで?強いて言うたらお前らは運がなかっただけや」
「たまたまだと!? 目についたから襲っただと!? どうしてそんなことができる!!」
おかしなことを言いよる。……こういうのアイツ大好きやったなぁ。あぁもうめんどいなぁ、めんどいなぁ、もおどうでもええやろが!!!
「ああ!! もおグダグダぬかすなや!!! こちとらお前らを斬りとうて斬りとうてしゃあないんや!!!」
とりあえずや、俺の愛刀『マジカル★ソード(笑)』を抜いとこ。
腰に付けたポーチからずるぅりと、さながら四次元ポケットのように抜身の刀を取り出す。
真っ直ぐな、ただ真っ直ぐな直刀に鍔は正方形。うっすらと美しくも妖しい、紅色の妖気が刀を包む。
「安心せぇ。お前は後でリーダーが会う言うとるから…………」
「なっ、貴様ッ!!」
「腕の一本ぐらいで済むでぇ!!!!」
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まにキュアに語るべき歴史は、あんまり無い。
そもそも黒蟻は魔法少女ですらなく、ただの個性薄い忍だった。
ことの発端は、黒蟻がラヴとのポーカー(イカサマ)に負けたこと。
『負けたんだから、約束通り僕と契約して魔法少女になってよ!!』
『ボス、衣装できたゾ』
『ナイスタイミング!!』
『イヤや!! 絶対に嫌や!! だいたいこんなんルリにでもやらせろや!!』
『ルリはリアルでいっぱいしてもらったからいいんだ! ……可愛かったなぁ』
『くくく、黒蟻、オマエも道連れだ……しっかりポーズ決めてこい!!』
『ルリ!? お前離せやボケ! ちょ、なんやその鎖?! それにやたら薄いぃ、網タイツか?! なんで片方しかないねん!?』
『いやいや、エロさは大事だよ! これで大きなお兄さんにも大人気!!』
『知らん! そんな情報知りたない! ちょ、来んな、離せ!! やめアッーーーーーー!!!!』
そこからは急展開だった。
愛の籠った説得により黒蟻は自らその衣装を装備した。
結果。
何か、しっくりくるやん?(黒蟻・談)
そう、くの一装束をイメージした魔法少女の衣装に、黒蟻は思いの外ハマってしまった。
『何やろ、新しい自分を見つけた気分や』
『ぎゃははは……え?』
『クックックッ……ム?』
『きゃあー!(黄色い声)すごい!すっごく似合うよ!!』
『力がみなぎる……ちょっとこれで殺って来る』
『あ! 黒蟻、これこれ!!』
『あん? 〈真の魔法少女は誰だ! 飛び入り大歓迎! 第七回魔法少女大戦開幕!!〉……なんやこれ?』
『わろスポ主催のバトルロワイヤルでね? 知り合いにPK魔法少女がいたら紹介してくれって言われてたんだ!!』
『あぁ……で、今回のアレかい。ようやるな……ま、ええわ。賞品は?』
『10位まで』
『オッケーオッケー、皆殺しにして賞品全部奪ってこい言うんやな?』
『もち! あ、カメラ回していい?』
『おうともや!! ほな頑張って来るわ』
『……ハッ! ソ、そうだ黒蟻、一応説明しておくがその衣装、というか装備の使い方ハ……』
『……ま、今はテンション高いだけで、すぐ飽きて黒歴史になんだろ』
しかしルリの予想に反して黒蟻はそれからも魔法少女のままだった。
それどころかファンまでゲット。
そのファンが黒蟻のキャラソン作成。
そのファン←超有名ネットロックバンド。
結果ファン増加。
ちなみに、魔法少女大戦は『ほぼ』黒蟻の圧勝だった。なにせ魔法少女のくせに魔法詠唱などというまどろっこしい真似などせず、刀で撫で斬りにしたのだ。
それを生き延びたのは黒蟻を除く5人。
その訳とは――――――
『その声、お、お姉ちゃん……?』
『……まさか、お前烈か!?』
まさかの妹登場。
しかも黒蟻は妹が溶接工みたいな被り物つけて嬉々としながらミニガンを掃射、PK行為に勤しむのを見てしまった。
当時まだ小学5年生の妹が。
そして妹を庇うように前に出る明らか小学生ではない3人と退路を断つように降りてくる巨大ロボ。
この後一悶着あったが割愛。機会があったら語るだろう。
で、この生き残った5人+黒蟻で『まにキュア』が結成されたという訳だ。
ちなみに黒蟻はブラック、つまりは『普段一匹狼で悪ぶってるけどピンチになったら助けに来る、最終話辺りで主人公と和解してラスボス倒す人』ポジションなので、彼女は『ラヴァーズ』と両方に所属している。
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「おぅら、くたばれぇ!!」
気合い一番黒蟻は突撃し、大上段から斬りかかる!!
ガッ、ギィィィィィィィィィィィン!!!!
「ぐっ!? ぬうううぅぅぅ!!!?」
それを受け止める風の魔剣。
だがエージェンヌの剣はみるみるうちに切断され、中程から真っ二つになる。
「驚いたか? これがマジカル★忍法、超振動ボディや!!」
薄紅色に煌めく刀は確かに細かく振動し、微かにィィィンと音がする。
「ならばこれはどうだ!」
エージェンヌは半ばから切断された魔剣を捨てると両腕を風の魔力で覆い、
「ハァッ!!」
交差するように大きく振り下ろしカマイタチを放ってきた!!
緑に輝く刃が黒蟻めがけて殺到する。
が、
「無駄や!!」
黒蟻は防御すら行わずに突っ込む。
風の刃が唸りを上げて黒蟻に迫り、
粉々に散ってしまう。
「振動しとんのは刀ちゃう!! 俺や!!」
黒蟻は振動する。
振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動し、振動する!!!
その超振動は全身を覆い全てを弾く鎧と化す!!
風の刃を一気に突破し、エージェンヌに斬りかずらっと並んだ光の矢が体中に突き刺さり爆発する。
「いくらなんでも光は弾けまい!! とどめだ!! <シャイン・ライン・レイン>!!!」
光り輝く浄化の矢が一斉に粉塵のなかに飛び込み爆発する。
「ハハハハハハハハ!!! 欠片ひとつ残さず吹き飛んだか!!」
煙が晴れ、そこには何も残っていなかった。
エージェンヌは、魔王軍六魔将にふさわしい、凶暴な笑顔で振り返り、
「皆の者!! 勝鬨をあげグブッ……?」
後ろに控える味方を振り返ろうとして、トンッ……と背中を何かに押される。
自分の腹を見ると刀がはえている。
「超振動」
イィィィィィィィィィィィィィィン!!!!
「!!! ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「~♪ な~いぞ~がグッチャグチャ♪ ぐ~りぐりぐりめっちゃくちゃ♪」
傷一つついてない黒蟻が何もない空間から染み出してきた。
「<ステルス>。けっこうドラマチックな演出やったやろ?」
もはや意識のないエージェンヌを刀で串刺しにしたまま黒蟻はにやりと笑った。
俺!!復活!!!
ながらくお待たせしましたぁ!!
4/5改訂