『マスカレイドパーティー』に愛をこめて
「ご、ごめんってば瑠璃架……」
「……」
むっす〜と頬を膨らませたまま、ぷいっと横を向くルリ。
ここは『PK王国』。
の奥の方。
に建造された400メートル級要塞『黒結晶』。
の最上階。
お食事処『スチール・クリスタル』。
黒水晶の柱の硬質な輝きと、吊るされたランプの柔らかな明かりが、奇妙に温かな空間を作り出している。
のさらに奥にあるVIPルーム。
シルクのカーテンに仕切られた、静かなピアノのBGMの流れるそこでは、ラヴ、ルリ、黒蟻、炉綺の四人が集まっていた。
ちなみにここ以外は死体が転がっている。あと数分もすれば消えるだろう。
「これってどういうことだってばよ?」
炉綺が隣に座る黒蟻に聞けば、
「ルリが拗ねおったんや」
黒蟻が面倒臭そうに答え、それにルリがそっぽを向いたまま反論する。
「別に拗ねてねえよ……」
そんなルリを後ろから抱き締め、そのままもたれながらラヴが聞く。
「ん〜じゃあ何が不満なのさ」
「……だってよ、お前はさ、計画とかさ、目的とかさ、行き当たりばったりでさ……俺の苦労も知らねえでよぅ」
ぽつぽつと不満に思っていたことをこぼしていくルリ。
「さっきだって俺が止めたのに殴られに行くし……許しちゃうし。……せっかく手に入れた『私法機関』だっていきなりプレゼントに使うしさ」
珍しく完全に拗ねているルリ、それを見て『あ、こんなときだけど瑠璃架すっごい可愛いどうしよう』と考えるラヴ。
そんな二人を見て『はよ終われや』とげんなりする黒蟻に、ガチャッと頭のビデオカメラで録画を始める炉綺。
いつも通り各々がしたいことをするカオスに突入しようとしたところで
『その話、詳しく聞かせろやぁ』
瞬間、何かが店を横断した。
ラヴの頭上を通り、上に跳んだ黒蟻の爪先を掠め、炉綺の胴体を両断し、反対側の壁に抜けていく。
つまり、店が真っ二つになった。
店はそのまま漫画のように斜めにずれていき―――
「ハッハー!俺は『ロキ』だから攻撃は無駄無駄ぶゅ」
一回炉綺に激突してから地上に落ちていった。
「む、むだむだぁ……」
もちろん、ゴキブリのごとく炉綺復活。
ちなみに〈道化師ハ嘲笑ウノミ〉の効果で全身がミイラのような包帯まみれになっている。
「あ! あなたは!!」
ラヴが振り返り、低くなった壁の向こうにいた浪人に目を向け破顔する。
「『マスカレイド』さん! いらっしゃったんですね!!」
ラヴはそのまま挨拶するが、しかし『マスカレイド』は、
「あぁワリいな、あんなキモいもん斬っちまって。ん、そうかそうか。わかった、後でたっぷり、な」
ぶつぶつと己の刀に話しかけていた。
それを「相変わらず見せつけるなぁ」と苦笑しながら、ラヴはルリをよりいっそう強く抱き締めた。
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「さって! 揃ったところで、『マスカレイドパーティー』大会議を始めたいと思います!」
ラヴが機嫌よく天井の無くなった店内で喋り出す。
ちなみにまだルリを抱っこしたままだ。
ルリはさすがに恥ずかしくなってきたのか、窮屈そうに身じろぎしている(液体化すれば?という突っ込みは野暮である)。
さて、『PK王国』とはたった三人の熱意によって建国されたものだ。
土地と金を出すスポンサーが『マスカレイド』、物資輸入のスポンサー兼建造物のプロデューサーがラヴ、全体の盛り上げ役が炉綺であり、この三人が『PK王国』創始者にして非公式ギルド(正式な物でない、名前だけのギルド)『マスカレイドパーティー』なのだ。
そしてこの三人はだいたい月一回くらい集まってイベントなどの運営会議を開く。
それは『WoRスポーツ』、通称『わろスポ』のアイドルグループ呼んでのイベントだったり。
はたまたバトルロワイヤル形式の『PKカップ』を開催したり。
他にも新施設の建設や店の出展申請の処理など様々である。
「の、前にだ」
いつもなら適当にラヴが司会進行していくのだが、今回は珍しいことに『マスカレイド』がそれを遮った。
「今日、『私法機関』会議の出席者の大半が行方不明になった。正確にはPK達への追撃で別れた後に行方知れずになってる。ラヴ公、なんか知らねえか」
「知ってますよ? 僕が捕まえてます」
「マジか……どうやって、いや聞くまい。どうするかも想像できっから言わんでいいからな」
「ちぇっ」
とても残念そうにラヴは話を止め、とりあえずそのまま『マスカレイド』の得た様々な情報を貰っていく。
それが一段落したところで、話は『PK王国』の運営に移っていく。
「さて、今日の議題は『我々はいったいこのトリップでどう行動すべきか?』です!」
「んー、いつも通り適当なイベント開催が妥当じゃね?『トリップ記念PKカップ』とかよう」
まず炉綺が言えば、『マスカレイド』が怪訝な顔で、
「あん? これって元の世界に帰還する方法を考えるんじゃねえのか?」
と返す。
「それはアレだよ、今日明日で帰還の目途が立つわけじゃなし。別にゆっくり考えてもいいだろ?」
「……ま、確かにな。それに、『PK王国』には戻る気の無え奴の方が多いか。ま、そういう俺も、残る派なんだがな」
「それじゃ、とりあえずイベントに関して話し合いますか!」
そこでラヴが話を進めようとしたとき、それに『マスカレイド』が再び待ったをかける。
「ちょい待ち、その前にラヴ公。お前さんには仕事がある」
「なんです?」
「お前さんが洗脳して囲ってるキチガイども、何とかしろ」
「えぇ、まあ僕としても何とかしようとしてるんですが……メールが津波のように来てて、返信操作ができなくなりました」
「誰彼かまわず囲いまくるからだ」
どうしよう?みたいな顔のラヴ、知るか!とはねのける『マスカレイド』。
そこへ炉綺が、ひらめいた!という顔である提案をした。
ちなみに、全員仮面は着けたままだ。仮面越しのアイコンタクトで通じあっているのだ。
「そんじゃあ、それイベントにしちまわね?」
「と言うと?」
「だからな、イベント開催の知らせをばら撒いて、全てのPKを集める。で、その会場でラヴっちが適当になんか言うんだよ」
「何かって……なんですか?」
「そこはほれ、ラヴっちが考えてくれねえと」
「えぇ~、丸投げじゃないですか」
「まぁアレだラヴ公、久しぶりに触れ合いができるってことだ」
「……モノは言いようですね。やる気になりましたよ!!」
ラヴがにっこりと笑ってそれを了承した。
「ただなぁ……ゲスト呼びてえんだが、連絡のつかん奴が何人かいる。ログインはしてるようなんだが……」
「例えば?」
「有名どころだ。『罪悪漢』、『反転ピエロ』、『RIPサービス』、『解禁将』、とかな。他にも何人かだ。あと、『英雄達』とも連絡がつかん。『独り軍団』、『ラグナロク』両方だ。つか、こっちはログインすらしてねえ」
「うわー、それは残念。チラノスさんもスタッフさんも会いたがってたのに……しかしログインしてるのに連絡がつかない?なぜ?」
「わからん。わかってんのは、連絡がつかんのは『攻略組』に紛れてたやつってことぐらいだな」
そこで一旦話は途切れ、議題はポスター作製やら会場設営やら、細々したものになっていった。
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「じゃ、今日のところはこの辺で!解散です!!」
しばらくの話し合いの後、ラヴのシメによって会議は終了した。
「ふぃー肩凝ったぁ。んじゃ、俺はちっと寝てくるわ。バイ」
炉綺は肩をぐるぐる回しながら〈転移〉、部屋から消えた。
暇になったラヴは、
「『マスカレイド』さん、僕らと遊びませんか?」
と声をかけるが、
「ワリぃなラヴ公! 俺は今からコイツとデートだ」
と、『マスカレイド』は自らの持つ蒼い燐光放つ抜き身の刀を指す。
「そろそろ獲物が沼から復活した頃だ。片っ端から斬ってくらぁ」
そう言って踵を返してしまった。
「むー、連れないなぁ……まいっか」
ラヴは少し不満げだったが、すぐに気を取り直し、留守番組に〈コール〉をかける。
「はろはろー、フロスト? 元気? 楽しんでるぅー?」
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「ごみ掃除と趣味を楽しんでいル」
『そう! それはよかった! ジャックとはうまくやれてる?』
「無論ダ」
『そかそか! よかった! こっちは予定が長引いちゃってさ、『PK王国』に泊まることになりそう』
「そうカ」
『フロストも明日の昼くらいにこっちに合流してよ!』
「了解しタ」
『うん! それじゃ!! ……あ、そうだ』
「どうしタ?」
『心配はしてないけど、一応、もう一回言っとくね?』
「なにを『フロスト』」
疑問をあげかけたフロストを遮り、ラヴは猛毒を流し込んだ。
『“好きなことを”“好きなだけ”“やれ”』
一言一句刻み込むように、“命令”を流し込んだ。
「ぁ……ッ……イエス・マイ・ボス」
『うんうん! それじゃ……期待してるよ?』
「任せてくレ……マイ・ボス」
通信が切れ、しばらくフロストは焦点の合わない視線をさ迷わせる。
「アァ……ボス」
フロストは、熱のこもった吐息を漏らした。
「マイ・ボス、マイ・マスター、我が主、」
ポツリポツリと己の主を呼びながら、フロストは過去を見る。
――――――君の呼び方って、なーんか恥ずかしいんだよね
――――――その、“マスター”って呼び方さ……ねえ?
――――――普通に呼んでよ
――――――えー……んー、じゃあこうしよう。
――――――ここに僕のお気に入りの映画がある。
――――――これに出てくる偉い人はね、とても仲間を大事にするんだ
――――――そんな人になりたいから、それと同じように呼んでよ
フロストは静かに誓う。
既に滅びた故郷の言葉で。
『我が神に……永遠の忠誠と隷属を』
と、そこへジャックがひょっこりと姿を見せた。
「エルフ語とは懐かしいでございますね。『失せよ汚れた悪霊め!!』……これ、エルフに会うといつも言われるんでございますが、どういった意味でございますか?」
「……失せよ汚れた悪霊メ、ダ」
「……JESUS」
ガクリと地に膝をつきorz体制をとるジャック。
「博士」
そこへ白衣白髪の少女、Dr.フロストが創りしセヴンス・ゴートが声をかけた。
「ン? どうしタ」
「準備が整いました」
「よろしイ」
フロストは現在居る場所、『モンストロ』管制室を一度見渡し、次いで命令を下す。
「これより、『地に足を着けた生活』作戦を開始すル。全ての底部ハッチを開ケ」
「「「「了解ッ!!」」」」
管制室に座るオペレーターレイディーズが指示通りに行動を開始する。
「全待機戦力に通達、これより作戦を開始する」
「AP部隊『ドーベルマン』『ハウンズ』『コブラ』『マンティス』、全隊行動開始」
「無人機部隊『ファントム』『デュラハン』、全機投下」
「試験機部隊、発進せよ」
「全突撃部隊、降下開始」
「捕獲部隊はそのまま待機、命令を待て」
次々と下される指示。
そこにフロストは指示を追加する。
「なオ、作戦中に見つけたエルフは―――」
そこでフロストは少し区切り、ゆっくりと、己の秘めたる激情を握り潰すように拳を握り、
「一匹残らず殺セ」
冷酷に命じた。
それにしても何故フロストはこんなことをしているのか。
時計は今朝まで巻き戻る。