表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「灰炉に残る温度」  作者: ぷにゅん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/58

第三章 急がないための依頼

依頼人は、名を名乗らなかった。


名を出す必要がない仕事だったからだ。


「……戻りたい」


それだけ言って、

男は深く頭を下げた。


年は三十前後。

装備は揃っているが、

どれも“使い込まれすぎて”いる。


「戦闘は、想定していますか」


リオが聞く。


「……避けたい」


即答だった。


「でも、

 避けられないかもしれない」


「はい」


それで、十分だった。



現場は、谷の外縁だった。


灰還の谷ほど不安定ではない。

だが、

逃げ道が限られている。


細い尾根。

片側は断崖。

もう片側は、霧。


「……最悪の撤退地形だな」


ロウエンが、低く言う。


今回は、

ガルムとセイルはいない。


代わりに、

依頼人の仲間が二人。


リオは、

立ち会い役として同行していた。


「装備は、

 “助けません”」


出発前、リオは言った。


「判断を、

 遅らせるだけです」


依頼人は、頷いた。



異変は、

思ったより早く来た。


霧の向こうで、

地鳴り。


「……来る」


前衛が、声を低くする。


依頼人の手が、

無意識に前へ出る。


その瞬間――

留め具が、一度だけ鳴った。


カチ、と。


止まらない。

だが、

一瞬だけ、考える時間ができる。


「……退く!」


依頼人が叫ぶ。


早い。


リオは、何も言わなかった。



撤退は、

混乱する。


前に出るより、

判断が多い。


足場。

間合い。

仲間の位置。


留め具は、

何度も鳴らない。


一度きりだ。


それ以上は、

装備は介入しない。


だから、

判断は戻ってくる。


「……走るな!」


依頼人が叫ぶ。


仲間が、

一瞬だけ遅れ――


留め具が、

重くなる。


転ばない。

止まらない。


ただ、

急げない。


「……っ」


だが、その遅れが、

霧の中の影と距離を作った。



尾根を抜けたとき、

誰も倒れていなかった。


息は荒い。

脚は震えている。


だが――

全員、立っている。


「……戻ったな」


誰かが、呟いた。


依頼人は、

その場に座り込み、

深く息を吐いた。


「……急がなかった」


リオは、

そっと留め具を見る。


割れていない。

だが、

わずかに歪んでいる。


「……これで、

 いいです」


依頼人は、

顔を上げずに言った。


「……助けられましたか」


リオは、少し考えてから答えた。


「判断を、

 返しました」



工房に戻る。


夜は、もう深い。


若い鍛冶屋が、

留め具を見る。


「……壊れてない」


「はい」


リオは、静かに言う。


「でも、

 使い切られました」


ミーネが、頷く。


「役目、果たしたね」


若い鍛冶屋は、

小さく笑った。


「……これ、

 売れませんね」


「はい」


「でも……」


視線を上げる。


「必要な人は、

 必ず来ますね」


リオは、炉を見る。


「はい」


火は、弱い。


だが――

急がないための装備は、

確かに、

人を帰した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ