第5章:完成、そして別れ
夜明け前の空気は、昼とも夜とも違う匂いがする。
工房の扉を開けると、冷えた風が入り込み、炉の火がわずかに揺れた。リオはそれを確かめるように、無意識に一歩炉へ近づく。火は弱っているが、まだ生きている。
――大丈夫。
ガルムは外套を羽織り直し、出来上がった補強具を腰の防具へと取り付けていた。剣の刃だった名残は、形を変えて鎧の内側に収まっている。
「違和感は?」
「ない」
短い答えだったが、嘘はなかった。
ガルムは一度、軽く体を動かす。肩を回し、腰を落とし、前に踏み込む。剣を振る動作はしない。それでも、身体の動きが確かめられているのが分かる。
「……軽いな」
「刃の重心を、そのまま使っています」
「なるほど」
ガルムは一度だけ、深く息を吸った。
「剣を失ったと思ったが……そうでもない」
リオはその言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
オルドは工房の隅で、それを黙って見ている。評価も、助言もない。ただ、今日の仕事が終わったことを受け入れているようだった。
「代金は?」
ガルムがそう尋ねる。
「……最低限で」
リオがそう言うと、ガルムは一瞬だけ目を細めた。
「安すぎる」
「それ以上は、請求できません」
「理由は」
リオは少しだけ考え、答えた。
「この剣は……もう、十分に働いたので」
ガルムは何も言わず、しばらく黙っていた。
やがて、腰袋から小さな金属片を取り出す。
「これは、別だ」
机の上に置かれたそれは、見たことのない素材だった。黒く、わずかに青を帯びている。
「次に使え。必要になる」
「……ありがとうございます」
ガルムはそれ以上、何も言わなかった。
扉の外で、朝の光が強くなっていく。町が目を覚まし、今日も誰かが旅に出る時間だ。
ガルムは工房の前で立ち止まり、振り返った。
「俺は前に出る」
「はい」
「だが、生きて戻る」
その言葉は、約束ではなかった。
宣言だった。
「背中は、守ってもらった」
ガルムはそう言って、外套を翻した。
「……行ってきます」
それだけ言い残し、彼は街道へと歩いていった。
リオは、しばらくその背中を見送っていた。




