『自由同盟』に愛をこめて
桃界蘭山脈頂上。
そこにポツンとビルが一本立っていた。
高い高いそのビルは、山の高さと合わせて雲を突き抜けていた。
グルメギルド『飽食堂』拠点『HOTEL 飽食堂』。
一階ロビー、二〜十階飲食店、十一〜十五階客室、十七〜十八階宴会場、十六階、地下一階大浴場。
そしてここ屋上は――――――
爽やかな太陽、眼下に広がる雲海。
VIPルーム、空中庭園の間。
白いテーブルクロスの掛かった円卓、その真ん中に花が活けられており、軽く摘まめるクラッカーの乗った皿やワイングラスが周りにある。
席の数は全部で六つ、しかし空席がひとつ。
席のひとつに座る、上から下まで金ぴかスーツの男、キャッシュ・『ゴールド』・エチゴが場違いなまでに明るい口を開く。
「はいでは! これより『自由同盟』第一回特別会合を開きたいと思います!」
「……」←ダ・ピッホ
「……」←レディ・フック
「……」←白いフードの女
「……」←ルリ
「……(汗」←キャッシュ
空気は非常に悪重い。
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この緊急事態に集まった『自由同盟』の面々。
それぞれ少数の護衛とともにこの場に座っている。
例えば会場全体の警護についているのはキャッシュの部下である黒服達。
例えばダ・ピッホの後ろには二体のSRが。
『レディ』フックは腹心のスミーくんとこれまた海賊ルックの男を。
白いフードの女の後ろには紅いフードの者が。
そんな中唯一誰も連れてきておらず、一人で来ていたのは『ラヴァーズ』のルリだけだ。
ちなみに、その席に嫉妬マスクの姿はない。
「あのー、お客様方? あのー? ええと、『レディ』フック様?」
「チッ……あんだよ」
真っ赤な海賊ルックの豊満な肢体の女、『レディ』フックが毛虫でも見るような目つきでキャッシュに返事する。
「いえあの、我々自由同盟は異世界に来てしまったのですが、状況の確認のために情報の提供など〜」
「ハッ! 話聞きたかったら、まずアンタのとこから情報出しな」
「そこはソレ、私どもは商人でございます」
澄まして答えるキャッシュに、妙に間延びした声がかかる。
「……てことはぁ〜、アタシもぉ喋らなくていいよねぇ〜」
「エニグマー様……」
白い魔法使いのようなフードを目深に被った、奇妙に間延びした喋り方をするこの女は、情報屋ギルド代表『木の虚』、そのギルド長『マッチポンプ』のエニグマー。
その顔はシステム的な闇に覆われまったく見えない。
「私のトコは〜、情報こそが商品だしねぇ。情報欲しけりゃ対価払いなよぉ」
「と言ってもでR、そんなこと言ってたら同盟の意味が無いでR」
苦言を呈したのは存在そのものがドリルである漢、ダ・ピッホ。
それをレディ・フックは嘲笑う。
「ハッ! 勝手に同盟の意味を変えてんじゃないよ、同盟ってのは持ちつ持たれつだろ?」
「そうそぉ、しかもあの時とは状況が違うしねぇ〜」
「ある意味アタシら脱獄成功したわけだしね」
各々好き勝手なことを主張する面々。
情報源のある者はいかにしてより他より優位に立つかを考え、無い者は少ない代償でそれを求める。
しかしそんな中、一人だけ未だ口を開かない者がいた。
「…………」
ルリである。
いつもの侍のような格好とオールバックの髪型。
そしてターゲットサイトのついた仮面。足を組んでドッカリと椅子に座る姿は堂に入ったものだ。
そんな彼女にねっとりと話しかけるエニグマー。
「ところでぇ、『歩く戦争』さん、ご主人様はどぉしたのぉ?」
「あん? ラヴなら遊びに行かせたぜ」
「へ? 何でぇ?」
「あいつがいると纏まる話も纏まらねえからだ」
しかしそこに口を挟んだ男がいた。
『レディ』フックの後ろにいたスミーくんではない方の男(いかにも腕と頭の中身を反比例させたような)がルリを恫喝する。
「おい舐めてんじゃねえぞクソガキ!」
「あ?」
「ギルドリーダーは全員集合なんだよ! いいからさっさとテメエの飼い主呼びやがれ!」
非常に失礼なことを口にしているが、フックもスミーも止めはしない。
何故ならばこの男はこのために連れてきた、いわば試金石なのだ。
『ラヴァーズ』を試すための。
「嫉妬マスクも来てねえぜ?」
「そんなもん関係ねえんだよ!!」
……かなり支離滅裂であるが。
なおも言い募る男に渋るルリ。
「…………マジで呼べと?」
「あ!? いいから呼びやがれ!!」
「……後悔すんなよ?」
ここに至ってフックは、そしてこのやりとりを観察していたルリ以外の全員が内心ほくそ笑んだ。
渋りながらもルリが、『ラヴァーズ』の実質的トップと言われているルリが大人しく言うことを聞いた。
つまりこれは、彼らはPKなどと意気がってはいても所詮ただの子ども、この状況に不安を覚えぬはずがない。
本当の意味での同盟である自分達とは違うのだと考えたのだ。
故に――――――
「〈コール〉…………例えお前らみたいな犯罪者でも、震えあがらせる存在ってぇのはいるんだぜ?」
「「「「「「「!!!!」」」」」」」
含むようなルリの物言いにその場にいた全員が顔色を変えた。
その変化を視界に収めつつ、涼しい顔で悠々と〈コール〉を繋ぐ。
「……もしもし?――――――」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まったく、あの会議僕要らないのに何で呼び出すかな。
だいたい、僕は今日用事があるって言っといたのに……。
えっと、最上階行きエレベーターは……っと、あったあった。
「おい! 止まれ!!」
ん?
「こっから先は通行止めだ。回れ右しな」
んん?
「おい聞こえなかったのかテメエ、回れ右だっつってんだよ」
ん、ん、ん、ん……ん〜?
ちょっと待った今すごく混乱してる。
状況を整理しよう。
どこに
・屋上直通エレベーターの前
誰が
・僕ことラヴが
何故
・『自由同盟』の会合に呼ばれたから
どうする
・嫌々ながらも行く
……で?
・エレベーター前に居た黒服の男二人に止められてます
え? 何で?
・わからない
「チッ! オイ無視してんじゃねえぞ!」
あ、右に居たチンピラ臭漂う黒服Aさんが近づいてきた。
そう言えば一言も喋ってなかったや。
「あー、あなた達? 私は招待客なんですが?」
「ハァ!? ふざけんなよテメエ!」
ずかずか近づいてくる黒服Aさん。
「あの、それ以上近づかない方がいいですよ?」
「ハハッ!テメエが俺に殴られるからか?」
そう言ってむしろ小走りになった黒服Aさん。
黒服Bさんもやれやれと言いたげに歩き出した。
「そらとっとと失せな!」
凄くイイ笑顔で殴りかかってくる黒服Aさん。
どこからともなくカチッていう音。
口から虹色の槍を生やすAさん。
下から上まで串刺しになってる黒服Aさん。
「かばっ?」
あ〜あ、だから言ったのに。近づくなって。
「あ、あ、あ、か?」
尻から口まで内臓を傷つけないように、死なないように貫いたからかな?
限界まで目を見開いてぺたぺたと口から飛び出た槍を触る様はいっそコミカルだ。
「あ、あああ、ああああああああああああああああああ!!!!!」
「き、貴様!」
黒服Bさんが驚愕して懐から銃を抜いて僕に向けてくる。
さらにトランシーバーでどこかに連絡を(たぶん応援)入れてる。
「こちら直通エレベーター前! 攻撃をうぉっ!!」
っと、かわされたか。
黒服Bさんは真下からのグングニルの槍をバックステップでかわし、地雷を踏んで吹き飛んだ。
うわ、窓ガラスにヒビが!!
あ〜怒られる……。
「……ていうか、何で僕攻撃されたの? なし崩しに戦闘になっちゃったけど……。あ、黒服Aさん、ピョンピョンしても抜けませんから、大人しくしてた方が楽ですよ。それに、内臓は傷つけてないのでそのままでも死にませんから安心してください」
そのまま通りすぎようとしたラヴはふと振り返り、
「しかしいくらなんでもいきなり殴りかかるなんて非常識ですよ」
人指し指を立てメッ!をする。
そこへ――――――
(チーン!)
「……あらら」
「「「「「「「動くな!!!」」」」」」」
マシンガンやら拳銃やら槍やら剣やら杖やらを装備した黒服達がエレベーターから降りてくる。
ファンタジー版シークレットサービスがラヴに武器を一斉に向ける。
それに対しラヴは
「……キャハァ」
実に嬉しそうに笑った。
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響く銃声、轟く爆音。
「ふむ? お客様ですね」
「ボス、こちらを」
「ありがとう」
キャッシュの後ろに控えていた黒服が見事に装飾された純金の指輪を渡す。
キャッシュはサッと立ち上がると、
「さあ皆様! 本日もマジネットエチゴのお時「転移装置なら要らねえぞ」いえいえそう仰らずに聞いてくださいませお客様!!」
合いの手にも挫けずにニコニコと話を続けるキャッシュ。
「本日ご紹介する商品はこちら! 『どこでも絶対転移装置』!! これ一つで行ったことのある場所ならいつでも転移可能!」
「え? でもそれって普通なんじゃないですか?」
「いいえ! 皆様、どうしても帰らなければいけない時、ダンジョンで孤立してしまった時、敵に囲まれた時、『転移妨害』の罠が貼られている! なーんてことありませんか?」
「あぁ! あるある! ありますよ〜!!」
「そんな時にこそコレ! 当社独自の技術で開発されたこのアイテムはそんな状況からも脱出が可能です!」
「ええ〜!!」
「さらに消費アイテムでは無いので何回でもご使用頂けます!!」
「何回でも!? すごいです! あ、でもそんな便利ならお高いんでしょう?」
「いえいえ! 今回は状況が特殊であることを鑑みて特別に! 本来5万Gなところをなんと!半額の2万4800Gにてご奉仕!!」
「半額ですか!? これは安い!!」
「さらにさらに! いまなら物々交換も受付します!」
「いい加減にしやがれ!!」
ノリッノリだった二人にフックから思いっきり斧が、いや錨が投げつけられる!
しかし、
「〈インパクト・ガード〉!!」
サッと間に割り込んだ黒服が錨を殴り付けるとエネルギーの壁が拳から発生、錨を弾き飛ばす!
「チッ!」
弾かれた錨の鎖を引き手元に引き寄せるフック。
「お客様? いきなり何を?場合によっては高くつきますよ?」
「うるせえ!! さっきから訳分かんねえコントしやがって! だいたいソイツ誰だよ!!」
「へ?」
「え?」
スッと見つめ合うキャッシュとラヴ。
「???!!!?!!!」
バッと飛び退くキャッシュ。
「あ、あなた誰ですか」
「え? 何を言ってるんですか? 私です、ラヴですよ?」
「安い嘘ですね! ラヴ様はあなたのようなおっさんではないですよ!!」
「〈解析〉〈照合〉……ボス、こいつ(ガンガンガウン!!)な!」
突如青空を突き抜ける銃声。
場にいた全員の視線が重なり、ルリを見る。
ルリはデザートイーグルを空に向けており、その銃口からは硝煙が立ち昇っていた。
「なんの、つもりでR?」
ダ・ピッホの疑問には答えず、ルリは自分の仮面を銃の先でコンコンと叩き、
「ラヴ、仮面仮面」
と言った。
その台詞に場にいた全員が、まさかあの仮面の中身はおっさんだったのかと驚愕する。
しかしいつも仮面の中から聞こえていた声は若々しいものだったはず。
それに体型も変わっている。こんなに太っていなかった。
その混乱を余所に裁判官の格好をした小太りのおっさんはポムと手を打ち、顔を剥がした。
ベリベリと顔の皮が破け中から露になる白黒の仮面。
ただし、仮面の白地には血がこびりついていた。
べちゃりと水っぽい音をたてて捨てられる誰かの顔。
さらに裁判官服の端を掴み、アニメのようにバサッとはや着替え。
一瞬にして何時もの白黒のトレンチコートに変わる。
そして――――――
「おっはようごさいます!! 皆さんに心からの愛をお届けする、『愛のブラックホール』ことラヴでっす!!」
顔中を返り血に濡らしたラヴが至って爽やかに挨拶した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
がちゃり。
木製の扉を開けて入ってきた全裸の……彼、だろうか。
股間を見ねばわからない。
会場の『私法機関』の者全員の視線が集中する。
私はボンヤリと腹周りの脂肪ってあんな色なのかと現実から逃げていた。
べちゃり、べちゃり……
ぴゅるぴゅると身体から時たま血を吹かしながら歩く彼は、もう閉じることのない目で、助けを乞うように私達を見る。
下顎の無い口は呼吸のみを彼に許している。
そして彼は、
その全身は、
全ての生皮を剥がされていた。
べちゃり……べちゃり…………どちゃっ。
ゆっくりと進んだ彼は、ゆっくりと前のめりに倒れ、その血が周りの者の顔に当たった辺りで、ようやく時が動き出した。
「「「「「「うわああああああああああ!!!!」」」」」」
絶叫が響き渡り、気の弱い者は失神する。
「は、早く回復を!!」
指示してから自分も委員長も治癒ができると思い出す。
「委員長! 助けましょう! ……委員長!!」
おかしい、返事が、って!
「い、委員長!?」
あの、委員長が。
ガクガクと震えている。
顔を真っ青にし視線は焦点があっていない。
しまった!! 彼女もただの少女なのだ。
そんな彼女に私は何を言っているのだ!!
「委員長はここに! 私が「ダメッ!!」え?!」
そこからは急展開だった。
委員長が〈サイコキネシス〉を使い真っ赤な彼の周りに居た全員を包む。
すると――――――
ッドオオオオオオオオオオオオオオオオオンンン!!!!!!
いきなり彼の身体が爆発した!!
「なっ! これは!」
人間爆弾だと!?
薄い煙が晴れると、委員長の力に守られた人々の無事がわかった。
そしてヒラヒラと、パラパラと――――――
「なんだこれは……!」
ハートのトランプが辺りに舞い散っていた。
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