第三章 選ばなかった者の代償
そのパーティは、
どちらにも属していなかった。
灰炉式は使わない。
だが、否定もしない。
強化装備は持つ。
だが、限界までは使わない。
「……無難だろ」
出発前、誰かがそう言った。
「前にも出ないし、
戻りすぎもしない」
その言葉に、
全員が頷いた。
選ばないことが、
安全だと信じていた。
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現場は、霧の山道だった。
魔物は少ない。
地形も、難しくない。
ただ――
視界が、途切れる。
「……そろそろ引く?」
先頭が、軽く聞いた。
「まだ行ける」
返事は、即答だった。
「灰炉式じゃないしな」
その一言で、
判断は先延ばしにされた。
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異変は、音で来た。
きぃ……
金属が、擦れる音。
誰かが、足を止める。
「……装備、鳴った?」
「いや、
強化は制限してる」
次の瞬間、
足元の石が崩れた。
「――っ!」
踏みとどまった。
倒れなかった。
だが――
判断は、遅れた。
「引け!」
声が、重なる。
だが、
誰が決めたわけでもない。
全員が、
“今だ”と思っただけだ。
⸻
戻る途中で、
それは起きた。
後衛の一人が、
一拍、遅れる。
「……待て!」
手を伸ばす。
だが、
強化装備が――
踏み込みを、押した。
止まらない。
前に出る力が、
戻る意思を上書きする。
「――っ!」
転倒。
斜面を、
数メートル滑落。
致命傷ではない。
だが――
装備が、壊れた。
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夜明け。
救助は、間に合った。
命は、助かった。
だが、
誰も、喜ばなかった。
壊れた装備は、
“どちらの思想”でもなかった。
止める機構は、ない。
問い返す余白も、ない。
ただ、
判断を助けない装備だった。
「……俺たち」
誰かが、呟く。
「何も、選んでなかったな」
返事は、なかった。
⸻
《灰炉の工房》。
朝の火を入れる前に、
リオは報告を受けた。
内容は、短い。
・死亡者なし
・装備破損
・判断遅延による事故
ミーネが、静かに言う。
「……どっちでもない装備」
「はい」
リオは、目を伏せる。
「選ばなかった結果です」
⸻
昼。
壊れた装備が、
工房に運ばれてきた。
持ち込んだのは、
事故に遭った本人だった。
「……直せますか」
リオは、
すぐには答えなかった。
装備を、分解する。
留め具も、境界も、ない。
前にも、後ろにも、
寄らない構造。
「……直せます」
そう言ってから、
続ける。
「でも」
顔を上げる。
「直す前に、
決めてください」
男は、息を呑む。
「……何を」
「次は、
どちらを選ぶか」
沈黙。
やがて、
男は言った。
「……戻る」
短い言葉。
だが、
はっきりしていた。
⸻
その夜。
別の拠点では、
ヴァイス派の者が、
事故の話をしていた。
「どちらにも属さないのは、
一番危険だな」
ヴァイスは、
黙って聞いていた。
「……選ばない者は」
低く、言う。
「戦場では、
守られない」
それは、
事実でもあり、
警告でもあった。
⸻
同じ夜。
レオンは、
工房の前に立っていた。
扉は、閉まっている。
中で、
火の音がする。
「……世界は」
小さく呟く。
「もう、
中間を許さない」
その言葉は、
悲しみでも、
覚悟でもあった。
⸻
翌朝。
《灰炉の工房》の札が、
静かに書き換えられた。
灰炉式は、
判断を委ねる技術です
使うかどうかは、
必ず決めてください
誰も、文句を言わなかった。
もう、
分かっていたからだ。
選ばないことは、
選択ではない。
灰炉の温度は、
今――
人の中で、
確かに燃えている。




