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鬼畜外道より愛をこめて  作者: キノコ飼育委員
準備中!☆下拵え中!☆種蒔き中!
69/77

その少年少女の本質の片鱗に何もこめない

『転移符』によって『管制室』前の通路まで転移したフロストは、すぐにそれを感じ取った。


いつもの通路、いつもの光景。


だがまるで異次元に迷い込んだかのような、異質な空気。


コツリ、コツリと、普段ならば気にならない自分の靴音が妙に耳につく。


『管制室』の扉の前、カードキーを通す。


カシュンと自動ドアが開いた。




赤。


赤。赤。赤。


赤い赤い、鮮やかな赤の部屋。


むせ返るほどの血と肉と死の臭い。


照明は壊れており、たまに一部だけがヒューズを飛ばす。


モニターは全て罅割れ青ざめた光を室内に放っているか砂嵐を吐いている。


何故か壁の所々に拳ほどの穴が穿たれていたり、人間が爪でかきむしったような跡があった。


一歩進むごとにぴちゃりぴちゃりと血溜まりに波紋が広がる。


壁にも血溜まりの中にもグシャグシャの肉がまき散らされているのが見える。


と、少し中に入ったところで後ろのドアが閉まった。


一瞬ビクッとしてしまったが、よく考えれば当然だとフロストは前を向く。


暗いが〈暗視〉があるので見えないことはない。

そもそも今の自分はエルフではなく『太陽神』。

身体スペックの高さはチェック済み。

何を恐れる必要がある。


そこまで考えて、フロストは愕然とした。


恐れる(・・・)恐れている(・・・・・)


「馬鹿ナ……!」


頭を強く振ってその考えを振り払う。


そしてふと、ソレに気づいた。


ズタズタに引き裂かれた白衣と、白く長い髪が混ぜ込まれた、血溜まりに落ちているミンチ肉に。


「セ、セヴンスかこれハ……?」


フロストが血溜まりに近づいた、その時だ。


ヒュッ、何かが横を通り過ぎた。

バッとそちらを見るが何もない。


カサリ、後ろで何か音がした。

すぐに振り返るが何もない。


「ハァ……ハァ……!」


息が苦しい、必死に呼吸をしないと意識が飛びそうになる緊張が漂っている。


「ハァ……ハ、フハハハハハ! この惨状はジャックカ? 馬鹿メ!! これで貴様を殺す大義名分が手に入っタ!! こんな密閉空間でこの俺に挑んでくる愚かさを知るがいイ!〈コキュートスフィ――――――ッッッ?!」


突然だ。


突然フロストは胸を押さえて苦しみ出した。


「ッア……カァッ……!!?」


その苦しみは尋常ではなく、“痛い”と思うよりも“死ぬ”と感じる類いのものだった。


さらに言うなら、フロストは己の胸の奥、心臓におぞましい違和感を覚える。


だがその違和感の正体を悟る前に意識が朦朧とし、みるみるうちに視界が白濁としていく。


そのまま意識が遠のき―――手に走った痛みと同時に全身を襲った電撃によって回復した。


「グアアアアアアアアア!!!!?」


膝をつき、うずくまりながら荒い息を整える。


先のおぞましい違和感は既に消えていた。


ふと見れば手には鉛筆の芯ほどの穴が空いており、電撃によって焼け焦げている。


(これは……まさか、まさか帰って来たのか?! そんなバカな!)


と、そこでフロストは風を感じた。


密室の中、確かに風が流れている。


風下を見れば、白い塊があった。


その塊は、純白の翼だった。


毬のように丸まった純白の翼の塊が、先ほどセヴンスらしき物体のあった場所を覆うように存在していた。


ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ。


ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ。


ぐっちゃぐっちゃぐっちゃぐっちゃ。


肉を咀嚼するような、ミンチをかき混ぜるような、不愉快で生々しい音。


そんな音が翼のカーテンの向こうから聞こえてくる。


やがて音が止み、べっ!と何かを吐き捨てるような音がしたかと思うと、


「なぁフロスト。お前って母親とセックスしたことある?」


「ハ?」


こんな質問が飛んできた。


「いや、この際父親でも妹でもいいんだけどさ。とにかく家族の誰かとセックスしたことある?」


「イ、イヤ……」


「そう。僕もだよ」


翼のカーテンが開き、うずくまっていたラヴが立ち上がる。


その格好は血塗れだったが、明らかにいつもと違う装備をしていた。


迷彩柄のズボンに軍長靴、黒いノースリーブの肌着とドッグタグ。


両手それぞれに持っているのはいつものアーミーナイフではなく、腕ほどの刀身のあるマチェットが装着された馬鹿デカい自動式拳銃。

口径だけでも指が三本は入りそうで、もはや携帯式の大砲だ。


背中にゆっくりと蠢いている翼は、一枚一枚が大人をすっぽりと包めそうなほどに大きく、それ自体が光を放っているかのように白かった。

それが三対六枚。


ラヴは血塗れの口許をぐいと手の甲で拭ったが、その手自体が血に濡れているので余計汚れただけだった。


その顔にいつもの微笑は無く、無表情のままフロストを見ていた。


そして命令が下される。


「『力を抜け』」


「ッ……?!」


“命令”にフロストの身体は即座に服従する。


カクッと糸の切れた人形のように、僅かな受け身もとらないままに前方へ、床へと向かって倒れ込んでいく。


そしてあわや頭が激突、というところで受け止められた。


―――喉と床の間に差し込まれた、足のつま先で。


「ゲッ!?」


潰れたカエルのような悲鳴をあげたフロスト。


「制圧完了……やっぱり殺す装備はいらなかったか…」


そう言ってラヴは足を抜くと、つま先をフロストの肩に引っかけてころんと仰向けに返し、そのまま頭を踏みつけた。


「ッグ!」


「お前はさぁ、やっぱりエルフだから、さ。もしかしたら、もしかしたら文化的な違いが壁になったのかもって、さっきようやく思いついたんだけど……違うみたいだね。ところでこの仮面ってどうやったら取れるんだっけ? たしかスイッチがついてたよね」


グリグリと踏みつけながら足で頭を転がし、


「ま、踏んでたらいつかは……」


連打した。


何度も何度も踏みつけては踏みつけて踏みにじった。


ちなみにスイッチは直径一ミリ高さ一ミリ。ゴミのような小ささだ。


しかしそのうち本当に偶然にも靴底がスイッチを押し込み、フロストの仮面が外れた。


ころころと一枚の歯車になった仮面が転がっていく。

当然顔中に擦過傷をつけたフロストの顔が(あらわ)になり、ラヴは少しだけ笑った。


「やっぱりねぇ……人形は恋愛対象外だよ……僕が愛せるのは、僕を満たすのは“人間”だけだ」


しゃがみ、フロストの顔についた傷を愛しげに撫でながら、ラヴは呟いた。


そしてラヴは空間に手を突っ込み、小さなハンマーを取り出す。


いや、ハンマーというのは正確ではない。


正確には、“肉叩き”だ。


ハンマーの打ち付けるための平面にびっしりとトゲの突き出た“肉叩き”。


うっすらと笑いながら手にしたソレを眺め、ラヴはポツポツと語り出す。


「これ、この前『飽食堂』の二人からもらったんだ。『調理スキルが必要ならいつでもスキル上げ手伝います』って。まぁ結局機会が合わないままトリップしちゃったわけだけど」


「で、思ったんだけどさ」


ラヴはそのトゲトゲの面で反射するキラキラとした光を眺めながらポツリと。


「お前の耳って、豚みたいだよな」


瞬間、総毛立つ思いがフロストの背筋を這い上がる。


スィッと肉叩きが掲げられ―――


「ボスッ!? マ」


耳めがけて降り下ろされた。


一瞬のグチャンという水音と、床と鎚が接触する甲高い金属音。


「ギィ「はいそっちの耳(グチャン!)」ッッッッ!??!?」


あまりの激痛に声も出ないフロスト。


だが四肢からは力が抜けたまま、動くことができない。


そんなフロストを愛しげに撫ぜながら、またラヴはポツポツと語りだす。


「ねえフロスト」


「僕は、瑠璃架が世界で一番大事だ。僕自身よりもね」


「世界と瑠璃架なら一瞬も躊躇わずに瑠璃架を守る。有くんやキミやジャックとなら、すっごく悲しくてつらくて嫌で嫌で仕方ないし僕の命でなんとかなるなら迷わずそうするけど……瑠璃架をとる」


「それほどまでに僕にとっての瑠璃架は特別で唯一無二の存在だ」


いつも以上に異常なまでに、理不尽な暴力と脈絡のない会話。


この感じは、フロストも一度だけ見たことがあった。



すなわち、


「ボ、ボス、怒っているのカ……?」


「ん? キャハッ♪ やっぱわかるー? ブチキレてるの」


『あら? 香水変えた?』『きゃっ♪ わっかるー? オリジナルなの』みたいなノリで、ラヴは自分が激怒していることを伝えた。


「んー、ほら、なんだっけ? あそうだ『げきおこぷんぷんまる』だっけ?」


「おもしろいよね〜、ひらがなで書くだけでブチキレてるのをこんなにファンシーにできるんだよ? 日ノ本言葉って偉大だね!」


「……ま、ブチキレてるのには変わりないんだけどさ」


うっすらと笑ったまま、欠片も笑ってない目でラヴはフロストに問いかける。


「ねー、なんで僕はブチキレてると思う?」


「……オ、俺ガ、俺がジャックを殺そうとしたからカ?」


それ以外に無いだろう。


聞くまでもないことだ。


死刑台に登る罪人のような心持ちで、フロストは答えた。


「んー、それって今更じゃない?」


ゆえにそんな風に言われてフロストは呆けてしまった。


「エ……?」


「有くんと瑠璃架は毎度懲りずに潰し合うし、ていうかアレ止めなきゃ相手を殺すまでやるし(現実でも)。その際周りの被害は無視だし(現実でも)」


「だいたい、君たちひとり一回以上は僕を殺そうとしたじゃん(昔に・現実で)」


「そもそも、僕がいったいどれだけの『好き』を殺して喰って飲み込んだと思うのさ(昔から・現実でも)」


そんな風にごくあっさりとした反応。


『それにしても、死人を殺そうだなんて時間の無駄だよ』、そう言って苦笑するラヴに、ぽかんとしていたフロストだったが、それではとおそるおそる別の可能性をあげてみる。


「デ、ではエルフを虐殺したからカ……?」


この返答にラヴは、


「……」


立ち上がってくるんと後ろを向いた。


そしてラヴの右手が消えた。


「ふざけるなよ……? お前僕をうそつきだと言うつもりか? 」


「ウグゥッ?!」


と同時にフロストは、またも心臓でおぞましい苦しみを味わう。


「お前が僕に望んだんだろう? 『エルフと精霊を根絶やしにしたい』って。僕それ叶えてやるって言ったよな? 言ったよな?」


「……ック…ッグ……!!」


言葉を返すこともできずに床の上でビクビクと痙攣するフロスト。


「返事しろよ……握り潰すぞ、お前の心臓」


それを後ろにラヴは右手を空間から引っ張り出す。


そこに握りしめられているのはビクビクと苦しげに脈動する心臓。


「……チッ」


ぱっとラヴが手を離して心臓を開放し、こちらを向く。


激痛に痙攣し声も出ないフロスト。


思考が混乱し意識が朦朧としているフロストは、もう納得のいく理由が思いつかなかった。


それを察したのか、ラヴはフロストに近づく。


そのまま仰向けに倒れたままだったフロストにのしかかり、覆いかぶさるように目を覗き込んだ。


されるがままだったフロストは、ふと、おかしなことに気付いた。


ラヴの顔が見えないのだ。


夜を見通す目を持っているはずなのに、まるで闇でも張り付いているかのようにラヴの表情が見えないのだ。


その闇から、ボタリと言葉が落ちてきた。


その言葉は、様々な感情でどろりと濁っていた。


「お前、僕の愛を疑ったな」


(あ、詰んだな)


フロストはあっさりとその結論に至った。


ラヴは、月光という存在は、“愛”をとても特別視している。


この世は“愛”で回っていると当然のように考えている。


いや、そもそもフロストは知っていた。


己の主が、他者の愛によってようやく生きていることを。


「『質問に答えろ』」


意思に反してぺらぺらと口が動く。


「そうダ、俺はボスを疑っタ。ボスの特別でいられなくなるのではと恐怖しタ」


「やっぱりな……」


闇に二つ、真っ黒な“穴”が空いた。


その“穴”がフロストの瞳を覗き込む。


「なぁフロスト、お前、やっぱりまだエルフが憎い?」


「憎イ。憎悪していル。滅ぼしたいと常々願っていル」


「そっか……」


“穴”がギュルリと渦を巻いて深くなる。


「う、うぅぅぅぅぅ……」


突然、カタカタとラヴが震えだしたかと思うと、


「なんっでだよぉ!!!」


銃把(グリップ)がフロストの顔面に叩き込まれた。


骨の折れる音がするがそれでも止まることなく殴打は続く。


「なんで?! なんでなんでなんでなんでなんでだよ!!? いったい僕と何年一緒にいた!? どれだけ過ごした!? どうしてそんな疑い持つの?!」


「お前は!!お前は誰よりもっ!! 僕を信じてなきゃいけないのに!!」


「ホントは君がエルフを憎悪するのも嫌なんだよ!? 僕には憎悪も嫌悪も殺意も愛の類義語だから!! お前は僕だけ見てればいいのに!!」


幾度も銃把が振り下ろされ、しかし次第にその勢いが衰えはじめる。


そしてフロストの顔が血と腫れで判別できなくなりそうになったころ、ラヴは力なく手をおろした。


「お前は、僕から、離れちゃいけないのに……」


血まみれの拳銃を握りしめ、なぜか殴られていたフロストよりも憔悴した様子で、ラヴはうなだれた。


フロストは何も言うことなく、ラヴを腫れて狭まった目で見ていた。


やがてまたぽつりと、言葉がこぼれてくる。


「……殺してやる」


拳銃を離したラヴの左手が、フロストの首にかかる。


「殺して、喰らって、飲み込んで……閉じ込める」


右手は拳銃の銃身を柄のように掴み直し、マチェットが逆手になるように持つ。


「お前は僕のものだ、僕だけのものだ」


左手でフロストの首を絞めたまま、そのマチェットがゆっくりと振りかぶられる。


それを余すことなく見ていたフロストの心に、恐怖はなかった。


(死ぬ、か……恐怖はない。どうせ一度死んだ命だ、救われた命だ。救ってくれたこの方に殺されるなら、それはきっと本望なのだろう……フン、随分と狂って、いや、イカレてやがる…ククククク……)






フロストは殉教者のような穏やかな心で目を閉じた。









マチェットが降り下ろされ、深々と突き刺さった。










・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「エルフって基本バッカだよな〜」


大粒の暴風雨が窓に当たり続けているような、ダダダダダダという連打音。


ここは『モンストロ』。

の管制室。

のさらに上の階層。

『モンストロ・コントロールルーム』。


そこでルリが高速でキーボードを叩いていた。


様々な画面が宙空に現れたり消えたり流れたりを繰り返し、あらゆる情報を表示していた。


「閉鎖された空間で築いた、自分のチンケな価値観からくる“理性的”で“常識的”な判断とやらで全部片付けようとする……だからエルフは、アイツは弱ェんだよ」


そんな中呟かれた言葉に、天井に立っている黒蟻が応えた。


「せやな〜。薬剤師として『森羅(ウチ)』で雇ったエルフなんかも最初ほんまアホやったわ」


「あん? 例えば?」


会話している間にもタイピングの嵐は止まらない。


「休憩時間にパシりに行かせたら帰ってこうへんくなって。で探しに行ったらなんや自販機の前で突っ立っとったんよ。んで『どないしたん?』て聞いたらや」


「おう」


「『使い方がわかりません』やって」


「はあ?」


「誰かに聞きゃええもんを、それすら思い付かずに頭ん中真っ白状態で一時間フリーズしとったんやて。何が『森の賢者』や笑ってもうたわ」


「なんだそりゃ。一昔前の出来の悪いロボかよ。っと、報告が来たぜ。爆心地から東に19.521キロ、南に20.29キロだ」


話の途中、新たな画面にある報告が表示され、黒蟻に伝えるルリ。


「ん、おっけ。……でもまぁ、そいつ薬学知識はハンパなくなったけどな」


「あん?」


「“刷り込み”みたいにな、連中最初に感銘を受けたものに関することを異常に執着しよんねや。んでそれを長い寿命使(つこ)て生涯追求したりすんねん。ま、そんな特性あるからわざわざドレ……特別終身雇用してんけどな。ほら、エロゲでお馴染みやろ?エルフの美姫が堕ちてエロエロなるっちゅー展開」


「……あぁ、だからフロストのやつああ(・・)なのか」


「たぶんやけどな」


「奴隷体質なのかねぇ、エルフってやつは」


呆れたように呟くルリ。


その呟きを聞いた黒蟻が、ニヤァと邪悪に嘲笑い、言葉を放る。


「クク……そりゃお前のことやろ?」


「……」


返事は返さず、ルリは作業を続ける。


だが、猛烈なプレッシャーが黒蟻に襲い掛かった。


膝を折り、心をくじき、プライドすら捨てさせるような、そんなラヴとは違った意味で吐き気のする重圧。


そんなプレッシャーを放ち始めたルリの後ろ姿は、何故だか突然別人に入れ替わったようだった。

だが黒蟻は、その重圧の中でニヤニヤとどこ吹く風の態度のまま。


「ククク……ほな、俺は出てくるわ」


くるりと背を向け、天井を歩きながら扉から出て行った。




「…………」


黒蟻が出て行ってからしばらく、唐突にタイピングが止まる。


「…………」


ルリは顔に手を当て、


「べりべりべり」


顔面を引き剥がした。


……いや、実際は何も剥がしていない。


ただそう見えただけだ。


言ってしまえばパントマイム以下の真似事、だがもしこの場に誰かがいれば、そいつは間違いなく彼女が己の顔を剥がしたと錯覚しただろう。


「……」


彼女は剥がした何かをぺいっと床に捨て、監視カメラにアクセスした。


空中に映し出されたモニターには、フロストに覆いかぶさるラヴの姿が。


その映像をしばらく眺めていた彼女は、ふと左手に違和感を感じた。


見れば手の中には黒い塊。


いつの間にやら椅子の手すりをもぎ取っていたようだ。


それを捨て、ラヴとフロストの監視映像を消し、別の画面に目を向ける。


様々な資料が展開され、高速でスクロールしていく。


『早期警戒網構築計画の経過報告』『超望遠レンズによる監視の効果とそれによって発見されたものおよびそれらを元に作成した地図(添付資料)』『現段階における「モンストロ」総戦力および武器弾薬生産設備稼働率』……等々、ずらずらと表示されていく。


彼女はそのうちの超望遠レンズにアクセスし、『発見されたもの』を映像に出す。


映し出されたそれを見て、彼女は笑みを浮かべた。


その笑みは“透明”な笑みだった。


美しい、澄みきった水のような笑みだった。


―――とても人間とは思えない、無機質で、薄っぺらで、記号のような笑みだった。


そして彼女は席を立ち、そのままどこかへ出掛けていった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





『モンストロ』管制室。


フロストはいつまでたっても訪れない終わりにようやく疑問を抱いた。


(……? 生きている、のか?)


閉じていた目をゆっくりと開く。


振り下ろされたマチェットは、フロストの顔のすぐ横に突き刺さっていた。


だがフロストにはそんなことどうでもよかった。


それよりも、信じられないものに目を奪われていた。


「ボス、ナ、泣いているのカ……?」


ポタリ、ポタリと、“穴”から雫が零れていた。


「……でよ…」


その雫が、フロストの顔を濡らす。


「そんな、そんな悲しいこと言わないでくれよ……そんな寂しいこと、言わないでくれ、よぉ……君は僕の特別なん、だよ……ずっと……特別なんだよぉ…」


いつの間にかラヴの顔を覆っていた闇が消え、顔をくしゃくしゃにして涙を流す素顔がそこにはあった。


「ボ、ボs「じゃなかったら!!」ウグッ!?」


突然ラヴがマチェットから手を離し、フロストの首を両手で万力のような力でもって絞め始める。


「じゃなかったら! 『好きなことしていい』なんて言うわけないだろ!!」


本来、『真名』で縛った相手にコレを言うのは愚かなことだ。


もし相手が『自由』を望んでいた場合、全力で殺しにかかってくるからだ。


それも枷をつけられるほどの生物が、『真名の理』によって自らの限界すら越えてだ。


いやもしかしたらもっと狡猾な手を使うかもしれない。

何せこのときだけは、例え事前に“嘘をついてはいけない”と“命令”されていても嘘つけるのだから。


「ねえ教えてよ……どうしてそんなひどいこと考えるのさ」


ラヴの手が緩み、返答を促す。


それを受けてフロストも言葉を返した。


「俺ハ、俺は恐ろしイ。人間は心変わりする生き物ダ……ボスの愛が全ての存在に向けられているのは知っていル。そしてその愛はとても不平等だということモ。ボスにとって絶対不変の存在は瑠璃架だけデ、その次は有、だがそこに俺は含まれていなイ」


一瞬、フロストの首にかかった手がビクリと絞まりかけたが、気にすることなくフロストは続ける。


「ならば俺ハ、常にボスにとって最も価値ある存在であり続けねばならなイ。ボスにとって最も必要な道具であり続けねばならなイ」


「だがここへ来てジャックが現れタ」


「ボスが子供のようにはしゃぐほど大切な存在が現れタ」


「そして奴は間違いなく俺よりもボスの大切な人になるに違いなイ」


この言葉にラヴは哀しげに笑った。


「ジャックは、少しの間だったけど、僕を育ててくれたんだ。まだ子供だった僕の、話し相手になってくれたんだ。僕を一番最初に受け入れてくれた人なんだ。もう会えないと思ってた人に、奇跡みたいに会えたんだよ? ものすごくうれしいのは当たり前じゃないか」


「そうだろうナ……では道具と家族ではやはり天秤は家族にかたむ「うるさい!!」グウッ!」


ラヴはフロストの胸ぐらを片手で掴み、壁に向かって投げつけた。


無抵抗のフロストはボールのように叩きつけられ、突進してきたラヴに体当たりをかまされる。


「うるさいうるさいうるさいうるさい!!! どうしてわからない!!? どうしてそんなどうでもいいことを気にする!!?」


そのまま再び床に引き倒され、上に跨がられる。


そしてまたも感情をぶつけようと口を開き、閉じた。


口を明け閉めし、最後にギシッと歯を噛み締めた。


「僕は、僕は君が好きだ……大切だ、特別だと思ってる……信じてる…」


「だから……」


「だから君も……僕を受け入れてよ……」


最後は呟くように、顔を伏せながらラヴは言った。


そして。


「ぅ、ぅうぅうううあああああ……」


突然うめきながら、何かに耐えるかのようにフロストにしがみつき、服をぎゅうと握り締めるラヴ。


やがて伏せていた顔を上げ、ラヴはその欲望が逆巻いてるような瞳をフロストに向ける。


嫌だ(コロシタイ)嫌だ(クライタイ)嫌だ(トリコミタイ)そんなこと(ズットイッショニ)したくない(イテホシイ)……!」



ぼろぼろと涙を流しながら、ラヴはフロストにすがりつく。


その姿はまるで、迷子のこどものようで――――――。


「殺せばいイ……」


気づいたときには、フロストの口は動いていた。


「俺は貴方のものダ……殺すも喰らうも好きにしてくレ。貴方の意のままに動キ、貴方の願いを叶えるのガ、今の俺の“好きなこと”なのだかラ」


迷うことなくはっきりと告げれば、少しだけラヴの目から不安の色が薄れた。


それでもやはり不安なのか、怖々と聞いてくる。


「じゃ、じゃあバラバラにしてもいい?」


「アア」


「滅茶苦茶にもしていい?」


「もちろン」


「生きたまま食べちゃってもいいの?」


「構わないとモ、貴方が望むなラ」


恐る恐る、逃げないかを確認するように、ラヴはゆっくりとフロストに触れた。


フロストは恐れることなくラヴを見ている。


ぷにっ、ぷにっとフロストの頬をつつくラヴ。


「え、えへへ」


逃げないし怯えないフロストに、嬉しそうに、どこか安堵するように、ラヴは笑った。


フロストの上に跨がったまま、背中から三対六枚の純白の翼を拡げる。


無邪気に笑う少年の背中から天使の翼が花のように拡がるその姿は、フロストの目にも神聖なものに映った。


そしてその翼の羽根一枚一枚の隙間から、身の毛もよだつような拷問道具がにょきにょき姿を現すのを見て遠い目になる。


フロストはちらっと壁にかかった時計を見た。


(夕方……晩飯に解放されたりはしないだろうから……明日の朝まで12時間以上。長い夜になりそうだ)


「ねぇ     ?」


「ン?」


不意に名前を呼ばれ、視線を戻す。


「ずっと一緒に、いてくれる?」


「もちろんダ。我が悠久の生涯ヲ、貴方に捧げよウ」


即答すれば、ラヴは幸せそうに破顔し、フロストに“抱き着いた”。


純白の檻が、二人を包み込んだ。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『モンストロ』の真下、そこは今灼熱の地獄であった。


ヒートの放った爆発の熱は未だに滞留し、生者も亡者も寄せ付けない。


それはまさに神のもたらす『災厄』、全てに牙を剥く憤怒。


だが――――――


「あはっ……あひゃはははぁ……! いき、て、る……!」


その地獄に声が、まるでカラカラの喉から無理矢理出したような、掠れた声がした。


声がした場所には、他と同様に焼け爛れた荒れ地に“繭”がひとつ。


黒い黒い、どす黒い糸で編まれた“繭”。


もぞり、とその“繭”が蠢いた。


その“繭”は、まるでヘドロのような魔力で編まれた結界。


それが解け、中から満身創痍の魔王(改)がこぼれ出た。


焼け焦げた服の下はすべて焼け爛れ、地獄のような痛みが襲い掛かってきているのに、魔王(改)は笑う。


大砲は亀裂が走りところどころ融解し、頭の上の宝冠は溶けて髪に絡みついている。


だが、笑う。


「いきてる……わ、たし、つよく、なって……る。ひひ……」


ほんのすこし前の自分なら跡形もなく消し飛んでいたであろう爆発を生き延びた、そのことが魔王(改)は嬉しくて堪らないらしい。


「もっと……もっと、つよく、なりたい、なぁ……もっと……ゴブッ!ゴフッ!!……ふふふ」


血反吐をこぼしながらも、徐々に(ナメクジが這うような早さだが)回復していく身体に喜悦が止まらない。


僅かな呼吸動作で肺が焼かれる地獄で、魔王(改)はニタニタと相好を崩す。


と、突然闇を切り裂いた眩い白光に照らされる。


「いたぞッ! あそこだ!」

「クッ! なんて熱気だ……耐性装備無しじゃ三分も生きられんぞ」

「早く回収しろ!この熱気は『災厄』によるものだ、我々も長くはもたん!」


上から鉄の縄が落ちてきたかと思うと、それを伝ってゴーレムと見まごうほどのゴテゴテとした全身鎧(耐熱装甲服)の者たちが三人降りてきた。

鎧に継ぎ目が無いことや面の部分に黒ガラスをはめているのは、『預言の災厄』の配下なだけあって奇妙な格好だと、魔王(改)は思った。


ついでにこうも思った。


こいつらと自分、どちらが強いのかと。


「こ、こいつ生きてるぞ!?」

「信じられん……!」

「おい! 意識はあるか!? 助けに―――ぎゃあ!!?」


右腕の大砲から巨大な緋色の光剣が迸り、一人を切り裂いた。


獣のように地を這いながら襲い掛かり、残り二人をまとめて串刺しにする。


そのままぐらぐらとふらつきながら、幽鬼のごとき様相で魔王(改)が立ち上がる。


「ははは……つよい……わたし、は……つよ、い……」


「イキがええやないけ」


目の前から(・・・・・)声がした、と思った瞬間、魔王(改)の身体は『モンストロ』の中目掛けて打ち上げられていた。


背中から天井に叩きつけられ、ぐらりと再び地上に落ちていくかと思えば追撃のサマーソルトが魔王(改)を真横に吹き飛ばす。

壁に叩きつけられ、床にべしゃりと崩れた魔王(改)。


ハッチが閉じ隔壁が床を覆い、室内が急速に換気、および冷却されていく。


カシャン、カシャン、と近づいてきた足音が目の前で止まる。


しかしそこには誰もいない。


「おぉ、破裂ぐらいするかと思っとってんけどなぁ……案外頑丈に改造されてんな。それともレベルが上がったんか?」


と、空気から染み出すように、黒蟻が姿を現した。


「担架持ってきたでございますよーっと、これはこれは重傷でございますね」


ジャックがカラカラと車輪のついた担架を押してくる。


黒蟻によって担架に乗せられ、魔王(改)は連れていかれる。


「ほな、次は俺の改造手術(ばん)やな。腕が鳴るわァ、クハハハハハハハ!!」


「お手並み拝見、でございますねぇ、He-hehehehehehehe!!」


『預言の災厄』の哄笑を聞きながら、魔王(改)の意識は薄れていく。


(もっと……もっと……もっとつよく……つよく――――――)


その思いを最後に、魔王(改)は意識を手放した。



ヤンデレに殺されそうになるシーンとか見るたびに思うんですが、この殺されかけてるヤツがヤンデレより弱いと言う保証はないですよね。ましてやヤンデレとは別方向にヤミきってないとは言いきれないですよね。


と言うわけで、喰うデレに続いて詰ンデレ、殺ンデレを書きました。あと何かありましたっけ?


ちなみにラヴくんの装備は三種類。攻める獲物に『誘い受け装備』、逃げる獲物に『バックからガン攻め装備』、ほぼ出ない『シークレット装備』。


次回で今章のエピローグ、その次からようやく冒険の旅に!!……出たらいいなぁ……。



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