第十四話 戻るという反乱:静かすぎる召喚
王都の議場は、夜になると声が低くなる。
怒鳴り合いはない。
机を叩く音もない。
ただ――決める者だけが集まる。
「……昨夜の件だが」
年配の貴族が、指を組む。
「英雄が“止められた”」
「止められてはいない」
別の声が、淡々と訂正する。
「戻された」
その言葉に、空気が揺れた。
「どちらでもいい」
最初の男が言う。
「問題は、
“英雄が制御された”という前例だ」
沈黙。
「しかも、
武器ではない。
命令でもない」
「……職人だな」
誰かが、呟く。
⸻
その頃、《灰炉の工房》の前には、
朝から列ができていた。
装備を求める者。
話を聞きたい者。
そして――
戻りたい者。
札には、こう書かれている。
本日は、依頼を選びます
不満の声は、少ない。
並んでいる者たちは、
すでに知っている。
ここは、急ぐ場所じゃないと。
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昼過ぎ、
一人の使者が現れた。
衣装は地味。
だが、歩き方が違う。
「……リオ殿」
名を、正確に呼んだ。
「王都評議会より、
お話がある」
ミーネが、眉を上げる。
「“お話”ね」
「強制ではありません」
使者は、視線を逸らさない。
「ですが、
断る理由もないかと」
リオは、少し考えた。
「……工房で、話します」
「いえ」
使者は、首を振る。
「場を、選ばせてください」
その一言で、
意味は十分だった。
⸻
夜。
議場の一室。
豪華ではない。
だが、逃げ場もない。
リオは、中央に立っていた。
座らされない。
だが、立たされてもいない。
「……君の装備は」
評議員の一人が、静かに言う。
「戦場の“速度”を落とす」
「はい」
「英雄を、
“呼ばれなくする”」
「はい」
ざわめき。
「それは――」
別の評議員が言葉を継ぐ。
「秩序への干渉だ」
リオは、目を逸らさない。
「秩序とは、
前に出続けることですか」
一瞬、空気が止まる。
「それとも」
続ける。
「戻る者を残すことですか」
沈黙。
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「……君に、
条件を提示する」
評議員が、紙を置く。
「灰炉式を、
王都管理下に置け」
「生産数を、制限しろ」
「使用者は、
我々が決める」
ミーネが、息を呑む。
リオは、紙を見ない。
「……お断りします」
即答だった。
「理由を」
「戻る判断は、
現場でしかできません」
評議員の目が、細くなる。
「拒否すれば、
圧力が来る」
「承知しています」
リオは、はっきり言った。
「でも」
一拍。
「管理された“帰還”は、
もう帰還ではありません」
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議場を出たとき、
夜風が冷たかった。
ミーネが、低く言う。
「……喧嘩売ったね」
「はい」
「潰されるよ?」
「かもしれません」
リオは、歩を止めない。
「でも」
「英雄を止めた夜より、
怖くありません」
工房に戻ると、
扉の前に――人がいた。
昨日の英雄だ。
そして、
灰還の谷で組んだ仲間たち。
「……聞いたぞ」
英雄が言う。
「王都が動いた」
「はい」
「俺も、動く」
リオは、少しだけ驚いた。
「……なぜ」
英雄は、短く答える。
「呼ばれなくなったから」
それは、
最強の理由だった。
⸻
この夜、
世界は気づき始める。
「戻る」という選択が、
従わない意思になることを。
灰炉の温度は、
もう――
誰にも下げられない。




