これが『知恵』と『技術』と『力』ダ。
やっと……完成……。
一回消えたり復旧したりで心が折れかけましたが、なんとか出来上がりました。
これもひとえにファンの皆様と感想欄のおかげ!(チラッチラッ
しかしひどく長い。もう少し分割して投稿すべきか。
あと、雰囲気壊したくないのであとがきは活動報告にやります。
暗い昏い、星も月もない”夜”の中で、二つの軍勢が蠢く。
闇から生まれるアンデッド。
夜だろうと自在に駆けることのできる魔獣。
明暗など関係ない、精霊の操る木々。
瞳に施す魔術によって暗闇を見通すエルフ。
それらが激しく争い続ける。
絶え間なく上から下へと砲撃が撃ち下ろされ、闇の中に一瞬の閃光を連続してもたらす。
着弾と同時に撒き散らされる轟音と、晴れる間の無い爆煙。
しかしその下にある結界には傷ひとつ無い。
時にたわみ時に弾き、有機的に蠢き内部を守っている。
それだけでなく、一部を屋根のように変化させ、『エルフによって管理された戦場』を生み出した。
その中には、超強化されたモンスターの群れと、暴れまわる木々、そして狩る者から狩られる者になった『スケルトンソルジャー』が泥沼の戦闘を繰り広げていた。
「散開せよ。かたまらずに小隊ごとに一匹を四方から攻撃せよ。<部隊攻撃力強化>」
「「「「了解」」」」
激戦の中、平坦で平淡な命令と<強化スキル>、それへの応答が飛び交う。
薄い赤のオーラを燈した二個中隊が二十の小隊にわかれ、それぞれが一個の生物のように行動を開始する。
突然デカく強靭な化け物になった巨狼は四方から鉛弾をしこたま浴びせられ、どうと倒れた。
だらだらと血を流しビクビクと痙攣してじきに息絶える、はずの怪物。
だがその巨狼は一瞬で癒しの光に包まれて回復し、すぐに立ち上がって向かってくる。
その巨狼の顎は一噛みで『スケルトンソルジャー』を粉砕する。
他にも巨大な蛇や昆虫、熊もいる。
それだけではない。
「<スラッシュ>」
『スケルトンソルジャー』が最も初歩的な斬撃系<スキル>を繰り出し、ソレを切断しようとする。
だがソレは、本来地に伏せ動くはずのない木々の根は、精霊の操作によって蛇のようにしなやかに斬撃を躱し、逆に『スケルトンソルジャー』をひっぱたく。
鉄帽がひしゃげる一撃を頭蓋に受け、呆気なく粉々に砕ける。
さらに追加で攻撃が飛んでくる。
「ティキリ・シルフ・スティーリア!」
エルフたちが弓を構え、矢に精霊を宿らせる。
鮮やかな新緑の色に発光する矢が突き立つと、そこを中心に暴風と鎌鼬が吹き荒れた。
あちこちで撃破されていく『スケルトンソルジャー』達。
しかしそれを上回る速度で追加の『スケルトンソルジャー』部隊が合流し戦線を支える。
だが精霊という正体不明の力を使うエルフたちに疲労の色はなく、こちらも崩れない。
こうしてお互い決定打に欠ける消耗戦に陥り、戦線は膠着状態になっていた。
だが、この膠着はじきにこちら側へ傾くと『スケルトンソルジャー・サージェント』は確信していた。
何故なら、虎の子のSR部隊がこちらに向かっているはずだからだ。
総数40機を越えるSR、小国と戦争が可能なレベルだ。
それさえ到着すれば、少なくとも今目の前にいるモンスターは全て駆逐できる。
『スケルトンソルジャー・サージェント』は、その時を今か今かと待ちわびていた。
……だが。
(……来ない、だと?)
到着が予定よりも遅れている。それも格段に。
そのうえ増援がピタリと止み、かなり押されている。
「HQ、HQ、こちら先行突撃部隊。SR部隊の到着はまだか。このままでは全滅する、至急応援を要請する」
『こちらHQ、これより追加戦力を投下する』
「HQ、「スケルトンソルジャー」の火力では敵の防御を抜くのは不可能だ」
『投入するのは「スケルトンソルジャー」ではない』
そこで通信手は、何故か躊躇い、辛そうに、いや気の毒そうに告げた。
『……フロスト長官だ』
瞬間、隊長は的確に指示を叫んだ。
「全部隊に通達! フロスト長官が投入される!! 全力で後退せよ! 繰り返す! 全力で後退せよ!!<部隊速度強化>!!」
「なんだとォ!?」
「クソッタレ! 本部は俺達を殺す気か!?」
「走れ! 走れぇええええ!!!」
突然生気を取り戻し、狂乱状態で走り出す先行部隊の面々。
銃だけ掴んで脇目も振らずに逃走する。
無論それを魔獣達が本能に従って追いかける。
が。
「何をしていル」
走る『スケルトンソルジャー』達の先にある木々が凍り、地を割って出現した巨大な霜柱が壁となって行く手を阻んだ。
「くっ!!」
「ぅあ……あ……」
次いで恐怖で立てなくなるほどの威圧が彼らに、モンスターたちに、エルフたちに圧し掛かる。
『スケルトンソルジャー』は絶望し、魔獣はぴたりと足を止める。
命溢れる森が、木々の生命活動が凍結していく。
戦場の向こう側の森だけが、冬という名の死神に包まれたかのような光景。
エルフ達はそのいっそ幻想的とも言える光景に息を飲み、ハッとなって空を見た。
そこには、張られた結界の上に立つ人影。
真っ白な白衣に身を包み、大小様々な歯車で構成された、ヘルメットのような仮面を被った男がいた。
男は淡々と名乗る。
「さてさテ、まずは名乗るカ。もうポイントは入らんだろうガ……いつだって様式美は大切ダ。俺の名はDr.フロスト。『ラヴァーズ』の生産職を担っていル。今日は休暇を楽しみに来タ」
エルフたちは、このいきなり現れ、場の主導権を握った存在を『預言の災厄』だと確信した。
ゆえに結界を強化せんと、精霊に呼びかけた。
「偉大なる・大気の精霊よ・どうか応えてくれ!!」
結界がいっそう輝き、鱗のような模様が浮き出る。
まるで鋼の鱗を持つと言われる竜のようだ。
「無駄なことヲ……」
だがフロストはそれを気にした様子はない。
拳を鳴らしながら首をコキッとほぐして余分な力を抜く。
「さテ、まずは『知恵』からだったナ」
そのまま足元の結界をサッと一瞥すると、フロストは鼻で嘲笑った。
「ククッ……なんダ、随分と幼稚な作りの結界だナァ」
フロストは結界に手をかざす。
「大気の精霊シルフを使ったひどく一般的な精霊術……しかもかなり原始的な造りダ」
結界を解析しながらかざした手をメキメキと握り、
「結界の核ハ……ココダァ!!」
ある一点にぶち込んだ。
ガラスが割れるような音、次いで虫が潰れるような音。
今まで数多の砲撃爆撃を跳ね返していた結界を、フロストは一撃で貫いていた。
フロストの拳が貫いたところから罅が広がり、やがて亀裂となって結界は崩落していった。
いや、それは第三者からはそう見えたというだけだった。
エルフ達だけはその姿が見えていた。
『預言の災厄』が送り込んできた怪物の攻撃にびくともしなかった結界。
強化され、ひょっとすれば籠城をこのまま続けられるのでは?と希望すら見い出せた結界。
それが一撃。
一撃で、素手で綺麗に貫かれ、自分たちを守っていてくれた精霊の頭を正確に弾けさせた、『預言の災厄』の姿を。
ぶらん、と、力の抜けた精霊シルフが宙から落ちてくる。
が、落ちてくる過程で新緑の粒子になり中空へと消えていく。飛散していった頭もだ。
それに合わせて結界も崩れていく。
『ば、馬鹿な!』
『奴は、奴は精霊が見えているのか?!』
『ありえん!』
エルフ達の間に凄まじい動揺が広がるが、目の前に降り立った『預言の災厄』の姿に即座に正気を取り戻し、結界を再構築する。
「偉大なる・大気の精霊よ・どうか応えてくれ!!」
呼びかければすぐに別の精霊が中心となって結界を張り直してくれた。
一瞬でまたも堅牢な結界が現れる。
だがそれをスッパリ無視し、後ろから飛びかかってきた巨熊を回し蹴りで両断(断面は凍りついている)しながらフロストは宣言する。
「ここで再び『知恵(物理)』で結界を無効化してもいいガ……面白くないので却下ダ。ゆえニ、次に魅せるのは『技術』ダ」
ゴォンと金属の重低音が、空を覆う”夜”から響く。
その場にいるフロスト以外の全員が見上げる中、”夜”が開いた
開いた場所にはより濃くなった闇と、赤く瞬く星が列として等間隔に並んでいる。
そこからゆっくりと降りてくる巨大な影。
「暗いナ……照らセ」
そうフロストが言えば、『モンストロ』艦底にサーチライトがせり出し、夜を切り裂いてそれを照らし出す。
巨大で悪趣味な壺。
第一印象はそれだろう。
土で出来た甕のような形の側面には、『胎児→這う赤子→走る子供→歩く大人→杖をつく老人→倒れた骸骨』が赤い塗料で描かれており、その骸骨からは人魂が飛び出している。
人魂は千々に崩れ、その崩れたモノを大勢の人間が喜んで食べている。
何とも不気味で、まるでアステカの生贄を記す壁画のようだ。
よく見ると、大勢の人間の絵の下にはスイッチのような突起と口を大きく開けた骸骨が付いている。
そして下からは見えないが、甕の口の部分には何故か巨大なファンが蓋のように存在しており、その内側からは妖しいピンクの光が、魅入られそうなほど艶めかしい光が漏れていた。
そんな物体が10機のSRによって上から下からと持ち上げられていた。
そのSRもすごい。
手も足もぶっとい紫のゴリラのような姿に、背には不釣り合いなほど大きなロケットを担いでいる。
量産機なのかデザインは同じである。
だがしかし、正直言ってコイツらは荷物運びのモブSRに過ぎない。
説明されなければならないのはその運ばれている大釜だ。
『魔女の大釜』。
これは元々はイベント用の破壊不能オブジェクトであり、『オリジンクラスアイテム』のひとつでもある。
『オリジンクラスアイテム』とは、『この世の理、摂理の根源の具現化した魔道具』で、最上位に位置する『公式チート』アイテムのことだ―――というのが『非公式設定』のアイテムだ。
何故『非公式』かと(ry
しかし数ある非公式設定の中で、唯一『公式的な』設定がある。
とある大賢者的なNPCが、この『オリジンクラスアイテム』を研究しており、コイツの所有する図鑑に名称と効果、形のシルエットと手に入れ方の『ヒント』のようなものが載っているのだ。
ただし、図鑑はページが何枚か破れており、それを見て『ロストページはその効果の恐ろしさのあまり葬られた隠しアイテム』だの、『こっそり追加するための事前言い訳』だの、プレイヤーには好き勝手に言われている。
そしてこの『コルドロン』は、『魔力と生命の流転』という摂理の根源だと書いてある。
さらに言うならこれは、『ラヴァーズ』の心臓部のひとつと言っても過言ではない代物だ。
その効果は、『上部のファンで周囲の生命力を掠めとり、それを内部で結晶化、下部の骸骨の口(取り出し口)から魔石として排出する』というものだ。
ゲーム的に見れば、『定めた範囲の生命体(機械に非ず)を『常時HP減少』にし、代わりに与えたダメージ分に比例した大きさの『魔石』を生成する』という装置になる。
ちなみに『魔石』とは、様々な物に加工可能な、かなり高価な素材アイテムのことである。
鉱脈を巡ってギルド間で戦争が起きるレベルの代物と言えばわかるだろうか。
そんなものを『HPを消費するだけで』無限に造り出せる装置。
百個作って市場が崩れないようにNPCに売ったとしても一財産、金貨袋で誰ぞの頬をぶっ叩ける。
つまり『コルドロン』は、『ラヴァーズ』に無尽蔵の財源を与えるという意味を持つのだ。
「と言ってモ、『技術』はこれではなイ。奪ったアイテムをそのまま『技術』とのたまった日には俺は首を括るヨ」
HAHAHAHA!!と肩をすくめて笑うフロストは、腕輪型通信機によって繋がっている助手に指示を下す。
「『テンパランス―Ⅲ』を投入せヨ」
『了解です』
またも”夜”が開き、今度はその”夜”に届く巨大な坂道が出来た。
そこを何かが駆け下りてくる。
蹄を鳴らし、騎兵が、10メートルはある鋼鉄の騎兵が30騎ほど駆け下りてくる。
いや、本当に騎兵だろうか、その異様な姿は。
『太った首無しケンタウルス』とでも言おうか、雄々しき立派な鋼鉄馬の、首があるべき場所にラウンドシールドと突撃槍で武装した、ずんぐりでっぷりしている丸い鎧の首無し騎士が合体している。
その名も『テンパランス―Ⅲ』。
Dr.フロストの手がける『T一』計画の最新機だ。
駆けてきた騎兵隊は、その馬蹄と槍によって魔獣を蹂躙、フロストの後ろに横一列に整列する。
フロストは満足げに頷くと、実験の開始を告げた。
「セヴンス、実験開始ダ。『コルドロンシステム』を起動せヨ」
と、『テンパランス―Ⅲ』の肩や背中、膝などの装甲が僅かにずれ、そこが大量の空気を吸い始める。
いや、吸っているのはただの『空気』ではない。その空気は微かに輝いていた。
そして、
『も、森が……?!』
『な、何が起こっている!?』
「こ、これが……長官殿の…」
「恐ろしい発明だ……背筋が凍るぜ…」
枯れていく。
死んでいく。
草花が、枝葉が、森が、そのSRを中心にどんどん枯れ果てていく。
青々とした緑がみるみるうちに茶色に乾き、崩れていく。
若く逞しかった樹木が老婆のような枯れ木へと姿を変えていく!!
変化はそれだけに終わらない。
エルフたちが目を剥き、蒼白になって戦慄していた。
いや、絶望していた。
森に広がっていく死に追われ、精霊たちが逃げ去ったからだ。
彼らを残して。
『せ、精霊が……!』
『我々を、見捨てて……!?』
「ハハハハハハ!! それはそうだろウ! 羽虫どもの根幹たる自然が朽ちていくのダ、羽虫どもが本能のまま逃げ去るのも当然だろウ」
慌てるエルフどもを嘲笑しながら、フロストはセヴンスに通信をつないだ。
「具合はどうだセヴンス?」
『上々です博士。「コルドロンシステム」、正常に稼働中。動力炉へのエネルギー変換効率も想定通りです』
「よシ。では本家も稼働させるゾ。『ASF』を全開にしロ」
『了解です』
と、『テンパランス―Ⅲ』が白黒の障壁に包まれる。
それを確認し、フロストは凍りついた翼を広げて宙に浮き、『コルドロン』のスイッチを入れた。
『コルドロン』の上部ファンが唸りを上げて回転し、艶めかしい光を零しながら吸引を開始する。
だがその吸引は、比べるまでもないほどに強力だった。
掃除機と竜巻ほどの差があった。
ごうごうと吸い込まれる空気は目に見えて光り輝き、命の大河が大釜に注がれていく。
その流れには周辺のあらゆるもの、木々も、エルフも、生き残った魔獣も、偽りの命を持つアンデッドも、神であるフロストでさえも組み込まれている。敵も味方も関係ないのだ。
規模も桁外れだ。
三十騎がかりで周辺の森を枯らした『テンパランス―Ⅲ』だったが、今行われているこの吸収は、『少数民族自治区』全てを覆い尽くしている。
『駄目です博士。ほぼ中和できてません。吸引力も「コルドロンシステム」を遥かに上回っていますし貯蓄した変換前の生命力も奪われてます』
通信機からの焦りを含んだ声を聞きながら、フロストは奇妙な倦怠感を感じていた。
身体から力が抜けると言うか、少しずつ眠くなるかのような、そんな倦怠感。
(むぅ……『HP吸収』か。無効装備を貫通するとは、やはり『オリジンクラス』は卑怯なまでに反則だな。それに……)
チラリとフロストは白黒の障壁を見た。
(これではとっておきの実験にならんな)
どうしたものかと考えるフロストへ、自動販売機からジュースが出てくる時の、あのガコンッ!という音がフロストの耳に届く。
見れば骸骨の口にあの艶かしい光を放つ、透明なピンクの結晶が。
(……まぁ、『コルドロン』の魔石の材料はこの世界のものでもいいとわかったしな。これはこれでいいだろう。『テンパランス』は戦闘実験だ……ん?)
魔石を〈アイテムボックス〉に入れながら考えていると、視界の端に弓をつがえるエルフが見えた。
弓を上に向けたエルフは、そのまま誰もいない空へと矢を放つ。
と、その矢が甲高い笛のような音を、実は矢ではなく鳥だと言われても納得してしまいそうな鳴き声をあげて空に飛び上がり、地に落ちた。
そう、いわゆる鏑矢だ。
その音を聞き付け、森の奥から巨大な銀の狼が群れで援軍に参じた。
『行け! あれを破壊せよ!!』
『HP吸収』のせいか、ガクガクと震えながらエルフが狼に号令を放つ。
さらにまだ立てる者は弓をつがえ自前の魔法を装填していた。
「フン、そう怯えなくても下げてやるサ……『コルドロン』を格納しロ」
『了解です』
スイッチを切ってそう伝えれば、セヴンスが遠隔操作でゴリラ型SRを操り、『コルドロン』を『モンストロ』に格納する。
フロストが翼を一度だけ羽ばたかせると、轟ッ!と吹雪が吹き下ろされ、矢を、魔獣を地に叩きつけた。
そのまま『コルドロン』の格納をしっかりと見届けたフロストは、
「最後は『力』ダ。出来損ないだがナ」
パチンッと指を鳴らした。
すると、
「やっと出番ですか……」
この地獄にふさわしくない、可憐な声が聞こえた。
と、開いたままだった“夜”から小さな何かが飛び降りてきた。
ふわりとエルフ達の前に、浮かんだその少女。
その姿に彼らは驚愕を隠せない。
「マ、魔王……サマ…?」
そう、魔王であるはずなのだ。
『預言の災厄』から世界を守るために戦いを挑んだ、あの魔王。
しかし彼らの知る魔王は、間違っても誰かにこんな目を向ける魔人ではなかった。
こんな、人を見下すような目をした魔人ではなかった。
「魔王、サマねぇ……ハッ、くだらない」
魔王(改)は己への呼称を鼻で笑うと、エルフに向き直る。
「知っていましたよ。あなた方のサマというのが、我々のさん付け程度の軽いものだってことは。まったく、不愉快な連中だと常々思っていました。優秀な魔法の使い手でなければ、利用価値さえなければ顔も会わせたくありませんでした。だから……」
ガコンッ!!と右腕の大砲を彼らに向け、魔王(改)は無邪気に笑う。
「不敬罪で、死刑執行です♪」
魔王(改)の口が別の生き物のように動き、言葉を紡ぎだす。
「『砲撃モード』『サポートビット起動』」
肩に飾られていたチェスの駒が一度だけ紅く光り、次いでふわりと肩から離れて浮き上がった。
「『シールド展開』」
魔王(改)が手をかざすと、ルークが前進、4つ(白2つに黒2つ)に分身した。
それらは魔王(改)を中心に四方を囲むと、魔王(改)を包む立方体の結界を張った。
それはまるで堅固な城壁のように厚く、武骨な結界だった。
「『魔力充填開始→完了』」
宣言と同時、大砲に刻まれた模様が紅く発光しだした。
言葉通り一瞬でエネルギーのチャージが完了したのだろう。
だが、場にいるエルフ達はそれを信じられぬという愕然とした面持ちでそれを見上げていた。
何故なら、そこに集まっている魔力は、魔力に優れたエルフをして『桁外れ』と言わしめるほどの量だからだ。
もしアレだけの魔力を集めるとするならば、エルフの乙女の生け贄でも捧げなければならないだろう。
だが宙に浮かぶ魔王(改)は、それだけの魔力を肩の魔道具に充填しても平然としている。
「『目標・活動する敵全て』『照準合わせ完了』『収束率・パターンα』」
ガシャンと大砲がエルフたちと巨狼の群れに向けられる。
大砲の砲口から内部に渦巻く光が見えた。
「……あぁそうそう、最後にひとつだけ。私は魔王サマではありません。魔王(改)です」
大砲の筒先を向けたまま魔王(改)はニコリと笑い、
「ではごきげんよう……『艦対艦魔力式波動砲』、『発射』」
その力を解放した。
砲身内部で高圧縮された純正魔力がただの”暴力”として放たれる。
人の頭ほどの砲口から飛び出した、その割にとても細くて紅い閃光が、あっさりと巨狼を上から貫く。
直後、閃光が照射された場所に瞬間的に集まった膨大なエネルギーが暴走、大爆発を生み出す。
巨狼は跡形もなく消し飛び、その場にはクレーターが出来ていた。
そんなモノを魔王(改)は連射する。
クールタイムなど存在しないレーザーの雨はモンスターを次々に飲み込み、爆裂させ、焼き滅ぼす。
散開して走り回るエルフたちを薙ぎ払い消し飛ばす。
「ふ、ふふ、ふふふふうふふうふ……」
燃え盛る世界を眼下に、魔王(改)は恍惚と笑った。
「これが……チカラ……わたしの、ほしかったもの…ふふふ…………焔って……こんなにきれいだったのか…アハハァ……」
フロストはその光景の中を歩き出す。
爆発によってできた火災を、燃えていく世界を、懐かしそうに眺める。
「アァ……素晴らしイ…やはり森はこうでなくてハ……時の流れとともに生命を紡いでいく場所ガ、一夜にして灰になル……その瞬間が最も美しイ……現実では二度目になるナ…」
そこでフロストは振り返ると、未だ恐怖に動けない『スケルトンソルジャー』部隊に命令した。
「……何をしていル。さっさと行ケ。魔王(改)、お前は燃やしながら進メ、俺の眼を楽しませロ。セヴンス、『テンパランス』の戦闘試験ダ」
その眼光に見据えられ、『スケルトン・ソルジャー』たちはフロストの横を抜けて全速力で走りだした。
眼前の、燃え盛る地獄目掛けて。
「わかりました……はははっ、狩りの時間です♪」
魔王(改)もふわりと浮きあがり、辺り構わず爆撃しつつ森の奥に向かう。
『了解です。各機突撃せよ』
動力炉を嘶きのように唸らせ、異形の人馬が一斉に空中に駆け上がり、突撃を開始する。
それらを見送り、フロストもゆっくり前進する。
「さテ……フィナーレの時間ダ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
骸骨の兵士たちが地を、黒鉄の騎兵たちが宙を、ひとつの津波となって駆ける。
エルフの村を目指して疾走を続ける。
闇を照らすために燃やされている篝火、それを目指して命無き軍勢が侵攻する。
死を広げる業火と凍土を背に進軍する。
どんな時でも見失うことのない、生命の輝きが彼らを呼び寄せる。
今の今まで忘れていた、死への恐怖が彼らを狩り立てる。
「目標地点に到達、作戦開始」
やがて辿り着いた村、まずすべきことは盛大に”花火”を上げること。
ナパーム手榴弾が其処ら中にバラ撒かれ、ブチ撒けられた炎は意思を持つかのように這い回る。
少しでも焼けるものを探してエルフの男に縋り付き、そのまま一個の火達磨に成長する。
家々に窓から手榴弾を投げ込み爆破し、その爆風の吹き荒ぶ家の中に飛び込んでいく兵士たち。
青褪めるエルフたちが精霊術を使おうとする。
そこへ首無しの騎兵が飛来し立ち塞がった。
エルフはすぐに目標を騎兵に変えるが、精霊が応えてくれないことに気づき愕然とする。
そんな隙だらけの彼らに向けて連続して乾いた音色が掻き鳴らされ、その度に血飛沫が舞う。
銃剣が逃げる子供のエルフの背中を貫き地面に縫いとめる。
骸骨の兵士はその肉を抉って銃剣を引き抜き、さらに二、三度突き立ててから別の獲物目掛けて走り出す。
数人のエルフの戦士が弓を手に矢を放つ。
軍服と骨しかない胸に矢が突き刺さった兵士が、平然とRPGの火力でそいつらを数人諸共バラバラに吹き飛ばす。
上空から照らされるサーチライトが必死に隠れるエルフを曝しだす。
そこを薙ぎ払うように機関銃の掃射が加えられ、茂みに赤い花が咲き乱れる。
巨大なモンスターが森の奥より駆けつけたが、こちらは突撃してきた騎兵に貫かれ踏み荒らされる。
白と黒のポーンが八体ずつそこらを高速で飛び回り、魔力の弾丸をばら撒いていく。
魔王(改)は大砲から熱戦を連射しながら哄笑とともにエルフを動物のように狩る。
うごめき襲いかかってきた木々はすぐさま枯らされるか燃やされるか。
「ハハハハハ!! 喜べクソエルフどモ! 死体くらいはリサイクルしてやル……残ればナ!!」
まさに外道な顔で高笑いしながら拳を振るうフロスト。
ほんの少しでもエルフを見かけたら即突撃、そこら一帯を蹴散らしてまわる。
フロストが暴れるごとに灼熱は凍土へと一瞬で姿を変えた。
と、そこへハイエルフを中心とした一団が突っ込んで来、フロストの前に立ち塞がった。
フロストはこの距離まで詰めてきた彼らに興味を持ち、何をする気なのか見ることにした。
『「預言の災厄」よ! 聞いてほしい!!』
「ン?」
フロストは大声で話しかけてきたハイエルフをチラと見て、
「俺にクソエルフ語で話しかけんじゃねエ! 日ノ本言葉喋りやがレ!!」
一歩で距離を零にして殴り飛ばし、その身体をトマトのように破裂させた。
胴体部分が飛び散り、五体に分かれたエルフ、それを見て別のエルフが前に進み出る。
今度は片言だが日本語だった。
そこでふとフロストは、なぜエルフが、いやさこの世界の連中は日本語を話せるのかと疑問に思うが、それは後でいいだろうと目の前のエルフに意識を戻す。
目の前のエルフは氷点下の寒さに震えながら口を開いた。
「『預言ノ災厄』ヨ、コノ森ニ住ム我々エルフハ全テ降伏スル。ドウカ助ケテ欲シイ」
「ホウ……貴様ら奴隷にして欲しいト? 自ら首輪を着けるというのカ?」
おもしろい提案に興味を惹かれ、フロストは振りまいていた<コキュートスフィールド>を一旦切った。
急に寒さが止んで彼らは驚いたが、フロストの言葉にはきちんと返答した。
「オッシャル通リダ」
「……ならばこれを受け取レ」
ぽいと地面に〈アイテムボックス〉から取り出した首輪を放るフロスト。
「自分で首輪を着けロ。我々の犬になると誓エ」
先頭にいた代表らしきエルフの男は、それを拾い、自らの首に嵌めた。
「コノ通リ、首輪ヲハメタ。我々エルフハ貴殿方『預言ノ災厄』ノ犬ニナロウ」
「よろしイ、ではまず始めに言っておくことがあル。さっきから思っていたガ―――」
ポム、とフロストはエルフの両肩に手を置き、
「頭が高いぞクソエルフガ」
潰した。
ぐちゃんと肩を掴まれたまま地面に押し付けられ、下半身と肩までの胴体を一緒くたにされたエルフ。いろんな所から様々な骨が飛び出し、特に首からは脊椎がまるまるぐぽんと飛び出ていた。
無論、即死だ。
「態度がでかいんだよクソエルフ。粛々と降伏すれば精神的には負けではないとでモ?……そういう態度が鼻につくんだよボケガ」
「だいたイ、だいたいダ。『降伏を認める』などと一言も口にしていないのニ、何を安心しているのダ?」
「降伏はありえなイ。認めるわけがなイ……」
「何故ならバ、それが貴様らが大好きな運命とやらだからダ!」
カチリ、とフロストは己の仮面についたスイッチを押した。
「……マサカ、マサカ貴様ハ!?」
何かに思い当たったのか、エルフたちが目に見えて動揺した。
「そうだクソエルフどモ。『運命の日』ダ……貴様らの滅びの日がきたのダ!!手を叩いて喜ベ! 喝采とともに受け入れロ!! 羽虫からの解放ヲ!! “運命”という名の“諦観”ヲ!!」
カチャカチャと歯車が回転し、収納され、仮面が一枚の歯車に戻る。
つまり、フロストは素顔を晒した。
よく知らない人間がパッと見れば、きっと彼を『ダークエルフ』と呼ぶだろう。白銀の髪と黒い褐色の肌をもつ、『ダークエルフ』だと。
だが、その場に居たエルフ達は気づいた、理解した。
そんなものではないと、全く違うと。
白い、銀髪ではなく老人のような白髪。
黒い、褐色などと言うレベルを越える闇のような黒い肌。
エルフらしい知的な、怜悧なその美貌と、金色の、宝石のような黄金の瞳。
そして、『ライトエルフ』よりも『ダークエルフ』よりも長い、『ハイエルフ』としての長耳。
『『忌み子』……馬鹿な…掟は、掟はどうしたんだ!?』
「フッ……くだらん馬鹿を呪うがいイ」
邪悪に笑い、フロストは仮面をつけ直した。
『何故だ! 何故貴様は我々を滅ぼそうとする?! 滅びるべきは『忌み子』である貴様のはずだ!』
『穢らわしい『忌み子』が! 何が、いったい何が目的なのだ!!』
数人のエルフが汗と土に汚れたまま弓を構えて叫ぶ。
その顔は、『エルフ』を知る者が見れば驚愕に目を剥くであろうほどに“感情的”だった。
怒りと、恐怖と、憎しみを宿した顔をしていた。
だがそれへの返答もまた“感情的”、いや、激怒と、嫌悪と、憎悪だった。
「穢らわしイ!? 滅びロ!? 俺の台詞ダ!!」
ギチギチと握った拳が異音をあげる。
「己の意思も持たズ、唯々諾々と羽虫の奴隷として生きル! 俺と同じ種族とは思いたくないナ!! 否、存在すら許せねエ!!」
ジュッ!!と翼の氷が蒸発する。
「だかラァ!!」
ボコボコと歯車の仮面が沸騰し始める。
「今ァッ!」
ゾワリと感じた寒気は、殺気によるものか、避けられぬ“死”へのものか。
「ここデェ!!」
シュンッとフロストの身体がブレて―――
「ぶち滅びやがレェエエエエエエエエエ!!!!」
太陽神の憤怒が、全てを焼いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
焦土。
地獄。
どちらがこの光景にふさわしいのだろう。
地面は残らず溶けたかガラス化し、木々は蒸発した。
未だ残留している熱気があらゆる生命を拒否している。
『スケルトンソルジャー』の部隊の姿はない。
ヒートの攻撃に捲き込まれ、地面に影だけ残して消えた。
そんな地獄が半径百キロ以上にわたって存在する。
そしてその地獄の中心には半径4キロの巨大なクレーターが存在し、そのさらに真ん中には、人の姿に戻ったヒートが佇んでいる。
ぼんやりと、突っ立っていたかと思うと、おもむろに〈アイテムボックス〉からフラスコを取り出す。
飴細工のようにぐにゃりと変形するフラスコ、そこから零れるコーヒーを蒸発させながら苦労して飲む。
しばらくそんなことを繰り返した彼は、
「……」
賢じy……冷静になった。
ぼーっと宙を見ているフロスト。
酔った勢いで暴れまわり、醒めた後は妙に放心状態になるものだ。
ボヤけた頭でこれからどうするか思考する。
やりたいことはだいたいやったのだ。
だいたい。
だいたい
そう、やり残したことが、殺り残したことがあるのだ。
急速にクリアになる思考。
フロストは思い出す。
昨日の主の様子を。
とても、とても、喜んでいた。
とても、とても、幸せそうだった。
ジャックに出会って
「……ック……グ!……」
まるで極寒の地獄にいるかのようにガタガタと震えるフロスト。
まるで灼熱の地獄にいるかのようにだらだらと汗をかくフロスト。
考えることはただひとつ。
どうやって自分より愛される可能性のあるジャックを消すか。
(クソォ! 考えろ! 今がチャンスなんだ! 今しかない絶好の機会! ボスが留守でかつ俺が『好きなことをしていい』今が!)
ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟りながら、フロストは焦りのままに思考を空転させる。
(よく勘違いするバカがいる……ボスの愛は平等でもなければ公平でもない。むしろ無慈悲なまでに、冷酷なまでに厳格かつ差別的だ)
嫉妬に濁った焦りが、今のフロストから冷静な思考を奪う。
フロストは、いや、『エルフ種』はある理由から感情が動きにくい種族だ。
それもかなり理性的なまま、感情が動かない。
人間が雑多な欲望に翻弄されるように、獣人が直情的で感情的なように、エルフは本来理性的で無感動な存在なのだ。
それゆえ“望み”を、“欲望”を口にするのも、あまつさえ“冷静な思考”の末に下される“理性的な判断”を無視して実行するなどというのは大変な“恥”なのだ。
いや、“恥”というより、実行出来ない種族なのだ。
どうしても“理性”が“本能”と“欲望”を易々と凌駕してしまうのだ。
では何故フロストは違うのか。
それを可能にしているのが『真名の理』だ。
力のある種族にはまれにある、神の課した枷。
その魂の根幹に刻まれた、本当の名前。
その存在そのものと言い換えてもいい。
それが『真名』だ。
そして『真名』を通じて下された命令は、本人の意思とは関係なく絶対だ。
『死ね』と命じられれば例えどれだけ生きたかろうと身体が勝手に命令を実行する。
そして、『好きなことをやれ』と命令されれば、本人がどれだけ隠していても、心の奥底に閉じ込め蓋をしていても、ヤりたいことが爆発する。
それも一片の躊躇も罪悪感もなく、その瞬間だけは多幸感とともにヤりたいことを実行する。
一片の躊躇の無い人間がいるだろうか?それも、誰かに必ず不幸が降りかかるとわかっていて。
結局実行するにせよ、躊躇いや罪悪感、僅かなひっかかりを感じるものだ。
だが『真名』を通じて『好きなことをやれ』と命じられれば、そんなものは一切なくなる。
では今回、彼が本当にやりたかったこととは何だったのか?
それは、『己の地位を脅かす存在の徹底排除』。
つまり、冷静でいつもの自分なら決してやらないであろう『ラヴの仲間殺し』。
『悪霊がボスの傍にいるのはなんたらかんたら』?
『俺以外がボスの右腕名乗っちゃイヤ』?
そんなものは建前だ。
本当はただの嫉妬だ、どす黒い感情の発露だ。
フロストは知っている。
ラヴにとって最も大切な存在は、恋人である瑠璃架。
その次は親友である有。
そして自分は、現在三番目に気に入られている存在に過ぎないのだと。
壊れにくい、ただの頑丈な玩具に、過ぎないのだと……。
右腕? 子供はお気に入りの玩具に設定をつけたがるものだ。
飽きたら、飽きられたら、捨てられてしまう。
「嫌ダ……」
飽きてもきっとラヴは愛し続けてくれるだろう。そこらの十把一からげとともに。
「嫌ダ……!」
絶対に可愛がってくれるだろう。誰にでもするように。
「そんなのハ、嫌ダ……!!」
そんな可能性を、彼は考えただけで吐きそうになる。
そんな未来を想像するだけで、死にたくなる。
そんな悪夢を見るかと思うと、眠ることすら恐ろしい。
だから、自分より気に入られそうな存在は、いつだって抹消してきた。
さて、言葉で説得してラヴの側から離れる奴がいるだろうか?
答えは絶対に否だ。
やはりフロストは知っている。
ラヴの愛は、麻薬のように心を蝕み依存させる。
有り体に言えば、フロストの知る限り一人を除いてほとんどの存在をヤンデレ化させる。
ヤンデレ化した奴に、頭がラヴの愛だけで犯された中毒者に話が通じるわけがない。
そもそも自分に置き換えて無理だと結論を下すのに1秒もいらない。
ゆえに暴力で。相手を上回る暴力で抹消する。
しかしそれは、見事に失敗した。
初めて失敗した。
余りのショックに寄り道しすぎてしまったほどだ。
一旦落ち着くために森を一つ焼いてしまった。
だが結局問題は残ったままだ。
「……ねバ…」
ポツリ、彼の口からつぶやきが漏れる。
ブツブツとつぶやきが零れ続ける。
「消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ、消さねバ……」
そしてはっきりとした意志を口にする。
「奴ヲ、何としても抹消せねバ」
ではどうやって?
とりあえず、主より預けられた指揮権を行使し『モンストロ』の全てを使って殺し続ける。
殺して、殺して、殺し続ける。
そうすれば残機300万の吸血鬼もいずれ死ぬ。
自分がほとんどを手掛けた無敵の要塞だ、たとえ亡者の軍勢が百万いようが百兆いようが負けるはずがない。
気が付けば彼は己の腕に嵌めているはずの腕輪型通信機を使っていた。
「セヴンス! 今すぐジャックを殺セ! あらゆる手段を使っていイ、とにかくそいつを殺すんダ!! あらゆる武器兵器を使って殺セ! 殺せなくても殺し続けロ!!」
頭の片隅に流石に不味いのでは?という意識はあったが、そんなことでは彼は止まらない。
止まらない……が、その通信機から返事がなければ流石に止まる。
「オイ返事をしロ! セヴンス!?……ン?」
見れば腕に着けていたはずの通信機は僅かな残滓を残して蒸発していた。
舌打ちして〈アイテムボックス〉から新しい通信機を取り出して繋ぐ。
が、今度は繋がったにも関わらず返事がない。
「ッッッッ〜〜〜ーー!!!! なんなんだよクソッタレガァアアアア!!」
その場で爆発し、転移符を三枚ダメに(取り出した瞬間に燃え尽きた)したヒートは、一旦落ち着くためにコーヒーを取り出した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
少女は、たった今通信の切れた、その左手の通信機に必死に手を伸ばす。
その左腕は、飛んでいってコンソールの下に落ちている。
滅茶苦茶に破壊され、ほぼ真っ暗な管制室。
壊れた照明の一部が、時折ヒューズを飛ばして闇を一瞬照らす。
割れたモニターは砂嵐を映し、わずかな光を室内に投げる。
その光を反射してそこら中に突き出た毒々しい色の槍が煌めき、壁や床の爪痕が姿を見せる。
「……かせ……にげ…………て……」
少女、セヴンスの口から出た声は小さく弱々しい。
この管制室で動いているのはセヴンスと“彼”のみ。
ついさっきまで“彼”は優雅に紅茶を飲んでいた。
地獄のような光景を、それを作り出すフロストを微笑ましそうにモニター越しに見つめていた。
だが―――。
「がぶっ!!?」
せり上がった血反吐がセヴンスの喉を塞ぐ。
肉厚なコンバットナイフが背から引き抜かれ、再び背を貫く。
何度も何度も。
雷に変化できない。
逃げられない。
―――途中からだ。
“彼”の様子が、どこかおかしくなったのは。
そしてそれが決定的になったのは、最後、フロストが何かに怯えはじめてから。
表面上は何事もなく恋人と親友と旧友に解散を告げ、彼らが居なくなった瞬間豹変した。
一瞬でその場にいた全員が殺された。
耐えてしまった彼女は、今こうして殺されている最中。
セヴンスはぐいと肩を捕まれひっくり返された。
彼女に覆い被さる黒い影。
人の形をした影、その背中からゆっくりと六枚の翼が拡がる。
吐き出す吐息は腐った果実のように甘い。
その影の眼があるだろう部分には、暗い、昏い、闇の中の僅かな光すら飲み込む“穴”が空いていた。
それにしてもどうして。
いったいどうしてこの“彼”は。
「グルル……ルゥ……」
怒り狂っているのだろう?
「ヴヴゥゥゥ…………ゴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」
聞くに耐えないおぞましい咆哮を聞きながら、セヴンスの意識は途絶えた。