第二章 割れ始める現場
最初に起きたのは、事故ですらなかった。
「……戻りすぎだろ」
朝の拠点で、若い冒険者が吐き捨てた。
「敵、少なかったじゃねぇか」
向かいに座る男が、低く返す。
「だからだ」
「は?」
「少ないときほど、
判断を誤る」
二人の間に、
短い沈黙が落ちる。
それまで、
同じパーティだった。
⸻
王都近郊の採集地。
危険度は低い。
だが、道は狭い。
そこで起きたのは――
引き返しのズレだった。
灰炉式を使っていた者は、
違和感を感じた瞬間、戻った。
使っていなかった者は、
「まだ行ける」と前に出た。
結果、
前に出た側は――
帰ってきた。
だが、
装備が壊れていた。
「……おかしいだろ」
当事者の声は、震えている。
「強化、効いてたんだぞ」
「効きすぎたんだ」
別の者が、静かに言った。
「止まる理由が、
消えてた」
⸻
噂は、早かった。
「灰炉式を使うと、
臆病になる」
「いや、
使わないと無茶する」
「結局、
判断は人だろ」
どれも、
間違っていない。
だからこそ、
割れる。
⸻
《灰炉の工房》の前。
列は、以前より長い。
だが、空気は違った。
「俺は、
使いたい」
「私は、
要らない」
「どっちが正しいんだ?」
答えは、
用意されていない。
ミーネが、
小さく息を吐く。
「……来たね」
「はい」
リオは、並ぶ人々を見る。
「選ぶ段階です」
⸻
その夜。
小さな拠点で、
口論が起きた。
「戻りすぎだって言ってるだろ!」
「戻らなかった結果を、
見ただろ!」
「英雄は前に出た!」
「英雄は、
戻れなかった!」
一瞬、
名が出る。
レオン。
ヴァイス。
二つの名前が、
同じテーブルに置かれた瞬間、
空気が変わる。
「……どっちにつく?」
誰かが、聞いた。
その問いは、
刃より鋭かった。
⸻
同じ頃。
治療室で、
ヴァイスが立ち上がっていた。
まだ、完全ではない。
だが、
目は澄んでいる。
「……始まったな」
側近が、言う。
「現場が、
割れ始めている」
ヴァイスは、短く笑う。
「当然だ」
「止まる世界と、
進む世界だ」
「……どちらへ?」
ヴァイスは、
窓の外を見る。
「前へ行く者は、
必ず必要になる」
その言葉は、
宣言ではない。
予告だった。
⸻
《灰炉の工房》。
リオは、
炉の前で図面を見ていた。
完成品ではない。
選択肢の図面だ。
ミーネが、静かに聞く。
「……怖くない?」
「怖いです」
即答だった。
「でも」
リオは、顔を上げる。
「選ばせない世界のほうが、
もっと怖い」
外で、
足音が止まる。
一人ではない。
複数だ。
扉の向こうには、
違う立場の人間が立っている。
使いたい者。
拒む者。
確かめたい者。
灰炉の温度は、
今――
人から人へ、移り始めていた。




