第三章 帰れた理由
夜明けは、音を立てなかった。
気づけば、
白の濃さが少しだけ薄れている。
吹雪は、去っていた。
「……朝だ」
誰かが、ほとんど息だけで言った。
火は、まだ生きている。
小さく、揺れている。
それだけで、
十分だった。
⸻
全員が立ち上がる前に、
リオは外に出た。
足跡は、もうない。
夜のあいだに、
すべて消された。
「……返り道、ないですね」
ミーネが、後ろから言う。
「はい」
リオは、雪原を見渡す。
目印はない。
地図も、役に立たない。
それでも――
不思議と、迷っていなかった。
⸻
「……どうして、
戻れたんだと思う?」
ミーネの問いに、
リオはすぐ答えなかった。
息を吸う。
冷たい空気が、肺に入る。
「……装備じゃない」
一拍。
「判断でもない」
雪を、少し掬う。
「場所でも、
道でもありません」
ガルムが、眉を寄せる。
「じゃあ、
なんだ?」
リオは、ゆっくり言った。
「……一緒にいたからです」
沈黙。
否定する者は、いなかった。
⸻
思い返せば、
決定的な瞬間はなかった。
誰か一人が、
英雄的な判断をしたわけでもない。
ただ――
止まりすぎなかった。
誰かが遅れれば、
誰かが合わせた。
怖さを、
口に出せた。
「……一人だったら」
セイルが、低く言う。
「たぶん、
止まってた」
「はい」
リオは、頷く。
「……私もです」
⸻
出発の準備をする。
装備は、変わらない。
付与も、増えていない。
でも、
歩き方が違った。
急がない。
だが、止まらない。
「……これ」
ガルムが、ぽつりと言う。
「返り道じゃねぇな」
「はい」
「往復でもない」
「はい」
リオは、少し考えてから言った。
「……同行です」
⸻
山を下りる途中、
風が、背中を押した。
強くない。
だが、
同じ方向から吹いている。
「……世界、
怒ってないな」
ミーネが、笑う。
「はい」
リオも、微かに笑った。
「……聞いてくれました」
⸻
山を抜け、
色が戻る。
音が、戻る。
匂いが、戻る。
「……生きてる」
その言葉が、
自然に出た。
⸻
夜。
宿で、
リオは久しぶりに図面を開いた。
でも、
描いたのは形じゃない。
文字だった。
装備は、
人を助ける
場所は、
人を支える
でも――
人は、人を帰す
ペンを置く。
胸の奥が、
静かに熱い。
「……世界は」
小さく言う。
「一人で歩くように、
作られていません」
⸻
翌朝。
王都への帰路につく前、
リオは振り返った。
白い山は、
もう何も語らない。
それでいい。
語られなかったことも、
確かに受け取ったから。
⸻
こうして、
“返り道”は、
もう一つの意味を持つ。
それは、
場所でも、
装備でもない。
誰かと、帰ること。
リオは、
その答えを胸に、
次の世界へ向かった。




