蒼き雨夜に Ⅱ
紅の光弾が、
夜を裂いて仮面の男に迫る――
「……?!」
闇の中、仮面の男がわずかに身を逸らす。
直撃。
もう避けきれない。
そう思った、その刹那。
仮面の男はひらりと身を翻し、黒刀で紅の閃光を一閃した。
プシュ……シュゥゥゥ……
紅玉の放ったエネルギー弾は、余波だけを残し――
完全に、"掻き消された"。
衝突音すら、存在しなかった。
「……な、なんだよ、今の……?」
紅玉は、その光の余韻をじっと見つめ……、
ほんの一瞬、眉をひそめた。
「……なるほど。これは、手に負えませんね」
「――想定戦力差、217%……これは撤退判断です」
紅玉はそそくさと、背を向けた。
「……さて。帰りましょうか、マスター・シグレ」
「お、おい!」
「放してください! わたしはもう、役目は終えました!」
シグレに肩を掴まれた紅玉は、じたばたと手足を振り回した。
「……どうやら、邪魔が入ったようだ。ここまでのようだな」
仮面の男は、静かに呟いた。
「ま、まてっ!!まだ終わってないぞ……!」
(ワタシは、負けてなんかっ……!)
次の瞬間、銀髪の少女は、勢いよく地を蹴っていた。
「は、早い……っ!」
目にもとまらぬ速攻だった。
華奢な体が、疾風のように男の懐へ飛び込む。
少女は背から、一振りの刀を引き抜く。
それは、柄だけが異様に大きく――
日本刀とも、騎士剣とも違う、独特な形をしていた。
ブゥン……!
空気がうねる音と共に、刀の輪郭が一瞬で灼けるような光に包まれる。
燃えるような刃が、
弧を描いた。
(ザシュッ……!!)
たしかに、男を捉えたように見えた。
だが。ルアが斬ったのは、「黒い影」だった。
刃が貫いた瞬間、黒影がぐにゃりとぶれた。
波紋のように揺れ、輪郭が崩れていく。
それはまるで霧のように……、夜気へと溶けていく。
「フッ」
気づくともう、男はそこにいなかった。
「ルア・アストレイ、次はないぞ。
―—せいぜい、その残り火で 夢でも見てろ」
男はふと目線を上げ、雨の中に佇むふたりの影を見上げた。
「……げっ?!」
「緊急事態、緊急事態……、"レモネス契約不履行"により――
マスター・シグレを盾にします」
「おいぃ?!」
紅玉は、シグレの後ろに隠れ、子供のようにしがみついた。
「……」
男がなにを思ったかはわからない。
けれど、少しの間。その瞳は、真っすぐとシグレに向いているようにみえた。
そして、その姿は、静かに闇の向こうへと消えていった。
「た、たすかった……?」
ほっと、一息を突くシグレ。
「私のおかげですね」
「……どの口が言ってんだ?このお調子者!」
数分後。
ふたりはビルの非常階段を使い、地上へ降りていた。
駆け足で、路地裏の出口へ向かう。
そのときだった。
銀髪の少女が、二人の横を通りすがった。
「……悪い。助けてもらったな。
だが、命は無駄にするな。あいつが本気なら、お前らは死んでいた」
「次は、助けなくていい」
歩くたびに、脚の奥で何かが欠けていく感覚があった。
修復プロセスは起動しない。
それでも、歩く。
「お、おい……!!……治療!」
彼女はもう、振り返らなかった。
足を引きずりながら、そのまま路地を抜ける。
「……カッコいい方ですね。さきほどの動きといい……
まるで、英雄機体のようです」
「そうか?俺はむしろ……」
シグレは、少女の小さな背中を見つめながら、
思い返していた。
(なぜ……、そこまで無茶をする?)
あの仮面の男との戦闘。
救援が入った時点で、相手は退こうとしていた。
それを、彼女はあえて追ったのだ。
命を無駄にしているのは……、彼女の方じゃないか。
幼い頃から、多くのジェムットを見てきた。
だが、あれほど勇敢で、あれほど無謀な存在は、少なくとも、
シグレの記憶にはいなかった。
(……まるで、人間じゃないか)
少女の血は赤く、吐く息は白かった。
それでも彼女はたしかに、"機械の少女"だった。




