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鬼畜外道より愛をこめて  作者: キノコ飼育委員
準備中!☆下拵え中!☆種蒔き中!
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フロストの一日に愛を込めて

『ラヴァーズ』の朝は早い。


というか、ラヴの朝が早い。


日の出とともに、というほど早くはないが、少なくとも7時には起床する。


いつもなら彼はそのまま朝食を作ったり日課をこなしたりするのだが、朝食は『アイテムボックス』から取り出せばすぐであるし、日課(・・)はここではこなせない。


必然的に時間が余ってしまう。


せっかくなので、側で「ス、スライムで良かった……」と謎の呟きをこぼしていたルリに抱きつき、口移しで朝食を食べさせるがやはり時間が余った。


ので、その余った時間で彼はジャックに現状の説明をしていた。


「……と、いう感じかな? 今までの説明で質問ある?」


「ふーむ……つまり、ここは本来お遊戯のための虚構の世界のはずで、いつの間にかその遊戯の能力を持ったまま異世界に、その際偽物のはずの体が本物になった……で、合ってるでございますか?」


「いぐざくとりぃ! 大正解だよジャック!!」


と、そこへフロストが合流した。


仮面を外し、その黒きエルフとしての美貌をさらしている。


「おはようボス。完徹明けのいい朝だナ」


「おはようフロスト!って、また徹夜したの?まったく、ちゃんと寝なさい!」


「すまなイ。しかし楽しくてナ。助手がいるだけでさくさく(・・・・)研究がはかどるのダ、それがもう楽しくて楽しくてナァ、ククク」


「やれやれ、仕方ないなぁ。でも大丈夫?今日は同盟と機関の会議があるんだからしっかりしてよ?」


「そのことだガ……悪いが俺はパスさせてもらウ」


「え?」


「これからのためにいろいろとせねばならない事があるのダ。悪いナ」


「エー、残念」


ラヴは顎に手をあて、考える。


(何が残念かって言ったらさ。いつだってこの子は僕のために、自分を捧げてくるってところだよ……まぁそこが愛しくてたまらないんだけど。でもたまには……あ、そうだ)


ぴこんとラヴの頭上に電球が点り、次いでニヤリと笑った。


それを見たジャックは、『あ、何かわからないけどロクでもないこと思い付いたね』と心中で呟く。


「……わかりました。じゃあフロスト」


ラヴは今度はにっこり爽やかに笑い、フロストにグイと近寄り耳元で囁いた。


「『好きなことをしろ』」


その命令が耳を通り、脳へと染み込んだ瞬間、フロストは己の枷が弾け飛んだのを感じた。


その枷は間違いなく、絶対に外してはならない、取り返しのつかないナニカだ。


「イエス・ボス……ではボス、頼みがあル」


フロストのお願いに、ラヴは嬉しそうに笑う。


「なになに? なんですか?」


レアな素材(アイテム)が欲しいのだろうか、『モンストロ』を弄くる許可が欲しいのだろうか、新しいSRを造る資金が欲しいのだろうか―――それとも、追加命令(・・・・)が欲しいのか。


わくわくしながら耳を傾けるラヴ、しかしフロストは、


「ジャックを貸してくレ」


完全に予想外なことを言った。


「え? なんで?」


思わず素で聞き返すラヴ。


「新入りを『モンストロ』に馴染ませるためにいろいろ案内するのサ」


対しフロストはさも当然のように言う。


「……ふ、フロスト、それが、君の、したいことなの?」


「アア」


嘘をついている様子のない(そもそもつけるはずがない)フロストに、ラヴは困惑する。


彼はてっきり、『きっとフロストは、またいっぱい研究をするんだろうなぁ♡』と考えていたのだ。


「ええっと、君の好きなことってクリエイティブな行為じゃなかった?」


「無論それも好きだガ、それよりも俺ハ、ボスの役に立ちたいのダ」


そう言って、フロストはほんの少し微笑んだ。


「君って子は……ほんっとうに可愛いなあ!!」


その健気な姿に辛抱たまらなくなったラヴは、フロストを押し倒して――――――喰らいついた。


「グゥッ!?」


一瞬で喉笛を喰い千切り咀嚼したラヴは、頬を紅潮させ、熱のこもった吐息を吐きながらフロストを抱き締めあげる。


「あぁ     くん!!君はなんて可愛いことを言うんだ!キャハハ!!嬉しいなぁ愛しいなぁ!!!ねえ食べていい?食べちゃっていいよね?いいよね     くん?     くん? 否定しないってことはいいってことだ!!!」


「コラコラ月光くん、そんな風に真名を連呼しては駄目でございますよ。聞こえない(・・・・・)とはいえあまりいいことじゃないでございます」


ぴんと人差し指を立て、ジャックがラヴをたしなめる。


「キャハッ! そうだね、確かにこれはモグモグ気軽に呼んじゃグチャグチャ駄目……ごめんなさいジャック! 後にして!」


「まったく……仕方のない子でございます」


そこへ黒蟻が眠そうに目を擦りながらやってきた。昨日あのままの格好で寝たのか、未だ(多少乱れているが)和服美人状態である。


「ふぁああーぁ……ふぅ。おい月光、朝っぱらからイカれとんちゃうぞ。大事な大事な“右腕”が死にかけとるやないか」


「大丈夫! 絶対死なないように確実に死ねないように、ゆっくりゆっくり少しずつ、回復しながら食べるからぁ!!」


ラヴは回復ポーションを幾つも取り出し、フロストに振りかけながらさらに貪る。


フロストは床に爪を立てて痙攣するが、不思議と抵抗しようとはしなかった。


「んぁあ……ふ。……なら、ええか」


大して気にしていなかった黒蟻は、いつもの格好に装備を変更すると、椅子にドカリと腰をおろした。


そのまま隣に座るルリに声をかける。


「おはようさん、って、ルリお前どないしたん? 茹でたタコみたいやで?」


黒蟻の指摘する通り、俯いていたルリは首から耳まで湯気が出るほど真っ赤になっていた。


「う、うるせぇだまれ話しかけんなぁ!!」


「ちょ、いきなり怒鳴んなや……」


寝起きのせいか少しテンションの低い黒蟻は、そのまま言い返すこともせずに黙った。


そして10秒メシ的なパックゼリーを取り出し、ジュルジュルと朝食を始める。


ルリはというと、また赤くなったまま俯いたり、唇に人差し指を当てたりと大人しい。


珍しく戦闘にならなかった、朝の風景である。


「ハァ……ん……ちゅ……ぺちゃ、ぺちゃ……」


「カッ……アッ……ッ……ァ……」


その間にもフロストは、ラヴに強烈に愛されていた。


「……ハァ……ぁあ、好き、好き、好きぃ……」


熱に浮かされた様子で、『好き』と言う度にぴちゃぴちゃと舌を這わすラヴ。


「…………ッ……………………ッ…………」


時折、指先だけがカリッ、カリッ、と床を掻くだけのグロ画像と化したフロスト。


ラヴはフロストに覆い被さり、そっと唇を重ねた。


そしてそのまま剥き出しになっていた内臓ひとつひとつを順に握り潰し始めた。


「ッッゴブゥッ! ゴボ、ンブ、グブ!!」


キスしたまま大量の血を吐くフロスト、ラヴはフロストの唇をストロー代わりにそれを啜った。


「んっ、んっ、んくちゅうちゅう……ぷはぁ……」


「……………ッ………」


いよいよピクリとも動かなくなっていくフロスト。


ラヴは、熱に潤んだ瞳でそれを愛しげに眺め、〈呪文スキル〉を発動する。


「……〈癒しの清流、天使の息吹、この傷つきし者に光溢れる癒しをもたらせ―――『天界式最上級回復呪文(ゴッドブレス)』〉」


ラヴが呪文を唱えると、暖かな優しい光が辺りを満たし、フロストの瀕死の身体が一瞬で元通りに完治する。


「ッッッッグハァ!!! ハァ、ハァ、ハァァ……!!」


元通りになったフロストが、引きつるように大きく呼吸し、生き延びたことを自覚する。


「お疲れさま。よく頑張ったね、フロスト」


全身返り血塗れでラヴが爽やかに笑う。


「というわけでジャック、悪いんだけど今日一日……」


そう言って振り向けば、ジャックはにこやかに笑って了承した。


「かまいませんともでございます。むしろ此方からお願いしたかったほどでございます」


「キャハ! じゃあお願いね!」


と、そこへ多少赤みが引いたルリが出発を告げに現れる。


「ラ、ラヴ、そろそろいい時間だ。行こうぜ」


「おっけーい。……あ、フロスト」


「ナ、なんだボス」


手足を地につき、乱れた息を整えていたフロストは、顔だけあげてラヴを見た。


そんなフロストに、ラヴはスッ、と近づき、フロストの顔を両手で優しく包み込む。


そしてフロストの瞳をぐいと覗き込んで囁く。



「“ご褒美”をあげよう…………『手段も過程も問わない。『モンストロ』を地上(・・)に降ろせ』……出来るね?」


「イエス……マイ・ボス」


「いい子だ」


スリッ、とフロストの咽喉に指先を這わせてから、ラヴは振り向く。


「じゃ、黒蟻も行こっか!」


「は? どこにや?」


「答えは聞いてないっ!!」


ラヴはルリの手を取り、側にいた黒蟻をガッ!!と引っ掴んで消える。


己の空間に引きずり込んだのだろう。


「いってらっしゃ〜いでございます。さて、フロスト君。今日は一日よろしくお願いしますでございます」



「……アァ、こちらこそよろしク。ではついて来イ」


フラリと、自分の血にまみれたまま立ち上がり、フロストは意外にしっかりした足どりで歩き出す。


それゆえジャックは気づけなかった。


フロストの眼が、ひどく冷酷なものを宿していたことを。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




貧乏くじ、という言葉がある。


損な役回り、周りの後始末係りと言い換えてもいい。


自分はまさにそれだ、と、フロストは思う。


ラヴもルリも黒蟻も、実にゴーイングマイウェイな周りを省みない生き方をしている。


しかも、残念なことにそれを実行できる倫理観の欠如と、実現できる能力も備えている。


そして、それよって起きる厄介事やトラブルの後始末はいつも自分だと、フロストは表情筋をミリ単位ほど動かし、珍しく少々疲れた顔をする。


しかし、それでも誰かがやらねばならないのだから仕方がない。


それゆえ、彼はジャックを連れて『モンストロ』の居住区である艦橋(上部の後ろの方にある塔)の一階、主に『ラヴァーズ』メンバー同士による喧嘩に使用される白い空間に入る。


「上下左右全てが見事に真っ白……でございます。遠近感が狂いそうでございます」


部屋の中心辺りまで来たフロストは、珍しげに辺りを見渡すジャックを振り返る。



「お前に聞かねばならないことがあル」


「はいはい何でございますか?」


どこかコミカルに返事をするジャックに、フロストは氷の声音で尋ねた。


「お前はいったイ、()ダ?」


ジャックは小首を傾げる。


「……何、とはいったい?」


「とぼけるナ。お前は怪しすぎル」


ピシャリと叩きつけるかのようにフロストは言う。


「トリップした先で唐突に出会イ、ゲームシステムに存在しない力を使イ、いつの間にか最初からいました的に紛れ込んでいタ……」


「だいたいダ、いったい何故ボスはお前がお前であると確信しタ? お前はピノキマンとして全く違う姿でボスと出会ったはずだろウ? それニ、仮面をつけ翼まで生やしたボスを何故お前はボスだと認識できたのダ? さらに貴様は小さな頃のボスしか知らないはずだというのに成長したボスに何故気づけタ? 疑えば疑うほどお前は怪しくなるゾ」


淡々と続けるフロスト。

返答次第では容赦しない、そういった感情が溢れ、辺りに冷気として渦巻いていた。


しかしジャックはどこ吹く風といった様子、余裕すら感じる態度を崩さない。


「昔、ワタクシは月光くんの心に入ったことがあるのでございます」


「心ニ……入っタ?」


「はい、それによってあの子とワタクシには……んー、なんと言いますか……そう、“繋がり”があるのでございます。その繋がりのおかげでワタクシと月光くんはお互いの存在に気づけたのでございます。さらに言うならば、我々のような幽霊は生者の魂が見えるのでございます。月光くんの魂は、その、とても特徴的・・・でして、それで一発でわかったのでございます」


そうもっともらしく説明するジャック。

しかし、それが本当なのかどうか、フロストには判断のしようがなかった。


ゆえに、“胡散臭い、怪しいことこの上ない”と思いつつも、とりあえず話を進めることにした。


「ではもうひとツ。ボスから聞いたのだガ、お前は『何者かに洗脳を受けかけた』らしいナ。それはいったいどういう意味ダ」


すると、ジャックはフームと顎に手をあて、言葉を選ぶようにしながら答えた。


「あの感覚が何なのか、ワタクシにも正確には……でございます。ただ……貴方達に命をかけた狂気的忠誠を刷り込まれかけていたでございます。並みの存在ではあの刷り込まれる情報量に壊れて(・・・)、言われるがままの人格に再構築されるでございましょう」


ジャックの言葉に、フロストは戦慄した。


狂気的忠誠(・・・・・)


それに心当たりがあったからだ。


他でもないフロスト、そして『ラヴァーズ』全員が確かめたのだから。


『モンストロ』全NPCの忠誠を。


(あの異常な忠誠、真名を握られているわけでもないのに死すらいとわぬあの狂信、アレは、何者かによる洗脳だった……?)


だとすれば、かなりしっくりくる。


そう考えたフロストだったが、しかし、ここでジャックに対し当然の疑問が出てくる。


「なら、何故貴様は無事なのダ」


そう、ジャックは何故そうならず、自分を保てているのか?


そしてジャックは、この質問を軽快に笑った。


「HAHAHAHA!! なに、それは簡単な理屈でございます。ワタクシ、こう見えて―――――」





 




 





「ブッ壊れてるんでございますよ」





 




 





ほんの一回、まばたきする間に、フロストは両腕を切断された。


それも、ジャックが両手に握る小さなメスで。


さらに返す刃で鋏のようにジャックの両手が交差し―――フロストは、なすすべなく首をはねられた。





 





 






そこでフロストは我にかえった。


「ッッッッッ??!!!」


気がつけば、フロストはジャックからかなり距離を取っていた。


本能的に“逃げ”たのだ。


余りに濃密な殺意を、“死”のイメージを浴びたから。


うっすらと冷や汗がフロストの頬を伝う。


「Oops! 失礼、うっかり漏れてしまったでございます」


対するジャックは相変わらず、カラカラと笑ったままだ。


「貴様……」


「おぉっと、待ってくださいでございます。ワタクシに争う気は全く無いのでございます」


「死ネ」


微塵も話を聞かずフロストは攻撃に移った。


一瞬その姿がぶれたかと思うと、牙の生えた隼のような顔になり、さらに背中に凍りついた翼が生える。


半神状態(デミゴッド・モード)と化したフロストは口をカパァと開き、口腔に地獄の冷気を溜め込む。


そしてジャック目掛けて―――


「グルァアアアアアァァァァァァァ!!!!」


凍てつく閃光を吐き出した!


白く輝く閃光は、直進上に氷の道を、いや、それだけでなく周りの空間ごと瞬間的に凍らせ、透き通るような水晶の壁を造り出していく。


「Oh・My・G」


その光景を呆然と眺めながら、ジャックは光に飲み込まれた。


「……直撃……カ」


煌めくダイヤモンドダストが晴れると、そこには棒立ちの体勢で氷晶に閉じ込められたジャック。


それに近づきながらフロストは言う。


「本当はナ、貴様がいったい何なのカ……そんなことはどうでも良かったんだヨ」


ゴキゴキと拳を鳴らしながら。


「だが俺はこう思うのダ……ボスの近くニ、死霊が彷徨(うろつ)くのはどうかとナ」


冷凍されたジャックの前にたどり着き、フロストは『ギリィッ!!』と音が鳴るほど拳を固め、


「故に貴様が何であろうト、こうするつもりだっタ」


そしてそのまま氷晶に、ジャックにぶち込んだ。


澄んだ音とともに氷晶は粉々になり、ジャックもまた、粉砕された。


「安心しロ……ボスには貴様は旅に出たと伝えてやル」


踵を返し、フロストは出口に向かう。



「“死”霊に“死ね”とは……これはなかなか、エスプリの効いたジョークでございますねぇ」


「ッ!!?」


実にあっさりと響いてきたありえない声に、フロストは勢いよく振り返った。


「それにしても驚いたでございます。まるで神のように神々しい力でございました」


コツ、コツ、というゆっくりと近づく足音。


「いやはや……凄まじい力でございます、恐ろしい力でございます」


パチ、パチ、というゆっくりとした拍手。


「しかしまぁ……神々しくて凄まじく、そして恐ろしいというだけ(・・)の力でございますが」


そしてひょいと肩をすくめる、無傷のジャックがそこにいた。


「何故ダ、何故貴様生きていル」


「いえ死んでるでございますよ?」


「……貴様はたった今、俺が粉々にしたはずダ」


「えぇ、粉々になりましたでございますよ」


「……埒が開かン」


はぐらかすようなジャックに焦れたフロストは、肘まで覆う白銀に輝く聖なる手甲(ナックル)を纏う。


要するに、対アンデッド用ナックルだ。


「ならバ、再び木っ端微塵にしてやろウ。この拳で直接ナ!!」


踏み出した床を破壊するほどの力で蹴り込み、砲弾のように突進するフロスト。


「フム……」


しかしそれを見てもジャックは、少し足を肩幅に動かしただけで、特に構えなかった。

顎に手を当て、迫るフロストをただ見つめるのみ。


「ハァッ!!」


唸りをあげてカンストの拳が迫る。


それをジャックは


「フム」


ひょいと上体を反らすだけでかわした。


「フッ! ハッ! ラァッ!!」


フロストは続けて拳を放ち続ける。


フロストの肩から先が消えているようにすら見えるほどの速度で拳が飛ぶ。


一撃当たれば確実に相手を四散させるその拳は、しかし一発もジャックに届いていなかった。


全てが紙一重、ジャックの体すれすれを抜けていく。


(こいつ……俺の拳を見切って!? 馬鹿な!? 初見だぞ?! だいたい、だいたいコイツ!!)


それでも必殺の拳を振るいながら、フロストは戦慄する。


(何故この極寒の世界で、あらゆるものを凍りつかせる俺のフィールドで、こうも容易く動ける?!!)


そう、何もフロストは馬鹿正直に格闘を挑んだわけではないのだ。


さっきからずっと<コキュートスフィールド>を全力で展開していたのだ。


それは生物はもちろん、無機物だって凍りつく絶対零度の地獄だ。


にもかかわらず、ジャックは平然と自分の拳を紙一重で躱し続ける。


だが、フロストの拳はただ避ければいいという代物ではない。


拳自体が巨大な冷気を纏っているのだ、それは魔王城でも見せたように拳圧だけで氷の道ができるほど。


なのに、ジャックは服に多少霜がかかっている程度。


明らかな異常に、やがてフロストの胸中にはっきりとした焦りが生まれたころ、ジャックが攻撃を躱しながら喋りかけてきた。


「フムフム、我流かと思いきやなかなか洗練された攻撃……傭兵の拳でございますな」


「ッ!?」


「所々にある隙は……カウンター狙いにしてはすこしわざとらしいでございますよ?」


「ッ!??」


「おっと、その蹴りは隙があまりにも大きいでございます。焦らずに焦らずに、でございます」


「ッ!!???」


次々に受ける指摘、それらは全て当たっていた。


フロストは動揺し、一旦距離を離した。


そして動揺したことに、自ら距離を取ったことに、小バカにされていることに、ジャックが悪霊であることに、今朝のコーヒーに砂糖を入れ忘れたことに、徹夜で眠いことに、この部屋が白いことに―――――――――ブチ切れた。


「こノッ! テメェ舐めてンのかゴルァァァァァ!!!!!」


「」


フロストの漆黒の翼の白い斑点が輝き、纏っていた氷が即蒸発。


極寒の世界が一瞬のうちに焔獄に様変わりし、何か言いかけたジャックを火達磨に変える。


「ハァ、ハァ、ざまぁ見やがレ、ハァ、ハァ」


肩で息をしながら、ジャックの形が完全に崩れるほど炭化するのを待つ。


それからフロストは、『アイテムボックス』からフラスココーヒーを取り出し、がぶがぶと喉に流し込む。


フロストが落ち着いていくとともに周囲の温度も下がっていく。


「ング、ング……ッフゥ……」


かなり飲んでからようやく一息ついたフロスト。


「随分と暑そうでございますね。アイスティーはいかがでございます?」


……今度はフロストは驚かなかった。


どころか、ジャックがラヴの親代わりだったという話に納得していた。


この、“妙に人を驚かすためだけに不意打ちしてくるところ”がソックリなのだ。


振り返れば、ソーサラーとカップを持ち、優雅にお茶を飲むジャック。


「何故ダ……確かに凍らせたはずダ、確かに焼き付くしたはずダ。なのに何故死なン」


フラスコを握り潰し、フロストは問う。


「まず第一に、」


対しジャックは、ピンと指を一本立てる。


「まず第一に、先程から何度も言っている通り、ワタクシは既に死んでるでございます。ゆえに、もう一度殺そうなどナンセンスでございます。……そして第二に、」


ピン、と二本目の指が立つ。


「そして第二に、死んでる人間に寒いも熱いもありゃしませんでございます。あと、貴方はこの外側を粉々にしてるだけで、中身に全く攻撃が通ってないでございます。……最後に第三に、」


三本目が立て、ジャックはニヤリと笑う。


「いかに神聖で強力な攻撃も、当たらなければどうということはないでございます」


「クソッ……ならば何故ここまで圧倒しておいて反撃してこなイ? 貴様なら俺を殺せるはずだろウ……そのごたいそうな殺意のままニ」


悔しげに、まるで地獄の底から響いてくるような怨嗟の声でフロストは唸る。


「わかってないでございますね〜」


しかしジャックは、チッチッチッ、と気障な仕種で指を振った。


「いいでございますか? 貴方にとってワタクシは排除すべき害悪でも、ワタクシにとって貴方は歓迎すべき存在(ともがら)なのでございます」


そこで突然、ジャックは真剣な声音になる。


「月光くんの様子を見ればわかりますでございます……貴方達は、月光くんにとってかけがえのない存在だと」


「月光くんは当時、ひどく不安定で……常に誰かが側にいないとダメになってしまうような子でございました」


「最期の瞬間、あの子を一人遺すのが、とてもつらかったでございます」


そう言って、ジャックは拳を握り締めた。


その手の中に、過去の悔恨を握り潰すかのように。


そしてパッと顔を上げ、静かに、窺うように、乞うように、フロストに向けて言った。


「出来ればワタクシに、あれから月光くんがどう過ごしていたのか、教えてほしいでございます……ダメでございますか?」


その顔は変わらずのジャックランタンだったが、中に灯る蒼い焔が少しだけ、弱々しく見えた。


そんなものに見つめられたフロストは、


「……チッ…マァ、いいだろウ(少なくとも今は殺せんからな)」


拳を下ろしたのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




ここは第五階層。

の中二階。

クラブ内VIPルーム。


白いスーツをマントのように肩に掛け、ニッコリと嗤って血の涙を流している、イタリアンマフィアっぽい人物。


この階層のボスである彼は、現在『ラヴァーズ』が一柱、フロスト長官を迎えていた。


『ゴッドファーザー』は、落ち着いた様子で尋ねる。


―――それで、今回はどういったご用件でこちらに? フロスト長官殿。


フロストは静かに、静かに『ゴッドファーザー』に尋ねた。

彼にとって譲れぬ、非常に大切なことを。


―――『ゴッドファーザー』……貴様ハ、ボスの何ダ?


―――は?


―――だかラ、貴様は自分ヲ、ボスの何であると認識していル?


『ゴッドファーザー』は、この質問を、『忠誠を試されている』と考えた。


それゆえ、はっきりと、自信を持って、己の果たすべき役割を答えた。


―――はい、お恐れながらラヴ様の右腕を名乗らせて頂いておりやす。


―――そうカ、そうカ……ウム、ボスに忠誠を誓ウ、同志というわけカ。


その返答に対し、コクコクと相槌を打ちながら、機嫌よさげなフロスト。


―――おわかり頂けやしたか。


―――調子に乗るなよゴミクズガ。


ガラリと豹変した。


―――……は、は?


そのあまりの変わり身に、『ゴッドファーザー』は目を疑う。


だがその間にもフロストから不可視のプレッシャーが、間違いなく激怒の波動が押し寄せる。


―――眼球まで役に立たんガラクタなのカ、ア゛ァ?


ゆっくりと腰かけていたソファーからフロストが立ち上がる。


それだけでその姿が何倍にも膨れ上がったように感じる『ゴッドファーザー』。


―――あってはいけないんだヨ……この俺以外が“ボスの右腕”を名乗るなんざヨォ!!!


瞬間、フロストが燃え上がり、部屋の中を焔が舞う。


―――フ、フロスト長官、どの……?


―――安心しロ……俺にはボスのような拷問の趣味はなイ……。


フロストは拳を血が滲むほど握りしめ、簡潔に最後通告を行う。


―――さっさと死ネ。



燃え上がるフロストの姿がいっそう激しく光り輝き――――――ラヴの階層に、太陽が堕ちた。






溶け崩れ燃え盛るラヴの階層を後にし、フロストは何でもないようにつぶやいた。



「さテ、ゴミ掃除は終わったナ。ここからは趣味の時間といこウ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『圧力測定器、準備完了』

『観測カメラ、カメラビット、所定の位置に付きました』

『じ、実験部隊、配置に付きました』



ここは第三階層。

のフロスト兵器研究所。

の数ある実験場のひとつ。

新型巨大兵器用テストドーム。


そこには500枚のコンクリート壁(2M×1.5M、厚さはなぁんと50センチ!)が一直線に、壁まで並んでいた。


フロストはそのコンクリート壁の先頭に、素手の状態で立っている。


後ろにはサブマシンガンを携えた警備部隊が数人、戸惑いながら待機している。


「フゥー……」


そしてゆっくりと深く息を吐き出し、


「ラァッ!!!」


拳をコンクリートの壁に叩きつけた。


『刹那』で一枚目が圧壊し、『一瞬』で衝撃がコンクリートの中を駆け抜け、『すぐ』に連鎖的に破壊崩壊していく。


そして破壊が終わったのを見計らい、フロストは上、実験観測室のセヴンスに問う。


「セヴンス、何枚ダ?」


『128枚です』


「わかっタ。おイ、やレ」


「は、ハッ!!」


警備部隊の面々は、かなり躊躇いながらも、構えたサブマシンガンで正確にフロストを狙い、鉛弾の風を叩きつける。


飛んできた弾丸は、ほんの僅かにフロストの肌を赤くしただけだった。


と、なぜかスピーカーから『バキャッ!!』という破砕音が響いた。


「通常状態でこれカ……どうしたセヴンス」


『……いえ、何も問題ありません。これは実験なのですから何の問題もありません』


「そうカ、なら次ダ」


『はい』


床が開き、新たな壁がフロストの前に用意される。


それにあわせてフロストも半神状態に移行する。


「スゥ……ラァッ!!」


先程とは比べ物にならない轟音、同時に破壊の衝撃がコンクリートをぶち抜いていく。


『記録、481枚です』


「やはり半神状態の方が格段に強いナ……オイ、やレ」


「りょ、了解しました!」


またしても引き金が引かれ、フロストに鉛弾が浴びせられる。


しかし今度は、その弾丸はフロストに触れた傍から弾かれる。


「フーム……」


フロストは、弾丸を弾く自分の体を興味深そうに見つめ、


「では最後ダ」


フロストの姿がグォン!!と膨れ上がり、真の姿、堕天の太陽神となる。


ただし、その姿は氷に覆われており、羽根の一枚一枚が氷柱のよう。吐息にも輝く氷(ダイヤモンドダスト)が混じり、踏みしめた足から凍土が急速に広がっていく。


『……』


さて、彼は測定器にパンチを繰り出そうとした。

が、今の彼のサイズからするとそれはしゃがまないと無理だった。


ゆえに、蹴った。


軽い動作で放たれた蹴り、その威力は五百枚のコンクリート壁を細波のように砕き、そのままその後ろの隔壁を伝播し、実験施設そのものを容易く崩壊させた。


崩壊を終え、出来上がった瓦礫の山。


それが瞬く間に内側から凍りつき氷山と化す。


次いで卵が孵るように、中から竜が、フロストが重なった瓦礫を吹き飛ばして現れる。


『桁違いだナ』


そうフロストはカリカリと頭を掻く。


と、近くの道路に立っていた電灯から眩い光、いや雷光が飛び出す。


雷光は道路の真ん中に落ちると、それがセヴンスの姿へ変わった。


セヴンスは、スチャッと拡声器を構え、フロストに実験結果を報告する。


『測定不能です博士』


『フーム……』


フロストの体が一瞬ブレ、元通り白衣を着た黒いエルフになる。


(少なくともこの体は、本来の俺の体ではない。全くの別物だ。俺の体はコンクリートを砂山を崩すように破壊する力は無いし、それを行っても傷ひとつつかない拳もない。弾丸を弾くような体ももちろんない)


これはいったいどういうことかと、フロストは首を捻りながら拳を眺める。


しかしフロストには、どんな構造をしていればそんなことが可能な体になるのか、検討もつかない。


そこでふと、ひとつアテを思い付いた。


(そういえば、『ラヴァーズ(ウチ)』には専門家がいたな)


「セヴンス、『生命科学研究所』に連絡を入れロ。近々新しい研究者を手配するとナ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




心配していたことを確認し、ゴミの焼却を済ませ、気になっていたことの検討も一段落し、スッキリしたフロスト。


現在、自室で、フラスココーヒーとサンドイッチという簡単な昼食を終えたところだ。


フラスコに口をつけ、クイッと飲みながらフロストは物思いにふける。


(ジャック……存外手強い。信用するしないに関わらず、片づけるには相応の準備が必要だ。それも秘密裏に。ボスにバレたら…考えたくない。だが……奴は明らかにゲームとしてのシステムを凌駕した能力を持っている)


(いや、それは瑠璃架も同じか……ん? そういえばこの世界、”羽虫”はいるのか?)


(もし”羽虫”がいれば……いざという時に俺の切り札になる。いや、ゲームシステムに頼らない、何らかの力はすべて隠し札だ。いずれ他のプレイヤーと戦う時に必ず必要になってくるだろう)


(黒蟻ならあの知識、ルリならあの気による斬撃、ジャックはあのよくわからん力、ボスなら……カリスマ?プレッシャー?……魅力でいいか)


(ともかく、新たな力は必要だ。今思えば『モンストロ』の『脱出不能』のシステムも破られたのだ。逆のことができないとは限らん、下手をすれば、本陣まで一足飛びに強襲をかけられるかもしれん)


(……しかし解せん。ジャックの言ったことが本当ならば、NPCの忠誠は何者かの洗脳……そいつはいったい、何の目的でこんなことを?)


(邪神……に限らず、暇を持て余した神々の遊戯に巻き込まれたか?)


(……だめだ。情報が足りん。これは一時保留、NPCは過度に信用しない方向で、『使い潰す』つもりでいればいい)


思考を遊ばせるのに飽きたフロストは、本日最大級の『お楽しみ』を実行することにした。


「さてさテ、ボスの指示は『手段は問わず』『モンストロを地上に降ろせ』だったナ」


フラスコを〈アイテムボックス〉に仕舞い、ゆっくりとフロストは立ち上がる。


そしてその怜悧な美貌を凶悪に歪めて笑った。


「降ろそうじゃないカ……盛大にナァ」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




ここは『モンストロ』

の後方上部に突き出た艦橋。

の管制室。


そこでフロストは作戦の指揮を執っていた。


「微速前進、全システム良好(オールグリーン))」

「地上を除き警戒網に異常ありません」

「部隊はすべて万全の状態で待機中です」


「よシ。作戦開始地点に到着次第知らせロ」


「「「「了解!」」」」


と、そこへセヴンスが入室してくる。


「博士、『実験体M-KK』の投入準備、完了しました。」


「ありがとうセヴンス」


「いえ、そんな、当然です……えへ」


セヴンスの無表情が少しだけ照れるのを見て、フロストは思う。


(これが洗脳によるものだとすると、哀れな話だな)


しかし割とどうでもいいと考え直し、思考を切り替える。


後ろにセヴンスを控えさせ、フロストは管制室全体に指示を下した。


「さテ、ボスからの『命令』通り我々の拠点であるこの『モンストロ』を地上に降ろス。ゆえに下にいる現地の方々には立ち退いて頂ク……無論、平和的にダ。『使者』を送り込ム。兵力投下ハッチをすべて開キ、下にいる連中を丁重・・に歓迎しロ」


「しかし博士、『ラヴァーズ』でないものなど気に掛ける必要があるのでしょうか?」


元通りの無表情のまま小首を傾げるセヴンス。


「おいおイ、俺達は魔王の軍勢ではないのだゾ?」


「ではもう少し送り込む使者を減らし、非武装でも強力かつ見た目の麗しい魔人種を送り込めば「我々ハ」」


セヴンスの意見を遮り、唐突にフロストが語り出す。


「今回我々ハ、空を飛んだまま異世界にトリップしタ」


「『モンストロ』は本来飛べない代物デ、それを『ホールテクノロジー』で無理矢理飛ばしていル。それゆえ飛び続けるのか突然墜落するのかすらわからン。出来ることなら地上に降ろしておきたイ」


「しかし地上には地元の方々がいらっしゃル。地域住民の皆様には避難していただかねバ。ゆえに使者を出ス」


「だが悲しいことに彼らは話を聞かズ、なし崩しに戦闘になってしまウ!」


「激しい戦闘の末、誤解は解けるが彼らの住居は無残なこと二!!」


「正当防衛とはいえこちらにも責任の一端はあるだろウ」


「ゆえに我々が責任を持って『保護』してやるのダ」


「無論、彼らも誇りある知的生命体、一方的に養われるような保護など受け入れたくなかろウ」


「故に“俺”が彼らに“仕事”を“斡旋”してやるのダ。きっと泣いて喜ぶゾ……ククッ」


その台詞にコテンと首を傾げてセヴンスが質問した。


「では博士、何故『モンストロ』を移動させているのですか? あの実験体の言った『少数民族の自治区』とやらを、現在すべて覆い尽くしているようですが」


「さぁ知らんナ、きっと風に流されているのを勘違いしているんだろウ」


白々しい台詞を吐くフロストに、セヴンスは薄く冷酷な笑みを浮かべた。


「……そうですね。すみません、私の勘違いでした」


「かまわン……俺はナ、セヴンス」


フロストはくるりと顔だけセヴンスに振り向き、


「俺ハ、人間たちの作り出すあのもっともらしい詭弁が大好きなんダ」


顔を大きく歪めて笑った。


「ム? 〈コール〉……ボスからカ。セヴンス、少し頼ム」


「お任せを」


控えていたセヴンスが前に進み出て、フロストは一歩下がって〈コール〉に出た。





この通話が終わった後、作戦が開始された。




そしてある意味でこの日は、『ラヴァーズ』が『組織』として初めて活動した日になるのだった。



ラヴくんはいわゆる今流行りの『喰うデレ』です。


フロストくんが短慮に見えた人は次回まで待ってください!



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