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鬼畜外道より愛をこめて  作者: キノコ飼育委員
準備中!☆下拵え中!☆種蒔き中!
63/77

姉ちゃんの言うことを聞かんかい!!

やっと出来た……。


お待たせしました。


一瞬間違えて外伝に投稿してましたよハハハ。


あ、『鬼畜外道より愛をこめて』をご覧になる方へ。


・主人公最強ものである

・超展開がままある

・二度と出ないかもしれない設定がよく飛び出す

・どこで区切ればいいかわからなかったよ


以上の点に注意してお楽しみください。

唐突だが、常に『ラヴァーズ』のインパクトの影に隠れていた彼女の話をしよう。



彼女の名は黒蟻。


現実での名は竹内 (ユウ)



ラヴの親友である。




彼女は、医療や生物に関する知識が並外れていることや生い立ちを除けば至って『普通』の女の子である。いや、彼女の生まれた『森羅』という企業、その『竹内』に産まれたならば、その知識もまた『普通』の範疇だろう。


ルリのように運命に跪かれた最強でも、フロストのようにある意味での天才でも、ジャックのように人生経験豊かでも、ましてラヴのように愛に溢れているわけでもない。


至って普通に許嫁をつけられ、外科手術の経験はあれど機械音痴で、人生における経験も手足の無い高校生の身では無いに等しく、まして自分と親友以外に好意を向けるわけがなく。


実に一般的である(と、彼女は自負している)。


そう、普通である(と、彼女は確信している)。


自分に比べれば、妹の方がよっぽど特別な存在だと、彼女は語る。


有の妹である(レツ)は、ある事情により『森羅の申し子』と呼ばれている。


ここで『森羅』について簡単に述べておこう。


『森羅』とは『世界界』中に高度医療という救いの手をさしのべる、超巨大医療財閥企業だ。


『森羅』御三家と呼ばれる『竹内』『桃内』『藪内』によって経営されている。


もともとは別々だった御三家。


『高い効能の薬を調合できるが商才はない竹内』


『伝説の薬材を身一つで集めるが薬にできない桃内』


『金持ちしか治療しない黒い噂の絶えない藪内』


そんな三つが時代の流れと共に寄り合い、お互いの長所をさらに特化させつつ補いあった。


『藪内』が清濁合わせた手段で財閥を築き、『桃内』が実働部隊として“薬の材料”を狩り、『竹内』が医療技術を凄まじい勢いで発展させ、それをまた『藪内』が売りに出し―――といった風に。


こうして出来た『森羅』。


各家がさらに長所を伸ばすため、自分の子に幼少のときから洗脳染みた英才教育を施し、何にもできなくてもそれぞれの十八番だけはできる子を作る。


しかしもちろん、そんな閉鎖的な空間は歪みを産んだ。


子供同士を金と謀略で争わせ、勝利した者が新当主になる『藪内』。


より強くなるため、拷問のような訓練と肉体改造を施す『桃内』。


医術の発展のためなら犠牲も仕方ない、千人殺して億人救う『竹内』。


そしてそんな『竹内』の歪みから、烈は生まれた。


その後……なんやかんやあって有が烈の歪みをほんの少しだけ矯正した。


そのせいだろうか、烈は非常に有になついた。


……若干なつき過ぎな気がしなくもないが。


閑話休題。




さて、そんな普通を自称する彼女だが、もちろんラノベなどでのお約束通り、ひとつだけ特別な才能を持っていた。


見えるのだ。


『命の流れ』が。


義眼を引き抜き、虚となった眼窟でのみ、彼女は他生物に流れる『命』を見ることができた。


彼女はその『命』の美しい煌めきが大好きだった。


特に、かっさばいた時に噴水のように弾け流星群のごとく散っていく様が。


そして彼女はある日気づいた。


『命の流れ』を意図的に促進させたり阻害すると、様々なことが起きると。


そしてこうも思った。


『これ、俺の研究(しゅみ)に使えん(る)な』





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




凄惨な戦いに喝采をあげる野次馬達。


中には『あぁクソッ! 俺も踏まれてぇ、いっそあの靴になりてぇ!』とかいう上級者も混じっていた。


まにキュアのメンバーも手を振って応えている。


しかしそんな中、喜びつつも、悦びつつもレツの心は晴れなかった。


むしろ疑問が心中に渦巻いていた。


(お姉ちゃんって、こんなちょろかったっけ?)


(それに、なんでや? なんであんな不格好な変身したんや?)


(姉ちゃんは、アレでも“森羅”の『竹内』の出やで? せやのに何であんな、意味のない変身を?)


そう、確かに巨大な蠍人間という姿は恐ろしい。


しかしそれになんの意味がある?


蠍本来の計算し尽くされた形態(フォルム)からかけ離れ、代わりに人間の胴体という余計なパーツを付ける。


回転する爪?カッコいいのは確かだが極論斬れればいいだけのものを回転させる意味は?


あの、空も飛べぬ羽の意味は?


何の意味もない。


むしろ大きくなってスピードが落ち、弱くなっていた。


その姿はまるで


(そう、まるで、まるで倒されるための変身みたいな――――――)


瞬間、レツの全身が総毛立つ。


「け、警戒! 急いで索敵して!! まだ終わってないよぅ!!!」


慌てながらステッキを構え、辺りに油断なく視線を投げる。


そのただならぬ様子に『まにキュア』全員が気を引き締め直し、レツを背中合わせに囲む。


『魔法人形テンペスト』が巨体を動かし、足の下に彼女らを入れる。


万全の警戒を敷きそれでもレツの顔色は優れない。


(どこや、どこからや!)


彼女は自分の姉の生存を疑っていなかった。


レツの被る溶接工のような仮面には『隠匿看破』が備わっており、魔法的、科学的な索敵を常に行っている。


故に、隠れて近づくストーカーや姉の襲撃を見抜けるはずなのだ。


ちなみに目の前の死体は気にしない。

『森羅の申し子』である彼女は、一目でそれの鼓動および呼吸の停止、瞳孔拡大、核破砕を確認している。


(いったいいつ入れ替わったんや!)


そこでふと、レツはこの怪物に見覚えが、既視感(デジャヴュ)とも言える何かがあるのを感じた。


(……? 何処かでこれ……何の敵やったかな? 〈クリエイト〉されたモンスターっぽいけど……〈アナライズ〉したら、いやでもこれ―――)


―――現実(リアル)で見ぃへんかったっけ?




しかしその思考を中断するように、レツの頭の中に〈コール〉音が響く。


〈メニュー〉を開いて確認すれば、相手は『お姉ちゃん』と出ていた。


「(案の定やな……)もしもし、姉ちゃん?」


『……烈。お願いがあるんやけど』


「何や?」


『嘘でもええから、謝れ』


聞こえてくる言葉は、驚くべきことに哀願の響きがあった。


『これでも俺は、子供(ガキ)身内(・・)には甘いんや。今なら許したんで?』


その遠回しな脅迫はまるで、『傷つけたくない』と言っているかのよう。


『もし謝れへんねやったら俺は、俺のゆずれん“生き方”のためにお前を潰さなあかん』


だから。


「イヤや」


烈は、『魔法少女バルカンブラウン』レツはハッキリと拒絶した。


「ウチはお姉ちゃんと居たいんや。でもお姉ちゃんは、けほっ。ラヴさんといつも一緒におる。せやったら……ウチはお姉ちゃん(バラ)してでも捕まえる。それがウチの“生き方”や」


『ちょ!? 落ち着け烈! ちょい深呼吸しろ!』


その言葉に狼狽する黒蟻。


「すー……はー……」


慌てた様子の黒蟻に、素直に従うレツ。


「ありがとうお姉ちゃん、幾分落ち着いたわ。それでもお姉ちゃん捕まえんのは諦めへんで?」


『烈、お前……』


変わらぬ狂気を宿したレツの声に、黒蟻は悲しそうに、そして明らかに――――――










『アホやろ』


呆れた様子で呟いた。


「えっ? けほっ」


不意に咳き込むレツ。


そして、口の中に鉄臭い味。


すぐにぐにゃりと視界が歪み、立ってられないほどの吐き気。


「な、なん、やコレ?!」


『いやまさか馬鹿正直に“吸う”とは……お姉ちゃんお前が悪い男に騙されへんか心配や』


「おねっゲボッ!」


何をしたのか。


それを尋ねようにも競り出た血反吐に喉を塞がれる。


「く、クマちゃ……っ!」


「なにが……っ」


『み、みんな!』


見れば『魔法少女クリムゾン・リボルバー』も、『魔法少女ビット・ブルー』も顔を土気色にして(ただし仮面でよく見えない)倒れていた。


『魔法少女ハリケーン・シルバー』だけは無事なのかハッキリした声が聞こえるが、おろおろしているのが丸分かりだ。


『その死体見てみ』


言われた通り目の前の怪物の死体をよく観察すれば、何か透明な気体が吹き出ていた。


先程は歓声に掻き消されていたが、微かに空気の抜ける音も。


『そのモンスターはな、死んだら毒ガス吹き出す“ペット”や。そこの『テンペスト(デク)』に踏まれた時に入れ代わったんや』


(嘘や)


レツは一瞬でそう結論付ける。


(お姉ちゃんは、得意気に種明かしなんてせぇへん。特に、騙した相手は最後まで騙しなぶる……だいたい“毒ガス”やと? 対状態異常用装備は常識やろ)


それは家族ゆえの自信であり、また毒や麻痺に対抗するための装備(実は体操服)を装備していたからだ。


「せ、せゲフッ! ……せやったらお姉ちゃん今どこやねん」


『ん?? 土ん中移動しとる。っこいしょ』


ボコリと目の前の土が盛り上がり、黒蟻が這い出る。


耳障りな高周波振動の音から推測するに、これで土の中を掘り進んだのだろう。


現れたその姿は、土まみれではあったが、いつもと寸分違わない。


手足は増えておらず、羽根も尾もなく、仮面はいつも通り。


「ふぃー、酸素ウマー」


ずっと息を止めていたとでも言うのだろうか、毒ガスが満ちていると言った本人がその場で深呼吸を繰り返し、最後にニヤリと笑いかけてくる。


「バカにしおって……そんな泥だらけになってまでウチを斬りたいんか……獣みたいや、御大層な“生き方”やな」


彼女自身苦しいことを言ってるのは自覚しているが、それでも何か口にせずにはいられない。


「あ? “生き方”? なんの話や?」


「え……?」


「あ、あーはいはいさっきの話か。なんやお前、あんな時間稼ぎの口から出任せ信じたん? お姉ちゃんいよいよお前が心配になってきたわ」


「そ、そんな……」


「だいたいお前、俺が、この俺が! 詫び入れた程度で助ける思たんか? クハハハハハハハハ!!! それ甘すぎやないか?」


高らかに嘲笑う黒蟻




が、真横に殴り飛ばされた。


空飛ぶ豪腕、『テンペスト』のロケットパンチに巻き込まれ幾つも建物をぶち抜きながら彼方に消えた。


「クヒッ♪ 『時間稼ぎ』すんのは姉ちゃんだけやと思たんか?」


重い体を引き摺るように立ち上がり、レツは笑う。


姉妹だからか、とてもよく似た笑顔だった。


真上から心配そうな声が降ってくる。


『大丈夫……?』


「大丈夫やでー♪ ありがとなーハーちゃん」


“さっきよりも少しだけ調子がよくなった!”


“今の内に体勢を立て直そ!”


そんなことを、レツは続けて言おうとした。



大質量の金属同士がかち合ったような爆音が、彼女の耳を震わせる。


次いで辺りが明るくなる。


何故か?


それは、自分達を覆っていた『テンペスト』が、その質量に見合った地響きとともに後ろへ倒れたからだ。


数千トンもの物体は多大な土砂も巻き上げる。


倒れ込む瞬間見えた『テンペスト』の胸は大きく凹んでいた。


レツは今日何度目かわからぬ驚愕に声も出ない。


口をぽっかり開けて呆然としていると、傍らに軽やかに何かが降り立つ。


「クハッ! やっぱ頑丈やなぁ。フロストが造っただけあるわ」


見れば、レツの予想通りけらけらと笑う自分の姉の姿が。


ただ、余りの驚愕の連続にもはや麻痺してしまったのか、頭の中を真っ白にしながらも口を開く。


「なん、で……腕無いん?」


そう、黒蟻の右腕は、ぐちゃぐちゃだった。


ぶしゅぶしゅと破裂したホースのように血が飛び散る。


肉が幾重にも裂け、メタリックな骨が剥き出し、さらに拳は腕の中に埋まっていた。


未だ動けぬレツは、飛び散る血を間近で浴び続ける他無い。


「ん? あぁ、出力80パーで『テンペスト(あれ)』殴ったら反動で破裂した」


「なぐっ……!?」


『テンペスト』が倒れたのは姉の仕業なのか、“殴った”というのは何かの比喩か、さっき彼方まで殴り飛ばされたんじゃないのか、偽物だとしたら誰の変装なのか、そもそも未だ身体が動かないのは何故なのか。


ぐるぐるぐるぐると疑問が渦を巻き、引きつる様に絞り出せたのは、


「い、痛ないん?」


とても平凡で、素直なものだった。


殺そうとしたくせに心配とはおかしな話だと思いながらも、聞かずにはいられなかったのだ。


「ん? 痛いで?」


そんなレツに対し黒蟻は、しかしあっさりと、まるで天気の話でもするかのように言う。


片腕がミンチになっているというのに、今なお激痛がその身を貫いているだろうに、治療出来るとしても身体に欠損が出来ているというのに、“それがどうした”と言わんばかりの態度。


その姿は人間、いや生物として何か間違っていた。


そこまでが、レツの限界だった。


「なん、なんで!! 何でなん?!」


血を吐くように、血を吐きながら叫ぶ。


「痛いんやろ?! 潰れとんねやろ?! 何で、何で怖ないねん?!!」


痛いのは怖いはずで、身体の欠損は怖いはずで、大量の出血は怖いはずで、そして何より、命が脅かされるのは、死ぬのは怖いはずなのだ。


そう、レツは傷つくのが怖く、死ぬのが怖く、失うのが怖いのだ。


傷つくのが怖いから常に後ろに隠れ、死ぬのが怖いから相手は迷わず徹底的に殺し、失うのが怖いから常に“みんな”で行動する。


もちろんその“みんな”の中には自分の姉である黒蟻も入っている。


こんな訳のわからない状況で、もしかしたら二度と会えなかったかもしれず、もしかしたら自分の知らぬところで姉は死んでいたかもしれない


それが恐ろしくて仕方がない。


だから、どんな手段を使っても一緒にいる。


そう意気込んでいた。


だがどうだろう、目の前の存在は。


こんな訳のわからない状況でもいつも通りで、もしかしたら二度と会えなかったかも知れないのに“うっかり”で連絡を忘れ、死にそうな傷を負っていてもどこ吹く風。


そんなもの、レツには理解できない、したくない。


「あー……そう言われてもやな―――」


その叫びに黒蟻はカリカリと頭を掻き、困ったように言った。


「―――こんなもん、ただのパーツやろ?」


ブチブチ、ぶちり。


「な、あっ……!」


レツがおぞましさに声にならない悲鳴をあげる。


何故ならば。


何故ならば黒蟻が、プラモデルで遊ぶかのように気楽に、まともな左腕で役に立たなくなった右腕を引きちぎったからだ。


少しの間血が噴水のように吹き出したが、すぐにぴたりと止まる。


「ほぉ……やっぱ思った通りや」


千切った腕をしげしげと眺める黒蟻。


「あっ……なっおねっ……!?」


「ん? どしたん?」


「ち、ちぎ」


「あ? あーあーコレか?」


ヒラヒラと握った腕を振り、黒蟻は“心底理解できない”といった顔で話し出す。


「わからんわー、なんでお前ら皆この程度でびびるん?」


たかが(・・・)腕やん」


「たかがパーツ(・・・)やん」


交換(・・)したらええだけの話やん?」


言いつつ無造作に肩の千切り口を転がっていた怪物に向けた。


裂けていた肩口から赤黒い針が生える。


既視感のある光景。


「そりゃま、痛くないんか言われたら死ぬほど痛いで?」


その針は急速に伸び続け、転がっていた怪物に突き刺さる。


「でもホンマに死ぬわけやなし」


いや、突き刺さるだけではない。


針は枝分かれを繰り返しながら肉の中を進み、肌を突き破ってはまた潜り、その怪物を吸収しつつ“同化”していく。


最終的には赤くぶよぶよと膨らんだ、グロテスクな袋になる。


「死んだところで今までの自分が消えるわけやなし」


そしてその袋はすぐに萎み始めた。


針を通し、中身を黒蟻が吸っているのだ。


気持ちいいのか、ほんの少し黒蟻の顔に赤みがさす。


「んっ…と」


その間に千切られた腕にも変化が現れる。


赤い紅い液体が全体から滲み出て、腕を滑らかにコーティング。


細い繭のようになったソレはさらに蠢き、鋭く鋭く長く長く硬く堅く変質していく。


顕現するは、一振りの紅く煌めく刀。


その刀は、柄も鍔もない、剥き出しの刀だった。


次に中身が無くなったのか、萎んだ繭とそれと同化した針。


それらはクタリと、まるで固い針から同化した袋の先まで一本の触手になったかのようにたるむ。


そしてチュルンッ!と黒蟻の切り口に消えていった。


そして断面が盛り上がり、“メキゴキぐちめち”と、非常に不快な音をたてつつ無くなった右腕が生えてきた。


袖も籠手も無いため、その病的に白い肌が晒されている。


新たに生えた腕をしげしげと、色んな角度から眺めつつ、黒蟻は上の空の状態で告げる。


「まぁ要は『気にすんな』ってことや」


しばらくその腕でグーパーしだす。


その光景を呆然と見ていた『まにキュア』や野次馬たち。


彼女らの意見は、


((((わけがわからないよ))))


ぴったりと一致していた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『…………おーけーオーケー認めよう。容量(キャパ)オーバーさ俺の負けだ。どう実況すりゃいいのかさっぱりだ』


実況にあるまじきことにぽかーんとしていた炉綺。


意味不明な展開の連続にとうとう匙を投げたようだ。


『とりまありのままに今起こったことを話すぜ? 『まにキュア』が勝ったと思ったら二転三転してブラッディブラックが腕を生やした。何を逝ってるのかわからねえと思うが俺もわからねえ……超スピードとか催眠術だとかそんなチャチなもんじゃ断じてねぇ! もっと恐ろしい、ブラッディブラックの片鱗を垣間見たぜ。―――で? 解説は?』


状態異常〈ポル○レフ〉になった炉綺は、となりのラヴに詳しい解説を聞こうとし、


『ラヴ? ん? どこ行った?』


いつの間にやら実況席はもぬけの殻、ラヴもルリも消えていた。


代わりに席に残る著作権的にヤバそうな白黒のクマのぬいぐるみ。


ぬいぐるみには一通の手紙が刺さっていた。


『なになに? 「煽っちゃったせいか予想以上に黒蟻本気出すっぽい! だから巻き込まれる前に逃げるね☆ バイバーイ!! P.S.ていうか下手したら炉綺でも死ぬかもしれないから逃げた方がいいよ!」……なにコレ不吉……あー、ごほん』


炉綺は友人の忠告に従い、


『こ、こんなとこにいてられっか!! 俺は逃げさせてもらう!!』


<転移>を発動した。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




光の一切無い闇、しかし何故か己や物の姿ははっきり見えるという不可思議な空間。


広いのか狭いのかすらわからぬ闇、そこにポツリと、白いテーブルと椅子があり、ラヴとルリが腰かけていた。


「あー、焦ったびっくりした。まさか『黒蟻三過剰』の中でも一番ヤバイやつで行くなんて」


己の空間に逃げてきたラヴは一息吐きつつ、暇になりそうなので『スーパーボード大戦〜駒々の黄昏〜』を並べ出した。


「お前が煽るからだろ」


対面に座ったルリも駒を選び並べていく。


普通にやるとルリが圧勝するので、選択するのはチェスのキングとポーン、将棋の歩のみ。


「いや使って“過剰戦力”くらいだと思ってたんだ」


対しラヴはオーソドックスな将棋とチェスの混成部隊を並べ、控えに四枚のオセロを用意した。恐らく速攻で四隅を狙う気だろう。


ジャンケンして勝ったルリが先行だ。


しばらく適当に駒を進め合い、ふとルリが口を開いた。


「にしても見たか? お前の煽りに“きょとん”としてたぜあいつら」


「あぁ、大方黒蟻のことを『ラヴァーズ』の太鼓持ちかなにかと思ってたんだろうなぁ」


その言葉に、実際黒蟻を馬鹿にしていたプレイヤー達を思い出したラヴは、とても、そうとても悲しそうな顔をした。


その顔は例えるなら、『可愛くて愛しいけど、明日にはお肉になっちゃうんだよね』と家畜に向けるような顔だった。


「ちゃんといつも言ってるのに」


「黒蟻は僕の“親友”だって」


「“右腕”でも、“恋人”でもない“親友”」


「僕と対等で、鏡合わせな存在なんだよ?」


ポツポツと、哀しそうに呟くラヴは思い出す。


かつて自分がPKKプレイヤー連合の先遣隊(・・・)百人をもてなした日を。


―――その本隊千二百人を、黒蟻が一人で全滅させたことを。


その日は、『WoR史上最悪にして原因不明のバグ』として未だ語り草である。


なお、ラヴが黒蟻のしたことのタネを後ほど知った時、『たかがゲームでよくやるよ……』と若干引いたというエピソードもあったりする。


「つかあの“黒蟻が弱い”とか“黒蟻倒したら『ラヴァーズ』入れます”とか、流したのは黒蟻だったよな? なんでそんな真似したんだ?」


「ん? “撒き餌”だってさ。釣られた自信過剰な連中をなます斬りにするのが愉しいんだって」


「の割りには“逃げた”って話も聞くぜ?」


「はは、それはたぶん、相手が血の出ない種族だったんだよ」


他愛ない噂話の真相とともに軽く笑みを溢したラヴ。


「ていうかさ、黒蟻……有くんって、ものすっっっっっごく気まぐれなんだよね。いや、“気まぐれ”っていうか“刹那主義”? だから結構テキトーなんだよその辺」


「……そうかぁ?」


ラヴの言葉にルリは首をかしげる。


「うん、彼女は基本過去なんてどーでもいいと思ってるし、未来なんか気にしないし、ましてや今日のことすら考えない。一秒先さえ知ったこっちゃない。まさに“今”という一瞬のためだけに全力を出すんだ」


「……あ、あー確かにそんなとこあったなアイツ」


しかし続けられた言葉に、ポムと手を打ちルリは納得の表情。


ラヴはそのまま続ける。


「そしてそんな風に“自分の今”を何よりも優先する彼女は、実は誰よりも“利己主義者(エゴイスト)”だ」


「“気まぐれ”なんて言う究極のエゴを必ず貫き通すからね」


「そう……例え現実世界の無力な自分でも、例え手足が無くっても、例え三秒後に殺されるとしても」


ぽつりぽつりと呟きながら目を閉じ、過去を回想したラヴは懐かしそうに言った。


「彼女は、頷いてくれなかったなぁ……」


そしてラヴは顎に手を当て、


「ねぇ瑠璃架」


「あん?」


不意に、恋人の目を見て問いかけた。


「“親友”って、何だと思う?」


そう口にしたラヴの表情はやはり何かを懐かしんでいるかのように酷く穏やかで、それが何となく“読む”気にすらならないほど気に食わなくて。


瑠璃架は、


「知らね、王手な」


素っ気なく答えたのだった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




場面代わって再び黒蟻達。


黒蟻が腰のポーチから“ずるぅり”と一振りの抜き身の刀を抜く。


いや、果たして刀だろうか。


その刀は刀身は蒼く、電流を思わせる黄色の刃紋が走っている。


(つば)は銀の小さな丸鋸、柄は黒く滑らかな電気ケーブルでも巻き付けたような拵え。


そして何より目立つ特徴は、その刀には峰が無いことだろう。


そう、鍔から刃を上り峰を下ってまた鍔まで、鮫の顎のごとく鋭利で細かい刃が並んでいるのだから。


「ピッピカトゥ!」


異色の刀を握る黒蟻の左腕に電流が迸る。


命を流し込まれた機械の喧しく高い音が辺りに鳴り響き、刃が刀身に沿って流れだす。


つまりは、刀の形をしたチェーンソーだ。


「『家電の宝刀』……フロスト作のオモチャや。で、もう一本が俺の〈種族スキル〉で作った“生きた”刀やな」


片や異色の刀、歯車回る機械の刀。


片や異形の刀、命求める生きた刀。


軽く刃を合わせるとチュインチュインと火花が散り、黒蟻の顔を少し照らす。


「ほな、レッツ趣味の時間!」


とんっと踏み込んだ黒蟻が、ふいとチェーンソーを掬い上げるように振ると、チィンという音ともに呆気なく、倒れたままだった『魔法少女ビット・ブルー』が仮面ごと頭を両断され肉の飛沫を上げた。


断末魔さえ無かった。


「ぅあ……!」


隣で『魔法少女クリムゾン・リボルバー』がうめくが、その間にも返す刀でもう一度、回るように再び、踊るように三度、狂ったように四度五度六度七八きゅう――――――


「クハ、クハハ、クハハハハハハハハハ!!!!」


振り降ろすごとにザクザク斬り裂きビチャビチャ浴びてグチャグチャしていく黒蟻は、ものすごく楽しげだ。


「あ……ひっあいぃああ!」


少しずつ後ずさっていた『魔法少女クリムゾン・リボルバー』の足をチェーンソードで一閃、ポトリと落ちた足を踏み潰す。


「クハハァ……逃げんなや……こっからが楽しいんやろぉ……?」


熱に浮かされたように、うっとりとした黒蟻が、


「イヤァアアア!! アンタなんでいつもそんなキャラ激変すんのよぉ!〈ビッグマ」


微かに抵抗しようとした『クリムゾン・リボルバー』の両腕を切り落とす。


「あ……」


呆けたような声で手の無い腕を見る『クリムゾン・リボルバー』。


ぴゅるぴゅると自分の鼓動に合わせて吹き出す血を震えながらただ見ていると、スッと影がさす。


見上げれば黒蟻が刀を二つとも腰の(四次元な感じの)ポーチへしまって自分を見ていた。


(え……た、助けてくれるの?)


『クリムゾン・リボルバー』は一瞬、ほんの一瞬だけ希望の光を感じ、


「マジカル★忍法……超振動(スクリーミング)ボディ」


絶望に叩き落とされた。


距離が近いからか、耳障りな高音が空気を伝い、鼓膜だけでなく肌も震わす。


「やめ、やめ……」


手足の無い身体でバタバタともがき、命乞いをする『クリムゾン・リボルバー』に、黒蟻はニッコリ笑うと、


「却下」


がっしりとその身体を抱き締めた。


「あああ゛あ゛あ゛ヤメでェエエえあがっがああああああああ!!!!」


滅茶苦茶に暴れようとする『クリムゾン・リボルバー』だが、手足が無ければろくに抵抗もできない。


血も凍る悲鳴はすぐにか細くなり、途絶えた。


腕の中で挽き(ミンチ)にした女の臓腑と血飛沫を浴び、幸せそうにうっとりする黒蟻。


「クハァ……」


恍惚とした表情で、身体を這う血の感触を楽しんでいる。


『調子に……乗るな……ッ!』


そこへ、不意に響いた雑音混じりの声。


黒蟻が振り返れば、『テンペスト』が胴体を、まるで隕石でも直撃したかのように陥没させたまま再び立ち上がるところだった。


『私が……「まにキュア」最強なんだ……! すぐに、クマちゃんを助けて……お前を……潰す!』


痛みのフィードバックがキツいのか、息も絶え絶えになりながら黒蟻を威嚇する。


しかし黒蟻は、


「俺を潰すぅ?」


シルバーのその啖呵にギィと牙を剥くように笑い、片足を軽く上げ、そのまま勢いよく落とす。


「お先にどーぞ、や」


次の瞬間、『テンペスト』の頭が踏み潰された。


黒蟻に、ではない。


巨大な足によって、だ。


そう、千切られたまま放置されていた、いずれ消滅するはずだった『テンペスト』自身の足、それが何処からか(・・・・・)ハンマーのように降ってきたのだ。


『っ……ッあ……! ぐぶっ!』


コックピットで胸を押さえ潰れる頭の感触にのたうち回るシルバー。


『魔法人形テンペスト』の胸に出来た陥没は、潰された頭は、まるで拳を埋め込まれたような激痛を与え続け、フィードバックは痛みだけでなく血まで吐かせた。


『ッッッ〈ド根じょ、う〉……!』


〈スキル〉が発動し、急速に激痛が和らいでいく。


損傷箇所が復元したこと二より頭部(メインカメラ)をやられたことによる視界喪失も復旧する。


『……あれ?』


と、回復したシルバーの視界の端、いや上端に気になるものが映った。


視線の先は、闇。


より正確に言えば、『PK王国』の黒い岩肌の天井。


光源代わりの人工月によって薄暗く照らされているはずのそこは、今闇に染まっていた。


いやそれだけではない、暗い、暗すぎる。


まるでナニカが全てを覆い尽くしたような――――――


そこまで考えゾッとした彼女は、それを振り払うようにカメラをズームする。


高倍率のカメラがどんどん闇に迫っていき


「……? ……ッ!?」


その闇が、蠢いていることに気づく。



蠢く闇の中にはキラリキラリと紅い光が混じっている。


それがいったい何なのか、彼女はそれをさ紅い刀の豪雨が降り注いだ。


『キャアァアア!!! ゥアアッアアアア!!』


最初は両目に焼け串を突き込まれたような激痛。


飛来した刀は衝撃波と共に頭部のカメラを抉り、さらに鉄壁のはずの装甲を易々と貫いた。


四本の腕で庇ってもそれを貫通してさらに刀が突き刺さる。


数本が胴体の多重装甲を貫通し、内部を破壊する。


足にも突き立ち地に縫い付ける。


『あっ、あっ、あっ、あっ、』


全身をびっしり貫かれるその痛みに、長らく痛みと無縁の戦いをしていたシルバーは耐えられない。


朦朧としたシルバーは、無意識に大切な存在を探す。


そして今にも泣きそうな顔をしているレツを見つけた。


ほんの少し、ぴくりと腕の一本がレツを求めるように伸ばされ――――――




次の瞬間、巨大な“杭”が『テンペスト』の頭から股下までをコクピットごとぶち抜いた。


割れるような鐘の音がけたたましく反響する。


巨大な“杭”は、半分に斬られた時計塔だった。


「クハハハハハ!!“標本”や! 『まにキュア』の“標本”! クハハハハハハハ!!!」


その様を指差して大笑いする黒蟻。


その哄笑がピタリと止み、くるりと振り返る。


その眼は、獲物を爛々と睨みつけていた。


「さァて? 妹よ、覚悟は出来とるんやろな?」


自分を守ってくれる存在をすべて殺され、真っ青に震える獲物(レツ)


「な、なんや!?」


それでもなんとか気丈に振る舞うが、それにすら黒蟻はサドい笑みを浮かべる。


「罰や」


黒蟻はツカツカとレツに近づき、レツの仮面に手をかけた。


「あ、や! 姉ちゃんやめて! きゃあ!!」


もがくようにレツは抵抗するが、それも虚しく仮面を剥がされる―――顔を、曝される。


ふわっと銀の髪がなびき、その素顔が露わになる。


くりっとした蒼い目に健康的な肌色、幼さの残る顔立ちながらどこか大人びて見える。


しかしレツは、その表情を年相応に真っ赤にさせ、


「あっ! か、返して!」


目を潤ませながら仮面を取り返しにかかる。


「あかん、今日一日ここ顔曝して歩けや」


レツの細腕が豪速で振るわれるが、霞むような速さで黒蟻は後退する。


完全にあしらわれていた。


そうして衆人看視に曝されレツは、くたりと止まったかと思うと、


「う、ううぅぅぅぅぅ…………」


唸りながら俯き、しばらく黙って、


ぶわっと。


「ワァアーーーン!!! ウワァアアン!! ひどいわおねぇちゃあぁん!!」


泣き出した。


ぽろぽろ、ぼろぼろと真珠のように丸く、水晶より純粋な涙を流しながら、声をあげて泣いている。


突然のことに黒蟻も戸惑うしかない。


「ぁーあ、泣かしたよ」

「大人気ねぇな〜」

「あれはやり過ぎだろさすがに……」

「こども相手にムキになっちゃってまぁ……やれやれだねー」


周りを囲む野次馬の山から非難ごうごう。


「え? レツ? おま泣くのはおかしいやろ!! ちょ待てやおい!?」


さらに軽くテンパり出す黒蟻を余所に。










レツは、逆転の切り札を切った。



「〈だ れ か た す け て ! !〉」



【〈だれかたすけて!!〉


・効果範囲内のあなたに好感を抱いている全てのプレイヤーおよびNPCを強制的に“バーサク”状態にし、味方に出来る】



「「「「「「「「「グウォオオアアアアああああああああ!!!!!!」」」」」」」」



「なぁ!?」


突如として野次馬たちが雄叫びをあげて武器を振り上げ、黒蟻目掛けて襲いかかってくる。


レツは既にけろりとした顔で、


「昔ユニークモンスター撃ち殺したことあってなあ。そん時に手に入れたんや、この〈スキル〉。まぁざっくり説明したら『ファンを暴徒化する』スキル、みたいな?」


津波のように四方から殺到するPK達。


黒蟻はその波を跳び越えて包囲網から退避する。


その間にレツはPK達を周りに集め、壁にしていた。


さらに筋肉の塊のような虎や狼の獣人のプレイヤーが担いできた神輿に飛び乗る。


「これが『まにキュア』究極奥義、「力を合わせて!」やな」


「『まにキュア』もうお前しかおらんやんけ……」


予想外に過ぎる状況に、黒蟻は少々引きぎみだ。


しかしそれにレツは事も無げに、黒蟻にだけ聞こえるように〈コール〉でヒソヒソ返す。


「やれやれわかっとらんなぁ……私さえおったら、『まにキュア』は成り立つんやで?」


「お前クソやな!?」


つい大声を上げてしまった黒蟻。


「クヒヒ!! クソ上等や。勝てばよかろうなんや!」


「妹がゲロ以下や……」


げんなりとする黒蟻だった。


「クヒヒヒヒ!! ほな、〈獣人化〉!」


と、その隙をついてレツが〈スキル〉を使う。


ざわざわとレツの全身が変化を始める。


ほっそりとした腕は肘から先が異様に太くなり指先からは鋭い爪が、同時に短く銀の体毛が生える。足も膝から下が同じ変化を遂げ靴が破ける。


口には短いながらも鋭利な牙が。

さらに耳が空気のように消え去り、代わりに頭頂部に丸い耳がぴょこりと飛び出した。


その姿はまさに――――――



「がおーや!!」




子熊。


小学生が子熊のコスプレをしているようだった。


両手を上にあげ、ちょっとだけ鋭くなった犬歯をちらつかせながらレツが威嚇する。


正直言って大変可愛らしい。


「そーしーてぇ!! 」


レツはマジカルステッキを片手(・・)に持ち、もう片方の手にも新しいマジカルステッキを装備した。


「〈獣人化〉したことで強化された筋力! それが可能にした二丁ステッキ!! さらに装填した〈ショットガンバレット〉を分間6000発×3×2!! この弾幕やったら姉ちゃんでも確実に殺れる!!!!」


暴徒という新しい盾に強化された矛。


それがレツに自信を取り戻させた。


「しっかしレツよ、お前相変わらずやのう」


だが、そこへかける黒蟻の声には、数の差への絶望や、不利な状況への焦りのようなものは微塵も含まれていなかった。


「何が〜?」


レツは不利な状況から有利な立場に逆転したことで、テンションが上がりそのことに気がつかない。


対して黒蟻はピッとレツを指差し告げる。


「視野狭窄に陥りやすいところや」


「……はぁ?」


黒蟻は妹に言って聞かせるため、噛んで含めるように言う。


「まず第一に俺の攻撃の謎をひとつも解いとらん。それやのに数増やしても意味無いわ」


「数は力やろ?」


その即答に黒蟻は、やれやれと肩をすくめ、


「活かされへん数は木偶に等しいで? そして第二に、カンスト数人程度やったら俺は止められん」


「は、はぁ? カンストやったらカンストを殺れるはずやろ?」


レツの戸惑いに、黒蟻はまた、やれやれと肩をすくめ、


「あんな、一口に“カンストプレイヤー”言うてもタイプはいろいろや。攻撃特化(ダメージディーラー)もおれば支援特化(バフ)もおる。お前の周りにおんのは……防御特化(タンク)四人と攻撃特化三人、支援特化ひとりやな」


「……ね、姉ちゃんは?」


「誰が教えるかハゲ。第三に、まぁこれが一番の理由やけど」


ここで黒蟻は、ものすごく悪そう(・・・)に笑い、


「俺、実はこう見えて広域殲滅メッチャ得意」


シャキンシャキンと、黒蟻は両掌から刀(片方は紅く煌めく刀、もう片方は赤黒く脈打つ刀)を生やす。


「あぁそうそう」


そして至極あっさりと、


「俺の種族な、『生物兵器』って言うんや」


己の『種族』をばらした。


その途端、レツの顔色が真っ青に染まり、ガタガタと震えだす。


「う、うそや……そんなん嘘に決まっとる!」


絞り出すようにしてようやく否定の言葉が出た。


だが実のところ、レツは姉の言葉に納得していた。


あの歪で奇怪な怪物をどこで見たのか、いったい何故身体がいきなり異常をきたしたのか。


その説明がついたからだ。


だがそれでもレツは否定する。


認めたくないから。


あまりにも恐ろしすぎて。


いっそ知りたくなかったから。


あまりにもおぞましすぎて。


「姉ちゃんが……姉ちゃんが『生物兵器』やなんて、最悪やんけ!! そのもの(・・・・)やんけ!!」


レツの絶望を眺めながら、黒蟻は穏やかにやさしく微笑む。


「安心せえ。お前だけは死なへんように、既に抗体は入れてある。姉妹仲良く楽しい実験と行こうや」



黒蟻が両手の刀を地面に突き刺すと、全身に幾何学模様の入れ墨が走り、ぼんやりと紅く発光する。


「あぁまって! 降参、降参するからやめて姉ちゃん!!」


レツは必死に制止の声を振り絞ったが、黒蟻は、それはそれは嬉しそうに頷き、


「嫌や」


パンと弾け飛んだ(・・・・・)。


血飛沫が放射状に空気中に散り、一番近くにいた暴徒にかかる。


「グゥ!? グゥ〜〜……」


いきなりそんなものを浴び、若干嫌がる素振りを見せた暴徒が、


「ガバァッ!!!??」


血を吐いて倒れる。


ガクガクと痙攣しながら血を吐き続け、やがて動かなくなった。


「あ、あ、やっぱり、これ(・・)って」


レツがステッキを取り落とし、カタカタと震えながら神輿の上に肩を抱いてうずくまる。


見れば放射状に散ってしまった黒蟻は、紅い霧と化して漂っている。


と、どこからか声が、破裂したはずの黒蟻の声が聞こえてくる。


『ケミカル忍法―――――』


反響し、空から響いてくる声が、小さくぽつりと己の最悪の〈種族スキル〉の名を告げる。



『―――〈パンデミック・モード〉』



次の瞬間、血の雨が『PK王国』全域に降り注いだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




『PK王国』某所。


トリップしたばかりだと言うのに今日も元気にPK達が殺し合いというバカ騒ぎに興じていた。


そこに降ってくる、毒々しい赤黒い雨。


一部はすぐに気化し、霧となって漂う。


「ん?」

「なんだコレ」

「血の雨? イベントか?」

「ご機嫌な天気乙 ……もしや毒だったり?!この国ならおかしくない!」


『状態異常無効な『ゴーレム種』である俺に死角はなかった』


と、鋼鉄のゴーレムがドヤれば、近くにいた狼男が野次を飛ばす。


「つかそれくらいプレイヤーならフツーですからJk」


『おK、次テメエ殺す』


「来いよウドが、コホッ。スクラップにかえてやんよんん゛ッ。なんだぁ?」


不意に喉に痰の絡まるような引っ掛かりを覚えた狼男。


吐き捨てようと息を少し吸い、


「っげぼげぼげぼげぼげぼげぼげぼげぼげぼ」


蛇口を捻ったかのように大量に、滝のごとく血を吐き始めた。


その始まりは唐突すぎ、狼男自身己の口から出てくるものを不思議そうに眺め、次いで慌てて口を閉じたり押さえたりしだす。


無論その程度で止まるわけがなく、結局止まったのは全部(・・)吐き終えてからだった。


『は? は、ハハハハハハハハ!!! うっそマジか信じられん! こいつ無効装備忘れてやがった!』


鋼鉄のゴーレムは笑いながらその豪腕を狼男の身体に叩きつけ、死体を殴り潰す。


『ハハハハ! ハハハハハ!!』


腕がボロリと肩から落ちた。


『ハハ、は? ……なぁっ?!』


一瞬ぽかんと腕の無くなった肩を眺め、しかしすぐに悲鳴をあげた。


見れば、自分の身体が猛スピードで錆びていくではないか。


『おい嘘だろ?! 俺にはきかナ、イ、ハ、z……』


とうとう全身が錆びた鋼鉄だったゴーレムは、ゆっくりと地面に倒れ、自重によって砕け散った。



そんな現象がそこかしこ、『PK王国』全てから聞こえてくる。


生きるものは血を吐き倒れ、死人は腐食に滅び、機械は錆び崩れる。


悲鳴、悲鳴、悲鳴。


老いも若きも男も女も死者も生者も鉄も肉も天使も悪魔も内も外も空も大地も全てが死に行く消え行く滅び行く。


あっという間の出来事だった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




元がわからぬほど細切れの死体。


原形留めぬほどぐちゃぐちゃな死体。


沈黙したスーパーロボット。


暴徒達に吐かれて出来た血の海に、死体の群れで出来た肉の小山。


何故か血を吐きのたうち回った彼らは、最終的に積み重なるようにある一点で倒れたので、肉の小山が出来たのだ。


そんなモノが転がる地獄のような通り。



レツは絶望に染まりきった瞳でその光景を見ていた。


と、肉山が蠢いた。


すぐにその中から耳障りな高音を掻き鳴らしながら黒蟻が這い出てくる。


まわりの肉を超振動でミンチにし、存分に浴びた彼女はひどくご機嫌に口を開いた。


「俺の『黒蟻三過剰』がひとつ、『過剰範囲虐殺』や。ちなみに散布したんは『対瑠璃架(アンチ・ヒーロー)生物兵器(バイオウェポン)』……の、試作六号や。名前はまだ無い」


レツが震えながら声をあげる。


「あり、えへんやろ……たかがゲームに! ……マジモンの兵器持ち込むやなんて!!」


事態の重大性を危惧しているのか、珍しくレツの声には非難の色が強い。


「しゃあないやん、できたんやから。ま、おかげで最近の俺の研究が飛躍的に伸びてんけどな」


「演算を、B・D(バタフライズ・ドリーム)にやらせてたんやな……『森羅』の秘中の秘を、なに考えとんじゃ」


『森羅』の最高機密。


それは、『将来における災害的疫病に対する技術発展による先見的予防のための実験』。


つまり、『いつか人類を滅ぼすほどの病原体が出るかも→じゃあこれから出てくるであろう病原体を全部創ってワクチンを先回りして作ろう!』である。


この計画を『竹内』が唱えれば、『桃内』は、『なら“ぼくのかんがえたさいきょうのいきもの”も創ってそれを材料に武器とか薬作ろうぜ!』と言い、最後に『藪内』が『全然構わないけど予算守ろうね変態ども。あと研究終わったヤツはこっちまわしてね軍に売るから』とGoサインを出した。


そんな始末に負えない上層部により最高機密が増えたのだった。


そして『竹内』の一族は本家も分家も全てそこの部署に基本(趣味で)入り浸り、子供でも夏休みに自由研究(注・部署内でのみ発表可)してたりする。


もちろん、それは黒蟻もレツも例外ではない。


ただし黒蟻は、彼女にとって幸運なことに、そして誰にとっても不幸なことに、この部門において実に有用な才能を持っていた。


それが、『命の流れ』を見る能力。


彼女はそれを使い、『命の流れ』を歪め、生命そのものを歪め、兵器として産み出していたのだ。


それは、『宿主を感染後10秒で死に至らせる』『一分間だけ超増殖』『自己消滅本能の付与』『92種類の合金を腐食貫通』など、数々の偉業(・・)を可能にしていた。


そんな黒蟻は、レツの言葉を笑う。


「クハッ! バレたらそん時はそん時や。せやけど……」


しかし一転、神妙な顔になった黒蟻は、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


“たかがゲームで何故『兵器研究(コレ)』が出来た?”


「え? 何て?」


「……いや、なんでもない」


しかし黒蟻はその疑問を一旦保留にする。


ぶっちゃけ面倒だったから。


それに彼女は、いつだって“今やりたいこと”こそが最優先なのだから。


「ほな……」


黒蟻は懐からスッと―――注射器を取り出した。


注射器にはたっぷりとシリンダーいっぱいに鮮やかな緑の、例えるならメロンソーダのように美しく輝く毒々しい液体が。


それを見た瞬間にレツの顔が引きつった。


「な、なにそれ?」


「ん? さっきのとはまた別の細菌やけど?」


「なん、なんでそんなものを……?」


「は? わかっとるやろ?」


きょとんと黒蟻は首を傾げる。


「いや、いやや……」


レツの顔色はすでに青を通り越して白い。


その恐怖は、レツの身体から自由を奪っていた。


もはや声もまともに出せないレツ。


そして黒蟻が無情に告げる。


「お前も“森羅”なんや。医学の発展のために被験者になれ」


さらに黒蟻は、魔法のような手際でレツの動きを封じ、その右腕を取ると、ササッと患部に(いつの間にか取り出した)消毒液の染み付いた脱脂綿を塗る。


「ほな行くでぇー、痛くないから心配すなよー」


軽い調子で始まる実験はあまりにも『いつもの光景』で、それが余計に恐怖を加速させていく。


「――――――っっっッッッッッッ!!!!!!」


声無き悲鳴をあげ必死で身を捩れど無意味。


ゆっくりと近づく針の先、滴る液体。


悪意の塊のような注射器が腕にツプリと刺さった瞬間、


「ぁ……」



レツは意識を放棄した。


ガクリと動かなくなるレツを無視して黒蟻は注射を終える。

と、レツの身体の擦り傷などの小さな傷がゆっくりと治り始めた。


それを眺め、黒蟻は満足げに微笑むと、


「ククッ! 冗談や冗談。ただの下級ポーションやてぇ、クハハハハハ!!!」


いたずらっ子のように笑うのだった。


この、もはや死と血肉の薫りしかしない『PK王国』で。



あぁーようやく様々なことが一段落してきました。



ここから更新ペースを元に戻していきたいです。


ちなみに問題。


本物の黒蟻はどこにいたのでしょうか?

ちなみに最後に出てきた黒蟻は本物です。


答えがわかっても感想で言ったりしないでね!!



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