よろしいならばジェノサイドダ。
フロストが短慮な理由を書くといったな。
……すいません、予定が狂ったのでもう少し後回しです。
その日は、平凡な、しかし特別な朝だった。
『預言の災厄が来る』
そう言ったのは、自分達の自治を認めてくれた、心優しき小さな魔王。
魔王は、ともに戦うと言った自分達を押し留め、『預言の災厄』を封印すべく戦いに赴いた。
そうしてついに預言の日になり、そしてまた新たな朝が来た。
これはつまり―――
「魔王様は、『預言の災厄』を封じてくださったということか」
「おそらくは……」
ここは『少数民族自治区』。
数十キロに及ぶ鬱蒼とした大森林。
魔界の特徴である『暗い』『やばい』『魔獣いっぱい』『どんなときでも弱肉強食』を体現する、ダンジョンめいた森。
に点在する獣人たちの村のひとつ。
魔界とは別に魔族(知性持つ魔物の総称)のみが住んでいるわけではなく、それ以外の人種、獣人や人間、エルフなどももちろん生活している。
……大抵はかつての大戦以後の戦争奴隷たちの子孫になるが。
さて、そんな中この村は、様々な部族の獣人が集まってできた村だ。
普通獣人というのは部族ごとのプライドが高く、どうしても同じ部族で集まろうとする。
だがここは魔界、『プライド高き弱肉強食』が絶対の掟である世界。
そうなるとひとつの部族ではいろいろと心もとないのだ。
ゆえに、様々な部族同士で集まり、協力し合おうという動きが出るのは当然のことだった。
……まぁ、今度は集まった村同士で対立が起きるのだが。
ともかく、その村の寄合所では今、現状に対する話し合いが行われていた。
しかし話すことなど実のところ一つしかない。
それすなわち、『魔王様はどうなったのか』だ。
そしてそれを知る手段は結局のところひとつ。
「魔王城の様子を見てこよう」
しかし誰が行く?
もしかしたら封印は失敗し、『預言の災厄』は健在かもしれないのに?
揉めるかと思われたこの議題はしかし、立候補者によってあっさりと決まった。
「じゃあ俺が行こう」
腰に片手斧を差した、五指を持つ二足歩行の虎といった体の獣人。
ミックという名の猛虎人だ。
「この村で一番強いのは俺だ。だから俺が行く」
勇ましい言葉に牡鹿の獣人が声をかける。
「……ならば、万が一に備えてもう二人、足の速い者を連れて行け」
そうすれば万一『預言の災厄』が健在で、ミックが殺されたときでも村に知らせに走れる。
言葉には出されなかったが、その意図を正確に読み取り、ミックは舌打ちした。
こうしてミックは二人の仲間とともに魔王城へ向かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「クソが! あんの腰抜けの恩知らずども!」
深い森の中をまるで平原に居るかのように走るミックたち。
その先頭を走るミックの表情は険しい。
誇り高き獣人が、大恩あるあの方のために動くことを躊躇するなどあってはならないと、彼は考えていた。
死ぬのは怖いだろう、彼自身死ぬのは怖いと感じている。
だが行動することすら恐れてどうする!
そんな憤りのまま足を動かし続ける。
やがて
「何者ダ!」
急な誰何の声。
ミックの視界に小さく光が、何らかの魔法による光が見えた。
「待てっ! 敵ではない!」
手斧を構えながらミックは制止の声をかける。
すると向こうも武器を、魔法を宿して輝く弓を構えたまま木の陰から出てきた。
その姿を認め、ミックは舌打ちした。
「チッ、なんだ耳長か」
弓を構えた男は、非常に白い肌に長い耳を持つ、人間の基準ではとても美しいと言われるエルフだった。
エルフと言えば魔力、魔法、魔道具製作に長け、さらに精霊術という特別な技を使う種族だ。
獣人、それも近接戦闘に長けた猛虎人である彼からすれば、お高くとまった気障野郎どもだが、それでも精霊術は恐ろしいと考えていた。
精霊術とはエルフ種の固有魔術、のような何かだ。
彼らにのみ見えるという“精霊”に呼び掛け、その力を借り受けるというものだそうだ。
魔術というよりは神聖術に近いかもしれない。
だがその力は――――――実に圧倒的だ。
どうも精霊とは“神”の一種らしく、この大自然全てに宿っているらしい。
ゆえに何時でも何処でも何度でも使え、エルフにヒト並みの野心があったならば今ごろ世界の勢力図が変わっていた、とも言われている。
ただどうも彼らは独特の感性を持ち、少数ごとに世界各地でひっそりと暮らしている。
かと思えば『運命と精霊のお導き』と言って人里に降りてくる。
何とも奇妙な種族なのであった。
「獣人ドモカ……貴様ラモ魔王城ヘ?」
「おう。魔王様が気になってな。新しい朝が来たんだ。きっと魔王様は『預言の災厄』を封印して下さったんだ」
ミックはあの強大でありながら優しい魔王のことを敬愛していた。
魔王への加勢を最初に口にしたのも彼だ。
しかし、目の前のエルフはミックが到底受け入れられないことをのたまった。
「アルイハ、負ケタノカ」
「んだと?!」
「『預言ノ災厄』トハ避ケラレヌ死、“運命”ソノモノダ……」
「てめぇ……」
「オイよせよ」
生来キレやすいミックはその言葉に殺気立つが、一緒に来た仲間の戦兎人たちが止めにはいる。
「“運命”、ソウ“運命”ナノダ。今コノ世界ヲ襲ッテイルノハ“滅ビ”トイウ“運命”。逃ガレルコトハ出来ン」
「随分と余裕な態度じゃねえか……森とお友達のエルフ様は大丈夫だとでもほざきやがるつもりか?」
「我々ノ“滅ビ”ハ既ニ定メラレテイル……『予言ノ災厄』トハ違ウ、マタ別ノ“運命”ダ。……何時来ルノカハワカランガ」
挑発したつもりが、声を荒げるでなく、冷静に自らの“滅び”を話すエルフにミックは僅かにたじろいだ。
「『預言の災厄』ニ村ヲ焼カレテ散リ散リニナルノカ、奴隷トナッテ生キ延ビルノカ……ソレハワカラン。ダガ、滅ボサレハシナイ。ソレニ、『預言ノ災厄』ニハ我々ヲ滅ボセハシナイノダカラ、戦ワナイワケデモナイ。ソシテ例エコノ森ノ我々ガ全滅シヨウトモ、世界ニ散ラバッタ我々ガ生キ続ケル」
淡々と語るエルフの男、その眼には、感情という“熱さ”、とでも言うべきものが見えなかった。
それがなんとも不気味な印象を与え、毛が逆立つ思いになる獣人たち。
「あぁクソッ気持ちワリィ!! 行くぞ! こんな奴ほっとけ!」
そんな思いを振り払うように、ミックは大声をあげて歩き出そうとした。
その時だ、彼らの鋭敏な感覚が、妙な現象を捉えたのは。
「なんだ? この振動……?」
「だんだん近づいてきてるぞ?」
最初は小さかった音は、やがて揺れを伴う大きな音に成長する。
と、そうこうするうちに地鳴りにまで膨れた音はもう間近だ。
そして森の奥から突っ込んできたものは!
「な、なんだぁ?!」
大地を疾走し、木々を跳ね回り、空を突っ切って向かってくる野獣、魔獣の大群衆!!
さすがに彼らもこの濁流に飲まれてはたまらない。
とっさに武器を構え、しかし呆然とした。
「俺達を……避けていく?」
濁流のような獣たちは襲い掛かってくるようなことはなく、一目散に駆けていく。
まるで、何かから逃げるように。
「……■■■」
エルフの男はエルフ語で何事かを呟くと、どこかへ走り去っていった。
「な、なんだよ。ったく! 行くぞ!!」
ミックも不気味なものを感じたが、それでも前進しようとした、その時。
「あ、あれは……?!」
獣の群れ、そのさらに先から、明らかな異常が近づいていた。
「よ、夜が……」
「迫ってくる……?!」
そう、獣たちの流れてくる向こうから、影が、闇が、光なき夜が津波のように押し寄せてきたのだ。
闇は彼らを包み、さらに後ろへ向かってどんどん流れていった。
「信じられん、夜が……夜が唸ってやがる……!」
見上げた空は星の無い夜。
だが何かの低い唸るような声が落ちてくる。
しかし一人の獣人が、その異常の真実に気づき叫んだ。
「ち、違う! よく見ろ!!」
その場にいた全員が目を凝らし、そして見た。
だが見たところでそれが何なのかわかるものはいなかった。
それは、黒かった。
それは、宙に浮かぶ壁だった。
そしてそれは、余りにも、余りにも巨大過ぎた。
「なんだ、なんなんだアレは!?」
誰が叫んだのかはわからない。しかし、誰も答えられないことだけはわかっていた。
と、『夜』が金属の硬質な響きを大きく反響させつつ、開いた。
『降下開始!!』
そしてそこから、声とともに大量に何かが落下してきた。
「こ、今度はなんだ!」
落下してくるものは、人の形をしていた。
膝を軽く曲げ、着地の衝撃を殺して辺りに素早く……鉄の筒としか言えないものを当たりに向ける、奇妙な格好の――――――スケルトン達。
「ーーッッ!? アンデッドだ!!」
アンデッド、生きとし生ける者全てを妬み、その思いのままに殺し続ける唾棄すべき存在。
リッチやヴァンパイアという、ごく一部の魔族を除けば交渉など不可能な存在。
そんなものが大量に目の前に落ちてきたのだ、勇敢な獣人族の戦士と言えど叫びたくもなる。
その声に反応したのか、スケルトンどもは素早く鉄の筒先をこちらに向けてきた。
直感的に“武器”だと勘づいた彼は、何かされる前にとハチェットを投げつける!
しかしそれはスケルトンが被る丸っこい鉄帽子に弾かれあらぬ方向へ。
それでもミックは落ち着いて拳を固め、己に強化の魔法をかける。
そもそも彼に武器は必要ない。
その鍛えに鍛えた拳と、肉体に対する強化魔法だけで充分に他を圧倒できるのだ。
「ヴァリー! ベロー! お前らは村に知らせろ!!」
着いてきていた戦兎人の二人にこの異常を村へ伝えるに走らせ、彼は腰を低く構えた。
無駄に死ぬつもりはない、すこし時間を稼いだら自分も後退する。
そう考えていた彼は、だがしかし次の瞬間驚愕の余り阿呆のような顔をさらしてしまう。
「……現地民と接触、一方的に攻撃を受けた。これより自衛のために反撃を行う」
目の前のスケルトンが、黒く小さな箱に向かって口をきいたからだ。
骨が、口を、きいたのだ。
『許可する』
そんな驚愕を余所に、箱から聞こえた女の声に、彼は酷く不吉な響きを感じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところ変わって『モンストロ』管制室。
「降下部隊の一部が原住民と接触、戦闘に……いえ、終了しました」
「降下戦力の第一波は部隊ごとに集結、作戦通り各目標地点に移動を開始」
「支援攻撃準備完了、いつでもいけます」
「そこでワタクシはこう言ったんでございます……『見て!この子ピーナッツ食べてる!』」
「ハハハハハハハハ!!!」
『オペレーターレィディーズ』の報告があげられる中、ジャックの飛ばす小粋なジョークがフロストを爆笑させていた。
と、セヴンスがフロストに近づき報告した。
「捕獲部隊より報告、幾つかの野性動物を捕獲、新種らしきものがいるそうです」
「ハハハ! ン? そうカ、それは素晴らしいナ。新種は『生命科学研究所』の俺の私室と“ケージ”の両方に送るようにしロ」
「了解です」
「ふむふむ、幸先のいいスタートでございますねフロストくん」
「そうだナ。それに相手のレベルは全体的に低いのダ。クズのような戦力のごり押しで充分やれるとなれば笑いが止まらン」
「それはなにより……でございます」
爛々と眼を輝かせてフロストが笑い、ニヤニヤとカボチャを歪ませてジャックが笑う。
「先行する部隊が村と思わしき拠点を発見」
「突入まで20秒!」
あげられた報告に、いよいよだとフロストは愉しげに手を叩いて言った。
「サァ、地獄を見せロ……この俺ヲ、ボスを楽しませロ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
闇の中を死の軍隊が行進する。
驚くほど静かに、疾風のように走り続ける。
ボロボロの迷彩服とヘルメットにスコープゴーグル、防弾チョッキや突撃銃を装備した寡黙な兵士達。
ルリの〈クリエイト〉したモンスター、レベル280、『リビングデッドソルジャー』の軍勢だ。
やがて彼らは村を発見、その中に飛び込んでいく。
すぐに村の中から悲鳴が、怒号が飛んだ。
そして誰もが同じ台詞を叫ぶ。
「「「「アンデッドだ!!」」」」
先述した通り、アンデッドとは(一部を除き)生ある者共通の敵だ。
ゆえに遭遇したらまず周りに知らせ、しかる後、
「くたばりやがれ!」
抹殺すること。
それが常識だ。
「……原住民と接触、一方的に攻撃を受けている。自衛のため、反撃行動に移る」
『了解、増援を送る』
通信が終わると同時、獣人の家が吹っ飛んだ。
『ヒャハハハハハハ!!! オラ! 抵抗してんじゃねえぞワンコロぷらすその他大勢ども!!ぶちころすぞ!!』
10メートルはある人型の巨体に、肩に『今まさに斧を振り下ろす蟷螂』という部隊エンブレム、軽装甲に両腕が巨大なヒートエッジという鳥のような逆足型ロボット。
「な、ゴーレムか?!」
「落ち着け! 撹乱して足と頭を潰せ!」
ゴーレムとは鉄などの無機物の身体を持ち、高い耐久性と剛力を誇る反面、ノロいというのが常識だ。
ゆえに獣人たちが得意の近接戦闘に持ち込もうとするのは間違ってはいなかった。
……致命的な失敗だっただけで。
『オーライ死になぁ!!』
そのロボットは背中のブースタを一瞬だけ吹かし、その加速で前へと踏み込む。
そして進路上の獣人を踏み潰しながら、そのヒートエッジで建物を、獣人たちを滅茶苦茶に焼き斬っていく。
「こんなバカな! ゴーレムの速さじゃねえ!!」
瞬く間に薙ぎ払われ、戦士達に動揺が走る。
「くそっ! 一旦引くぞ! 森の奥へ行こ」
指示を下そうとした声を遮るように再び爆音。
『抵抗は無意味だ。速やかに降伏しろ』
黒と灰色の迷彩柄に肩には『ナイフを口にくわえた犬』という部隊エンブレム、重装甲重武装に身を包んだ鋼鉄の重戦車型のロボット。
お馴染みルリ旗下のスーパーロボット部隊、AP(Armed Peace)による強襲部隊、そのうち二つ。
『ドーベルマン』に『マンティス』だ。
『おーいおいドーベルマンたいちょー。邪魔はなしだぜ』
『MΘx隊長、我々の任務は制圧だ。降伏勧告は頻繁に行うべきでは?』
『ハッ! カッテーなぁ。『ドーベルマン』と『マンティス』じゃあ制作目的がちげーんだ。殺り過ぎは多目に見てくれよ……だいたい『マンティス』を、『コブラ』を、強襲殲滅部隊である俺達を前線に投入してンだ。実のところこれを狙ってのもんだろ?』
『それはエルフに限定されている。そんなに殺しがしたければ最前線まで突貫しろ』
『へいへい……ってわけねーだろ! いくらなんでも任務が先だっつーの!』
『なら黙って……抵抗するならば死ねえ!!』
村を挟んで通信を交わしていた二機だったが、地上部隊が獣人による奇襲突撃を受けかけた瞬間、『ドーベルマン』部隊Dαx隊長が火焔放射機で焼き払う。
『……お前って……容赦無いよな』
『警告はした……次の作戦行動に移る』
村ひとつ焼き払い、彼は進軍を再開した。
今回展開されている作戦は非常に単純である。
スケルトンという生きとし生ける者共通の敵であるアンデッドに先陣を切らせ、向こうから攻撃させる。
後出しで強力なスーパーロボットや戦車を突入させ速やかに制圧、手こずるようなら真上から支援攻撃。
戦意を挫き、降伏したら捕獲部隊を投下、捕虜を回収、速やかにフロストの階層に移送する。
本来ならこのAP部隊には各10機から15機のAPが所属している。
しかし今回はそれをバラし、様々な方向に歩兵を随伴させて侵攻させている。
普通、戦力を分散して侵攻させるのは大きな間違いである。
だが侵攻させているのは戦車でも戦闘ヘリでもなくスーパーロボット。
単機でも十分に“大隊戦力”として数えることの出来る存在だ。
そもそもそんなものを10機で1個部隊として動員できる『ラヴァーズ』が異常なのだ。
もちろん相手は獣人だけに限らず、雑多な魔獣からワイバーンなどの中位モンスターもいたが、こちらは無人戦闘機部隊『ファントム』、無人戦車部隊『デュラハン』が駆逐、あるいはスタン性の高い攻撃で捕獲してまわっている。
さらに現在『モンストロ』は『少数民族自治区』を覆い尽くし、何者も逃がさぬようシールドを地面に下ろしている。
本来は降下した戦力を守るためのシールドだが、こういう使い方も出来るのだ。
これによってここは、完璧に外界より隔離、管理された戦場となった。
ちなみに、『モンストロ』の巨大さは当然ここ以外の山やら湖やら小さな村やら町やらも覆い、搾取しまくっているが今回は割愛する。
そしてもうひとつ、フロストには目的がある。
フロストは『モンストロ』で『少数民族自治区』を覆ったが、全てを一気に占領しようとはしなかった。
森の端から順に攻めている。
何故なら空から一気に全兵力を投下し、圧倒的武力で強引に攻めてしまったら、簡単にこの“劇”が終わってしまうからだ。
“それはもったいない”
“それでは愉しくない”
“ボスの右腕たる自分が、ここまで力を手に入れたのだ”
“ならばより素晴らしく、より壮大で、より絶望に溢れた喜劇をボスに献上すべきだ”
そんな思考のもと、フロストは指揮を執っている。
映像も全て記録している。
そしてフロストは確信しているのだ。
“後で編集して、明日ボスと鑑賞しよう、きっと喜んでくれる”
“そして間違いなく――――――”
だがここで思わぬ―――そしてフロストが予想していた通り―――問題が起きた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
捨て駒の体で先行させられている『リビングデッドソルジャー』の先行部隊。
彼らは進路をたまたま塞ぐ形だった魔獣の類いを走りながらの掃射で片づけつつ、警戒度を一段階あげた。
何故なら、ここに来て急に魔獣との遭遇率が上がったのだ。
と、その時だ。
鬱蒼とした森の中を疾走していたのが急に途切れ、開けた場所に、いや、道に出た。
道、といっても街道のように整備されたものではない。
たまたまそこに一切樹が生えなかっただけとでも言おうか、それとも巨大な獣道のようだと例えようか。
彼らは右を見て、左を見て、この奇妙な道は、大きく弧を描き、壁のように向こう側の森を囲っているように感じた。
……いや、実際何かが囲っているのだろう。
何故なら目の前で、魔獣の群れが向こう側の森に逃げ込もうと透明な壁に体当たりしているのだから。
恐らく辺り一帯全ての生き物が知らず知らずのうちに戦火に追い込まれ、ここまで来たのだろう。
ここまで思考し、この突撃中隊の隊長である『リビングデッドソルジャー・サージェント』は攻撃するか応援を呼ぶか迷った。
だがそこへ、彼の思考をぶったぎる存在が向こう側の森から姿を現した。
「……」
エルフだ。
それも数人。
白い肌のエルフもいれば、褐色の肌のエルフもいる。
『ライトエルフ』に『ダークエルフ』だ。
『リビングデッドソルジャー・サージェント』はそれを視認し、『最優先命令』を実行する。
「最優先駆逐目標を発見、これより殲滅を開始する。撃て」
一斉に全隊員による射撃が開始され、鉛弾の嵐が射線上の全ての魔獣を巻き添えに襲いかかった!
誰もが一瞬後に出来るであろうエルフ達の挽き肉を想像した。
が。
「ティキリ・シルフ・スティーリア!!」
一人のライトエルフが呪文らしきものを唱え、透明な壁がキラッ!!と一瞬輝き、全ての弾丸を弾き切った。
もちろん攻撃はこれだけではない。
結界の発動により防御されたと理解するや否や、突撃部隊は様々な高威力〈スキル〉を放つ。
「「「〈スラッグブラスト〉」」」
「「「〈トライRPG〉」」」
「「「〈大リーグ血染めの豪速球〉」」」
一発一発の弾丸が着弾と共に強力な衝撃波を放ち、単発式のRPGの弾頭が三つに分身して飛び、手榴弾が戦車砲の如く投擲される。
さらにそれを援護に数人の『リビングデッドソルジャー』が銃剣先を揃えて突撃する。
「「「「〈バヨネットチャージ〉」」」」
銃剣が白光し突撃が加速、剣先が結界へ直角に衝突し、パッキャーンと砕け散る。
それを冷静に眺め、『リビングデッドソルジャー・サージェント』は次の手を打つ。
「……攻撃が弾かれた。火力支援を要請する」
『了解、支援を開始する』
上空にある船底の一部、カタパルトの横が丸く開き、ドーム状の砲台が降りてくる。
そんなものがずらりと並び砲口を結界に合わせ、一斉に砲撃を開始した。。
喰らえばどんな城塞も瞬く間に耕すであろう嵐のような砲撃が次々に着弾、爆炎に結界が包まれていく。
『リビングデッドソルジャー・サージェント』はそれを見て結界の破壊を確信し、未だ煙に包まれた状態であろうと構わず突撃を再開、無傷の結界に顔面を強かに打ち付けた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「強力な結界を確認、しかし結界の解析不能、新しい<スキル>と思われます」
「地上部隊の攻撃、およびこちらの支援爆撃ならびに砲撃を完全に凌いでいます!」
「周囲の樹木が魔物化! 先行した突撃部隊が混戦に陥りました! エント? デビルプラント? 駄目です、種類の特定不能! 新種です!!」
「しゅ、周辺の魔獣がエルフによって強化されていきます! しかし強化の方法がわかりません! 完全に新しい<スキル>です!」
「魔獣の巨大化を確認! 地上部隊に襲い掛かっています!」
『オペレーターレイディーズ』によって次々に報告があげられていく。
「おやおや、どうしますかフロストくん。うまくいってないようでございますが」
どこか愉快げにジャックが声をかければ、フロストは顎に手を当て冷静に思案していた。
「考えていル……どの手が一番奴らに絶望を与えるカ」
「ほっほう、ではあの結界や、この反撃は脅威ではないと言うのでございますか?」
「無論ダ。パッと対抗策を3つは思いつク」
顔を上げたフロストは指を立てながらひとつひとつ数えていく。
「“丁寧にほどク”、“使えなくすル”、“破壊すル”……この3つだナ」
そのどれもがこの状況を簡単に打破できる類いのものだ。
ゆえに彼にとって考えねばならない最も重要なことは、どれが一番エルフどもに絶望を与えるかだった。
「……よシ、全部やろウ」
「全部、でございますか?」
コミカルに眼を丸くするジャックに、フロストはゴキゴキと指を鳴らして言う。
「そうダ。知恵を回して丁寧にほどキ、技術によって使えなくしテ、力でもって破壊すル……ククク、クソエルフどもの絶望する顔が楽しみダ……セヴンス!」
「ハッ!」
まるっきり悪役顔なフロストは立ち上がると、セヴンスに命令を下した。
「第二幕の時間ダ、劇を動かすゾ。『実験体M-KK』及び『コルドロン』を出ス。準備しロ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ここは『モンストロ』
の底部。
のエルフ達の上に位置する戦力投下ハッチ。
そこには今、二つの影があった。
ひとつはしっかりと仮面を着けたDr.フロスト。
もうひとつはフロストよりも小さな、子供のような人影。
フロストはもう一人の方を向き、己の想いを語り出す。
「……諸君、俺はエルフが嫌いダ。
諸君、俺ハ、エルフが嫌いダ。
……諸君!俺ハ、エルフが大嫌いダ!!
ライトエルフが嫌いダ。
ダークエルフが嫌いダ。
ハイエルフが嫌いダ。
男のエルフが嫌いダ。
女のエルフが嫌いダ。
幼いエルフが嫌いダ。
老いたエルフが嫌いダ。
優れたエルフが嫌いダ。
劣ったエルフが嫌いダ。
平原デ、街道デ、
森林デ、草原デ、
凍土デ、砂漠デ、
海上デ、空中デ、
岩窟デ、湿原デ、
この地上に存在するありとあらゆるエルフが大嫌いダ!」
「なぜ『諸君』と? ここには私と貴方しかいませんが?」
「仕様ダ。気にするナ」
スッと差し込まれたツッコミをサラリと流し、フロストは続ける。
「だがその一方で諸君、俺は虐殺が好きダ。
諸君、俺は虐殺が好きダ!
諸君!俺は虐殺が大好きダ!!
エルフを虐殺するのが好きダ。
エルフを家畜のように虐殺するのが好きダ。
エルフを執拗に虐殺するのが好きダ。
エルフを大量に虐殺するのが好きダ。
エルフを徹底的に虐殺するのが好きダ。
エルフを惨たらしく虐殺するのが好きダ。
エルフを無慈悲に虐殺するのが好きダ。
エルフを絶滅するまで虐殺するのが好きダ。
平原デ、街道デ、
森林デ、草原デ、
凍土デ、砂漠デ、
海上デ、空中デ、
岩窟デ、湿原デ、
この地上でエルフに対して行われるありとあらゆる虐殺行為が大好きダ!
戦列をならべたヘリによるロケット弾の一斉射ガ、轟音と共に家々を吹き飛ばすのが好きダ。
空中高く放り上げられたエルフが効力射でばらばらになった時など心がおどル!
クソエルフのいる樹木を航空機が爆撃するのが好きダ。
悲鳴を上げて燃えさかる樹から飛び降りてきたエルフを禁呪でなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだっタ!
タイミングをそろえた傭兵の横隊ガ、敵の戦列を掃射するのが好きダ。
興奮状態のボスが既に息絶えたあのクソを何度も何度も刺突している様など感動すら覚えタ!
運命主義のクソエルフを樹上に投げ刺していった時などはもうたまらなイ。
泣き叫ぶ赤ん坊を庇う女達ガ、俺が翳した火焔放射機のナパームにジタバタと痙攣するザマも最高だっタ!
諦めの悪いクソエルフどもガ、粗雑な弓矢で健気にも立ち向かってきたのをスーパーロボットの1t榴爆弾が神木ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚えタ!
ボスの愛に滅茶苦茶にされるのが好きダ。
必死に守るはずだった魂が蹂躙され心の底から犯され殺されていくのハ、とてもとてもおぞましく素晴らしいものだっタ。
ルリの物量攻撃に押し潰されて殲滅されるのが好きダ。
飛ぶ斬撃に追いまわされ害虫の様に地べたを這い回ったのは屈辱の極みダ。
諸君、俺は虐殺ヲ、地獄の様な虐殺を望んでいル。
諸君、というか俺に改造された怪人くン。
お前は一体何を望んでいル?
更なる虐殺を望むカ?
情け容赦のない糞の様な虐殺を望むカ?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界のエルフを殺す嵐の様な虐殺を望むカ?」
「……」
シーン、と、目の前の存在は口を開かない。
しかしそんな些細なことはお構いなしに六拍ほどあけて演説は続く。
「よろしイ、ならば虐殺ダ。
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳ダ。
だがこの燃え盛る憤怒の底で生きている俺にただの虐殺ではもはや足りなイ!!
大虐殺ヲ!!
一心不乱の大虐殺ヲ!!
俺はわずかに一人、千人に満たぬ復讐者に過ぎなイ。
だがボスは無敵の神であると俺は信仰していル!
ならば我らは俺とお前で総力100万と1人の軍集団となル!
俺を悠久の彼方へと追いやり停滞しきっている連中を叩き起こそウ。
長耳をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ焼き付けよウ。
連中に恐怖の味を教えてやル。
連中に俺の鼓動の音を刻み付けてやル!
感情と理性の狭間には奴らのオツムでは思いもよらぬ怪物が潜んでいることを思い知らせてやル!!
ボスのただ一人の右腕としテ、世界中のエルフを焼き尽くしてやル!」
ここでフロストは〈コール〉を艦橋に繋ぎ、指令を飛ばす。
「『全ハッチ全カタパルト開放、『ラヴァーズ』総指揮官代行より全降下戦力へ。目標、『エルフ族自治区』上空!! 『地に足をつけた生活』作戦、状況を継続せヨ!!』」
通信が終わると同時、床がガコリと動きだす。
ゆっくりと下に向かって傾き出し、外の光を取り込んでいく。
さらに射出用のレールが傾いていく床からせり出す。
地上に向かって開いたカタパルトから外気が飛び込んでくる。
外の光を浴び、飛び込んで来た風に白衣を靡かせながら、フロストは目の前の『実験体M-KK』にそれはそれは愉しげに告げた。
「さぁ征ケ、魔王(仮)……地獄を創レ」
それまで大人しくフロストの言葉を聞いていた少女は、そこで初めて反論した。
「魔王(仮)ではありません」
黒と白を基調にしたドレスに背中に流れる美しい金糸の髪。
右肩部にだけ、キングを除くチェスの駒(黒のクィーン、ナイト、ビショップ、ルーク、ポーン)が各一体ずつ連なるように飾られた、これまたチェス盤のように白黒チェック柄のアーマー。
そして本来キングが被るべき王冠は少女の頭に戴かれている。
だがしかし、何より目を引くのは、その右肩のアーマーから覗く右腕。
それは異形。
少女の華奢な身体よりも太く、長い、武骨な漆黒の大砲。
少女はその大砲の先を床にガリガリと引き摺りながらカタパルトまで進み出る。
そして名乗る。
己の正確な名前を。
「私は、魔王」
ほんのすこし、笑みを浮かべて。
「(改)です」
あの有名なコピペがどうしても使いたくてやりました。
反省してます。
でもずっとやりたかったことが達成できて自分は大満足です。
ちなみに、感想でも返信しましたが、フロスト君の過去話は番外編『あの子が鬼畜で外道になったワケ!』でやります。
作中で解説されるかは……スイマセン、未定です。
ので気になる方は番外編へどうぞ!(宣伝です)
では次回もお楽しみに!
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