夜の過ごし方に愛をこめて
今回ちょいエロいやも?
『加奈子……』
『た、貴史さん……』
『もう放さない』
『放して! 今さら何よ!!』
『俺が悪かった』
『ばか! 寂しかった!!』
『この泥棒猫』
『お養母さま……!』
「……なあ」
「(もっしゃもっしゃ)む?」
「アレ、何や?」
「(まぐまぐ)劇はよ?」
「……タイトルは?」
「(ごっくん)ベルサイ湯の薔薇」
「……あっ、ウェイターさん、寿司お代わり」
「俺ポテト」
「コーヒー」
「紅茶をお願いしたいでございます」
「かしこまりました」
ここはモンストロ第四階層。
の中三階。
第四階層は三階に分かれており、中一階、中二階はセットになった『サイレント・ムービー』、対し中三階『ミラー・ワールド』は敵は(・)いない、いわゆるボーナスステージである。
……代わりに中ボスクラスのノンアクティブモンスターな人形がごろごろ徘徊しているが。
ちなみに中三階のデザインは“夜の街”であり、ラヴが娯楽施設を乱立させた迷路だ。
温泉(一部硫酸)やらプール(たまに鮫入り)やら映画館(ネット動画やラヴ監督のムービー)やらカジノ(カイジ、または闇のゲームみたいな)やらお化け屋敷やら遊園地やらなんやらかんやらなんやらかんやら。
ちなみに人形達はここでは従業員。
器物損壊、従業員及び他の客に対する攻撃で、その辺りの全トラップ起動、人形達の設定がノンアクティブからアクティブに変更される。
ホワイトナイツ戦ではたった一人のラッキーガールがここを抜けた。
そしてここはお食事所、『オペラ座』。
広いシャンデリアの下がったホールで、舞台で人形達が繰り広げる愛憎劇を横目に食事を楽しめる場所だ。
壁に掛けられた幾つもの燭台と、シャンデリアの優しい光がホールを照らしている。
舞台の前にある真っ白さらさらなシルクのテーブルクロスを掛けられた丸テーブル。
そこを囲んでラヴァーズのメンバーは食事を楽しんでいた。
ラヴとルリとジャックがレアのステーキを、フロストはボルシチ、黒蟻は寿司を食べる。
和洋折衷国際色豊かな食卓だ。
そんな中黒蟻がスッと立ち上がり、
「とりあえず、」
ため
「なんっっっっでやねん!!!!」
非常に洗練された無駄のない美しきツッコミがラヴに入った。
「オペラ座みたいな所でオペラやらんと昼ドラすな!! どいつもこいつもパッキンくるくる縱ロールやのに舞台温泉旅館てなんやねん!! あとストーリーもタイトルももろパクりすぎやろ!!!!」
一度も噛むことも詰まることもなく流れるように早口でツッコミ切り、一仕事やり終えた職人の顔で再び席につく。
ちなみに、今の黒蟻は簪つけた着物美人。
違和感がやばい。
「……なるほど、これがOOSAKAにのみ伝わると言う宝刀TUKKOMIでございますか」
「ホンマはもうちょい斬れ味あんねんけどな。着物やから全力出えへん」
「ちなみに今ので出力どのくらいダ?」
「30%や」
「マジか」
「……ア、そうそう話を変えるガ」
そこでフロストが少し真面目な顔になる。といっても彼のその怜悧な美貌はだいたい無表情だが。
「さっき魔王(仮)の騒ぎで忘れていたガ、この世界に我々以外のプレイヤーがいるかどうかわかったゾ」
「え!? ほんまに!?」
「マジかよ」
「ほらほら溢してるでございますよ」
「ちょっ、も、止めてよ! 僕はもう子供じゃないんだよ!」
「ハッハッハ、私から見れば大抵の生物は子供でございます」
「そコ、話を聞ケ」
「あ、ごめんごめん。それで? どうだった?」
「全ク……皆、メッセージボックスを見ロ」
「何やて?〈メニュー〉……うわ」
「ああん?〈メニュー〉……うわ」
「どれどれ〈メニュー〉……うわ」
「ナ? うわってなるだロ」
ジャック以外の三人がメニューを開くと、一斉に“うわっ”という顔になる。
黒蟻の場合は妹、それに『まにキュア』メンバーからメッセージとコールが山ほど。さらに自分のファンと主張するでかるにゃんのコールが今もかかり続けている。
「ストーカー根性やば……とりあえず妹にメッセージ送ろか……無事やで、っと」
ルリの場合は、
「自由同盟から集会のお知らせ、私法機関からも会合のお知らせ……げ、ハーメルンから20通来てる……削除っと」
ラヴは、
「ん〜、すごい勢いで着信し続けてる……しかも同じ人達が2秒に一回ペースで」
「は? 件名は?」
「え〜とね、“ラヴ様何処ですか!”“助けてラヴさま!!”“PK王国に集まってますから来てください!!”“居ますよね? 居ないなんて嘘ですよね?”“返事してくださいラヴ様!”……だいたいこんな感じ? ホント、可愛いなぁ……キャハハ!! すごいすごい! 一秒に40件くらい来てる!」
哀れな子羊達を眺め、愛しげにラヴは微笑む。
「返信したれや……」
いつものことに呆れ果てて黒蟻が言えば、
「今夜はもう遅いから明日ね」
素晴らしくイイ笑顔のラヴが応える。
ちなみに何故彼らはいままで気づかなかったかと言うと、設定を『同ギルドメンバー以外の着信音OFF』にしていたから。
基本自由人かつ何時ものメンバー以外で遊ばない彼らはそういった設定にしていた。
戦闘中に着メロがなると白けるというのもある。
「……〈メニュー〉! ……何も起こりませんね」
ただ一人、置いてかれて寂しそうなジャック。頭の炎も心なし小さく見える。
「よし、じゃあお風呂入ろうか! ()」
「待て、お前いま()で何考えた」
「混浴だから瑠璃架とお風呂だ!! (べべべ別に?! な、何も考えてないよ!?)」
「本音と建前が逆やろが!!」
先程よりさらに気高く、さらに美しいツッコミ、ドヤ顔の黒蟻。
「風呂?……あの温泉(一部硫酸)カ?」
コーヒーを飲みつつ、フロストは突き落とされた過去に思いを馳せる。
「温泉……ワタクシ入れるでございましょうか?」
こちらは頭の空洞に紅茶を注ぎつつ首を傾けるジャック。いったいその紅茶は何処に消えているのか、そもそも味を感じているのか、あとさっき食べたステーキどこ行った?
謎は深まるばかりである。
「待てや男ども、混浴に突っ込めや」
さすがに黒蟻はひどく剣呑な眼差しにならざるをえないらしい。
「……異種族に興奮してどうすル。あト、エルフの美基準は耳ダ」
「ワタクシ医者でございますし、かなり年行ってるのでせいぜい孫を愛でる程度にしか……」
「…………」
「ルリ? 瑠璃架ちゃーん? 何を顔真っ赤にしてオロオロしてんの? どうして服に手かけたり下ろしたり繰り返してんの?」
「……………………………………(プシュー)」
「オーバーヒートしおった……(ピーン!) んん! ラヴ、俺今から妹に連絡いれたりせなあかんから風呂は自分の階のにするわ」
頭の上に電球が灯ったかのようにいきなり話を変え、そのままそそくさと消える黒蟻。
「え? え? ……行っちゃった」
「(ピーン!)……そうそウ、魔王を生き返らせたのだったナ。話を聞きつつ強化改造を施そウ、俺の階デ。風呂は明朝入ることにするヨ、おやすみボス」
「お、おやすみ」
続いてフロストも。
「…………フゥ。ラヴくん、私は食後の散歩に二時間程行ってから入れるかどうか試すでございます」
そう言ってさっさと席を離れるジャック。
「へ? 一緒に入らないの?」
慌ててその背にラヴが問い掛けると、少しだけ振り返り、
「もう“大人”なのでございましょう? それに久々に自由に動けるこの奇跡、楽しませてもらいたいんでございます」
パチリとウィンクして振り返ることなく去っていった。
「ん〜、気を使ってもらっちゃったかな? じゃ、行こっか」
「………………ふえ? え? あいつらは?」
「一時皆解散、また明日ってさ」
「そ、そうか。じゃあ俺も(ガシリ)きゃっ!!」
片腕で首をホールドされる。
「えーと、タオル持った、財布持った、手錠持った、手拭い持った、うんよし! 行こうか!!」
「ちょ、待てよ! 心の準備が……って! 何で手錠?!」
「え? それはほら、後ろ手に縛ってよし、蛇口に繋いでよしだから……」
「拘束すんな!!」
そう言ってさっと体を液化、距離をとる。
「やれやれ……ミュージックスタート!!」
途端、大音量で響くオペラ音楽。さっきまで劇をしていた人形達がこちらを向き、血涙を流しながらぽっかりと口を開けて歌う。
泣き叫ぶような歌声がホールに反響する!!
「うっ! あ、あ、あ、あ、あ、あ!!!?」
二丁のガトリングガンがドレスの下から飛び出し人形達に鉛弾の暴風を叩きつけようとするが、舞台の前の空間が水面のように揺れ、全ての弾を飲み込む。
そうこうしているうちにルリはガクリと膝をつき、だらりと身体を弛緩させた。
コツリ、コツリとラヴが近づく。
「君の絶対防御には穴がある」
さらに近づきルリの顎に指を添える。
「それは、麻痺耐性が弱く、麻痺すると防御すら出来なくなることだ」
自分もかがみ、目線を合わせる。
「それにしても酷いなあ……逃げるなんてさ……うん、ちょっぴりイラついたから丹念に丸洗いシてあげる!!」
「……っ!」
「ん? 何で不機嫌かって? そりゃ眠いからだよ。睡眠不足は人の心を荒ませるんだ」
口調も乱れ気味だろ?
「それにしても……五月蝿いな、アレ」
ラヴが煩わしげに見るのは未だに麻痺効果のある〈痙攣の歌声・合唱〉を行う人形達。
「……潰れろ」
瞬間、ホール全体の空間が盛大に揺れ巨大な腕が舞台を薙ぎ払う!!
黒い、紋章の刻まれた腕は舞台上の人形、オーケストラ全てを殴り潰し、また虚空に引っ込んだ。
「…………ああ、なんか凄く君に愛をぶつけたい気分だ」
ひょいと、お姫様抱っこの状態で抱き上げられたルリは、顔を耳まで赤くしたまま大人しくしていた。
ちょっとだけ、その顔が嬉しそうだったのは気のせいかもしれない。
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「もしもしー? 烈? 烈かー? 生きとるかー? 死んでんねやったら返事しろー」
黒蟻は今、自分の階層の隠れ家で実の妹である烈に〈コール〉をかけていた。
そしてかかることはかかったが向こうは未だに沈黙したまま。
「……? れ『お姉ちゃんの、バカあああああああああああああああ!!!!!』……(キーン) れ、烈? どないしたん?」
『ど、どないしたんやないよ!? わた、私、私がどんだけしんぱひっ心配しだがわがっどるん?』
「ちょ、泣かんでも『やかましい!! 泣くに決まっどるやろがアホぉ……』あーうースマン! 許してくれ!!」
月夜を背に〈コール〉の向こうに謝り続ける黒蟻。
非常に申し訳なさげで、普段とは違い柔らかい表情をしていた。
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「フハハハハハハハ!!! そうカ! アレの製作は順調カ!」
「はい博士。そろそろ試作機も完成します」
「いつからのダ」
「昨日です」
「素晴らしイ!」
フロスト兵器研究所。
そこの開発室で、モニターの光に照らされながらフロストは上機嫌に笑う。
それを眺めセヴンス・ゴートも微笑んでいた。
彼らの研究の夜はまだ始まったばかりである。
ちなみに魔王(仮)は蘇生室に放り込まれている。
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カラン……
琥珀色の液体の中で氷が揺れ、澄んだ音がバーに流れ、ピアノの静かな調に混ざる。
「……フゥ…………」
薄暗いバーのカウンターでグラスを揺らしているのはジャック。
静かにグラスに口をつけ、味を楽しむようにゆっくりと飲む。
その背中に少しの哀愁を漂わせ、ひとり静かに酒を飲む。
酔うことも出来ぬくせに酒を飲む。
血涙流すバーテンも、客席に座る者達も、流れるピアノの音色も、ただ静かにゆったりと夜を過ごしていた。
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「痛い!? あ! 熱いぎぃ!! あ! あ! あぐぅ! ……ハァ、ハァ、えへへ」
「キャハハハ!! 楽しい? 嬉しい? ……この駄犬が! こんなことされて悦ぶのか変態め!!」
「キャウン!! ご、ごめんなさいぃ……」
「ふふ、君みたいな駄目な犬は僕が一生飼ってやる!」
「あはぁ……飼い殺して下さいご主人様ぁ」
長い長い、二人のアブノーマルな夜が始まる。
こうして、それぞれの夜が更けていく――――――
はい、というわけで、めでたく第2章はこれにておしまいです。
いつの間にやらもうすぐ一周年。
なのに小説内の時間は一日しか経ってないというグダつきっぷり。
こんな作品でも読んで楽しんで頂けたら幸いです。
幕間挟んでから第三章に移ります。
感想をお待ちしております。