第十五話 名を持つ者 第一章 英雄の名は、呼ばれなくなる
その名は、
王都では知らない者がいなかった。
レオン・グレイヴァル。
魔物の群れを押し返し、
防壁を守り、
数えきれない夜を越えてきた英雄。
そのレオンが――
《灰炉の工房》の前に立っている。
それだけで、
人は立ち止まった。
「……本物だよな」
「なんで、あそこに?」
ざわめきが、自然と距離を作る。
レオンは、剣を帯びていない。
鎧もない。
だが、
誰も近づけない静けさがあった。
⸻
「……来たか」
低く言ったのは、レオンだった。
街道の向こう。
数人の冒険者が、足を止める。
装備は新しい。
動きは揃っている。
「王都評議会の“調査”だ」
先頭の男が言う。
「灰炉式の安全性を確認する」
レオンは、一歩も動かない。
「確認は、
現場でやれ」
「現場が問題だと言っている」
「だからだ」
レオンの声は、静かだった。
「戻れない装備が、
どれだけ人を壊すか」
男が、舌打ちする。
「英雄が、
職人の盾になる気か?」
レオンは、短く答えた。
「なった」
⸻
《灰炉の工房》の中で、
リオは、外の気配を感じていた。
ミーネが、小さく言う。
「……名前、出たね」
「はい」
「これ、
もう後戻りできないやつ」
リオは、炉を見る。
「……名前は、
重いですから」
「背負わせた?」
「自分で、
背負ってきました」
⸻
外で、緊張が高まる。
「英雄が、
判断を誤るとはな」
男の声が、挑発を含む。
レオンは、少しだけ笑った。
「誤ったのは、
前に出続けたことだ」
「……何?」
「俺は」
一歩、踏み出す。
「戻る判断を、
教えられた」
その瞬間、
空気が変わった。
レオンが前に出る。
――だが、構えない。
「工房には、
入らせない」
「理由は?」
「ここには」
レオンは、はっきり言った。
「帰るための技術がある」
沈黙。
誰も、踏み込めない。
⸻
やがて、
調査役たちは引いた。
命令ではない。
判断だった。
レオンは、
背を向ける。
《灰炉の工房》の扉が開く。
リオが、外に出る。
「……名前を出しましたね」
「出した」
レオンは、即答する。
「隠す理由が、
なくなった」
リオは、少し考えてから言う。
「……これからは」
「呼ばれない」
レオンは、静かに答える。
「だが」
視線を上げる。
「戻る者の先頭には立つ」
それは、
英雄の新しい役割だった。
⸻
この日から、
王都で噂が変わる。
「英雄が、
戦場に出なくなった」
「代わりに、
“戻る判断”を広めている」
「灰炉式を、
守っているらしい」
名は、広がる。
だが――
呼ばれ方は、変わった。
それこそが、
リオが作ろうとしている世界だった。




