経過をか※☆◆□&*@ゑ?「……やってくれましたね」
「光が、おおぉ光が見える……!!」
皇席議会付きの占い師、『占者ババ』。
今まであらゆる天変地異を予測し世界を“補助”してきた老婦。
その存在を知らぬ者はないが、その本名を知る者はなく、いつから生きているのかすら誰も知らない。
一説には皇席議会最年長だった、引退した元龍皇よりも長生きだという。
だが占者ババは、突如倒れた。
それもババが預言した『災厄の日』に。
議会場でいきなり倒れ、数時間意識不明になった。
そして弟子達が介抱する中、またも突然カッと目を見開き、最初の台詞を呻くように喋った。
どうとってもご臨終一歩手前の台詞だがしかし、ババはここで終わらなかった。
預言を残したのだ。
「八つの強き耀き、数多の小さな煌めき、世界に現れ集まりて、大いなる闇、暴虐の大罪者達、全てを飲み込む災厄を払わん。
探せ、探すのだ。
全知、真理、この世の秘を内包した書を。
其は最果ての図書館にある
其にはあらゆる魔術、あらゆる技巧が記され、世界の扉すら開くだろう。
探すのだ、其の光を。
探すのだ、其の書を。
それが出来なくば
この世は闇に飲み込まれる」
そしてそのまま寝台から飛び降り、走って窓から空へ飛び、“光”になった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「―――だとよ」
「……なんだそれは」
ここは世界樹。
星に根を張り天に枝葉を広げ世界を支える原初の命。
この世の始まりから世界と共にあると言われている。
の標高60000メートル地点にして『皇席議会』会場。
ちなみにそんな高さでもまだ世界樹の根本近くである。
欠片ひとつで一財産築けそうなシャンデリア。
細かで繊細な細工の施された燭台。
最高級の材料で最高の腕とセンスを持つ職人が3年かけて作り上げた円卓。
世界の贅を集め凝縮したといえる、しかし決して派手な訳ではない気品溢れる空間。
そこには今、四人の“皇”が円卓を囲んでいた。
「ええと、占者ババさんの種族は何でしたか?」
ゆったりとした光放つ法衣を纏う、どこか浮世離れした雰囲気の美少年が戸惑うように言う。
“聖皇”リヴァル。
各地の法王をまとめる皇であり、僅か14才で人間界の9割以上をしめる大宗教国家、『聖慈愛連邦』の法皇となった神童。
『聖慈愛連邦』とは、人間界の国々が教会の声により、かつての大戦の際に結成された“連邦”がそのままひとつの国となったもので近年目覚ましく、というより革命的な早さで工業化を進め、兵力数で言えば世界最大の軍を保有する。
そんな国の頂点に立った奇跡の少年。
短いさらさらの金髪でくりくりとした目を持ち、まさにショタという言葉が似合う男の子。
それに返答するのは気品と威圧を併せ持つ、漆黒のマントを羽織った黒き騎士。
白い長髪で肌もアルビノのように白、もちろん瞳は血の色だ。
そして額の中心からちょこんと角が一本生えている。
「知らん。知るやつもおらんだろう」
魔皇ディザイザス。
魔界を武によって治める覇王。
その圧倒的な魔力は歴代最高であり、腕を振るうだけで大地が裂けるといわれている。
華美な装飾を嫌い、皇の座に就いた時、
『我より高みから民を見下ろすコレが気に食わん』
と言って皇冠を握り潰した豪傑。
ちなみに、魔族至上主義を唱う差別的な魔人。
なお、二人は聖皇、魔皇と呼ばれるが、それは聖と邪というわけではなく、あくまで色が違う程度の認識だ。
ただし、今代の魔皇になってから徐々に魔皇側と聖皇側の間で緊張が高まっているが。
「龍皇様は何かご存知では?」
「親父からはなんも聞いてねえよ」
金の長髪でスラリとした筋肉質の若者が雑に答える。
龍皇ティアマト2世。
生物のヒエラルキーの頂点に君臨するドラゴン、その中でさらに最強種である皇竜である。
治めるのは桃界と呼ばれる、様々な知的種が共存する常春の大陸。
今は人化の術で若者の姿をとっているが、ドラゴン形態は80メートルを越す美しい黄金のドラゴンとなる。
父もまた龍皇で、若くして皇となったため口さがない者は七光りと言うが、その実力は本物であり、全盛期のティアマト1世を越えると言われている。
「樹皇様は……寝てらっしゃいますね」
「起きとるよ」
「「「!!!!」」」
椅子に腰掛ける、と言うより同化しているその存在の久し振りの声に、三人は硬直する。
木だ。
木そのものが椅子に生え、むしろ覆って天井へと枝葉を広げており、幹からは老婆の顔が浮き出ている。
ひじ掛けにまるで腕のような根も下ろされており、顔があることを除いてもどこか人に見える木だった。
樹皇オブババ。
占者ババと同じく年齢不詳の古木で、ここにいるのは根の先に過ぎない。
本体はこの世界樹のある樹界そのもので、噂では世界樹の苗木だとか。
しかしここ数年は全く声を聞かなかった。
オブババはしわがれた声でゆっくりと語る。
「そんでもって、アタシも知らないねえ……あの人がいつ、ここに居たのかすら知らんのだから」
「しかし人でないのは確かですね。すごく長生きですし、光になったし」
「それだがよ、あいつらなんか隠してる気がしてならねえ」
「と、言われますと……?」
「さっぱりわかんねえけどカンってやつだ」
「フン、話にならんな」
「しかしその預言が本当なら希望は見えましたね」
その言葉に全員が黙る。
そう、希望だ。
なにせ彼らが半信半疑で送った軍隊は全滅させられたのだから。
預言の災厄によって。
来る来ると言われていた災厄だが、世界規模の終末預言など今までされたことがなかったために皇席議会的には準備はすれど半信半疑だったのだ。
その結果が全滅。
映像水晶でリアルタイムで見ていたそれぞれの皇も驚愕していた。
なにせかつての大戦からさらに進化した各々自慢の軍団が鎧袖一触に蹴散らされたからだ。
「第七聖連艦隊が15分で壊滅、さらに各地に送った陸軍も全滅……悲しい悲劇です」
聖皇リヴァルは静かに涙を流した。
「封印の命に名乗りを挙げたバカが国もろとも死んだ……役立たずめ」
魔皇ディザイザスは忌々しげに憤慨する。
「こちらは竜騎士旅団が壊滅、さらにドワーフの国がひとつ滅んだ」
龍皇ティアマト2世はバシリと両拳打ち合わせる。
「アタシんとこにはまだなんも現れてないね……いや、待ちな」
「どうされました?」
「…………光ってのはコイツらかね」
「樹界に出たのか!!」
「ほんとですか!」
「マジかよ!?」
「…………言葉は通じてるね……ん、すごく警戒されてるねってああ!?」
「ど、どうされました?!」
「ええい! 何があった!?」
「……消えちまったよ」
「えっ!?」
「なんだと!?」
「なにぃ?!」
「なんか“えぬぴーしー”とか“えーあい”がどうのとか“いべんと”やら“ばぐ”が何とか言った後、指輪を空にかざしてフッと光って消えちまった……見たことない魔術だよ」
「なんという……」
「光はどのような者たちだったのだ?」
「純白の聖坊やが今着てるその法衣よりも神々しい力に護られた、40人くらいの騎士たちだったね。しかも、ペガサスに乗った」
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とりあえず皇席議会は災厄の監視と光の探索を今後の方針とし、解散した。
まぁ現状それくらいしか出来ませんしね。
しかし第七聖連艦隊がやられるとは……存外使えませんね、“オーパーツ”とやらも。
いざとなったら機構神を出すことも考えないと。
僕は今人間界の聖連本部、サクラダ大聖堂に戻ってきた。
……あの方に報告をするために。
そして、禊を行うために。
僕の執務室に入って、机の上にある回らない世界儀に近づく。
大聖堂がある位置をクッと押すとカチリと何かが嵌まる。
羽根ペンを天秤の片方に、もう片方に首にかけた十字架を置く。
カシャンと静かに羽根ペンが下がる。
と、全くの無音でスーッと右手に見える本棚が動き、後ろに隠し階段が見えた。
中に入って壁のレバーを引くと入り口が閉じた。
一瞬闇に包まれるが、すぐに壁の燭台に火が灯り、下へと続く階段を照らす。
僕が階段を降りれば後ろの燭台がひとつ消え、前の燭台がひとつ灯る。
先には闇の壁、後ろからも迫る闇。
自分が魔物に飲み込まれるような異様な雰囲気。
石造りの空間で、僕の足音だけが響く。
(コツッ、コツッ)
…………あぁ忌々しい、何が禊だ。
あのサディストの化け物が。
(コツッ、コツッ)
突然ですが問題、神はいると思いますか?
いるわけねえだろボケ。
人が神を創ったんだからよ。
(コツッ、コツッ)
神の愛? 全てを受け入れる?
笑わせる。
そんなもの、空想の中にしか存在しない。
(コツッ、コツッ)
……いけない、これだからこの空間は嫌いだ。
奇妙な感覚が頭を濁らせ愚痴ばかり考えてしまう。
(コツッ、コツッ)
今考えてたことを少しでも口にしたら殺されてしまうだろう。
“あのお方”に。
(コツッ、コツッ)
僕が聖皇に成れた理由。
それは僕の才能と一生分の運、そして偶然。
皇席議会で超常の存在相手に臆せず話すことが出来る理由。
それはもっと恐ろしい存在を知っているから。
(コツッ、コツッ)
皇席議会?
魔皇? 龍皇? 樹皇?
フン、畜生が何匹集まろうとあの化け物とは比べるべくもない。
(コツッ、コツッ)
あぁ、本当に忌々しい……!
(コツッ、コツッ……)
下に、地下に、地下聖堂についた。
ここに、奴がいる。
そこは背後の闇とは違い薄明るかった。
つるりとした壁が燭台の光を反射し、明るい、穏やかな空間を形成している。
床と壁一面に拷問器具が無ければ、だが。
そして奥には十字架を抱く天使像。
聖連の進行対象は慈悲と愛の使いである天使だ。
どこの協会にもこの像がある。
そしてそれに跪く、白いスライム。
そう、スライムである。
魔物である。
笑える話、協会はこの魔物の傀儡なのだ。
僕も、先代も、先代の先代も、先代の先代の先代も、ずっと前の先代も、どころか初代すらこの魔物によって聖皇の地位についたという。
だが別にコイツは生け贄を要求する訳ではなかった。
どころか、狂信者だった。
教義を都合よく解釈したり曲げたりした奴は何者かに殺される。
コイツが殺してるのだ。
ゆえに歴代の聖皇はコイツをこう呼ぶ。
“教典の守護者”と。
「守護者様、ただいま戻りました」
『おお、聖皇様、おかえりなさいませ』
青年のような、穏やかな声。
どうやって喋っているのか、いまだにわからない。
「預言通り、災厄がこの世界に来ました。そして、送った軍隊は全て壊滅しました」
全く、最初からこの化け物が行けばいいのに。
だいたい人に力をつけさせて何を企む?
最近、預言が出た辺りからの人間界の革命的な工業化はこいつが一人(一匹?)で起こしたものだ。
さらに何処からともなく“機械”を、“魔法”を、“兵器”を、そして“機構神”を僕たちに与えてくれる。
その未知の技術の吸収に100年かけたからだろうか、おかげでそこそこの成果が今出ている。
まあそれでも試作品も“オーパーツ”級の兵器だった“潜水艦”も“戦車”もダメだったけど。
化け物はぶるりと震え、悲しげな声を(だからどこから)あげた。
『……それは、なんということでしょう……祈りましょう、聖皇様。さ、こちらへ』
守護者が横にずれ、天使像の前を譲ってくれる。
僕もそこに跪き、手を組んで瞑目し祈る、感じを出す。
『聖皇様、今後の禊ですが……』
来た。
うんざりな禊の話だ。
禊というのは聖皇が代々こいつに行われている拷問行為のことだ。
痛みを知ることで愛を知り、死を知ることで生を知る、だったか?
コイツ自体が究極の魔術師なので、内臓がはみ出ようと手足が無くなろうと、跡形もなく治療できる。
だが、痛いのだ。
すごく、すごくすごく痛いのだ。
発狂するかと思うくらい、痛いのだ。
現に今までの聖皇の死因は“衰弱死”。
……僕ならこんなことさるたら世界を呪うと思うんだが。
「……はい」
『これからはありません』
「はい…………はい?」
『ですから、これからは禊を行いません』
「な、何故ですか?」
どういうことだ?
決して教義を変えない狂信者が何を言っている?
いや、試しているのか?
頬が緩むのを意思の力で抑え込む。
『神が降臨なさったからです』
は? 神?
「ひ、光のことでしょうか」
『いいえ、あんな紛い物の言う光など……』
「で、では?」
『神は神です。あのお方が降臨されたのです……』
「…………」
何を言っているコイツは?
気持ち悪い感じが、嫌な予感がする。
『いずれあの方はこちらにもおいでになります。その時こそ、貴方に本当の祝福を与えてくださるでしょう』
そうスライムは言うと、祈るような形に蠢き、動かなくなった。
「で、では私はこれで」
早くここから去ろう。
訳がわからないが禊が無くなるんだから、気が変わらないうちに出ないと。
『ああ早く、早くお愛したい……』
守護者が何か言った気がしたけど、僕にはよく聞こえなかった。
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魔界リスペクガイア。
魔皇領シュラノ帝国。
大迷宮死刑務所。
ここは魔界各地の凶悪な犯罪者を集め、シュラノ帝国にある大地下迷宮を攻略させるという刑務所兼実質上の処刑場である。
の、地下999階。
一人の男がいた。
血にまみれたサーベルを右手にだらりと構えており、右目にはざっくりと銀色の古傷が走っている。
全体的に黒く、平たいつばのある帽子とケープのようなマントと、スラッとした感じの服装。
俗に言う学生服のような軍服。
残っている左目は相変わらず冷たいが、ほんの少し、熱を取り戻しかけている。
『斬殺公』。
男はそう呼ばれている。
歴代魔皇の懐刀であり、世界最強の剣士だ。
彼は冷たい、どこか造り物めいた声で呟く。
『〈クイック〉』
瞬間、彼は青いオーラに包まれ、その場から消える。
そしてさらに次の瞬間、スデにズタボロにされていた999階のボス、『邪神プリニッスバール』がバラバラになり石床に黒い体液を撒き散らす。
一瞬のブレとともに彼は止まる。
『…………全盛期の半分以下、か。このままでは負けるな……ヤツに再び会えさえすれば、あの白黒とて…………いや、会えぬものとして行動せねば足元を掬われるか』
地下大迷宮をたった一人で攻略した栄誉など目もくれず、彼はこれからのことを考える。
だがふと、彼は薄く笑った。
『ロールプレイも板についたものだ』
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「親父ぃ〜、起きてるかぁー?」
桃界の中心部、“龍の聖域”。
深く険しい山脈に囲まれた内側にその湖はあった。
巨大な、知らなければ海と見まごう大きさの湖、そのほとりに美しい黄金のドラゴンが立っていた。
「親父ぃ〜…………ダメだこりゃ。やっぱ寝てやがる」
ちなみに彼は今龍の言葉、すなわち吠えている。
同時翻訳しているのであしからず。
「ババアが起きてたからもしかしたらなんて思ったんだけどよ」
そう言いながらさっさと翼を広げ、光の粒子を散らしながら飛び立つ。
そのまま自分の政務用の城に向かっていった。
巨大な湖は静かに波打つ。
辺りは薄く白い霧がかかっており、深い湖の黒さと逢わせて何とも幻想的な雰囲気だ。
そんな湖に潜ると、すぐに目にするものがある。
光だ。
湖が黒いのは辺りの光がすべて集まってるからだ、などと錯覚してしまうような、巨大な、巨大過ぎる光の塊だ。
それは視界を覆い、遥か彼方、恐らく向こう岸まで続いているだろう。
その光の正体は、龍だ。
龍皇ティアマト1世。
太古より生きる温厚だが強大な龍だ。
数十年前よりずっと眠り続けている。
いや、正確には“眠り続けていた”。
薄く、薄く眼が開く。
それだけで周囲に水の波動が飛ぶ。
彼は今日、ずっと起きていた。
そして災厄が来るのならば、その対になる存在も現れると確信していた。
ゆえにずっと考えていた。
あの言葉を。
思い出そうとしていた。
あの言葉を。
数百年前にはよく使っていた。
あの言葉を。
そして今、やっと思い出した。
彼は言う。
水の中だがはっきりと発音した。
「〈メニュー〉」